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19 May

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26 August

夏の思い出・前編

夏らしいことをしたい




花崎は良く小林の写真を撮る。
そんなのを取る必要があるのか疑問に思う日常の一コマでも記録していく。
そんなに撮って如何するのか問えば、撮っていた本人は何も考えていなかったようで首を傾げる。
そして思いついたように手を叩いた。
「アルバム作ろう! 俺、小林の入団当時からの写真も結構持ってるし!」
そう言って立ち上がった。
即座に行動に移すつもりのようだ。
「井上! 今日は特に仕事ないよな?」
「今のところ、お前たちの仕事はないな」
野呂はシステムを駆使して現在仕事中である。
「じゃあ俺ちょっと買い物行ってくっから」
「行くのか?」
花崎について立ち上がろうとした小林に、しかし花崎は首を振る。
「小林は留守番な。家電量販店行くつもりだし」
「何でだよ」
留守番、と言われて途端に小林の機嫌は急降下する。
「だって、人いっぱいいるから危ないじゃん」
「なら行くな。つうはん? とかもあんだろ」
「だってそれじゃ直ぐにできないじゃん。せっかくなら早く作りたいし、明日は依頼入っちゃうかも知れないし」
「駄目だ」
小林はエレベーターの前に陣取る。
階段もその隣なのでどちらを選んでも小林に邪魔されるだろう。
やりたいことを止められた花崎はムッとする。
「ただちょっと買い物に行くだけだろー!」
「お前に一人で道を歩かせると厄介事に巻き込まれんだろ」
小林と花崎が付き合うに至った経緯の発端は、花崎が事務所からの帰りに通り魔に襲われた事件だ。
返り討ちにしたものの掠り傷を負ったため、事情聴取ついでに病院で検査と治療を受けたのだが、その際に花崎が通り魔に襲われて病院に搬送されたと明智探偵事務所に伝わってしまったのだ。
結果としてメンバーは焦って病院に駆けつけることとなった。
以来、元々花崎と離れることを好まなかった小林は、花崎が離れることに強迫性障害を患ってしまった。
本気の不安を抱えた小林に、花崎も戸惑いと心配で揺れた。
紆余曲折の末、井上の提案により小林が花崎を手に入れることで事態は落ち着いていったが、やはり置いてどこかへ行かれることには抵抗があるらしい。
二人の様子を見ていた井上はため息を零し、会話に割って入る。
「花崎、送ってやる。小林も店の駐車場までで我慢しろ」
「井上先生、ありがとうございます!」
おそらくこの場でこれ以上ない解決策に、花崎は井上に敬礼を送る。
「俺を先生と呼ぶな。あとついでに買い物も頼む」
「ラジャー!」
頷いて、二人は井上の車に乗り込んだ。

翌日、出来上がったアルバムを見て小林は眉を寄せた。
こんな物の為に昨日置いていかれそうになったのかと思えば苛立つが、かと言って嬉しそうに花崎が作ってきた小林の為の物自体を不快には思わない。
だが、やはり面白くないと小林は感じてしまった。
原因はアルバムの内容だ。
「僕ばっかりだな」
「そりゃ小林のアルバムだし」
そういうもんだって、という花崎にしかし小林は納得がいかない。
「お前が全然いないぞ」
小林のアルバムなので小林メインなのは仕方ないにしても、他のメンバーも写っている写真は何枚もあるのに、花崎だけ1枚もないのだ。
「俺撮ってる側だもん」
「ズルいぞ」
「狡いって、だから撮ってんの俺なんだからしゃーねーじゃん」
そもそも意図的には絶対に写真に写ろうとしない小林を、花崎は本人の許可なく撮影する。
その為、小林と写る自撮り的な行動をする機会はそうない。
「なら僕が撮る」
「お、いいぜー! 撮るためにはタイミングとかもあるし俺のことよく見てなきゃいけないんだぞー」
「そんなのいつもと変わんねーだろ」
「そ?」
にやけて言った花崎は小林の返答に満面の笑顔になる。
バカップルが。と、ツッコむと面倒なやりとりをしなければならないと学んだ井上と野呂は無言を貫く。
手元のアルバムを見てふとあることに気づいた小林は、先程より表情を緩め大事そうにアルバムを扱う。
「なにか気に入った写真あった?」
目敏く気づいた花崎は小林に問うが、小林は別に、と気のない返事をした。
「自分なんて見ても別に面白くねーな」
「またそういうこと言うー。それにアルバムってのはその時何があったか思い出して楽しむもんなんだし、楽しかったこと思い出したんじゃねーの?」
なあ、と小林の表情が変わった理由を知りたい花崎はさらに問を重ねるが、やはり小林の態度は変わらない。
「何も思い出してない」
「うっそだー! 今絶対反応変わったじゃん」
「それはお前が言ったからだろ」
「言った?」
ようやく返ってきた意味のありそうな内容に、しかし意味は分からず首を傾げる。
「よく見てねーと写真撮れないって」
「それが?」
「つまりお前はずっと僕のこと見てたってことだろ」
「ああ、そういうことかー! 確かに俺、出会ったばっかりの頃から小林のこといっぱい撮ってたなー。小林おもしれーし、小林が好きなもんとか探してたし」
小林が言いたいことを理解して、ずっと見ていたことを喜ばれた花崎は、やはり嬉しそうに表情を緩めながら、写真を撮った時の状況を思い出して何度も頷く。
「僕の好きなもんはお前だけどな」
「俺の好きなのも小林だよ」
花崎と小林の不安の形は違うものの、明確な言葉はそれだけで相手の不安を和らげる。
最初こそ慣れなかった花崎も、今では流れの中でなら簡単に好意を口にするようになった。
好きと告げた後、小林の顔が僅かとはいえ嬉しそうに緩むので、それを見る為でもある。
小林は自分ばかりが写るアルバムにはもう興味が無いようで、机の上に置いた。
せっかく作ったのに少し残念だと花崎は思う。
どうしたら小林がもう少し興味を持つか考えて、そういえば思い出というにはあまりにも日常的な写真が多かったと気づく。
それはそれでアルバムの形としてあってもいいと思うし、実際作っている間花崎はとても楽しかったのだが、折角なら小林が写真を見て思い出を楽しめるものが作りたいと思った。
その為にはまず思い出に残る出来事が必要になる。
少し考えて、自分の思い出にも残っている大事な写真を思い出した。
「小林! 海行こうぜ!!」
「海?」
唐突な花崎の提案にいつもの事なので驚くことはなく、けれどツーカーで繋がれはしないので小林は首を傾げる。
「そ! 海!! 夏の思い出大作戦!!」
そしたら思い出になる写真もいっぱい撮れっし! と花崎は言う。
「海行ってどうすんだ?」
思い出になる写真、と言われてもそもそもどんな思い出が出来るのかも小林には分らない。
「海水浴したり砂遊びしたりバーベキューしたり花火したり色々あるぞー。夏っぽいイベントならやっぱり海だよ小林!!」
もうその気なのだろう。声を浮かせながら花崎は例を挙げていく。
そして顔を上げて井上に視線を向けた。
「井上も行こうぜー! 今年の明智探偵事務所の慰安旅行にさー海行こうぜー」
「この時期、海も宿もどこも混んでるだろう」
世間は夏休み期間である。
海水浴場は平日でもそれなりに人が混み合だろう。
それに近い宿も取れるかわからない。
「だいたい、海水浴場にコバちんが行けるわけないじゃーん」
更に野呂が指摘を入れる。
小林の靄がある以上、人の混み合う海水浴場など以ての外である。
「それなら静岡にあるうちの別荘は? 割と近いしプライベートビーチあるし」
兄が失踪してから近づくことはなかったが、二十面相の騒動で色々知って沢山の後悔をして、乗り越えられたというにはまだ微妙だけど、小林という心の支えを得た花崎は色々な物事に一歩ずつ踏み出していた。
今ならあそこに行っても寂しいという想いはせずに済むだろうし、花崎家のものを使用したいと言えば、恐らく父は喜んでくれる気もする。
其処は少し不安であるが、たとえ喜ばなかったとしても思い返せば父は随分と花崎に甘かったのでまず駄目とは言わないだろう。
本当に、俯かずにきちんと向き合っていれば父の愛というものが見えていたのだろうと、そうすればあんな事件を起こさなかったのにと自分の子供さに思わずため息を溢してしまう。
「おい」
それを目敏く見た小林が声を上げる。
「何でもない」
そうやって気に掛けてくれているのだとわかるから、花崎は苦笑してそう返した。
「で、どうよ? 大友と山根もつれて皆で行こうぜ!」
改めて井上に問えば、井上は少し考える素振りを見せる。
「まあ、悪くはないが…車に乗りきらないぞ」
明智がいたころ、ガス抜きも仕事の一つと散々言われてきた。
今でも必要性をあまり感じないが、井上は指導を守る一環になるかもしれないと、珍しく花崎の提案を受け入れた。
だが、井上の車は通常5人まで乗れるが、小林が30㎝分多くとるので実際には4名しか乗れない。
「じゃあ大友達には電車かバスで来てもらうってことで。もしくはヘリでもチャーターする?」
小林は電車での移動はできない。
なので必然的に花崎も車での移動となる。
「いや、俺の車でいいだろう。大友達の都合が合えば費用は事務所で負担するから好きなルートで来てもらうことにしよう」
花崎が旅行の移動という楽しい状況で離れたくないのと同時に、小林がそんな長距離移動で引き離されれば苦情を出すのが目に見えているので井上も文句はない。
ヘリをチャーターするというのも悪くはないが、井上は車椅子の都合もあるし何かあった時にすぐに対応できるように車での移動を好む。
天候が多少荒れても車ならば飛行ルートよりは対応もできるからだ。
「野呂は? ピッポちゃんはくる?」
「野呂ちんが行く訳ないじゃん。ピッポちゃんもそんなに遠出させないから! 一応緊急の依頼がないかとかはチェックってあげるからお土産宜しくー」
花崎が声をかければ、日帰りできないので野呂は即座に却下した。





8月某日。
一行は花崎家の別荘へやってきた。
「お待ちしておりました。お友達の方ももうお付きですよ」
到着すれば車の音で気づいたのか、駐車すればすぐに管理人夫婦が出迎えてくれた。
「ありがとう。3日間宜しく!!」
「お世話になります」
花崎は明るく、井上はしっかりと頭を下げて挨拶をする。
小林は何もせずただ立っている。
「遅かったじゃなーいのー」
管理人の後ろから、すでに着いていた大友と山根が姿を見せた。
「わりーわりー! 何か海水浴場に近づくにつれて道が混んでてさー」
海水浴場に近づくにつれ、駐車場を見つけられない車が渋滞したり、路上駐車をしていたりしたせいで道が混んでいたのだ。
駐車禁止区域の車は、警察が点数稼ぎだとばかりにせっせと駐禁を切るのに勤しんでいたが、だからといって混雑が解消されるわけでもない。
そんな理由で無駄に時間を食ってしまったのだ。
「それはそれは。井上、お疲れさまー」
大友はそんな事態に巻き込まれて疲労もストレスも溜まったであろう井上を労う。
「ああ」
井上は相当疲れているらしく、そう頷くと管理人に続いて屋敷に入った。

「さってと! 荷物置いたら早速海で遊ぶか!」
出された冷たい飲み物で喉を潤した花崎が全員を見まわして言う。
あまり長く事務所を空けるわけにもいかないので、今回の旅行の予定は二泊三日だ。
遊ぶ時間は限られるのでさっさと遊びたいらしい。
「井上はどうする?」
が、流石に目に見えて疲労している井上が気になり、花崎は声をかける。
「俺は疲れたから少し休ませてもらおうと思う」
「そっか。じゃあ先に部屋割りだな!」
即座に頷いて、屋敷の見取り図を開く。
「3階のここが俺の部屋な。2階は大体ゲストルームだから、好きな部屋選んでいいよ。どの部屋もいつでも使えるように管理してくれてるらしいし。ベッドのシーツは部屋割り決まってからって言ってたけど」
流石花崎家の別荘の管理人である。
殆ど活用されない別荘であろうと仕事に手を抜くことはないらしい。
「んじゃ俺はここかなー」
階段からそれほど離れておらず、行動がしやすそうな部屋を大友が指定する。
「あ、じゃあ僕はその隣で」
「なら俺はその隣で」
何も考えずに井上はそう告げると、ソファの背に身を預けた。
「井上先輩、家族旅行に来たお父さんみたいになってますね」
「実際、あのお子様二人を連れてずっと運転してきたんだからそんなもんでしょ」
それを向かいの席で見ていた山根が隣に座る大友に言えば、肩を竦めて大友も同意した。
「小林はどうする?」
「どこでもいい」
「それが一番困るんだってー。みんな連続してっし、井上の隣にしとく?」
花崎が問えば、小林より先に管理人が口を開いた。
「小林さんのお部屋でしたら、晴彦さんのお部屋をご用意しておりますよ」
「へ?」
管理人の意外な言葉に花崎が目を丸くする。
晴彦の部屋は、花崎の部屋の隣。
つまり基本花崎家の人間が使う3階に用意されているという。
「いいの?」
流石に花崎も駄目かと思って提案すらしなかったが、まさか家側から言われるとは思ってもいなかったので驚きを隠せない。
「そのようにと申し付かっております」
「そ、そうなんだ…」
これは、父に小林との関係がバレていると考えるべきか、花崎にとって特別な友達と認識されているのか非常に悩ましいところである。
どちらにせよ触れられもしない以上、大した違いがあるようには思えないが。
「ま、いっか。小林はここだって。俺の部屋の隣な」
「お前の?」
「そ、俺の!」
「分かった」
花崎の近くというなら小林に依存はないので頷いた。
「じゃあ各自荷物置いたら水着でビーチ側の庭に集合な!!」
決まったなら早速、と言わんばかりに立ち上がった花崎の言葉に各々部屋へと向かった。
管理人が用意してくれていたらしく、ビーチに続く庭に海で使う遊び道具がすぐに使える状態で用意されていた。
「この浮き輪、まだあったんだなー…」
花崎は昔使っていた浮輪を見つけ手に取る。
遊び道具を見れば、子供と向き合うのが下手だった父が、それでも父なりに息子たちの為に用意したのだと分かるものがたくさんあった。
当たり前のように使っていたこのオレンジの浮輪もその一つである。
一度目を瞑り、沸き起こる感情を噛みしめた後、花崎はいつもの笑みを浮かべる。
「小林はどれ使う? プールでやってたみたいに浮輪で海に浮いてみる?」
波があるからプールより難しいけど面白いぞーと、花崎は言って大きな浮輪を指した。
用意されていたとはいえ、流石に子供の頃使っていた浮輪は小さすぎる。
「別に何でもいい」
と、小林は花崎に示された浮輪を持って浜に近づく。
「眩しいな」
砂浜の照り返しで光量が増して小林は目を細めた。
「気持ちいいくらい晴れてるしなー」
と、花崎の声を背中に受けながら芝生から砂浜に一歩踏み出して、砂の感触に奇妙な感覚を抱く。
靴を履くようになる前はずっと裸足で過ごしていたが、それでもこのような感触は記憶にない。
もう一歩踏み出して、更にもう一歩、と歩むと少し面白い気がして、面白いのだから花崎にも早く体験させたいと思い、振り返るが花崎は芝生の上で何かクリームを体に塗っていた。
「来ないのか?」
「行くけど、まだ無理! 流石に海は日焼け止め付けねーと大変なことになるから」
花崎は地毛が茶髪であることから分かるように、メラニン色素がそれほど多くない。
都内で日常的に浴びてる日光程度なら問題ないが、遮るものもなく、水や砂の反射もある海岸で長時間遊ぶとなればそうはいかない。
日焼け止め対策を行わなければ、全身火傷で痛む上に、最悪水膨れになりかねないのだ。
流石にそれは嫌なので花崎は初めての海で酷い目にあって以来、必要に応じて日焼け止め対策はするようにしている。
更に色素の薄い小林は、しかし靄が日焼けとはいえ小林に火傷などさせる訳も無く安全だ。
「小林のその力はホント凄いよなー。羨ましい」
日焼け止めを塗りながら、花崎が羨ましそうに小林に視線を向ける。
「そんなこと言うのはお前くらいだ」
見ず知らずの人間に言われたら何も知らないくせに勝手なことを言うなと思う言葉だが、本気で言っているのが分かるし、花崎の言葉なら不快にならない。
「山根ー、背中塗ってくんね? スプレーだからシューッとしてくれりゃあ良いから」
「分かりました」
小林の中で山根は人畜無害だ。
しかもスプレーなので直接塗る訳でもないので、気にしない。
「サンキュー。山根も日焼け止めしとく?」
礼を言ってスプレーを受け取ると、花崎は山根に問う。
「そうですね、一応…」
「じゃあこれ好きに使っていいから。背中スプレーする?」
机の上にある日焼け止めを指した後、スプレーを手に取って問えば、山根も頷いた。
「あ、じゃあお願いします」
と、向けられた背に花崎は日焼け止めをスプレーしていく。
「ほい完了。あとは自分でな」
「ありがとうございました」
お礼を言ってスプレーを受け取り、塗りにくい場所にかけたあとは、塗るタイプのものを腕や腹に塗っていく。
「これでよし!」
「じゃあ行くか!」
山根の準備も整い、では皆で、と花崎が足を踏み出した。
「あ…」
と、そこで大友が声を上げた。
「どうした?」
「何かありましたか?」
思わず足を止めて花崎と山根が振り返れば、大友は少し考えた後、面白そうな顔で首を振った。
「んー…なんでもないよー」
怪しい、と花崎も山根も思ったが、こういう状態の大友から答えを聞き出すのは難しいと二人とも長い付き合いなのでよく知っている。
それでも何か掴めないかとジッと大友を見るが、大友は海辺には似つかわしくない鞄を抱えると砂浜に向かって歩き出した。
「大友何それ」
花崎は疑っていたことも忘れて、大友の持つ鞄に意識を奪われた。
その問いに、にやりと笑い、鞄の中身を取り出して見せる。
「ウォーターガン。今回はこれの実験に来たようなもんなのよ」
取り出されたそれに、花崎は目を輝かせた。
「スゲーの?」
走り寄って間近でウォーターガンを観察する。
「威力はあると思うんだけど、反動がどうなるかまだ分からないんだよねー」
「俺やっていい?」
首を傾げて尋ねる花崎に、大友は少し悩むと小林に視線を向ける。
「花崎より小林が適任かも」
敢えて指定されて小林は首を傾げる。
「危ないのか?」
大体の場合、本人の希望により大友の実験台は花崎だ。
それが多少危険でも、だ。
なのに小林を指定したということはそういうことだろうと問えば、大友は肩を竦めた。
「威力によっては吹っ飛ぶからねー。水着なんてほぼ素肌な花崎じゃ流石にちょっとねー」
「なら僕がやる」
花崎が危険だというなら自分がやるしかないだろうと、小林は芝生まで戻ってウォーターガンを受け取った。
「砂浜から海に向けて撃ってみてくれる?」
「分かった」
大友の指示に頷いて海に近づき、特に躊躇いもなくトリガーを引く。
「うわっ」
次の瞬間には小林は尻餅をつく形で倒れた。
「小林大丈夫か?」
万が一にも小林が怪我をするなんてことはないと信じているが、それでも心配にはなるのだ。
花崎は慌てて小林に駆け寄ろうとして、砂を踏んで悲鳴を上げる。
「あっち―!!」
あっちあっちと叫びながら砂の上を跳ね、心配していた筈の小林を通り越して海までたどり着く。
「小林大丈夫か!?」
波打ち際で冷えた砂の上で改めて振り返り、先程よりは近い距離で小林に問う。
「お前何やってんだ?」
奇怪な行動を見送った小林は呆れ顔で花崎を見る。
「いや、砂がすっげーアチーからさあ」
「日に焼けた砂は50度から70度の高温になることもあるからねえ。花崎はサンダル履きなさい」
花崎に続いてビーチに足を踏み入れた大友はしっかりサンダルを履いている。
「花崎先輩、これ」
親切にも山根が花崎のビーチサンダルをもって近づいた。
「サンキュー山根」
礼を言ってサンダルを履いて、花崎も小林に近づく。
「で、小林は大丈夫?」
「別に」
「そっ」
そんな会話をする横で、ウォーターガンを確認していた大友が肩を落とす。
「うーん、山根位非力でも使えるやつ目指してるから、もうちょっと反動押さえないと駄目だねぇ…」
小林の脚力は少年探偵団に入ってからかなり上がっているので、その小林に耐えられないのだから、普通に考えて負荷が強すぎると判断すべきだろう。
「それ、今日明日中に如何にかなる? 俺も使ってみてーんだけど!」
新しい発明にわくわくする花崎。
自分の発明をどこまでも楽しみにされれば、大友だって嬉しいし応えたくもなる。
「まあ、俺が調整するんだし、どうにかなるでしょ」
「やっりー!!」
飛び上がって喜んだ花崎に大友は肩を竦めた。
「じゃあウォーターガンは明日にして、とりあえず遊ぼうぜ!」
そういうとさっさと遊びたいとばかりに海へと走っていった。
「お前は少しは落ち着けよ」
小林は溜息を溢しつつも、花崎に続いて海へと向かった。





「うわああああああ!!!!」
海上で山根の叫びが響く。
大友の発明の実験台になっているらしい。
「あれも楽しそうだなー」
「あれ楽しんでんのか?」
叫び声を聞いて、小林は訝し気に花崎を見る。
「山根のあれはたぶん悲鳴」
傍から見ていれば、水上を直立のまま走行していて楽しそうであるが、スピードもあるので山根は恐怖から悲鳴しか出ていない。
「ふーん」
やっぱりか、と小林は思うが、自分には関係ないのでそれ以上は特に気にしなかった。
花崎家のプールで経験した浮輪で水に浮く、というのが気に入った小林は、波のある海でそれを試し、プールにはない波に揺られる浮遊感を楽しむ。
もう少し水深の深い場所に行きたい気もするが、浮輪に上手く座れるのが水深の浅い場所であり、波があるので浜辺近くでは戻されてしまうの浅瀬で波に揺られている。
その傍で花崎は浅いながらも一応そこそこの水深はあるので泳いでいた。
花崎が近くにいることを視界の端で捉えながら、眩しい程の青空を眺めて揺蕩っていると、突然思い切り水を頭から掛けられる。
犯人は言わずもかな、花崎だ。
びしょ濡れになった小林を見て大笑いだ。
「小林って、絶対に怪我しない水の攻撃は当たるよなーぶっ!」
その笑った顔に小林も思い切り水をかけてやった。
「うっ…塩水が目に痛い…」
頭から海水を被った花崎は顔を押さえる。
「わるい…」
まさか痛い思いをさせるとは思わなかった小林は困惑して浮輪を降りて花崎に近づく。
が、近づいた途端、また盛大に水をかけられた。
「うっそー」
「ふざけんな!」
心配した分も上乗せされて小林は不機嫌で思い切り水をかける。
「負けるか!」
花崎も負けじと両手で水をかける。
そんなやり取りを、何とか浜に戻ってきたふらふらの山根と、そんな山根をずっと浜で見学していた大友が目撃する。
「青春だねー」
「青春ですねー」
今時、男女でもなかなか見かけない水の掛け合いっこだ。
キャッキャウフフというには少々激しいが。
大友と山根は離れた位置のパラソルの下に置かれた椅子に座り、これが話に聞くバカップルかと遣る瀬無い気持ち半分、友人が楽しそうで何より、という気持ち半分で見守っていた。
暫くその激しい水の掛け合いを楽しんだ花崎は満足したのか、手を止めて被害の無い水中に逃げ込み、そのまま泳いで砂浜に戻る。
「小林―! 次は砂遊びしよう!!」
「今度はなんだ」
言いながらも、小林も砂浜へ戻ってくる。
「穴掘って小林を埋める!!」
「埋めてどうすんだよ」
過去に寺の依頼で地面に埋められたことはあるが、別に面白くもなんともなかった。
「全部じゃなくて顔だけ出して埋めんの。気持ちいらしいぞ?」
やめるつもりはないらしく、花崎は説明しながらも砂を掘り返していく。
「ほれ、小林寝ろ」
言われた通り穴に横になれば、不快にならない温度だからか靄に邪魔されることなく掘り返された砂の温度が直接伝わってくる。
「なんか変なな感じだな」
「でも嫌って程でもねーだろ?」
「まあな」
小林が答えれば相変わらず笑ったまま、花崎は小林に砂をかけ始めた。
じんわりと熱くなっていく。
「大友達も手伝ってくれよー」
「嫌だよそんな重労働」
「すみません、今僕立てません…」
大友は面倒くさそうに、山根は椅子にぐったりと凭れながら申し訳なさそうに返してくる。
「大友のケーチ!」
山根は本当に無理そうなので、花崎は大友にだけ不満の顔を向ける。
「はいはい、けちで構わないから」
「ちぇーっ」
花崎は文句を言いながらも、手はきっちり小林を埋めていく。
「あちーな」
大分積みあげられたところで小林がぼやいた。
「砂風呂だからな」
「砂風呂?」
「健康にいいらしいよ」
「ふーん」
「よし、こんなもんか」
砂風呂にしてはかなり高く花崎は小林の上に砂を積んだ。
顔だけ出ている小林は周囲を掘られたのもあって、横倒しの壺にでも入っているような見た目である。
「うりゃっ」
そんなに積んでどうするのかと思えば、花崎が小林の上に飛び乗った。
50センチは積まれた砂があるので、花崎は靄に弾かれない。
「へっへーん! 小林の上に乗っちゃった」
少し重みは感じたが靄が調整しているのか、元々それほど重いものでもないのか、50センチの砂に加えて花崎が乗っても苦しいと思う程ではない。
苦しいどうのよりも、今はこの状況の方が小林には大事だった。
花崎が自分の上に乗っているのだ。
砂越とは言えその重さを直接受けている。
しかも、太陽で逆光になって見えづらいとはいえ、真正面から見下ろされている。
砂に埋められて手も足も出せないなんとも情けない格好だが、恋人が自分の胸の上に寝そべり、甘えるような嬉しそうな笑みを浮かべているのだ。
ときめかない理由がない。
「どう小林? 気持ちいい? 楽しい?」
「そうだな」
花崎の問いとは恐らく意味は違うのだろうが、実際この状況は楽しいので小林は素直に頷いた。
触れられないので、少し…いや、可成り悔しくもあるのだが。
「じゃあ次な」
時間は限られているので、次々にイベントを消化したいらしい花崎はさっさと小林の上からどいてしまった。
あまりの呆気無さに小林は舌打ちしてしまう。
花崎が行ってしまったので、小林は特に砂の中にいる意味も分からずさっさと抜け出すことにする。
厚く盛られきっちり固められた砂は、しかし靄の前では只の砂だ。
さほど苦労せずに小林は上体を起こした。
体についた余分な砂を払う様に落としていく。
「ふむ…」
花崎が離れた隙に、大友は後ろから近づいて小林に小型の水鉄砲で水をかけた。
だがそれは見事に靄に弾かれた。
「いきなり何すんだよ」
「これはこれで興味深いねえ」
「はあ?」
小林の不満の声はスルーして大友は考えに没頭する。
先程までの水の掛け合いは花崎だったからなのか、花崎と一緒だったからなのか。
花崎の家ではエア―ウォーターガンを使っても当たったというのだから、道具を使ったのは理由にならない。
次に機会があったら花崎と同時に掛けてみようと思う。
と、そこへ件の花崎が戻ってきた。
「スイカ割りしようぜー!」
戻ってきたと思ったら大きなスイカを抱えていた。
「えー。スイカ割りのスイカって砂はいるし温くなるしで俺んまり好きじゃないんだけどー」
「いいじゃんいいじゃん、風物詩だって! 冷えたスイカもちゃんと別にあるし! このスイカ観賞用だし」
食用でないスイカを用意しているあたり、完全に確信犯である。
「観賞用って鑑賞するためのもんじゃないのー?」
「鑑賞はもうしたからいーの!」
夏らしいイベントを小林にさせることが目的の花崎は譲る気はないらしい。
「良いじゃないですか大友先輩。スイカ割りって海に来たって気がしますし!」
「まあ、泳いだりビーチバレーさせられるよりはマシだけどねー」
山根も意外と乗り気なので、大友は肩を竦めて同意を示した。
「やっぱ体験すんのがいいよな! てことで小林はアイマスクで目隠しな」
小林に目隠しを他者が結ぶのは不可能なので、花崎はアイマスクを小林に渡した。
「さっきから僕ばっかりじゃねーか」
一応受け取りはするものの、アイマスクを付けずに不満そうにぼやく。
「だってたぶん体験したことないの小林だけだもん」
俺もないけどねー。とは大友は口にしない。
花崎にも何かさせたいとは思うが、花崎は大体のことを経験しているのだと気付いた小林は、自分もある程度体験するのも大事なのかもしれないと思い直す。
探偵などやっていると何が役に立つか分からないからだ。
小林は面倒なことは嫌いだが、必要なら面倒でもやる真面目さを持ち合わせていた。
「目隠ししてどうすんだ?」
「俺たちが声で誘導すっから、目隠ししたまま歩いてってその棒でスイカを割るって遊び」
「そんなことして何が楽しいんだ?」
「やってみりゃわかるって」
花崎が期待しているので仕方ないと、小林はアイマスクをする。
「その場で回るのはいいか。代わりにスイカ移動させよう」
小林が目隠しをしている間に、花崎は適度な距離を開けて西瓜を設置した。
「よーし、小林! 俺らが声かけるからそれに従って行動な!! とりあえず左向いて真っすぐ!!」
見えないというのは思った以上に違和感があった。
けれど動き方は花崎が言っているのだからと、言われた通りに左を向いて歩きだす。
「小林―もっと右―。そうそう、そっちそのまま」
左を向き過ぎたらしく軌道修正されるので、今度はそちらに向かう。
正直自分で見て好きなように動けないというのは何とも面倒臭い。
けれど、どうせ見えていようといなかろうと、いつも小林は花崎の思うままの行動の後ろをついていくのだから、見えなかろうと普段と変わらないと気づいて気持ちを持ち直した。
「あ、それだと右に行きすぎです。そこからは真っすぐです真っすぐ」
「あーていうか今度は左に行きすぎてるからもうちょい右にずれた方がいいねえ。って、俺の言葉は聞かないの!?」
流石に傷ついちゃうよ、俺。と大友が言えば小林は渋々指示に従った。
山根をからかったりしているところを度々目撃する所為か、初めて会った依頼の時に面白がって余計な機能を付けた所為か、小林の中で大友への信用は今一つ低い。
だが完全に信じていない訳でもないので、他の二人も特に何も言わないということは間違えてもいないのだろうと判断して、従うことにしたのだ。
「お、もうすぐだぞ小林!」
花崎がそう叫んだところで、小林が砂に足を取られて滑った。
「うわっ」
目隠しをしているせいでいつも以上にバランスが取りづらく、そのまま前倒しに転んでしまう。
同時に、上に伸し掛られることとなった西瓜が弾け飛んだ。
「あっはっはっはっはっは!!」
「わーお」
「だ、大丈夫ですか?」
花崎は大笑いだ。
大友は感嘆の声を上げた。
山根は小林の無敵は知っていても心配している。
「大丈夫かー? 小林」
声をかける花崎の前でアイマスクを外した小林は不服顔だ。
「………ああ」
転んだ恥ずかしさやら苛立ちやらがあるが、何とか飲み込んで小林は頷いた。
小林が頷いたので安心して、下敷きになった西瓜を見る。
見事に粉砕されていた。
「粉砕しちゃったけど、スイカ割れたのは確かだな」
「これでいいのか?」
「いいんじゃね」
花崎の言葉に小林が問えば、花崎が笑って答えた。
「どう? 小林楽しかった?」
「全然」
訳の分からないまま動かされて、本来は達成感を得られるかもしれない獲物の西瓜を転んで粉砕だ。
楽しいはずもない。
「だよな」
肩を竦める花崎は、けれど笑いを堪えられないようで、小林を見てもう一度噴出した。
苛立たしいので、小林は先程の水のように手元にある砂を救い上げるように花崎に掛けた。
小林は座っているので高さ的に精々足から腰まで位にぶつかる程度だが。
「いてっ! 痛いって小林!! 砂は痛え!!」
何回かかけてやれば、慌てて小林から距離を取って走って逃げた。
砂が絶対に届かない距離まで逃げた花崎は改めてその場にいる3人を振り返る。
「じゃあ、部屋に戻って今度はスイカ食べようぜー」
「相変わらず忙しないねえ」
花崎の言葉にそう言いながらも大友は館の方へ歩き出す。
「良いじゃないですか。喉も乾きましたし」
山根もそれに続いた。
小林は一つ溜息を吐いて、立ち上がると、やはり同じように続いた。
先に館に戻った花崎は砂を落とすと、出迎えてくれた管理人に西瓜の件を伝えて井上の部屋へ向かう。
ドアをノックすれば中から返事があった。
「井上ー、疲れ取れたー? スイカ切ってもらうから食べようぜー」
許可を得て花崎がドアを開けると、井上は椅子に座って本を読んでいた。
「わかった」
疲れは大分取れたらしく、井上はいつもの調子で頷いた。
花崎と井上が庭に出れば、既に西瓜は用意されていた。
食べやすいように一口サイズにカットされたものと、手に持って食べる用に切られたものがある。
花崎の家で食べるものは基本、一口サイズにカットされたものだが、世の中で思われる〝夏らしいスイカの食べ方〟を考慮してくれたようである。
小林達は庭に備えられたテーブルに座って既に西瓜を手にしていた。
「あー! ずりー!!」
先に食べられていた不満を叫んで、花崎も急いで椅子に座って西瓜を手にする。
「つっめてー!」
思った以上に冷えていた西瓜に花崎は歓声を上げる。
「あー…冷たいのはいいねえ」
何故か海辺でもずっと白衣を着ていて、実際水遊びをしていない大友は余程暑かったのか、しみじみと呟く。
「この西瓜は甘くて美味いな」
「井上は~緑色野菜が特に嫌いだから~、スイカも苦手なんじゃないかと思ってた」
西瓜は瓜の仲間である。
日本の分類で言えば野菜に属する。
「冷やした西瓜は甘いから平気だ」
大友の言葉に顔を逸らして井上は少し拗ねたように呟いた。
「なあなあ、水上バイクもあるし井上も明日は一緒に遊ぼうぜ!」
そんな井上に、花崎は思い出したように声をかける。
「水上バイクか…確かに暫く乗っていないから練習するのも悪くないな」
提案された内容に、井上も乗り気だ。
「よっしゃ! 井上のバイクにバナナボートくっつけて振り回してもらおう」
「バナナボートは小林は危ないんじゃないの?」
正確には、小林が危険と判断された場合、一緒に乗るであろう花崎が。
もし一人で乗せた場合、バナナボートかそれを引っ張る井上が。
「えー駄目かなぁ?」
「別々にやるならまだしも振り落とされた場合、安全とは言い切れないな」
ましてや同じバナナに乗るとしたら、滑りやすいボートの上ではうっかり30㎝を超えかねない。
井上と大友に指摘されて花崎は肩を落とした。
「小林と一緒に出来ないんじゃやめとくかー」
「やらないのか?」
それを見て小林は首を傾げる。
小林が危険だというなら小林が乗らなければいいのだ。
見える範囲に花崎がいるなら、遊ぶために多少の距離が空く程度なら許容できる。
花崎まで止める必要はないと小林は思うのだが。
「だって小林と遊びてーんだもん。小林が出来なかったら意味ないじゃん」
けれど、当たり前のように言われて、小林は胸が温かくなった。
「そうか」
花崎はただ遊びたいのではない。
小林といることに意味があるのだという。
花崎の言葉が嬉しくて笑みを漏らした小林だが、小林が嬉しそうに笑ったのを見て花崎も嬉しくなった。

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