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20 May

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11 June

Secretary小林学生編2

Secretary小林学生編2
主にオリジナルキャラ・大崎が出張ります。



目を養うため、未だ高級イメージを持たれている銀座界隈を歩いていると、大崎は先日顔見知りになった相手を見つけた。

「だから、今日は知り合いと約束があるんだって!」
「えー、でもーさっきから全然来ないじゃない。なんなら来るまででもいいからさー」

そんなやり取りをしているのは一組の男女。
大崎が知っているのは男の方。
学友の大事な御主人様の花崎だ。
一緒にいる女性は知らないが、安物とブランドを混在させているのは学生ならば仕方ないにしても、どこにそれを使うのかという部分において、大崎からすれば花崎と並ぶには落第点だ。
好みなら仕方ないが、それならそういう気を使っている。
これはブランドを見せびらかそうとしているだけだ。
それでも個人の自由であるが、相手が嫌がっているのに無理矢理絡み続ける点といい、大崎は大変不満になった。
もっとちゃんと花崎の事を考えて、将来その傍にあるために努力している友人のことを想えば、不満に思うのは大崎の勝手な認識とはいえ、仕方ないことだろう。
秘書を目指す大崎にとって、花崎という主がいる小林は羨まして仕方ないと同時に、応援したくもあるのだ。
自分も将来、本気でその人の補佐がしたいと思える人物の秘書になれたらと望んでいるからだ。
花崎の態度からしても引き離しても問題ない、と判断する。
「花崎さん、お待たせしました!」
「あ……大崎君」
声をかけると一瞬驚いてはいたが、直ぐに大崎を認識してくれたようで安心した。
「この女性は?」
「あー…学校の同級生」
大崎が問えば、花崎が困ったように女性を紹介する。
同級生。つまり友達のカテゴリーにも入っていない相手だ。
「花崎君の待ち合わせの相手って、この人?」
「そうです。じゃあこちらも時間の都合があるので失礼しますね」
状況は理解していても困惑しているであろう花崎が答える前に、その腕を引いて女性から引き離す。
だが、女性は花崎の腕を強く引いて放そうとしない。
「ねえ、男同士で遊びに行っても華がないでしょ? 今日花崎君譲ってよ。なんなら一緒でも構わないし」
自分が華になれると思っているとは随分自信過剰だと大崎は思う。
友人のほうが男でも10倍は美人だ。
それとも女性ならば誰でも華になれると思っているのだろうか。
……あながち否定はできないが、相手に全く配慮しない姿は花崎という花瓶に似合わない。
「いえ無理ですね。今日は態々バイトの休みを利用して花崎先輩に高い飯を奢ってもらう代わりに、先輩の大事な芳ちゃんの話をするので俺のバイト代と奢ってもらうのにかかる経費を全部払っていただかないと引き下がれません!! 一緒に行くのも惚気話に他の女性を巻き込むのは少々気が引けます」
大崎が芳ちゃんという名前を出した途端、ぶはっと花崎が吹き出してしまったので一瞬焦ったがとりあえず女性の説得を優先させて一気に言い切った。
その後で咽せ込んでいる花崎に視線を向ける。
「先輩そんなに照れなくてもいいじゃないですか」
「わ、わりーわりー。いきなり名前出すから吃驚しちゃったてさ」
「ということで、今日はご遠慮願います」
もう一度言えば『花崎の大事な芳ちゃん』という単語に戸惑ったのか、女性は漸く腕を放した。
「分かったわよ。花崎君、またね」
「ん、ああ。また学校でな」
あの手の人間が簡単に諦めるとは思わないが、正体も花崎との正しい関係性も分からない『芳ちゃん』という名前に今日は引き下がることにしたようだ。



暫く歩いて、脇道に逸れる。
女性が本当についてくる気配がないことを確認して、花崎はビルの壁に背を預けて深く息を吐いた。
それから改めて大崎に視線を向ける。
「いやー、助かったわ。大崎君」
「あ、呼び捨てでいいっすよ。余計なことにならなくてよかったです」
「んじゃ大崎。ホント助かった。でも珍しいところで会うな」
「そうですね」
銀座とはいえ、花崎と出会ったのは7丁目だ。
どちらかというと新橋に近く、商業ビルではなく雑居ビルの方が多い。
平日より休日の方が人が少ないエリアだ。
そんな場所で会えば、確かに珍しいだろう。
ただ、商業ビルが少ないとはいえ全く店がないわけではない。
縫製や小物を扱う老舗が点々と存在しているのだ。
その他、お茶や菓子などの店もある。
人が来ないわけでもない。
「まあ、俺もいるんだから大崎がいてもおかしくはないか」
「そうですね」
「小林と同じ年ってことは、一つしか違わないんだからタメ口でいいのに」
「やー…自分運動部だったんで…」
本当のことで説得力がありそうなことを言っておく。
「ああ、上下関係キビシーもんなー」
案の定、花崎は理解を示した。身近に運動部の人間がいるのかもしれない。
「そうなんですよ」
頷いて、逆に問い返す。
「花崎さんこそこんなところで何を?」
「買い物があったんだけど、それが終わったからぶらぶらしてんの」
「一人で?」
「そ。用事作って出かけないと、さっきみたいに女の子のお誘いが烈しくて…」
「羨ましいっすね」
冗談ごかしに大崎が言えば、花崎も笑って返す。
「だっろー。俺モテモテでさー」
普通ならツッコミを入れるところだが、恐らくこの言葉は本当だろう。
いまだに上流階級では幼い頃から婚約者をつける風習が残っている。
けれど確か、花崎家の跡取り息子にはそれがいなかったはずだ。
恐らく何割かの女子は、花崎と言う名前目当てなのだろう。
もちろんそれだけではないであろうことも、花崎を見ればわかる。
顔もよく、小林の言う通りなら頭もよく、その小林を懐かせることのできる人間ならきっと人との付き合いも上手い。
そこに財産が加われば、これほどの優良物件もそうあるまい。
多少強引にでも手に入れたいと思う人間は少なくない筈だ。
それが分かっているから、花崎も逃げるようにこうして少しの用事で出歩いているのだろう。
「小林は?」
学内ですら小林に憧れる女生徒は多くいても、差し入れも持たずに近づく女子は少ない。そんな彼がいるのなら余程勇気がある女性でなければ近づけないと思うのだが、何故今日は花崎は一人なのか。
いつも一緒にいるのかと思っていたので、不思議に思えば花崎は苦笑した。
「アイツは仕事。休みの日は丸一日潰れることのほうが多いな」
「あー。学費とかも稼がないとなんないですしね」
「それもあるけど、あいつ結構優秀で使いどころ多いから俺より重宝されてんだよねー。まあ俺が臨時でしか続けられないってのもあるんだろうけど」
「花崎さんもバイトしてるんですか? 小林との出会いはそこで?」
花崎家の人間がバイトをする必要を感じないが、社会経験というやつなのかもしれないと考えれば有り得ない話ではない。
「そっ。6年前に任務中に小林見つけてさ。あいつスッゲーし面白そうな奴だったから追っ掛け回して仲間に引き入れた」
俺の目は正しかったと頷く花崎。
「花崎さんが小林を追いかけ回したんですか?」
性格的には納得できるのに、花崎を前にした時の小林の態度を知っているので何故かあまり情景が思い浮かばない。
「そう! あいつ全力で逃げたけど今みたいに体力はなかったから、追いつこうと思えばすぐに追いつけんだけど、どこまで逃げんのかと思ってとりあえずあいつが足を止めるまで追っ掛け続けた」
結構頑張った方だと思うぜと花崎は笑う。
当時の小林の性格は知らないが、今の小林とベースが変わらないとしたら、恐らく相当うざく感じたのではないだろうかと大崎は思う。
「なんか、少し意外でした。てか、6年前って花崎さんも小林もまだ中学生じゃないですか? なのに仕事?」
「俺小学生から仕事してんの」
「え、小学生から!? そんなこと出来るんですか!?」
「一応事務所で指導仰ぎながらお手伝いって感じだったからな。途中からメンバー集めて本格始動してさ。法律逃れであくまで事務所に間借りしてる別の組織だったから、雇われてんじゃなくて契約してる個人事業主って扱いだったけど。結構稼いでっからさっき大崎が言ってた通り、ある程度高いもんでも奢ってやれるぜ?」
「え、マジでいいんすか!?」
大崎が目を輝かせれば、花崎は大きく吹きださいた。
「食べもんに食いつくところ、小林の友達だな」
「いやー、小林程じゃないっすよ流石に。でも俺も遠慮ないので本当に高いものを要求します!」
「いーぜー。代わりに芳ちゃんの話聞かせてもらうからな」
冗談交じりのトーンでウィンク付きで言われて、大崎は胸を叩く。
「お任せ下さい! 大したこと話せる気はしませんけど!!」
「ぶはっ胸張って言うセリフじゃねー」
笑って、その後肩を竦ませる。
「まああいつが、学校でどんな様子なのか知れれば其れだけでいいんだ。あいつあんま学校のこととか話してくれねーんだよなー」
「いや、小林ってそもそも自分のことあんま話さなくないっすか?」
「そーだけど、大体のことは聞いたら答えてくれるのに学校のことはあんま教えてくれねーんだよ。友達いるのも初めて知ったし」
「小林が友達とちゃんと認識してくれてるならいいんですけどね…」
「確かに友達って言わないなあいつ……俺も自分がちゃんと友達認定されてるのか不安になってきちゃっただろー!」
「いや、小林どう見ても花崎さん大事にしてますから!」
「それはわかってんだけどさー」
小林が花崎が離れることを怖がるから片想いだと思っていたが、意外と両思いなのかもしれない、と大崎は思った。
「小林なんだかんだ仲間大事にするやつだし」
だが次の言葉に、これは駄目なやつだと思い直した。
なるほど、小林のらしくない態度もわかる。
中途半端に受け入れているだけに、逆に真実に気づかない面倒くさくて厄介なパターンだ。
だが小林のことを気にする様子からすれば、花崎もかなり小林を大事に想っているようにみえる。
「両片想いってこういうの言うんですね」
恋愛漫画などで見かけることはよくあるが、信頼で結ばれた男同士でも存在するらしい。
「何か言った?」
「何でもないっす!」
余計なことは言うまいと、大崎は口を噤んだ。







とりあえずお茶をしようと、大崎の要求通り有名な高級喫茶店に入る。
体験出来る機会が少ないので大崎は大喜びだ。
だが一つ4桁以上するケーキをおっかなびっくり頼む。
「ひとつでいいの? 好きに食べていいんだぞ?」
馴れた感じで注文する花崎に大崎は尊敬の念を抱く。
「馴れてるんすね」
「いや。俺普段こんな店こねーし。でも店なんてどこでも一緒だろ?」
一緒なはずない、と思うが、花崎にとってはファストフード店も高級喫茶店もさほど変わりがないらしい。
セレブ怖い。と大崎は若干の恐怖を抱きつつもその世界に近づこうとしているのだから馴れねばと思い直す。
セレブにしては花崎は気安すぎる気がしないでもないが。
だからこそ、あのような女子に狙われるのだろう。
そんなことを考えていたら、紅茶とケーキが運ばれてきた。
高くてもケーキはケーキだと、大崎は早速手を付ける。
「美味い!」
だが、高いものは高いだけの理由があるのだと納得できる美味しさに、大崎は顔を綻ばせた。
「大崎も美味しそうに食べるなー」
面白そうに笑ったあと、花崎もケーキに手を伸ばした。
「でも確かに美味いな。あとで焼き菓子土産に買っていってやるかなー。小林より野呂の方が好きそうだけど」
野呂、というのは恐らく先程話していた花崎や小林のバイト先の仲間なのだろう。
「小林は好き嫌いというより、とりあえず食べ物って感じですしね」
「そうそう。あいつに何かやろうとするならまず思い浮かぶの食いもんだよなー。基本的に何でも食べるから絶対に失敗しないし」
「そうですね」
「むしろ食べ物以外であいつ欲しいもんあるのか謎なくらい」
「あんまり物にも頓着しないです…し……」
話しながら、大崎が知る限り小林がひとつだけ執着を見せたものを思い出した。
「どったん?」
首を傾げる花崎。
「花崎さん、小林にペンてあげたことあります?」
「確か入学祝いにあげたな」
もしかしたらと問いかければ、やはり肯定された。
「それって深い赤のやつですか?」
「そうだけど、よく知ってんね?」
「今、俺、すっげー納得しました!」
「はい?」
訳が分からず首を傾げる花崎に苦笑しながら大崎は事情を話した。
「俺が小林と仲良くなったのは心理学の授業の時なんですけどね…」










小林は入学当初からモテていた。
アルビノなのか、兎のような色彩を持ち目立つ。
しかも、顔立ちがよかったから尚更だ。
更に性格はストイック。
これでモテないはずもない。
幾人かの女子が特攻をかけては撃沈していった。
男子にはやっかみを買った。
秘書課だけでなく他の学科でも目をつけられていた。
けれど、何処までも媚びない小林の態度に憧れる男子も少なくはなかった。
大崎もその一人だ。




「僕のペンが無い……」
呟いた小林が手にしているのは、どう見ても小林がいつも愛用しているペンだ。
学生には少々高級な、けれど実用性と耐久性を考えれば高い買い物ではないであろうそれ。
この先10年経って、歳を重ねても持っていて不自然ではない落ち着いた赤い色をしている。
電子媒体が主流の昨今、それでもペンを使うことは少なくない。
今年の秘書課では安くはないこれと同じペンがかなり流行っていた。
理由はもちろん小林が持っていたからだ。
「あるじゃん」
小林観察に小林の斜め二つ後ろの席を常用している大崎は、珍しい小林の様子に勇気を持って声をかけた。
「これは違う」
予想に反して、小林は普通に返してきた。
あまりに普通に対応されたものだから、思わず大崎も普通に会話を続けてしまう。
「違うの?」
刻まれたイニシャルも小林のものだ。
「違う」
けれど小林はきっぱりと否定した。
「誰かのと入れ替わっちゃったかな?」
大崎は小林と同じイニシャルが刻まれたペンもこの教室だけでも数本あることは知っていた。
手を挙げて、大崎は教室に響くように声を上げる。
「おーい、小林のペンが誰かのと入れ替わっちゃったんだってー! 同じペン持ってる子何人かいたよね? ちょっと確認させてくんなーい? 小林が一本一本手にとって確認させて欲しいってー」
ここで重要なのは小林が手にとると言う情報だ。
大崎の呼びかけに、小林君が触ってくれるならと同じペンを持っていた女子が集まってきた。
残念ながらどれも違っていた。
ペンを確認された女子たちは大変喜んでいたが、周囲の者は小林の勘違いだと判断して、騒ぎを起こしたことに嫌そうな視線と舌打ちを向けた。
主に男子が。
けれど、小林と同じペンを持っている筈なのに一人だけ動かない女子がいたのを大崎は知っていた。
「小林、もうすぐ授業だから後は終わってからな」
今にも動きたそうな小林の肩を叩いて大崎は宥める。
「でも…」
「よっぽど大事なんだ?」
「ああ」
「多分次の休み時間には見つかるから、それまで我慢な」
大崎の言葉に、小林の顔が険しくなる。
「お前何か知ってるのか?」
恐ろしさに思わずその場で大崎の予想を吐いてしまいそうになったがなんとか耐える。
「次の授業乗り切ったら教えてやる」
そう告げれば、小林は不満そうな顔をしたものの、素直に席に着いた。
その素直さに、大崎の小林のイメージがさらに変わっていく。


終業のチャイムとともに、生徒たちが動き始める。
大崎がアタリを付けていた女生徒も、いつもなら小林が動くまではなかなか動かないのに、今日は早々に出ていく。
「行くぞ小林」
「は? ペンは…」
小林が何かを言ってくるより先に、大崎が席を立ち声をかければ、案の定不思議がられた。
「それ追っかけんの」
ウィンクはできないのでそれっぽく見えるように片目を瞑り、小林を促す。
そんな大崎にきょとんとしたあと、しかしやはり素直についてきた。



目標の人物が逃げるように人気のない方に行ってくれたので助かると思いながら、大崎は声をかけた。
「ねえ君。君も小林と同じペン持ってたよね?」
肩がびくりと跳ねて、女性が振り返る。
「なんの……」
「隠してもダーメ。俺いつも君の後ろの席だから知ってるんだよね」
否定しようとした女性の言葉を遮って大崎が言えば、女性は一瞬詰まって、それから大崎を睨みつける。。
「そ、それが何よ?」
「どうしてさっき確認させてくれなかったの?」
「だって、これは私のペンだから……」
ギュッとペンケースを握る。
取り上げられるのではと怯える姿は哀れみを誘うが、盗みは悪いことだ。
しかも盗まれた小林の苛立ちのほうが怖い。
背後から威圧を感じる。
だが不思議なことに、交渉している大崎の前に出て口を開くことをせず、大崎に任せてくれている。
信用なのかは分からないが、大崎はこの状況に応えねばと心を鬼にする。
「でもほら、見た目そっくりだし、もしかしたらってこともあるじゃん?」
「ないわよ!」
「じゃあちょっと見せてよ。違うならいいよね? こんな状況で拒むってやましいことがあるって言ってるようなもんだもんね?」
唇を噛み、しかし女性はペンケースを開け、大崎に手渡した。
同じものだ。わかるはずがないと思ったのかもしれない。
だが大崎は手に取って、自分で確認するのではなく小林に見せる。
見たとたん、小林の目が輝いた。
「僕んだ」
「やっぱりね」
だがペンが小林の手に渡る前に女性に奪い返される。
「違う! これは私のよ!!」
一瞬見ただけで判断されてしまうのは予想外だったのだろう。
叫びながら胸元に引き寄せて隠すようにする。
だがもう確証は得てしまったのだ。
女性は逃げられない。
「じゃあ君のペン、指紋検査しよう! 科学捜査サークルならすぐだし。今はまだ小林はそのペンに触っていない。小林の指紋がなければ君の主張の正しさが証明される」
この学校は心理学に強い学校というのが売りだ。
犯罪心理学科もあり、プロファイリングや科学捜査に興味を持つ学生も少なからずいる為、その手のサークルに事欠かず、ちょっとした事件の捜査なら学校内で行えてしまう恐ろしさがある。
小林がこの学校を選んだのも、犯罪心理学科がある学校の方が花崎に怪しまれないと思ったからだ。
「嫌よ! なんでそんなことまで…」
「小林がこのままじゃ本物の警察に被害報告提出しかねない顔してるから」
ちらりと視線を小林に向ければ、そこで初めて小林が動いた。
「返せ」
片手をだして端的に要求する。
普段は無表情だが、今は本気で怒っているのが分かる。
イケメンの怒りの表情というのは謎の冷たさを含む。
何故か大崎が震えてしまった。
女性は、恋の力なのか怯えながらも抵抗を見せる。
「いやっ! ペン一本くらいいいじゃない!! 同じペンも用意したわ! 何ならもっと高級なペンだって用意してあげるから、このペンはちょうだい!!」
「高級とかどうでもいい。そのペンは駄目だ。さっさと返せ」
「なんでよ!! 同じじゃない!!」
「それは僕がもらったもんだ!」
「落ち着け…痛ってー! 何今の!?」
掴みかからんばかりに前のめりになる小林を宥めようと大崎は手を伸ばし、靄に弾かれた。
それを見て小林は舌打ちしたが、少しおとなしくなった。
「僕は帯電体質らしいから不用意に触るとそうなることがある」
「あー、なるほど確かにそんな感じだった」
指先に走った痛みは冬場によく経験したそれにに通っていたので大崎も納得する。
それから一度息を吐いて、改めて小林に問う。
「小林はあのペンが大事なんだよな?」
「ああ」
しっかりと頷く小林。
これは何をおいても取り返す必要があるだろうと考えを巡らせ、一つ策を思いつく。
「じゃあさ、小林って今ハンカチ持ってるよな。秘書課で持ってないとか言わないよな?」
「持ってるけど、それがどうした」
「いいから出してみ」
訳が分からないまま、しかし小林は言われたとおりハンカチを出す。
「これがどうした」
「うーん、もうちょっとアクセントが欲しいな。小林、それちょっと口に当ててくれね?」
「はあ?」
「いいからいいから。ペン返して欲しいんだろ?」
やはり意味がわからないが、それでペンが返ってくるならと小林は言うとおりにハンカチに口づけた。
「で?」
ハンカチを見せれば、それを大崎が取り上げる。
「このハンカチは諦めろ小林」
「あ?」
疑問の声を上げる小林を無視して、大崎は改めて女性に向き直った。
「お嬢さん、ここにあるハンカチは見ていた通りなんと小林君のキスのおまけ付き。どう? ペンと交換しない?」
「え……」
「ただ触っただけのペンより、こっちの方がよくない?」
「でも……」
躊躇うのは、確かにペンよりもハンカチの方が魅力的に写っているからだろう。
しかも、ハンカチならば大崎に渡されることになるとは言え、盗むのではなく小林了承の元で手に入れられるのだ。
「しかも、ペンを返せば君が触ったものを小林が使い続ける事になるよ?」
さらに追い討ちをかける。
「それに、これ以上揉めると本当に問題にするしかなくなる。ここには俺たちしかいないから他の生徒にはまだバレていない。今素直に返したほうがいいと思うけど?」
最後にそういえば、女性との手から力が抜けた。
その様子を見て、大崎は女性にハンカチを渡す。
それを恐る恐る受け取ると、躊躇い勝ちに小林に歩み寄り深く頭を下げた。
「小林君、ごめんなさい」
頭を下げたままペンを差し出す。
「返ってきたなら別にいい」
小林は女性からペンを受け取って、安心したように顔を緩めた。
顔を上げてそれを間近で見ることとなった女性は、真っ赤になって固まった。
「どうした?」
「つ、付き合ってください!」
女性は固まったまま口だけ動かして、そう叫んだ。
「どこに?」
「小林、今のは恋人志願だ」
首を傾げる小林に、大崎はため息混じりに教えてやる。
「なら無理だ」
それを聞いて理解した小林はキッパリと断る。
女性は酷く肩を落としてフラフラと歩き出だした。
「お前、大丈夫か?」
余りにも先程と態度が違いすぎて、何かあったのかと声をかければ、泣きそうな顔で女生徒が振り返ったあと、何も言わずに走り去ってしまった。
「なんで言っちゃったのよー私の馬鹿ー!!」
女性が去った先から、彼女の声でそんな叫びが響いてきた。
呆けた表情で女性を見送った小林は、なんだあいつ? と首を傾げただけだった。
そんな様子に、大崎は苦笑するしかできない。
「小林も笑うことってあるんだな?」
「そりゃあるだろ。僕は別に無表情じゃない」
いや、お前相当無表情だよ? とは、大崎は賢明にも突っ込まなかった。
「お前、面白れーな」
言った途端、小林が目を瞬かせた。
「何?」
なぜか驚かれて、逆に大崎が驚く。
問い返せば、少し気まずそうに視線を逸らされた。
「いや、前に同じこと言った奴がいただけだ」
「ふーん」
そりゃいるだろうなと大崎はそれほど気にしなかった。
「お前、名前は?」
「今!? 今それ聞くの!? 確かに小林ほど有名じゃないけどさー!」
知られていないとは思っていても、まさかこのタイミングで名前を聞かれるとは思わなかった大崎は肩を落とす。
せめてもう少し前のタイミングで聞いて欲しかった。
「僕は別に有名じゃないぞ?」
だが、自分の知名度も分かっていない小林の態度に、コイツだから仕方がないと思えてしまった。
「ホント面白れーな。あ、俺大崎。よろしくな」
手を差し出せば、困惑したようではあったが、握り返してもらえた。









「っていう出会いがあったんですよー」
「へー。大崎も探偵になれそうだな」
「探偵?」
「あれ、小林から聞いてない? てーか俺も言わなかったんだっけ? 小林のバイト探偵事務所だよ」
聞いたとたん、俄然興味を持ったように表情を輝かせる。
「へー! なんかかっこいいっすね! 探偵って!」
「だよな、だよな! 探偵ってカッコイイよな!!」
「はい! もう探偵って響きだけでカッコイイ気がします!!」
「話分かるやつだなー! 大崎は!」
花崎も探偵を褒められて悪い気はしない。どころか大喜びだ。
「で、小林はそこの主戦力だな。推理は所長…代理が主だけど、探偵って結構体力仕事も荒事も多いからそっちは小林メイン。学生だからまだそんなに動いてないけど、卒業したら大忙しだろうなー」
「へ、へー。そうなんですかー」
卒業したらきっと探偵をやめることになりますよ。とは言うわけにもいかず、しかし小林の目指す場所を知っている大崎は困惑してしまった。
「あれ、信じてない?」
「いや、小林ならやれそうとは思いますけどね」
「だよなー」
頷いたあと、花崎は肩を落とす。
「俺なんか、学校で事務所のことが一部の人間にばれて、明らかに探偵に頼む必要がない依頼を俺指名で来るようになっちゃってさー……人手が必要な時しか呼んでもらえなくなっちゃった……」
「花崎さんも探偵なんですね! 凄いっす!!」
「そうなんだって胸を張れるほど、今は仕事ができてないけどな…」
ちくしょー、と詰まらなさそうに花崎は天井を仰いだ。
「てか小林も同じペンなら交換してあげても良かったのにな?」
大事にしてくれるのは嬉しいけど、と花崎がとんでもないことを言った。
「ダメでしょう!」
思わず叫びそうになり、しかし店なのでなんとか声を抑えて、それでも強めに言った。
花崎の言葉が、いくら何でも駄目だ。
「花崎さんだって誰かからもらったもの、そう簡単に交換できないでしょう?」
「あー…確かにそうだな。うん、そう考えると駄目だな」
大崎が問えば、花崎はあっさり頷いた。
何故直ぐにそう答えられるのに、あんな言葉が出たのかと考えて、もしかしたらとひとつ思い至る。
花崎は自信過剰に見えて、本当は自己評価がものすごく低いのかもしれない。
小林をすごく褒めるくせに、手元に置こうとはしていないのもそのせいなのかも知れない。
これは確かに、隣に並び立つどころか追従することすら受け入れさせるのは骨が折れそうだ。
大崎は、面倒くさいと深く息を吐いた小林を思い出し、納得するのだった。








「御馳走様でした」
「どーいたしまして。他に何か食いてーもんある?」
花崎が仲間に買った土産ついでに大崎にも買った土産を渡しながら問うてくる。
「え、いいんですか?」
ケーキとお茶と、土産だけで結構な値段いったはずなので十分だと思っていたのに、花崎に今後の予定を聞かれて大崎は驚く。
「俺今日、本っ当に暇なんだよ。大崎が大丈夫なら付き合って」
本気度が伺えて、ヘタに断る方が失礼かと思う。
それに、また先ほどの女性のようなやからと出くわしても問題だろう。
ならば、小林の代わりにボディガードをする代金としてご相伴に預かるのもいいかもしれない。
よし、と心を決め、折角ならばと本当に行きたい場所を上げてみる。
「花崎さん、探偵ならもしかして顔広かったりします? もし可能なら一見さんお断りの店とかも知ってたら連れて行って欲しいです! 体験してみたいんで!」
花崎家の人間であれば恐らく知っているだろうとは思うが、あくまで探偵としての伝手として尋ねる。
「んー、夜しか開かない店なら知ってっけど……」
「あ、流石にそこまで引き止めちゃ悪いですね」
「いや、大崎が平気なら平気。なにか食いたいもんある? 予約が必要な店が多いし空いてるかもわかんねーから、電話して今晩大丈夫か聞いてみっから」
「寿司が食べたいです。もしくは肉!」
「はいはい了解」
「でも本当にいいんですか?」
勢いで言ったものの、あっさり了承されてしまい、大崎は少し怖くなった。
「いや、大崎が言ったんだろ?」
そんな大崎に花崎は苦笑を返す。
「そうですけど、7割くらい駄目だと思ってました」
「言ってみるもんだな」
にやり、と笑われれば大崎は安心してしまう。
「そうっすね」
同時に、人の警戒や緊張を解くのが上手いのだと気づく。
これで何故自己評価が低いのかは分からないが。
いや、むしろ自己評価が低いからこその距離感なのかもしれない。
世の中難しいものである。
けれど、この技能は一朝一夕で手に入るものでもない。
「俺、花崎さん尊敬します!!」
思わず言えば、大きく笑われた。
「飯くらいで大げさだなー」
「あ、いやそういう意味じゃなくて……」
「おい」
言いかけたところで、背後から声をかけられる。
二人が振り返れば、そこにいるのは共通の知人。
悪いことはしていないのに、何故か大崎は浮気現場を発見された愛人の気分になった。
気不味い上に小林の視線が痛い。
「小林なんでここにいんの?」
花崎は気にならないのか、小林がいることに首を傾げるだけだ。
「今日は早く終わったからお前んちに行った」
小林がそう言えば、それだけでどう理解したのか花崎は頷く。
「んで俺がいなかったからGPSで探した?」
「そうだ」
当然のように受け入れているが、GPSを使ってまで探すのは普通のことなのだろうか。
探偵業界では普通のことなのかもしれない。
深く考えないようにしようと大崎は思う。
「んじゃ、小林も一緒に行くか。これから飯屋探して食いに行く予定だから」
「行く」
花崎が誘えば、当然のように小林は頷いた。
「とりあえず寿司屋行こうとしてるけど小林も文句ねーな?」
「文句はねーけど、なんでコイツがここにいんだよ」
今更になって、ようやく大崎のことを尋ねられた。
このままスルーしてくれればいいと思っていた大崎は再び冷や汗をかく。
「なんでって…偶然と成り行き?」
問うように視線を向けられれば、大崎は頷くしかできない。
「そうですね」
「俺がちょっと女の子に絡まれてて、助けてもらったんだよ。で、お礼にご馳走するって話になった」
「助けて……」
憮然とした表情はそのままだが、納得がいったのか小林はそれ以上は何も言わない。
舌打ちがひとつ聞こえたが、大崎はそれを聞かなかったことにした。


その後、寿司屋で味に感動しつつも、小林の躊躇いも上品さもない食べ方を前にあまり高級な店にいる気持ちにはなれなかった。
それでもどんな食べ方をする相手にも文句を言わないのだから、出来た店ではある。
美味しそうに食べているのだかから満足しているのかもしれない。
本当は雰囲気を経験したかったのだが、高い店であろうと気負って気取る必要はないのだということは学べたので良しとすることにした。
でもとりあえず、花崎の秘書になるなら食べ方も勉強するように後で忠告するのが先決だと心に刻んだ。



駅前で、大崎は頭を下げる。
「今日は本当に御馳走様でした」
「こっちこそありがとうな」
花崎も軽く手を振って返す。
「あ、大崎。連絡先聞いてもいい?」
そこで、花崎がふと思いついたように言いながらポケットを探った。
「へ?」
別にかまわない。構わないが……。
ちらりと小林を見れば、やはりお怒りだ。
けれど何も言わないのだから、良いということだろうか。
もしかしたら断ったら花崎が落ち込むと思って耐えているのかもしれない。
つまり、これは花崎の意向を優先させて交換するのが正しいのだろう。
「じゃあ」
と携帯を差し出してアドレス交換をした。
「サンキュー」
花崎は嬉しそうに笑った。
小林はあまり学校のことを話さないらしいから、恐らく伝手ができたのが嬉しいのだろう。
逆に小林は大崎から下手な情報が渡ってしまうのではないかと心配なようだ。
これは下手に情報制限している小林が悪い。
まあ、敏い花崎を前に上手く隠せる自信がないのだろう。
だが花崎グループのトップの秘書が一人で済むとは思えない。
その中で筆頭秘書となり花崎の世話を誰にも譲りたくないというなら、秘書が求められる以上の技能が必要になる。
交渉術もその一つだ。少しは学べとも思う。
「こちらこそ。何かあったらお気軽にご連絡ください」
ちょっといじめてやろうと、大崎は花崎にそう告げた。
「おう! あんま迷惑はかけないようにすっから安心してくれ」
「はは。お願いします。まあネタのストックとして芳ちゃんの餌付けに奮闘する女子たちがあるので、すぐにでも対応できますよ」
これならあまり小林のことを話さなくても済む、というネタを一応前面にに出しておく。
「なんだそれ面白そうだな!」
顔を輝かせて乗り気になる花崎を、小林が後ろから抱き込むように引っ張った。
「終わったなら帰るぞ」
「はいはい」
「だいたい誰だよヨシちゃんて。僕は聞いてないぞ」
不満そうな小林の言葉に、大崎と花崎は顔を見合わせて同時に吹き出した。
さらに仏頂面になった小林は、花崎を引きずって駅から離れていった。
迎えの車があるんだろうなと大崎はわかったので、駅から離れることに疑問は抱かない。
「大崎またなー」
いつぞやのように花崎に手を振られて、大崎も手を振り返した。

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