忍者ブログ
19 May

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

25 May

喧嘩した

喧嘩することだってある




花崎と小林が喧嘩をした。
あまり怒りの持続しない二人なので、普段ならどちらかが折れる。
だが、今回は折れない。

単独か野呂や山根と組ませることでしか組織の最大機動力にして戦力が揃って使えないのは、探偵事務所としては痛手であったが、互いに相手の言葉は絶対に聞かないと言うものだから、下手に組ませる訳にもいかない。
無理に組ませたところで失敗するのが目に見えているからだ。
幸いにしてと言って良いのか、お互いへの対抗心からか、単独任務は極めて迅速に成功させている。
単独とはいえ勿論、野呂や井上、或いは山根のサポートはあるのだが、それでもほぼ一人で成功させているのは確かだ。
小林が事務所に戻ると、花崎が山根に抱き着いていた。
いつもは大体、対人作業が苦手な小林のフォローの為に小林と山根が組むことが多い。
だが今日は、内容に合わせて花崎が山根と、小林が野呂と組んでいたので、二人が揃っている事は何ら不思議ではない。
不思議ではないのだが、小林はその状況に思わず眉を顰める。
しかし何を言うでもなく二人を素通りして所長席の井上に向かう。
「山根―! 俺マジ今回は大友がお前を傍に置きたがんのよく分かったー!!」
「それ今までどう思ってたんですか!?」
聞こえてきた会話から、どうやら山根が良い働きをしたらしいと理解した。
「いや、事務処理とか雑務とかはもともとよく出来るやつだと思ってたよ?」
「そ、そうですか」
素で褒められて山根は照れる。
「まあ、体動かしたりする方では全然だけど」
「持ち上げてから落とさないでくださいよ!」
「そんなの気にならないくらい山根役に立ってっから大丈夫だって!」
褒めながら、花崎は肩を組んだ山根を離さない。
空調が効いているとはいえ、窓も開いていないのに井上の髪が少し揺れる。
呆れる様に溜息を吐いて、井上は花崎に声をかける。
「花崎、山根君を解放してやれ。このままじゃ事務所の空気が悪くなるだけでなく山根君が危ない」
「ちぇー」
山根が危ない理由を花崎も理解しているのか、それとも空気の悪さだけは感覚で掴んだのか、井上の言葉に従ってあっさり離れた。
そして小林に視線を向けないまま背を向けてエレベーターに向かう。
「じゃあ俺今日は帰っから」
「ああ」
「お疲れ様でした」
「おっつかれー」
井上と山根とピッポから発せられた野呂の声に見送られて花崎の姿はエレベーターのドアに消えた。
閉じたドアに小林は小さく舌打ちをする。
「コバちんも花崎の前で野呂ちんの事絶賛してもいいんだよー?」
「はあ?」
何故野呂を褒めなければならないのか分からずに小林は首を傾げる。
「何ならピッポちゃんをぎゅってするのを特別に許す!」
つまり先程の花崎と同じ状況を小林もやるかと言われているのだとようやく気付いた。
気付いたが、小林の態度は冷ややかだった。
「あいつは僕に嫉妬なんかしない」
そしてそんなことをすれば、きっと花崎は小林から距離を置く。
いや、既に置いているのだが、今とは違う意味で距離を置く。
何となくだが、そんな気がするので小林は敢えて危険を冒そうとは思わない。
無意識ではあるだろうが、小林の一番が花崎であることに気付いているのだろう。
野呂とピッポのように、井上と勝田のように、山根と大友のように、小林が花崎の相棒になれると思っている。
だから花崎は小林を連れ回す。
今でいうなら、連れ回していた、になるが。
だが、花崎より優先される存在が小林の中にいたなら。
以前の花崎なら、駄目なら駄目と言われるだろう、と、気にせず振り回しただろう。
しかし今の花崎はきっとそれが出来ない。
花崎健介という男は身勝手に動き回り、周囲を振り回しているようでいて、その実、自身の為の行動は殆どない。
誰かが困っているから。
誰かが傷つきそうだから。
或いは気になったから。
気になったから調べに行った、というのは確かでいてそうではない。
気になったものを放置したその先を懸念しているのだ。
気になったそれを放置したら、大変なことになるかもしれないから。
そして大体、花崎のその勘は正しく誰かの危機に駆けつける。
花崎が飛び出す理由はそんな物ばかりだ。
それが分かっているから、周囲も花崎を止める。
その状況は花崎も危険になるかもしれないから。
間に合わなければ花崎が傷つくかもしれないから。
しかし同時に止められない。
少年探偵団のメンバーが基本的にはお人好しであるからだ。
誰かを助けたいと手を伸ばす花崎の気持ちも分かってしまうからだ。
花崎の中で自身の優先順位はかなり低いのだ。
それが小林は気に入らない。
喧嘩したのもその所為だ。
花崎の危険を意識してその行動を窘める井上や野呂と違い、小林は窘めるに留まらない。
「好きなようにしていいって言ったじゃん!」
というのが花崎の弁だ。
確かに小林はそう言った。
そして好きなように行動する花崎を守ればいいと思っていた。
だからと言って無闇矢鱈と危険に飛び込むことを容認できるかと言われたら、否だ。
しかし花崎は守られたい人間ではない。
そして、かつて兄が自分を守るために出奔してしまったからか、守られることで誰かが傷つくのを恐れる人間でもある。
何より、誰かの為に何かできなければ、自分には価値がないと言わんばかりに誰かに必要とされることで自分の存在価値を確認してしまう人間でもあった。
つまり、花崎の行動を止めるというのは、花崎の価値を否定するに等しいのだ。
それでも父の雄一郎などに本気で止められれば、花崎は落ち込みながらも踏みとどまるであろう。
だが、他の誰でもなく小林にそれを言われると、花崎は反発してしまうのだ。
反発できる相手、と考えればやはり花崎の中でも小林は特別ではあるのだろう。
小林は花崎を否定しない、もしくは否定されたくない、と思っている相手であり、その我侭が許されると認識している相手ということなのだから。
けれどそれは花崎の中で小林が対等な相手であるからだ。
しかし小林に〝大事なものを持っている〟という付加価値をつけてしまえばバランスは崩れる。
一度引かれた線は容易には踏み越えられない。
だから線引きをさせてはいけない。
小林はそこまで理解していたわけではないのだが、やはり感覚でそれを回避していた。
花崎が小林と対立するようになったのは、小林が靄を制御した頃からだった。
何もしなくても全てから小林を守る靄があったから、花崎は小林を盾にすることに躊躇いはなかった。
けれど、靄を自分の意志で出し入れするようになったということは、全ての危険を無条件で回避出来なくなったということだ。
時折怪我をすることができた。
怪我をすると意識の所為か靄が確実に発動し、掠り傷であっても治療を終えるまでは無菌室を維持すべく以前のように鉄壁防御である。
怪我は痛いが、治るのだからいいだろうと認識している小林に対し、治ればいいという問題ではないという花崎が小林を盾にすることを躊躇い始めた為に口論が始まった。
小林が花崎の好きにすればいいと言えたのは、小林が足手まといにはならず、盾になって守ることが出来るからだった。
だというのに小林を盾にせずに傷を負う花崎に、怪我を負う確率から考えても小林を盾にすべきだという意見をした。
しかし花崎は受け入れない。
小林が傷つかないようにと気を使い、その結果花崎が傷を負うなら、好きにしろと等言える筈もない。
「お前が僕より前に出たから怪我をしたんだろ! 大人しく僕を盾にしろ!!」
と叫ぶ小林に
「守られるほど俺弱くねーし!!」
と反論したのが、今回の喧嘩の発端だ。
花崎は好きに動けばいいと言ってくれた小林に、大人しく守られろと言われた気がしたのだ。
それも、無敵ではない小林に。
小林がいなくても、守られなくても、一人でも、きちんと任務をこなせるのだと、弱くないのだと、そう訴えるように花崎は井上から無理矢理奪った任務を単独で熟していく。
「勝手に突っ走るな!!」
という井上の雷が落ちたので、サポートの野呂や山根の存在は許容しているが、小林と組むのだけは断固として拒否だ。
組めば小林が有事の際、花崎を守ろうとするのが目に見えているからだ。
小林は小林で、別に盾になろうとならなかろうと怪我をすることはないのだと主張するように、同じく単独任務を熟していく。
勿論こちらにもサポートは付けられているが。
小林の場合は山根を守りながら任務をすることの方が多いので、守っていても怪我をしないという主張としては丁度良いのかもしれない。
だが、この状況に探偵事務所の面々は危機感を覚えていた。
それぞれ、任務をこなせてはいる。
小林と花崎が組まなくても、だ。
むしろ成功率は確実に上がっていると言った方が良い。
このまま本当に組まなくていいと二人が認識してしまう危険性がある。
確かにそれぞれの能力は高いが、組ませた時ほどの力は発揮されない。
危険を伴うこともあり得る探偵業では、成功率以上に安全性や生存率が大事だ。
其処が、二人揃っていたときとの差が大きく出るのだ。
そもそも小林の能力を小林以上にうまく活かせるのが花崎だ。
そして花崎の身体能力の高さをカバーできるのが小林だ。
花崎の突発的な行動について行けるのも小林だ。
さらに、花崎は目先のことに囚われやすいが、仲間がいればその分気を配る。
突発的に動いても引き離すことが出来ない小林なら、置き去りにして安全を確保した上で自分だけ渦中に飛び込むことも出来ない。
さてどうしたものかと悩み、井上は一度きちんと話をさせようと二人纏めて呼びだした。
しかし二人はやはり互いの主張を譲らない。
堂々巡りの口論を繰り返す二人に、山根は首を傾げた。
「思ったんですけど……」
「何?」
「なんだよ」
二人が睨みあったまま振り返ったので、睨まれた形になってしまった山根は肩を窄めながら口を開く。
「任務中、小林さんが靄を出しっぱなしにすればいいのでは? 実際僕と行動してた時、小林さん靄ありましたよね?」
小林の靄は制御可能だ。
可能だが、基本は発動しているのだ。
態々制御して抑え込まなければ、小林は以前のままということになる。
山根の言葉に二人そろってポカンとした。
「そういや、何で小林任務中に態々靄しまってたの?」
花崎が首を傾げれば、ふいっと小林は顔を逸らす。
有事の際に少しでも早く花崎を守る為、と正直に告げてしまえば、やはり口論になるのは目に見えているからだ。
納得しない花崎相手に口論するのは、語彙の少ない小林にとって面倒なことこの上ない。
どうして消さなければ花崎を守るのが遅れるかと言えば、範囲を狭くして以前より近付くことはできても、花崎を靄の内部に取り込むには一度消して花崎に触れる必要があるからだ。
そのタイムラグを無くすためだった。
発動してしまえば一定の距離なら手を放しても花崎は靄の中なので、常に小林の傍にいるなら取り込んだままにしておけばいい。
対物調査や直接人に接触しない任務であれば、靄は無暗に破壊をしたりはしないので本来はそれで済むのだが、残念ながら花崎は気が付けば走り出す男だ。
簡単に靄の有効範囲を出てしまうのでその手は使えない。
結果として小林がとった手段だった。
「………別に…意味なんてねー」
「意味ないのに、危ないことするってどうなんだよ!」
「れ、練習だ!!」
言い訳が通用しなかったので慌てて言いなおせば、花崎の勢いが少し落ちる。
「練習? 制御の?」
花崎が問えば、小林は首の動きで肯定した。
「何で任務中にやんだよ!」
「実戦経験は大事なんだろ?」
「それは……そーだけど!」
花崎も実戦経験をしたがる節があるので、その言葉は否定できない。
「でもそれで怪我してたら駄目じゃん!」
「お前だってしただろ!」
小林を盾にすることを厭ったために、掠り傷ながら花崎も幾度か怪我をした。
「うっ……で、でもそれは!!」
「花崎、お前の負けだ」
何とか言い募ろうとした花崎だが、その前に井上が判決を下した。
「なんでだよ!」
「小林に無謀をするなと言いたいなら、お前が無謀なことをしない前提条件が出てくる」
「そーだよねー。花崎が何言ってっても説得力ないしー」
反論する花崎に二人はにべもなくあしらった。
「無謀なんてしてねーし」
拗ねたように顔を逸らしながら花崎が呟く。
花崎本人としては、楽観的ながらも大丈夫だろうと思った行動しかしていない。
傍から無謀に見えても、だ。
そして傍からは無謀に見えているので、その意見は通らない。
「丁度良い機会だ、少しは耐えることを覚えろ」
井上の言葉に、しかし花崎は納得し難い顔だ。
溜息を一つ吐いて井上は再度口を開く。
「ならこうすればいい。小林の靄の中に花崎も取り込み、花崎が靄を出たら小林も靄を消す。花崎が勝手に突っ走らなければ小林も安全だ」
「でも……」
それは花崎が靄を出たら小林が危険になるかもしれないということだ。
「れなら、花崎が言いつけをちゃんと守れば〝小林が傷つくかもしれないのに盾になる〟という状況にはならないぞ」
「うっ……」
つまり花崎の行動次第なのだが、花崎には走り出さない自信が全くない。
言葉を詰まらせ、視線を泳がせる花崎。
「好きにしろよ。お前が走り出したら僕が追いつく」
そんな花崎に、唯一行動を改めろというのとは違う意見が、当の小林から出た。
「お前が僕を止めないなら、僕もお前を止めない」
ただし、追加事項があった。
止められないなら、花崎が使わずとも勝手に守ればいいのだと小林は考えたのだ。
「でも……」
それは結局、小林が自らの盾を下ろしておくのを見逃せということだ。
小林は靄に守られていた為に、それ程身体的な痛みを負うことなく生きてきた。
つまり、あまり痛みに強くないのだ。
掠り傷ならまだしも、もう少し深いものを負えば、苦痛に悶える。
それを含めて、小林にとっては慣れるための行動だが、花崎は苦しむ小林を見るのが嫌だった。
「しつこいぞ。怪我しなきゃいいんだろ?」
「したじゃん」
それも、何度も。
そうやって小林が怪我をしたから、花崎は花崎を守ろうとする小林と喧嘩したのだ。
「お前よりはしてない」
確かに怪我をした数で言うなら花崎の方が多い。
「そーだけど」
けれど、小林には激痛でも、花崎には耐えられる程度の痛みだ。
同じ程度の痛みなら、耐えられる方が負うべきだと花崎は思う。
いや、耐えられる方というよりは自分が、と言うのが正しいが。
そんな花崎の心情を知ってか知らずか、小林は溜息を吐いた。
「嫌なら、お前が僕が守らなくても怪我しないくらい強くなりゃいいだけだろ」
そして、花崎の闘志に火をつける言葉を口にした。
「お、おー! 見てろよ小林!! 無敵超人になって見せっからな!!」
強くなればいい、と言うのはまだ弱いと言われているようで癪だが、強くなれると思われているのだと考えれば受け入れられない言葉ではない。
「分かった」
見ていろ、と言われたので小林は頷いた。
「なら小林が花崎を見ている為にも、次の依頼から花崎と小林はペアに戻すぞ」
言質はとったとばかりに、花崎が余計なことを考える前に井上はその場で告げた。
こうして数週間に及ぶ小林と花崎の喧嘩は終了した。
その時抱いた心情を、懸命にも誰も口にしなかった。
小林と花崎のそれは所謂〝痴話喧嘩〟であると。



拍手

PR