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07 May

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06 March

呪いの恩恵

Twitterでお題を募集した際、
「恋を成就できなければ死ぬ」
と頂いたので、内容はそんな感じです。










大粒の真珠のネックレスが明智探偵事務所に持ち込まれた。
依頼内容は『呪いを解いて欲しい』というものだった。
曰く付きの真珠で、持ち主は思い人と添い遂げて幸せになるか、なれなければ呪いによって死を迎えるという。
一見甘美な空想のようなそれは、確かに呪いである。
例え真珠を手放したとしても、次の持ち主が決まるまで呪いは蝕み続ける。
依頼人の娘が、現在の持ち主である。
依頼人は母から譲られ、そして妻へと贈った。
夫婦仲は良好だったが、昨年、その妻が先立ち娘に譲られた。
その時はまだ問題なかった。
母を失って恋をする気持ちもなかった。
だが、母を失った寂しさを埋めてくれる存在が現れた。
裕福な家であったため、定期的に訪れる庭師がいたのだ。
その庭師の弟子の青年は塞ぎ込む彼女の心を慰めてくれた。
その青年にゆっくりと惹かれていったのだ。
だが、青年には既に仲の良い妻がいた。
会話する中で妻の話も少女は聞いていたので、最初から諦めてはいたらしい。
寂しかった時期に優しくしてもらえたから憧れただけなのだと。
けれど、真珠は人間の都合など考慮しない。
持ち主が恋をしたなら、その時点で呪いは発動してしまう。
しかしただ判定を待つだけではなく、持ち主が思い人と会う機会や話す機会を生み出したりする。
持ち主のが恋の成就に必要な条件を整えはするのだ。
けれど、持ち主の娘は略奪愛など望まない心根の持ち主だった。
相手の幸せを願える娘だったのだ。
不思議なほど会う機会が増えたことに最初こそ喜びはしたものの、祖母から聞かされていた真珠の逸話を思い出した。
日を重ねるごとに疑いを深め、ある現象により確信した娘は、父親である依頼人に自分の恋心を晒して相談した。
最初から諦めているのだと。
それなのに近づく機会ばかり増えて苦しい。相手の奥さんにも悪いと。
母の形見ではあるけれど、と、真珠を燃やそうとした。
そして意識を失った。
意識を失った娘を慌てて抱き起した依頼人は、娘が暫く家の中でも手袋をしていたことを思い出した。
指先ケアだと聞かされていたので、年頃の娘だしと気にはしていなかった。
しかし、手袋を外せば、爪が真珠色に染まっていた。
いや、真珠になっていた。
呪いは発動したときから少しずつ娘を蝕んでいたのだ。
だからこそ、娘は真珠が原因だと確信して燃やそうとしたのだろうと依頼人は告げる。
「お願いです、呪いを解いてください!!」
娘が倒れたのは、真珠を燃やそうとしたからではなく、呪いに抗う体力が残っていなかったからであった。
「壊すことも燃やすことも出来ず、このままでは娘が死んでしまいます!」
呪いは進行し、娘の指先まで真珠になっているという。
藁にも縋る思いだったのだろう。
「解くと言われましても……」
しかし、井上は困惑した。
物理的に原因があるならまだしも、呪いなど完全に畑違いである。
「恋人と結婚を控えた方に譲るというのは如何でしょう?」
それならば、恋は成就したものとなり呪いは祝福に変わる筈である。
井上の提案に、依頼人は首を振った。
「過去に、祝いの品として贈った結果、亡くなってしまった方がいるのです……」
お見合い結婚、政略という程ではないにしても家の為の結婚、幼いころから決められた婚約者で相手を家族のように愛せても恋は別の人間にしてしまう場合等。
確実に恋で結ばれた結婚とは限らない為、迂闊なことはできないのだという。
だからこそ、呪いを解く、という依頼なのだろう。
どのように取り掛かっていいか分からないので、井上は少しでも情報を集めることにする。
「しかし、持ち主としての権利が移ったかどうかはどうしたら判るんでしょうか?」
探偵として依頼人の意思に反することはしないつもりだが、人命にかかわるとなれば一時的にでも誰かに移して時間を稼ぐ手段も検討に入れる。
「真珠は持ち主以外が直接触れようとすると、拒むようにその手から抜け落ちるのです。箱を持ち歩くには問題ないですし、鎖部分を持てば支障がないのですが……」
またしても非科学的な話が出て井上は困惑する。
神社仏閣、或いは協会にでも行った方がよいのではないかとすら思う。
恐らく、其方は既に済んでいるのであろうが。
「……一度、手に取ってみても?」
取り敢えず依頼人の言葉を検証すべく井上が訊ねた。
「はい、勿論」
依頼人が頷いたので、ハンカチで手を拭い、真珠を直接手に取ってみることにした。
が、持ち上げた、と思った次の瞬間、音を立てて真珠が床に落ち、大きく跳ねて転がった。
「すみません」
慌てて立ち上がり、鎖がついている筈なのに鎖の重さがないかのように思いの他遠くに落ちたそれを拾いに向かう。
「いえ。分かっていたことですから」
苦笑する依頼人を前に、井上は動きを止めた。
何のことはない。
真珠の落ちた近くに小林がいたからだ。
「小林、それを取って箱に入れてくれ」
言われて仕方なしに、自分のもとに転がってきたそれを小林は摘まみ上げた。
靄のエリア内にあるそれを拒むほど狭量ではない。
「箱を寄こせ」
摘まみ上げたそれを持ちながら、箱を催促する。
「あれ、小林持ててる?」
小林の隣に座っていた花崎は首を傾げた。
「それがなんだ」
「いや、今の会話の流れから行くと、持てねーはずじゃね?」
「箱に戻すための動作だったから、落とさなかったんじゃないか?」
でなければ持ち主が拾わなければいつまでたっても落としっぱなしになりかねない。
「でもそれだと井上だって確認する為に持っただけだったよな?」
「何が言いたい?」
「いや、何でだろうなーって思っただけ」
首をひねる花崎の横で、小林は真珠を箱に戻して床に置いた。
花崎の言葉を頭に留めながらも、それを回収して井上は椅子に戻る。
だが、改めて向き合えば依頼人が困惑していた。
「どうかされましたか?」
「持てないのです。私も鎖部分ならまだしも真珠を直接持つことはできません」
そう言って、視線を小林に向けた。
「それはつまり……」
井上も流石に困惑しつつ言葉を濁した。
とはいえそれで何が変わる訳でもないので、何かの足掛かりになればともう一度その場にいた人間で試すことにした。
結果、やはり小林だけが真珠を落とすことなく手に取ることが出来た。
「これは……」
その場にいた面々は困惑した。
〝真珠が持ち主以外には持てない〟というのが本当だとすれば、この現象が起こる可能性として一番高いのは〝小林が持ち主になった〟ということだ。
そこに依頼人の携帯が鳴る。
娘が意識を取り戻したというものだった。
全員の視線が再び小林に集中する。
「な、なんだよ!?」
困惑する小林は別として、これはもう確定だろうと誰もが思った。
直ぐにでも娘のもとに駆け付けたいであろうに、小林に対して困惑と心配をする依頼人に対して、大丈夫だと説得して依頼完了とし、報酬とその一部として小林の物になってしまったらしい真珠をもらい受けた。





改めて試してみても、小林が持ち主になってしまったのは間違いないようだった。
何故そうなったかは分からないまでも、少年探偵団の面々は危機感は抱いていなかった。
小林が恋心などとは無縁にあると皆思い込んでいたからだ。
何故真珠に選ばれたのかは分からないながらも、問題はないと判断したのだ。
しかし、ひと月以上の間をおいて小林が呪われた。
流石の靄も、呪いという形の無いものは防ぎきれなかったらしい。
最初は誰も気づかなかった。
防ぎきれなかったとはいえ、靄が小林が死なないように抵抗していた為、分りやすい症状には出なかったのだ。
けれど、少しずつ靄が弱まっていった。
小林が小さな怪我をするようになって、最初は心配しつつも靄が消えかかっていることに皆喜びもした。
真珠の件から暫く経っていたのもあって、結びつかなかったのだ。
だから、単純に小林が生きたいと思えるようになったか、力を制御できるようになってきたと思ったのだ。
そうではないと気付いたときには、呪いはかなり進行していた。
靄が完全に消えた小林の爪は、元の持ち主の聞かされていた症状と同じものだった。
まだ衰弱はしていないが、予断を許さない状況なのは確かだ。
ここにきて皆大いに慌てた。
特に花崎は焦りを隠せなかった。
「小林! 相手は誰だよ!? 取り敢えず告白してみるとか! お前、顔は良いし前よりクズじゃねーしカッコいいし、相手ももしかしたらお前のこと好きかもしれねーじゃん!!」
「知らねーよ」
花崎が焦りながら問うても、小林は食べ物片手に興味無さそうに答えるだけだ。
「知らねーって、お前のことだろ!?」
「小林に恋をしたという自覚が無いんだろう」
尚も食い下がる花崎の言葉に、井上が額を押さえながら言う。
井上も、相手が分かれば何か対策のしようもあるが、それすらも判明していない状況に頭を悩ませているのだ。
「あー! もう!!」
井上の言葉に納得しつつも、受け入れがたく花崎は頭を抱える。
「誰なんだよ……野呂、とか?」
「はぁー!? そんな訳ないじゃん! 何言っちゃってってるかなー?」
思わず呟いた言葉に、当の野呂が即座に反応して否定する。
「だって、小林の知り合いの女なんて野呂くらいしか思いつかねーし!」
「確かに……」
花崎の言葉に山根も頷く。
その二人の態度に、野呂は井上とは別の意味で頭を抱える。
「あーのねー……男女抜きってみたら、どう考えても花崎でしょ!」
「男女抜きにすんなよ!」
「するにきまってってるでしょ! 大体コバちんが男女の性差とか気にすると思う!?」
「うっ……」
普通はする、と言いたいところだが、こと小林に関しては花崎も野呂の言葉を否定しきれない。
「でも、だからって俺はねーだろ」
「花崎じゃないなら世界中探したっている訳ないじゃん!」
野呂の有り得ない言葉に、花崎は救いを求めるように井上に視線を移す。
「野呂までおかしくなってんぞ!? 井上もなんか言ってくれよ!」
「いや、確かに異性に限定しなければ花崎の可能性が一番高いと俺も思う」
だが、井上から返ってきた答えは花崎にとって無情なものだった。
「近場で済ませようとしないで真面目に考えてくれよ!」
「でも恋の相手って大体近場の人ですよね」
花崎の叫びに、山根の的確なツッコミが入る。
「一目惚れとかあるかも知れねーじゃん。依頼人とか……」
「小林は依頼人に私情を向けるタイプではないぞ」
それでもなお、可能性を探そうとする花崎に井上が追い打ちをかける。
まるで、小林の相手は花崎だと思っているような視線付きでだ。
「でもぜってー、俺はねーから! それは断言できっから!」
この場に味方はいない、と理解して、しかし譲れない花崎は俯いて、それから勢いよく否定する。
「小林は? 本当に心当たりとかねーの? おやつくれた優しいお姉さんがいたとか」
「いねーよ。大体何でおやつなんだよ」
食べ物を与えられただけで簡単に好きになるのかと思われても困る。
それでは小林は花崎にも明智にも井上にも山根にも惚れなければならないということになる。
いつも以上に煩い花崎に辟易しながらも、小林は一応返事をして最後の一かけらを口に放り込んだ。
「花崎は何で自分ではないとそんなに確信が持てるんだ?」
井上の問いに、花崎は一瞬身を震わせた。
それから慌てたように困ったような表情を作る。
「そ……れは……と、とにかくねーもんはねーんだって!!」
花崎が断固として否定するので、小林の恋の相手探しは完全に暗礁に乗り上げた。




それでも花崎は過去の依頼人の写真や映像を持ち出したり、時折訪れていた学園に連れて行ったり、小林を連れ歩いたりと何とか相手を探そうとした。
けれどどれ一つ小林の反応を引き出すことはできなかった。
大友や野呂はいい加減認めろと花崎に告げるが、やはり花崎は頑として頷かなかった。
皆小林のことを心配しているのだ。
だから小林の想い人を特定しようという気持ちはあった。
けれど、やはり誰もが小林にとって花崎以上の相手がいるとは思えなかった。
花崎を除いて。
「花崎は小林のことをどう思っているんだ?」
ついには可能性でしか考えていなかった筈の井上までも花崎にそう問うようになった。
「そりゃ小林のことは好きだけどってか、小林が好きな相手探すのに何で俺が関係あんだよ!」
「花崎、忘れたか? 呪いは持ち主を蝕むだけじゃない。想い人と結ばれる為の条件を整えようとする」
「だから何だよ?」
「気付いてないのか? いや、元々お前たちは組んでいたから自覚できなかったのか」
「何のことだよ?」
「小林が真珠の持ち主になった日から、更には呪いが発覚した頃から、お前は小林を助けるためにと常に一緒にいるだろう。以前は学校や用事で会わない日もあった。だが今は小林を助けるためにと会わない日がない」
「それが……いや、そんなの普通仲間が死ぬかもしれないってなったら皆そうなるだろ?」
それが何だと言おうとして、真珠の逸話を思い出した花崎は戸惑いながらもなんとか言い訳を口にする。
「そうかもしれない。だがそれでもやはりお前以外はここに来れない日が確実にある。お前だけが以前より小林の近くにいるんだ」
そのことに気付いたからこそ、井上は確信し、直接花崎に問いかけたのだ。
小林をどう思っているのか、と。
「そんなこと言われたって……」
「お前は、もしかして小林をそういう対象に見ることが出来ないから、頑なに否定しているんじゃないのか? 呪いは上辺だけで両想いになっても意味が無い。だから自分以外であって欲しいと。そうでなければ小林を救うことが出来ないから……」
「そんなんじゃねーよ!!」
井上が言い終わる前に花崎は悲鳴のような音を滲ませ叫んだ。
常にない辛そうな花崎の様子に、井上は口を噤んだ。







とうとう小林が歩けなくなった。
それでも相手を見つけることを諦めない花崎は、過去の依頼人の写真などのデータを持ち出して並べて表示し始めた。
「安心しろ小林、今日こそぜってー見つけてやっからな!」
ベッド横になる小林にそう告げて端に腰を下ろし、花崎は自分がいなかった期間のフォルダも開いて写真を集めていく。
「別に見つけなくても良い。このままなら僕は死ねんだろ」
以前のように『死にたい』と口にすることはほぼなくなっているが、それでも靄が残り続けていたように、小林は死を求める想いを捨ててはいなかった。
渇望するほどではなく、けれど死にたいと思う事は長年植え付けられた強迫観念で、そう簡単に消えるものではない故に最終的な思考の帰結がそこになるのだ。
「でも……でも、俺が殺すって約束したじゃん!」
小林の言葉に、空元気を宿した表情を曇らせ、目じりに涙を浮かべて花崎が訴える。
なら今すぐ殺せばいい。
そう思わなくもないのだが、小林の口からは全く違う言葉が出た。
「泣くな。お前がそうやって泣くと……死にたくなるし生きないといけない気がするだろ」
思わず手を伸ばして花崎の頬に手を当てれば、それが引き金になったように溜まっていた涙が落ちて小林の手を濡らす。
「どっちだよ……」
「泣き止ませてからじゃねーとおちおち死んでらんねーって思うだけだ。でもなんかスッゲーもやもやするからさっさと死にたくもなる」
「俺どうしたら小林死にたくなくなんの?」
泣けば死ねないとは思ってくれても同時に死にたいとも思ってしまうのでは、泣いて引き留めることも出来ない。
どうしたら、と言われて小林は考える。
別にそれでも良いと思っているから猶更だ。
〝失われる〟ことを知っている小林は以前とは違い、幸せだと、楽しいと、そう感じるからこそ、〝今〟が失われるなら死んだ方が増しだという思いを持って死を望んでいる。
けれど、まだ生きていたいと、思う事も増えた。
それは間違いない。
どういうときにそう思うか。
「…………笑えよ」
たっぷり間をおいて、小林の出した答えはそれだった。
花崎が笑っていると安心できる。
安心して、まだ傍でその顔を見ていたいと思える。
「小林が生きたいって思ってくれたら俺笑うから……」
小林が生きることで花崎が笑うなら、生きなければならないと思う。
その為にはこの呪いとやらをどうにかしなければならない。
ここにきて、小林は初めてまともに考えを巡らせた。
「僕は……」
巡らせて、気付いた。
考えればすぐに分かることだった。
恋だか何だかは本当のところよく分からないけれど。
明智に言われたことを思いだした。
相手がいなければ死ぬ。そんな存在だったはずだ。
だとしたら、確かに小林には恋の相手がいることになる。
「お前が好きだ」
「………へ?」
最初花崎は、問いに対して返ってきた言葉を理解しかねて疑問を浮かべ、次に意味を理解して困惑する。
「こんな時に何言って……」
「こんな時だからだろ。僕が好きな相手を見つけるって話じゃなかったか?」
「そ、そういやそうだな!」
好きな相手が見つかれば、解決の糸口にはなる。
解決するかは相手次第であるが。
「でも違うから……。だって、小林が俺を好きなら呪いなんてかからねーもん」
小林が漸くたどり着いた答えに、しかし花崎は首を振る。
「何でだ?」
「だってその呪い、両想いなら死にそうになったりしねーんだろ?」
花崎の言葉に、小林は首を傾げる。
確か両想いであっても別の人間に取られたら駄目だったと話を聞いた気がする。
「じょうじゅ? しなきゃダメなんじゃなかったか?」
「………そうだっけ?」
小林の言葉に、小林よりきちんと例の依頼人の話を聞いていた筈の花崎は、初めて知ったかのように目を瞬かせる。
「成就ってなんだろ」
「知らねー」
自分以上に理解が追いついていない花崎に呆れるような視線を送りつつも、腕を伸ばして引き寄せた。
抵抗もなく花崎は小林の胸に乗るように倒れ込む。
「まあ、呪いとかいうののお陰でお前にこうやって触れるなら、このままでもいいけどな」
息が届きそうなほど近くにある花崎の顔を見て僅かに表情を緩める。
逆に花崎は不満そうに顔を歪めた。
「それだと小林死んじゃうじゃん」
「ならお前が何とかしろよ。お前が殺すんだろ? 取り敢えず僕が好きなやつは分かったんだ。呪いに先越されねーようにしろ」
「んなこと言ったって……」
花崎は困惑する。
小林が好きである自覚はある。
小林も花崎が好きだと言った。
ならばこの恋は成就しているということになる。
だが、呪いはまだ消えていない。
真珠がどうしたら成立したと判断するのか全く分からない。
そんなことを考えている花崎の無言の表情を眺めていて、ふと小林は気になった。
「お前は?」
「へ?」
問いかければ、突然の問いに花崎は首を傾げる。
「お前は、どう思ってんだ?」
「俺は小林の事……好きだよ」
気恥ずかしさと、少しの申し訳なさを感じながらも、花崎は素直にそう告げた。
「なら〝両想い〟なんだな」
「そうだな」
花崎は頷いて小林の手を握る。
その指先は真珠色に染まったままだ。
「でもこれじゃ呪いとかいうのは消えねーんだな」
「やっぱり俺と小林の感情が違うんじゃ……」
花崎が頑なに否定していた理由はそこだった。
小林は少年探偵団のメンバーを嫌ってはいない。
好きと言っても良いかもしれない。
けれどそれが恋や愛に結び付くかと言われたら、不明なのだ。
そう落ち込む花崎の口を突然小林が己のそれで塞いだ。
「ぅ……ん、む……んんっ…」
思わず頭を引こうとする花崎の後頭部に手を回し、逃がさないようにして幾度もそれを繰り返す。
「いき、なり……なに……すんだよ」
小林の肩を掴んで何とか引き剥がした花崎の目に、悪びれのない表情が映る。
「結局じょうじゅとかいうのしねーで死ぬなら、触れるうちに触っとこうと思った」
どう触ればいいのか分からないので、とりあえずしたいことをする、と小林は再び顔を寄せた。
「だ! 駄目!!」
思わす花崎は手で小林の顔を押さえる。
「嫌なのか?」
「嫌じゃないけど無理」
「嫌じゃないのに何でだ?」
「何でか分かんねーけどこれ以上は今は無理!!」
今まで指一本触れることも出来ず、最近触れられるようになったとはいえ呪いで弱ってい相手の看病のような状況だった。
それが、突然きちんと触れられる上に、理由は無く意味だけが存在する触れ合い。
抱きしめられて相手の体温に触れるだけで飽和状態だ。
その上、唐突で驚いて思考が回っていない状況でされたキスならまだしも、意志をもってそれを受け入れるのは嫌ではなくても心の準備が足りない。
小林の状態を考えればそんなことを言っている場合ではなく、好きにさせるのが正しいのかもしれない。
しかし残念なことに、そう踏み切るには花崎に耐性がなさ過ぎた。
真面目雰囲気ならまだしも、そういう意味を持って小林の顔が近づくだけで心臓が悲鳴を上げる。
「今度ならいいのか?」
「………ちょっとずつなら、慣れると思う………けど……」
今度ならいい、と言ったが最後。
どこまでも追いつめられるだろうと、多少の混乱の中にあっても冷静な部分がそう告げさせた。
小林の呪いも衰弱させてはいるが今日明日に死ぬほどは進行していないので、そうすることで先を繋ぎたい気持ちもどこかにあった。
「わかった」
小林は頷いて、花崎の頭を抱え込むように抱きしめると髪を撫でながら時折口づけを落とす。
「こ、こばやし……」
「ちょっとならいいんだろ」
「ううっ……」
何をされているのか見えなくても分かる花崎は情けない声を出すが、一歩引いてくれた小林の言葉に何も言えなくなる。
小林はふと、だるさが消えていることに気付いた。
そして視界に入った手を見て理由を悟る。
「花崎」
「……何?」
「治った」
「何が……?」
あまりにもあっさり言われたものだから、花崎は小林の腕の仲という恥ずかしさの所為でまともに思考が働いていないのも手伝って、最初意味を理解できなかった。
「………なおった? え!? 治ったって、治ったってことか!?」
が、だんだんと意味を理解して、慌てたように起き上がり小林の腕を抜け出せば、不満そうながらも仕方ないと言わんばかりに花崎に回していた腕を放して自分の顔の前まで持ってくる。
「だからそう言ってんだろ」
言いながら、小林は手を見せる。
真珠色のマニキュアを塗っていたような指先は普通の色に戻っている。
「よ、よかったー!」
脱力して花崎は体重を預けると、今度は自分から小林に腕を回した。
「あれ、治ったのに俺触れてる?」
靄の力をも凌駕した真珠の呪いともいえる力が、〝恋人たちに幸せをもたらす〟という祝福に変わった瞬間だった。









後々、だから言ったのだと散々小林を心配する羽目になったメンバー達から花崎は責められた。
普段は聡い癖に自分に向けられる好意になると途端に鈍感になるのを少しは改善する努力をしろという責めに、怒られているのか心配されているのか判断がつかず気恥ずかしさを伴うので、花崎にはある種これ以上ない苦痛だ。
しかし『成就しなければならない』という部分をすっかり失念して、自分は好きなのに呪いに掛かった時点で小林の相手は自分ではないと花崎が思い込んだりしなければ、ギリギリになるまで小林を危険に晒すこともなかっただろうと花崎もその気遣いと呆れの含まれたお小言の嵐を粛々と受け入れた。
一番の被害者であるが、そもそも自覚していなかったお前も悪いのだと一緒に怒られている小林は、聴いているのか怪しい様子で花崎を抱きしめて満足そうにしていた。
残念ながら靄は復活してしまい花崎以外触れない為、引き剥がして説教することも適わず花崎だけが真面目に怒られているうえに小林に抱き着かれて恥ずかしい思いをするという二重苦を背負う羽目になった。
最終的にはそんな状況に納得がいかなくなった花崎が、説教が終わるまで接触禁止を言い渡したうえで小林を正座させた。
その様子を呆れと安心半々で他のメンバーは見守った。
勿論その二人のやり取りは説教を中断しての小さな戦いであったため、更に説教は続いたのだが。




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