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06 June

交換日記

タイトルの通り





「交換日記しようぜ小林」
「は?」
花崎の提案はいつも唐突だ。
「だってお前、文字書けるようになったじゃん?」
「だからなんだ?」
「折角小林が社会復帰に一歩前進したんだから、もっと先に進めようと思って」
別に小林は社会復帰のために文字を練習したわけではない。
ただ花崎との距離を詰めるために、どうしていいのか悩んだ結果、野呂と井上の知恵を借りて知った手段の為に必要だったから覚えただけだ。
心を物理的に花崎に触れさせる為だけに、文字を習得したのだ。
だから、それ以上に文字に興味はなく、花崎の提案には全く気が乗らない。
だというのに、花崎は話を進めていく。
「交換日記ってのは、相手と交互に日記を書いていく一つの…遊び? 自分にあったことや思ったことを相手に伝えたり、相手がその日何してたか何を考えてたのかを知ったり、出来る素敵アイテムなんだぜ! しかも交換しなきゃいけないからサボれない! 絶対に書かなきゃいけないから文字の練習にもなるだろ」
「何していたか……」
だが、内容を聞いて少し気が変わった。
事務所にいるときや探偵活動をしているときは大体一緒だ。
一日の大半を共に過ごしているといってもいい。
けれど、花崎は夜を自宅で過ごす。
小林の知らない空白の時間。
それに近づけるかもしれないのだ。
「はなさきぃ~、それ大丈夫なのー?」
「何が?」
野呂がニヤついた声で問うてきて、花崎は首を傾げる。
「先日、お前小林の手紙で暫く機能不全に陥ってただろ」
井上が親切にも先を継いでくれた。
その内容に花崎は即座に思い至り、顔を真っ赤にする。
「あ、あれはいきなりあんなもん見せられたんだから仕方ねーだろ! これは日記だから大丈夫!」
平仮名の単語だらけのラブレター。
同じような言葉が何度も出てきて、一度だけしか出てきていないものを抜き出せばもしかしたら一枚で終わってしまうかも知れない程の一見薄っぺらくも見えるかもしれない中身。
けれど、拙い文字で、その時小林が花崎を思い浮かべて思いついた言葉をそのまま書きだしたそれはその膨大さ分だけ花崎のことを考えた証であり、苛立ちなども含んでいたけれどその間にも幾度も挟まれる好意の言葉。
整然としていない分だけ、それを書く間に、どれだけ花崎への好意が溢れていたのか直接見せつけられるようなものだった。
しかも形として存在するそれの攻撃力は半端ではなかった。
そう、攻撃だ。あれは手紙などという可愛いものではなく攻撃媒体だった。
その攻撃媒体は大事に仕舞っているが。
ごほん、と咳払いをして花崎は気を取り直す。
「何なら皆でやる? 4冊で回したらそれはそれで面白くね?」
どうやら花崎は1冊を交換するのではなく、それぞれ1冊ずつ持ち、毎日書くという方針らしい。
確かに小林の練習にはその方がいいかもしれない。
しかも日記なら、相手がその日どういうことに心が動いたなど知れば、相手への理解に繋がる。
「野呂ちんやらなーい」
花崎の提案に即レスで拒否したのは野呂だ。
日記であろうと何であろうと、小林の一日なんて基本食べ物か花崎か仕事でできているのだ。
事務所で一緒にいるのにあえてそれを文書化されたものを見たいとも思わない。
「俺もやらない」
井上も拒否だ。
「なんだよ二人ともノリわりーなー」
皆で交換日記に期待していたらしい花崎は詰まらなさそうに斜め下に視線を落とす。
子供っぽい様に呆れながらも苦笑して、井上は理由を付け加えた。
「俺の場合、日記というより作業報告書になる気しかしないからな」
「あー…うん。それは……」
納得できてしまう理由に花崎は何とも言えない。
作業報告書など見せられても花崎もげんなりする気しかしない。
「じゃあしゃーねーから、二人でやるか! なっ、小林!」
「まあ、やってやってもいい」
と、頷いたところで、小林はとある事実に気付いて舌打ちをする。
「どったの?」
突然舌打ちして仏頂面になった小林に、花崎は首を傾げて尋ねる。
「結局またお前が考えてんじゃねーか……」
言われて、なんのことかと考え、ああ、と思い至る。
「でも、これは小林が文字を覚えてくれたから思いついたんだぜ? だから小林が見つけたようなもんじゃね?」
んなわけあるか。
と思うが、まあ相手は花崎だ。
そう、あの花崎だ。
どうせ言ってものらりくらりとはぐらかされるのだ。
諦めてもいるが、ムカつきはする。
「花崎」
「何?」
小林は少し考えて、最近躊躇いもなくなった言葉を口にする。
「好きだ」
けれど、冗談ではなくいつだって本気だ。
だからこそ、花崎に告げるには意味がある。
「はっ…」
花崎にはぐらかされない言葉は、花崎が簡単に呑み込めない言葉。
いまだに自分への本気の想いが籠った好意の言葉を花崎は受け入れるのに躊躇いを持つのだ。
「な、何で突然そんなことになんだよ!」
それでも小林の言葉は受け入れるのだから、喜びが優先されて小林はこの言葉を使うことに躊躇わなくなっていた。
「別に」
「別にって……」
「言いたくなったから言っただけだ」
きっぱりと言い切られて、花崎は片手で口周りから頬までを隠すように覆いながら口を開く。
「小林! お前そういうの本当に心臓に悪いからやめろって!」
「心臓に悪いってのは、嬉しいってことなんだろ?」
想い綴りの手紙を送ったときに小林はそう学んだ。
「おまっ……」
何か言おうとしたものの、事実その通りなので花崎はそれ以上何も言えない。
同じように恥ずかしい思いをさせたくなるが、どうせ花崎が好意を伝えたところでそうかと嬉しそうに笑うだけに決まっている。
別にその顔が嫌ではないというか、むしろ好きだし自分も嬉しくなるが花崎ばかりが照れるのは癪だ。
嬉しいと思ったことすら認められなかった、あの素直じゃなくて可愛くないからこそ可愛かった小林はどこへ行ってしまったのかと花崎は思う。
もともと思い切りが良く突き進む男前であったが、ツンデレ要素もあったというのに今ではただ格好良いだけだ。
そうなった理由がはっきり言葉にしなければ理解しない花崎であることは、本人は気づいていない。
「小林のバーカ! かっこ良くなり過ぎなんだよふざけんな!」
批難なのか誉め言葉なのか不明なことを叫んで、花崎は出て行ってしまった。
どう理解していいのか困惑した小林は、しかし花崎が出ていこうとしてるのですぐにあとを追おうとする。
「こばちーん。追わないのー」
だがそれは野呂に止められた。
「何でだよ」
「いくらゾウリムシ脳だからってクールタイムくらいは必要っしょ―」
「は?」
小林が首を傾げれば、井上が苦笑した。
「小林の不意打ちは容赦がないな」
「不意打ち?」
「いきなり好きとか言われんの慣れてないの、コバちんだって分かってんでしょー?」
「この前の手紙の余韻もあって、今は特に過剰に反応するみたいだしな」
その言葉に、小林は不機嫌になる。
「僕ばっか悪いみたいに言うな」
「そりゃ確かに手紙のこと思いついたのは野呂ちんだけど―?」
「だがやると決めたのは小林だろう?」
二人が言えば、小林は不機嫌なまま、しかし首を振る。
「違う。そのことじゃない」
ふいと一人と一匹から視線をそらして口をへの字に曲げる。
「あいつだってちょっとしたことで簡単に笑って心臓攻撃してくんじゃねーか」
聞いた井上は、小林からピッポへと視線を移す。
「野呂、先日言ってた漢方薬局、聞いてもいいか」
「おっけー。HPアドレスと地図送ってあげる―」
「おい」
完全にスルーされた小林が気付いて声を上げるが、井上と野呂は悟った。
かみ合わなかろうが理解しあえていなかろうが、それにやきもきさせられようが、バカップルはやはり放置するのが一番安全である。
なお、出て行った花崎は真新しい日記帳を2冊買って帰ってきた。
クールダウンはきちんとできたらしかった。


 

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