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19 May

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09 July

囮捜査・前編


小林の靄は既に制御可能とかいう扱いにしているのに明智君がいます。

奈緒ちゃんもいます。
平和な未来が欲しかった……。






二人組の女子が狙われる事件が増えている。
一人だと警戒するが、もう一人いることで少し安心してしまう心理を利用しての犯行だ。
「ということで花崎、小林。お前ら囮担当な」
「なんで俺ら?」
明智の言葉に花崎が首を傾げる。
「犯人が狙うのが女子高生が多いらしいからだ」
それは聞いた。その上でやはり花崎には理解が及ばない。
「いや、じゃなくて俺ら女じゃねーし」
「んなこたー見ればわかる。が、見てわからない様にすれば良い訳だ」
にやり、と明智が笑ったのを見て花崎は何となく分かってしまった。
「ま、まさか先…明智さん……」
「頑張れよ、女装!」
「無理だってー!!!」
即座に否定する。
「声でバレんだろー!」
明智に物真似を披露して散々ダメ出しを食らった過去はそう遠くない。
「そこでこの天才大友久君のでっば~んなのよ」
珍しく事務所にいた大友がそこで声を上げた。
どうやらこのために事務所に赴いたらしい。
大友が取り出したの幅1センチほどのリボン状のもの。
「なんと世紀末の1990年代、既にとある少年漫画で探偵が使っていた便利グッズ! 流石にあの形ではないけど実現させることに成功したんだよ」
「便利グッズ?」
疑問を抱きつつも、大友がここまで勿体付けるのだから見た目に反してきっとすごい効果を持っているのだろうと花崎は目を輝かせる。
大友はこの反応を見る為に態々事務所まで足を運んだと言ってもいい。
「じゃーん! 特殊変声機付きチョーカー! これを使えばたとえ声真似が苦手な花崎でも完璧な女の子の声をを出すことが可能になるよー」
「マジかよ! スッゲーじゃん!!」
「でしょー」
早速、チョーカーを受け取って首に巻く。
「あー、あー。うおっ! マジで声が違う!! スゲー!!」
出てきた常の自分とは違う声に花崎は驚きながらも面白そうに声を上げる。
「こっちの端末でデータ送ると声の変更できるから」
つまりいくらでも声が変えられるということだ。
「へー!」
「まああんま違うと自分で違和感持ちそうだから、元の声をベースにすんのがいいだろ」
どんな声が良いかと楽しそうに悩む花崎だったが、明智の言葉に苦笑する。
「自分の声がベースでも違和感しかなさそーだけど」
よく考えなくても、瞬間的に遊ぶのでないとしたら違和感の方が大きいだろう。
「取り敢えずチョーカーは2本用意してもらったから、花崎と小林二人で行ってこい。声が女なら大体のやつは見た目が若干男でもボーイッシュな女と判断する」
「そゆことね。りょうかーい」
声の問題もなくなり、ならば何とかなるかも知れないと頷いた花崎に驚きの視線を向けたのは小林だ。
「待て。僕はやるなんて言ってないぞ!」
「花崎が受けた以上、小林に拒否権はない」
そもそも俺の命令は絶対だし―、と明智が言うが、それで納得する小林でもない。
「何でこいつがやるからって僕までやらなきゃなんねーんだよ!」
「だって相手は二人組を狙ってくるんだから当然だろ? 井上車椅子だし、野呂はあれで本当に女だから危ねーしそもそも外に出ねーし、俺らしかいねーじゃん」
花崎まで首を傾げる始末だ。
しかも言っていることが意外なことに正論だ。
「だからって……」
「諦めろー。何言っても結果は変わらねーぞ」
今この場に小林の味方は一人もいない。
その状態で小林が何を言ったところで現状を覆せるはずもなく。
靄を制御できるようになってから、小林が嫌だと思う仕事でも明智は容赦なくやらせる。
正直不満だ。靄を制御できるようになったのはこんな事をする為では無かった筈だ。
盛大に舌打ちして、しかし花崎も乗り気な以上、どうにもならないと諦めた。
「声は明日までに調整してきてあげるよ」
「サンキュー」
大友の言葉に花崎は礼を言うと、なら俺らも準備しないとなー、と言って小林を連れて街へ繰り出した。






「んー…こんなもんか」
口紅をしまって、花崎はもう一度鏡で自分の姿を確認する。
自分なので今一つ自信は持てないが、きちんと女に見える、気はする。
次いで、漸くスカートをはいた小林に視線を向ける。
「やっと穿いたか―」
「お前がこんな服渡してくるのが悪い」
「女装なんだから仕方ねーじゃん」
小林普段足出してるし、綺麗だし、という理由で花崎の膝下丈のスカートとは違い、膝上丈のスカートを渡されたせいで躊躇いが大きかったのだが、その葛藤は残念ながら花崎には伝わっていない。
衣装に身を包んだ小林を見て、花崎は少し考える。
「小林は肌綺麗だし化粧そんなにいらねーけど、やっぱ一応しておくか」
化粧というものは、少し粉を叩いただけでもそれをしているように見せてくれる魔法だ。
ウィッグを付けてスカートをはいただけでも小林は少女に見えるが、化粧をしているという事実を加えればより女らしくなるだろうとの判断故だ。
花崎の言葉に既に不機嫌オーラしか漂わせていない小林が眉を寄せる。
「任務なんだから嫌そうにしなーい」
笑いながら花崎が化粧道具を持って近づけば、しかし任務という言葉に折れたのか舌打ちしつつも素直に待った。
「目、瞑っとけよー」
そう言うと化粧下地までは要らないだろうと、花崎はパウダーを軽く小林の顔に叩く。
「うしっ。じゃあ次は目―開けてー」
言いながら花崎が次に取り出したのはマスカラだ。
「これやるとまつ毛ばさばさになるから」
「バサバサにしてどうすんだ?」
「分かんねーけど、バサバサにする女の人多いから多分した方がいいんじゃねーの?」
「ふーん」
そういうものか。と理解できなくても納得がいけば小林は受け入れる。
「おお! 小林スッゲー睫毛増えた!!」
「増えんのか?」
「そう見えるだけだけどな」
花崎は笑って、次は口紅を取り出す。
「はーい、小林口紅塗るから口ちょっと開いて―」
花崎が小林の顎を持ち上げれば、舌打ちと同時に顔を逸らされる。
「何で口紅だけそんなに抵抗?」
今まで不機嫌そうではあるものの、素直に受け入れていたのに、口紅になった途端顔を逸らされる理由が分からない。
「そいつ食べるのに邪魔になりそうだ」
時々食べたものを赤くしている人間を見る。
血でも出てんのか? と思ったら口紅だったことも何度かある。
基本何でも食べる小林でも、態々美味しくなくなりそうなものを付けたいとは思わない。
成程、と花崎は納得した。
「落ちない口紅らしいからご飯食べても付かないやつだから」
「そうか」
ならいいかと花崎に顔を向ける。
「小林はピンクがいいかなー」
いくつもの色があるパレットの中から色を選んで刷毛を当てる。
「うん、やっぱこれだな」
小林に似合う色を塗り、完成した小林の女装を見て、花崎は自分のメイクの手腕に惚れ惚れする。
小林の素地がいいのもあるのは分かっているが。
「よし! 完成!! さっそく見せに行こうぜー!!」
花崎はどこまでも乗り気で、小林は呆れるしかない。
「おっまたせー!」
「おーちゃんと女に見えるじゃねーか」
花崎と小林が事務所に姿を見せれば、明智は予想以上の出来に賛辞を贈った。
「そのメイク道具、どっから持ってきたの?」
調整した変声期を持ってきた大友が、花崎の持つメイクポーチを指して問う。
「洋服ついでに買ってきた」
「いざやるとなるとノリノリだねー花崎」
「いやー、だってさー自分でも吃驚の仕上がりだと思うんだけど、どうよ?」
くるりと回って、全体を見せる花崎。
「まあ、女には見えるんじゃなーい?」
「可愛くない? 女に見えても軟派されるくらいには可愛くないとまずいんだよな? じゃあやり直しかー」
大友の言葉に、結構よく出来ていたと思っていた花崎は、しかし女に見える程度の出来でしかないとガッカリして肩を落とす。
「いや、それ以上はやめたほうがいいと思うよ。あんまり可愛くなりすぎても声かけづらいだろうから」
元々花崎はイケメンサイトに載る程度には顔立ちは悪くないのだ。
女装の出来も花崎を普段見慣れているものからすればまあまあだが、普通にみればきちんと美少女に分類される。というのを花崎には理解できない。
「えー、じゃあ小林は? 小林なんて完全美少女じゃん!」
「誰が美少女だ」
「近くにお前がいれば大丈夫でしょ。こいつ愛想ないし」
小林のツッコミは軽くスルーして大友は答える。
下手に単品で居るより目立たなくなる。
それにいくら可愛かろうと、無表情どころか不機嫌な表情では可愛さを生かしきれない。
クール系美少女ならまだしも、女装した小林は中身はともかく見た目はクール系が入っていないとは言わないが、どちらかと言えば可愛い系美少女だ。
ふわりと笑えれば誰もを魅了する天使の微笑みを作れるかもしれないが、それはこと小林においてはもはや不可能と言ってもいいだろう。
「そういうもんか?」
「そういうもんだよ。ね、井上」
「俺に聞くな」
話を振られた井上は、答えられる筈が無いだろうと言いながら、花崎に地図を渡す。
「お前たちが担当するのは新宿の駅周辺エリアだ。基本は東側。ゲームセンター等は見つけたら一応逐一入るように。そう言った場所で声を掛けられることが多いようだ。状況により念のために西にも足を延ばしてみてくれ」
「ん、分かった」
花崎は渡された地図を確認して頷いた。
「ゲーセン、遊んでいい?」
ついでのように問えば、井上は眉を顰めるが、その口が何かを言うより先に明智が口を開いた。
「羽目を外しすぎなきゃいいぞー。遊んでる方が警戒心持たれにくいしな」
「やっりー!」
指を鳴らして喜ぶ花崎に、羽目を外しすぎなければだからな、と井上は念を押した。






新宿に出て、花崎たちは取り敢えず歌舞伎町界隈を歩き、見当たったゲームセンターに入ってみる。
井上に念を押されたので、女子に人気のUFOキャッチャーなどがある1階を見て回る。
そこであるものを見かけて花崎は目を輝かせた。
「小林! UFOキャッチャー! あれやろあれ!!」
やや強引に小林を引っ張って奥にあるゲーム機を目指す。
そして一つのゲーム機の前に張り付いた。
「なんだこれ」
小林はその中にあるものに目を瞬かせる。
「だよな! なんだこれって思うよな!! この本人に了承を絶対に得ていないであろう明智先生クッション!! 欲しい! 事務所に置きたい! もしくは井上の車に乗せたい!」
デフォルメされ可愛らしくなった明智のクッションがそこにはあった。
名前は「あけちくん」であくまでそういうキャラという主張であるが、元になっているのが一時期有名になりテレビを賑わせた明智小五郎で間違いないだろう。
早速、と花崎は500円分チャージする。
「うーん、アーム弱すぎる―」
だが、数回やっても落ちる気配がないどころかほとんど動きもしない。
一応細々とは動きはするが。
悩んだ末、花崎は手を挙げた。
近くにいた男性店員を呼ぶためだ。
「お兄さーん、これどうやったら上手く取れます?」
「あーこれですかー。これはですね、この辺りをこう、引っ掛けるようにして落としていくんですよ」
訊ねれば説明しながら開けて、クッションの位置を整えてくれる。
取りやすいようにしてくれる心遣い付きだ。
しかもかなり優しい位置取りである。
可愛い女の子に優しくなってしまうのは男の性というやつか。
「へー! ありがとうございます!」
花崎はにこにこと笑顔でお礼を言うとさっそくゲームを再開した。
もう一度500円をチャージすると言われた通りの場所を狙ってアームを動かす。
6回目で見事にクッションが落ちた。
「やっりー!」
「おめでとうございまーす」
花崎が指を鳴らすと、見守っていた店員がお祝いを言いながらクッションを入れる袋をくれる。
「お兄さんありがとうございましたー!」
もう一度笑顔でお礼を言いながら花崎は袋を受け取る。
けれど袋には入れずに抱きしめた。
「明智先生のくせに柔らかくて気持ちいー」
ふわふわを堪能しながら目を開ければ、そこには呆れたように立っている小林。
そういえばゲームに集中しすぎていたと思い出す。
小林も少しは遊べばいいのにと思いながら、ふと閃いて攻撃に出た。
「くらえ小林! 明智先生アターック!」
花崎はもふもふと小林にクッションを押し当てる。
「わっ、馬鹿! やめろ!」
確かにかなりの柔らかさで気持ちがいいのは認めるが、向かってきているのはデフォルメされたとはいえ明智の顔だ。嬉しくない。
「君たち可愛いね」
そんな二人の様子に声をかける存在があった。
「ん? ありがとう」
褒められて、花崎は笑顔で礼を言いながらもさらりと流して小林の手を引っ張る。
軽い誉め言葉は花崎は貰い慣れている。
ついでに今の状況では「俺の女装完璧!」という気持ちである。
軟派されるほど女に見えているならば、これは利用しない手はないと思いついた。
「小林! 折角だから女限定の食べ放題! あれ行こう!!」
この格好ならいける! と花崎が言えば、食べ放題というワードに小林が俄然興味を示した。
「行く!」
「よーし! 混む時間になる前に急ぐぞー!」
「待って待って!」
見事にスルーされてしまった男は慌てて追いかけてくる。
「ん? 何?」
振り返れば、反応があったと男が少しホッとしたように表情を緩める。
「君たち、モデルとかに興味ない?」
「無いよ?」
だが続いた言葉をきっぱり切り捨てた。
「えー、もったいないよー。君たち凄く可愛いし話だけでも聞いて欲しいなー」
しかし男は尚も付きまとう。
「でも食べ放題混んじゃうから」
「代わりに好きなもの御馳走するからさ!」
余りにもしつこいので、もしやこの男がターゲットなのではと花崎は考える。
「でも知らない男の人に奢ってもらうのもちょっと…」
「俺一人で君ら二人だし、そんな心配しなくても大丈夫だって」
この言葉に、花崎はビンゴ! と内心で拳を握った。
普段から使っている常套句というのは、簡単に口から出てくるものである。
「行ってもいいけど、本当によく食べるよ? 男の子より良く食べるって言われるんだから」
食べ放題は興味があったが、犯人らしき相手が釣れてしまったのだから仕方ない。
「任せてよ」
「小林、このお兄さんのおごりで好きに食べていいって」
「お前いい奴なのか?」
ご飯を奢ってくれる、と聞いて小林も目を輝かせる。
食事を奢るだけでいいひと認定してしまうとは流石小林である。
ただしその良い人のお財布は店を選ばなければ大惨事になるが。
しかし、花崎が間違えていなければこの男はうら若い女子を食い物にするグループの一味だ。
心ゆくまで御馳走してもらおうと心に決めた。
「小林! 折角だから肉奢ってもらおう肉! 鉄板焼きステーキの店が確かあった!」
「ステーキ、いいなそれ」
「えっ…」
花崎と小林の会話に男が思わず、といった声を漏らす。
「ステーキだけでも2万超えるやつあるから滅多に行け…ないし、海老とか鮑もあった筈!」
「エビもいいな」
「だよね!」
花崎は一応、男の手前、言葉は少しだけ女性らしさを意識する。
申し訳程度だが、声が女性のものなので多少粗くても簡単にはバレないだろうと思うので、それで十分だと考えている。
「えっと、君たち?」
「お兄さん好きなもの奢ってくれるんですよね?」
冷や汗を垂らす男に、花崎はにこりと笑顔で大出費を突き付けた。
それでも生温いと思っている。
制裁を加えるのは後でもできるので、取り敢えずは腹ごしらえだと決めた。
「う、うん。そうだね…」
しかし男は困惑しながらも無理だとは言わなかった。
男は一度ある数万円から下手すれば十数万の出費の痛手より、花崎たちを留めることを選んだ。
男の格好からはそんな金がポンと出てくるようには見えない。
だというのに、無理だと二人を止めなかったのだ。
これで花崎は、より男が犯行グループの一味であると確信する。
女性二人組を狙った犯行は女の子を物理的に食い物にするだけでは終わらないのだ。
それを映像として残し、販売したり脅しに使ったりと、少女たちの未来も心も食い物にして金を稼ぐ。
そんな卑劣な行為だ。
そしてその利益は十数万など端金に見えてしまうものなのだ。
2010年代に強姦罪を強制性交等罪として改める法律は生まれ、被害者の訴え無しでも起訴できるようになったとはいえ、それで組織犯罪が大きく減るわけでもなかった。
花崎は女ではないからその行為がどれほど辛いのか、本当のところ理解することはできないだろうとは思う。
けれど、誰かの幸せを奪って金を稼ぐ行為に吐き気すら覚える。
絶対にまとめて潰してやると拳を握った。
「小林、こんな機会滅多にないから、本当に好きなだけ食べていいよ」
「おう」
つい表情が険しくなりそうだが、肉が食べられるという事実を前に嬉しそうな小林を見て少し気が抜ける。
「お手柔らかに…」
流石に男が困惑しながらも、少しだけ釘を刺してきた。
「お兄さんのお財布を食べつくす所存です!」
だが花崎は釘をポイと捨て、笑顔の追加を男に送った。
少し歩いて、目的の店にたどり着くと昼時少し前だった為、まだ席に余裕があった。
混んでいたら言い訳もできたであろうが、座れてしまったので男は肩を落とす。
が、小林は勿論、花崎も気にせず一番高くて量のある注文をした。
男の顔色が悪くなっていくのを確認しながら、追加で肉だけでなくロブスター等も注文する。
しっかりと満足いくまで食事をした後、花崎は席を立った。
「ちょっと化粧直ししてくる。ほら、小林も」
花崎はそう言って小林を引き連れてお手洗いに駆け込む。
「あれ、たぶん間違いねーと思う」
『だろうな』
通信で花崎が言えば、明智の声が返る。
「あれ?」
小林はやはり分かっていなかったようで首を傾げている。
むしろ直球で聞きかねない小林は気づかなくて良かったかもしれないと、花崎は少しだけ思う。
そんな小林を指で呼ぶと、会話をしながら、流石に崩れている気がする口紅をシートで拭き取り、小林の口紅を塗り直す。
『お前らなら大丈夫だとは思うが、アジトに入って相手が危険だと判断したら証拠とか良いから逃げることを優先しろよ』
「だーいじょうぶだって。それより逃がさないように手配頼むよ先生」
『その辺は大丈夫だ。野呂と奈緒ちゃんが協力して包囲網固めてるからな。犯人のアジトが確定しそうなら俺と井上も向かう』
「りょーかいっ! それまでぜってー犯人止めとくから。なんなら被害者の女の子たちの映像以外の証拠作成もしちゃうから」
『警察も動いているんだ。自分達でどうにかしようとせず、きちんと安全を優先させるんだぞ』
「井上まで先生みたいなこと言うのなー」
『花崎!』
花崎の返事に井上が怒鳴れば、花崎は肩を竦める。
「わーってるって! じゃああんま長居しても仕方ねーし、行くなー」
音声を切って、花崎は念の為に自分の口紅も塗り直して男のもとへ戻った。
「おまたせー」
花崎が声をかければ、ずっと花崎たちが消えた扉を凝視していた男が安心したように表情を緩めた。
逃げられることを懸念していたのだろう。
「いやいや、女の子だからね。しかたないよ」
男はそう言うと、じゃあそろそろ出ようと席を立ち上がる。
そして店を出る頃、男は泣いた。
証拠を残さないようにするためか、男はすべて現金で支払いを済ませた。
良く支払えたなと花崎は思う。
男を泣かせるほど食べた小林は幸せそうである。
「小林、美味しかった?」
「ああ」
「そりゃよかった」
悪の一味であるが、小林をご機嫌にさせられたのだからこの点は褒めてもいい。
「お腹も膨れたし、次はお茶しない? 俺の財布ちょっとやばいけど、そこでなら美味しいお茶をごちそうできる自信があるんだ」
このグループの手口だと次はカラオケなど密室度の高い空間に連れて行き、そこでは何もせずに安心感を持たせる手はずだったはずだが、恐らくカラオケに行く余裕が財布にないのだろう。
コンビニなどで金を下ろそうとしないところから判断して、下手に口座にアクセスするわけにもいかないらしい。
かと言って自腹を切る気もないようだ。
「今食べたばっかりなのにお茶するの?」
花崎が首を傾げて聞けば、男は涙を引っ込めて微笑んだ。
「ゆっくりするって意味。お腹いっぱいで動き回るのとか辛いでしょ?」
「ああ! 確かにそうかも」
納得したように花崎が頷けば、男は釣れたと思ったのか更に笑みを深めた。
「じゃあこっち」
促されるままに男についていく。
その間に空に視線を送り、ピッポがきちんとついてきていることを確認した。




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