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19 May

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24 December

クリスマス

少年探偵団とちょっとコバ花っぽい




「24日にクリスマス会やろう!」
「前もって言ったのは褒めてやる。が……」
珍しく唐突ではなく、事前に提案してきた花崎に井上はそう返して、カレンダーを見る。
学校のサークルでも24日は恋人と過ごしたいという人間がいたので、その日自体は井上も予定はない。
だが、12月は依頼が増える時期だ。
まだ入っていないが、浮気調査が重なる可能性が高いのもクリスマス前後だ。
どうしたものか、と考える。
「お願い井上!」
珍しく事前提案してきた花崎が、更に珍しく拝むように頼んできた。
この手の提案の場合、花崎はだいたいゴリ押しする。
なのに、頼み込んできたのだ。
「……小林の為か?」
マイペースに動いて周囲を巻き込む割りに、花崎の〝お願い〟は仕事の為か誰かの為ばかりだ。
「去年は俺の所為もあってあんなだったし、明智先生の件も色々ごたごたしてたから、クリスマスやってねーじゃん? でも小林にパーティー準備からの参加も経験させてーんだ。ああいうのって準備も楽しいし、経験すれば自分の誕生会もどうやって用意してもらったのか分かって、ちゃんと嬉しいと思えるようになるかも知れねーし」
「……そうだな。あいつも準備の面倒さと楽しさを知るというのは悪くない」
花崎の所為、と明智云々は聞かなかったことにして、花崎の意図には井上も頷く。
小林はサプライズに感動して喜ぶということがない。
そもそもああいったサプライズが、喜ばせるためのものであるという認識が無い。
昭和から平成初期にかけて流行った、ドッキリ企画なるもののような感覚なのかもしれない。
まだ初めての誕生日の時の方が感動していたと思う程に、2度目の誕生日会には感動が見られなかった。
それでも美味しいものを食べられる、というあたりで喜んではいたし、最終的には盛り上がりもしたのだが、企画準備をした面々からすれば残念な結果と言えただろう。
「じゃあオーケー?」
「まあいいだろう」
「やっりー!」
井上の許可を得て花崎は声を上げて喜んだ。
さっそくメンバーに回すメールを打ちながら、ふと気が付いて手を止める。
「サンタは小林、たぶん知らないよな?」
「詳しくは知らないだろうが、去年やらなかったのにやるのか?」
花崎の質問に、何を考えているのか気付き井上は問い返す。
「あー…去年来なかったのに今更〝良い子〟のところって言われても駄目かー。小林捻くれてるし独自の価値観あるけど、基本的には良い子なんだけどなー」
駄目と言われて、理由が納得できるならやらないし、納得できなくてもそれが世間の常識だと知ればやはりやらないようにする素直さを小林は持ち合わせている。
それに下手したら命が一番軽いと思っているのではないかと思うような言動をするが、自分が誰かを傷つけるのは恐れるし、自分の意思ではなくとも殺してしまった犬に花を手向ける優しさもある。
小林は自分が奪った命まで軽いとは思っていないのだ。
そんな小林に、よい子に贈り物を届けるサンタクロースを用意したかった。
とはいえ、昨年来なかったものが突然来るとして、では今まで良い子ではなかったのかということになってしまう。
せめて昨年やっていれば、住所が安定したからとでも言い訳が出来たかもしれないが。
「クリスマス会ではプレゼント交換もするんだろう? それでいいんじゃないのか?」
「ま、それもそっか」
プレゼントするだけなら、サンタクロースである必要はない。
「サンタもちょっとやってみたかったんだけどな……」
というのもあったのだが、残念がりながらも花崎は諦めた。

小林は心底困っていた。
原因は花崎から送らて来たメールだ。
クリスマス会とやらをやるから手伝えというのは、面倒だが御馳走にありつけるという報酬があるのでまあいい。
問題はプレゼント交換という文面だ。
プレゼントはわかる。
花崎によって定められた初めての誕生日に贈られた記憶は今でも鮮明だ。
そして今年もまた渡された。それも記憶に新しい。
問題は、プレゼント交換では各自持ち寄って交換をするというところだ。
つまり、小林もプレゼントを用意しなくてはならないのだ。
考えるのも正直面倒臭いが、用意しなければ絶対何か言われる。
ついでに花崎が落ち込みそうな気もする。
花崎は落ち込むと小林にとって面白くない行動をとる。
さらには見ていてイラつく顔をする。
そんなことになるくらいなら、プレゼントでもなんでも準備した方がマシだと小林は考える。
小林は明智がいた頃から少年探偵団での活躍によってそれなりの報酬を得ている。
おかげで買い食いもできるし、他のものも買おうと思えば買える。
が、何を買っていいのか分からない。
花崎に聞いたら、プレゼントは自分が貰って嬉しいものか、相手が喜ぶもの、もしくは貰って困らないものだと言われた。
この場合、相手が誰か分からないらしいので、相手が喜ぶものは除外しても良いだろう。
自分が貰って嬉しくて困らないものと言えば食べ物だ。
だがそれだと腐りにくいものを用意する必要がある。
そういえば、と思いついて小林はとある自動販売機に向かって歩き出した。
人手不足と経費削減の為に行われてきた企業側の対応策として、様々なものを買える自動販売機が増えたことは、人慣れない小林にはありがたいものだった。

「ピッポちゃーん、それそこに引っ掛けてー」
花崎の言葉の通りに、ピッポが天井近くにガーランドを吊るしていく。
「さっすがピッポちゃん! お利口!!」
『だしょだしょー』
褒めながらその横で脚立を使って同じように吊るして、ついでにこちらは他の飾りをつけていく花崎。
その誉め言葉に反応するのは、飼い主である野呂だ。
やはり今回も通信参加らしい。
「小林、ツリーの飾り付けして。箱に載ってる絵みたいな感じで飾ってくれりゃいいから」
「めんどくせえ」
そう言いながらもツリーの飾りを手にするあたり、素直である。
とはいえ、飾りつけなど初めての経験であるので、ただ引っ掛けていくだけという作業すら小林は手間取ることとなる。
悪戦苦闘しているうちに、天井部分の飾りつけを終えた花崎がツリーに近づいてきた。
「何も本当に写真ソックリにやらなくても、大体でいいんだって」
苦笑しながら言えば、小林は最初から言えよと舌打ちをする。
それから一緒にツリーの飾りつけをしていく。
二人でやれば効率も良く、小林では届かない部分にも手が届くのであっという間に形になってきた。
「そういや小林、プレゼントちゃんと用意できた?」
飾りをつけながら花崎に問われて、小林は首の動きだけで肯定する。
途端、花崎が嬉しそうに表情を和らげたので、やはりちゃんと用意してよかったと思った。
「後で箱渡すな。みんな同じ色の同じ箱の中に入れてどれがどれだか分かんないようにして交換すんの。下手したら自分のが自分に来ちゃうけど……って、大友には念押しといたけど、小林のってこれくらいの箱に入る大きさ?」
このくらい、と言われて手で示されたのは花崎の肩幅程の大きさだった。
「そんなにでかくねえ」
「ならよかった」
安心したように笑って花崎は飾りつけを再開した。
小林も残っている飾りを偏らないように飾り付けていく。
「パーティって面倒くせえな」
「えー!? 楽しくねえ?」
「別に」
「でもこれ終わったら、みんなで楽しく騒いでご馳走も食べられるんだぞ」
「ごちそう…」
「だから、な? 楽しみになんだろ?」
「飾り付ける必要はなくねーか?」
「それじゃパーティになんないじゃん! パーティだからご馳走なの!!」
説明するが、残念ながら小林の理解は得られない。
「ちえーっ。小林も楽しんでくれると思ったのに……」
肩を落として花崎は黙々とツリーの飾り付けえをする。
「別に…面倒なだけで、嫌ってほどじゃない」
思わず小林が呟けば、花崎は目を瞬かせる。
そして好相を崩した。
「そっか」
嬉しそうに鼻歌を歌いながら手持ちの飾りをつけ終え、口笛でピッポを呼ぶ。
「てことでピッポちゃん、頂辺の星、頼むな」
ホーゥとひと鳴きして、ピッポは星を嘴に咥えるとツリーの一番上まで飛び上がりきちんと星を設置した。
「たーだいま」
「飲み物とかおやつやお惣菜とケーキ、買ってきましたよー」
丁度良いタイミングで、買出し班の井上達が帰ってきた。
買ってきた食べ物と予定通り届いたピザを机に並べて、全員がグラスを手にする。
「「「「『めりーくりすまーす!』」」」」
小林以外の声が重なって、最後にピッポの鳴き声が出たところで、各々手にした飲み物に口をつける。
小林も困惑しながら、こっそりと「めりー? くりすます?」と何となく疑問を交えた声音で呟いていた。
今回の主役は自分ではないらしいので、食べ物は争奪戦だと取り敢えず自分の分の確保に走る。
何時もの不足を考えて多めに注文されていたので、無事山根にも行き渡るかと思いきや、多ければおおく取る面々により山根の取り分は微々たるものとなっていた。
肩を落としながら山根はピザの注文を検討したが、クリスマスという繁忙期の為、時間がかかると言われてさらに肩を落としていた。
ポテトや唐揚げなどもあるので量が足りなくなるということはないだろう。
その目の前で小林は次々と平らげていく。
山根が僅かばかり恨みがましい目で見ても、どこ吹く風である。
ケーキはきちんと切り分けられたので山根にも均等に配分がいった。
クリスマス会メインのプレゼント交換はくじ引き式で行われた。
「うわあああ!!!!」
プレゼントを開けた山根が叫びをあげる。
吃驚箱だった。
「これ大友先輩のでしょう!!」
「よく分かったねー、流石助手」
「分かりますよ!!」
もう! と怒る山根に、しかし大友は投げ出された吃驚箱を拾って閉じて、再び山根に投げる。
山根の傍で再び激しい音と広がりを見せた。
再び山根は悲鳴を上げる。
「え、なにそれ何回でも使えんの!?」
しかし見ていた花崎は目を輝かせて大友を振り向く。
「そーう! 収納もボタン一つで簡単! すぐに何度でも繰り返し使える吃驚箱ー。ぶつけるだけで開く仕様だから、逃走犯とかに投げると足止めになるかもしれないって代物よ」
「うおー! スッゲー!! よかったじゃん山根! これで少しは相手に追いつけるようになるかもしれないぞ!!」
山根は少年探偵団として活動を始めたものの、基本は井上の助手とでもいうか、内務が主だ。
それで正直大助かりしているが、もちろん人手はいつでも足りないので現場に駆り出されることもある。
そういった時、ターゲットを追跡や捕縛依頼だった際、作戦を立てた包囲網でもない限り、残念ながら山根の身体能力では心もとないのだ。
だが相手がひるんで足を止めてくれれば、山根が追いつける可能性は格段に上がる。
まさに山根の為の発明と言っても良いほどだ。
「スゲーいい当たりじゃん! よかったな山根!!」
「よかった…んでしょうか……」
最初に自分が驚かされた身としては、山根は素直に喜び難かったが、一応頷いて大友に礼を言った。
「俺のは…缶詰?」
箱を開けた井上が首を傾げている。
「あ、それ小林だろ! 考えたなー!!」
飾りっけは無いが実用性はある食べ物の缶詰セットを見て花崎は声をあげた。
「なかなか渋いセレクトですね」
自販機で買える缶詰だと、どうしてもつまみや小腹を満たす系の内容が主となる。
パンやおでん、ラーメンやうどんなど平成中期から後期に缶詰が流行ったおかげでラインナップが増えたのが救いだろうか。
今は自動販売機で即席調理が可能なのだが、保存食やダイエットフードとしても利用可能なのでそれなりの人気を維持している。
「あ、でもこれとかケーキだぜケーキ! 焼きリンゴとかもある!!」
「色々集めたもんだねー」
「とりあえず一個ずつ買った」
「重かっただろう。ありがとう結構助かる」
意外と実用的なので、井上も素直に喜んで礼を言った。
「肉じゃがとか筑前煮もちゃんと食えよー」
「うっ……」
が、花崎の一言に言葉を詰まらせた。
とはいえ、持ち帰るようなのでどうなるかは井上のみが知るところとなる。
次にプレゼントを開けたのは小林だ。
中から出てきたのは赤と白のぬいぐるみ。
「なんだこれ?」
『あ、それ野呂ちんの―。そこの会社のぬいぐるみもクッションもすっごいふんわり良い抱き心地ってるから! 癒されるから―』
「サンタさんのぬいぐるみですね」
小林は要らないと思ったが、その前に告げられた山根の言葉に首を傾げる。
「サンタってなんだ?」
「クリスマスに良い子のところにプレゼントを運んでくれるおじいさんですよ。朝起きると枕元にプレゼントが置かれてたりするんです」
ぬいぐるみを見れば、髭が生えていて確かに老人に見える。
「変わった仕事だな」
「そ、そうですね」
まあ、仕事といえば仕事だろうと一応山根も頷いた。
「お前んとこ来たことあんのか?」
良い子の定義は今一分からないが、小林の中で良い子と言えば山根である。
「え? まあ…そうですね」
一応、クリスマスの度に枕元にプレゼントは置かれているので、来ていると言って良いだろうと山根は頷く。
山根宅のサンタの正体は流石に察しているが。
「小林さんは……」
言いかけて、あまりに普通にしていたからうっかり失念していた小林の少年探偵団前の環境を思い出して慌てて言葉を止める。
「良い子のところにしかこねーなら、僕には関係ねーだろ」
止められた言葉を問いかけと判断したのか、小林はそう返した。
「そ、そんなこと……」
慌てて否定しようとするも、恐らく今まで来ていなかったであろう過去から判断しても小林の言葉の方が説得力がある。
「小林は住所不定だから来らんないんだよ」
そこに花崎が割って入った。
「住所?」
「それにプレゼントについて手紙送ってねーし」
「手紙もおくんのか?」
「そう。普段はフィンランドって国に住んでっし、プレゼント渡す相手は何と世界中の子供たち! 相手が多いからどこの誰で何が欲しいって伝えないと、良い子相手でも持って行きそびれちゃう場合もあるんだよ」
「ふーん」
成程、確かにそれ程の人数を相手にしていれば、依頼の手紙もなく全員に忘れずにというのは難しいだろう。
というより。
「世界中って間に合うのか?」
それが気になった。
「サンタも何人もいるし、たぶんきっと魔法使いかなんかだぜ。だってトナカイで空飛ぶし、絶対世界中の子供たちのプレゼントは入らないだろうって袋に皆の分のプレゼントちゃんと詰め込んでるし」
「袋ってこれか?」
小林はサンタのぬいぐるみが持つ袋を指す。
「そうそれ」
「これに全員分いれんのか…スゲーな」
どう見てもサンタと同程度のサイズしかない。
「だろー?」
笑って、それから小林に笑みを向けた。
「小林のところにもそのうちくるかもな」
「子供のところにしかこねーんじゃねーのか?」
「小林、子供じゃん」
「あ゛あ?」
「日本では二十歳未満は子供! だから井上も子供なんだぞ」
「まあ、一応そうなるな」
小林が睨むので井上を引き合いに出せば、未成年である井上も頷く。
「あいつ中身ガキじゃねーか」
「なんだと!?」
そして呟かれた小林の言葉に実に子供らしい反応を見せた。
「まあまあ。じゃあ俺は何かなー」
ふたりが口論をはじめると面倒くさそうなのて適当に止めて、花崎は自分の箱を見る。
「えっと…スノードームとマフラー?」
実に冬らしい組み合わせと言えよう。
「あ、それ僕のです」
山根が手を挙げる。
『ちょうどいいじゃーん。花崎冬でも季節感ゼロってる格好してってるしー』
「野呂には言われたくねえ」
『野呂ちんは家から出ないからいいの!』
「ずっりー!」
『ずるくない!』
言い合いをする一人と一匹の横で、大友が箱を開ける。
「俺のはカードケースか…面白味はないけど趣味は悪くないねー。これ花崎でしょ」
名前を呼ばれて、言い合いを止めると、花崎は大友の箱を覗き込んだ。
確かに自分の用意したものだったl
「誰に当たるかわかんねーし、使いやすいやつの方が良いだろ」
レザー仕様のカードケースはそれなりに名の知れたブランドものだ。
ブランド好きの学生が持つこともあるので悪目立ちはしないだろうが、高校生がクリスマスのプレゼント交換で用意する品ではない。
ブランドには拘らないが実用性が高いものを考えた結果として高級品を日常的に身にまとう花崎は、恐らく何も考えず使いやすさだけを考慮して用意したであろうことは容易に想像がついた。
「そこらへんはさすがお坊ちゃんというか……バカだよねぇ……」
本人はあまりそういった面を見せないようにしているつもりらしいし、実際言動は馬鹿としか言いようがない場合があるのだが、所作から滲み出る品の良さは隠せていないし、高級品を簡単に身にまとう事への認識の欠落もある。
「ん? 大友今なんか言った?」
意外と耳も良い花崎が微かに音を拾って、大友に問いかける。
「べぇーつにー。まああって困るもんじゃないしありがたく使わせてもらうわ」
苦笑してそう返事をすると、大友はカードケースをポケットに入れた。
「おう!」
渡したものを使ってもらえると言われて花崎も嬉しそうに頷いた。
『てことは野呂ちんのは井上のー? あけてあけてー!!』
野呂に指示されて、花崎は箱を開く。
中に入っていたのはそれほど大きくはない平たい箱。
「チョコレート?」
箱の表面に刻印されているのは有名な高級チョコレートショップのものだ。
「食べ物が一番扱いに困らないだろう。一応クリスマス限定アソートだ」
胸を張って言うが、そこにいた殆どの者は共通の思いを持った。
「井上、発想が小林レベルじゃん」
そして花崎は思うだけには留まらなかった。
井上はその言葉に少なからずショックを受けていた。
まあ、有名チョコレートショップのクリスマス限定アソートということで、当の野呂が喜んだので気を持ち直してはいた。
プレゼント交換も終わり、惰性で残りの食料を食べつくすと、簡単に片づけを済ませて各々帰っていった。
事務所に残っているのは井上と花崎と小林だけである。
小林は片づけもそこそこに気が付いたらソファですやすやと寝息を立てていた。
残念ながら誰にも起こすことは叶わず、そのまま放置されて現在もソファの上である。
「小林はほんと食っちゃ寝だよなー」
満腹で満足しているからか、起きる気配も見せずに寝ている小林を見て花崎は苦笑する。
「やっぱり小林にプレゼント用意しておけばよかった」
知らなければよかったのだが、山根の親切によってサンタクロースの知識が与えられてしまった今では、やはり用意しておくべきだった気がしてしまう。
「そうだな」
井上も頷く。
去年やらなかったからと、つい手を引いてしまったのは失敗だったかもしれないと後悔する。
小林にも、人並みとまではいかなくてもそれに準じる子供としての記憶を用意してやりたいと井上も思うのだ。
しかしもう時間も遅く、今から用意しようにも店も閉まっている。
諦めるしかないと花崎は肩を竦めた。
「俺、今日は事務所に泊まることにする」
「家に帰らなくていいのか?」
花崎には家族がいる。
そもそも歩いて帰れない距離でもない。
「だって明日朝から追跡調査じゃん。帰っても寝るだけだし」
言い訳のようにそう言ったが、花崎はどれほど遅く帰ろうとも翌日疲れなどなかったかのように朝から顔を出すので、理由はそこにないのは井上にもわかる。
普段あまり使うことがないが、泊まりになることもあるので事務所には花崎の着替えや荷物を置いた部屋もあるのも確かだが。
きっと花崎の自宅の部屋にはクリスマスプレゼントが用意されているであろうが、花崎は申し訳ないと思いつつも、なんとなく小林から離れがたかった。
起きた時、プレゼントがなくても恐らく小林はガッカリすることはないだろうし、一人でもいつも通りだと思うだけだろうと想像もつくが、それでも、ここで迎えるクリスマスの朝を一人にはさせたくないと思ってしまったのだ。
「そうか。なら戸締りは頼むぞ」
花崎の考えを察したのかは不明だが、井上はそれ以上言わずに必要事項だけを口にした。
「りょーかい」
敬礼する花崎に軽く息を吐くと車椅子をエレベーターに向ける。
「じゃあな。メリークリスマス」
「メリークリスマース!」
クリスマスらしい挨拶をしながら井上を送り出すと、花崎は事務所のセキュリティを起動させる。
それから小林を背負って部屋に向かう。
靄がなくなったわけではない。
こうして背負っているのに、花崎は小林の体温を全く感じない。
どれくらいの薄さなのかは分からないが、間違いなくこうしている今も靄は存在している。
ただ小林の感情が乱れない限り、不用意に攻撃はされなくなった。
なので運ぶくらいはできるのだ。
事務所で人が寝られるソファは一つしかない。
花崎も流石に床で寝る気にはなれないので、起きた時おはようという為にもこうして小林も運んでいるのだ。
「小林結構体重あるよなー……」
恐らく出会った頃より重くなっているのだろうが、当時の重さは知らないので比べることはできない。
花崎以上に用事の無い小林は、日々仕事の為に駆け回り、あとは食っちゃ寝の生活である。
よく食べてよく寝てよく動く小林は確実に筋量を増やしている筈である。
「ついたー!」
花崎の部屋に運び入れ、ベッドに落とすとついでに持ってきたサンタのぬいぐるみとスノードームを枕元に置く。
少々狭くはなるが、ソファと違って二人で寝られないことはない。
小林をベッドの端に押しのけると、花崎も横になり、必要かは不明だが自分に掛けている布団を小林にもかけた。
入りたての布団はひんやりしているので、小林の体温が分からないのが少し残念だった。
「おやすみ、小林」
それだけ言うと、寝つきの悪くない花崎は少しして寝息を立て始めた。
目が覚めた小林は目を瞬かせた。
花崎が、目の前にいる。
いつもは花崎は家に帰るので、朝起きた小林の目の前にいることが異例だ。
プレゼント交換で渡されたサンタの縫い包みが目に入る。
「サンタ……」
25日の朝、起きた時にプレゼントを置いておいてくれるらしい老人。
自分のところに来たことはないし、良い子のところにしか来ないなら来るはずはないと思っていた。
実際来たこともなかった。
だが、今、目の前には花崎がいる。
小林が一番欲しかったものが、目の前にいる。
思わず手を伸ばして抱き寄せた。
夢でも幻でもなく、間違いなく花崎である。
小林が自分のものだと認識して手を伸ばしたものは、靄に弾かれることはない。
とはいえ、意思のある人間を自分の物だと認識したことはなかった。
しかし、今目の前にいる花崎は、サンタが用意したものだとしたら小林のモノだ。
自分以外のぬくもりを感じて、嬉しくて強く抱きしめれば、花崎が腕の中で目を覚ます。
寝起きで少しぼんやりしている花崎は、動きづらいのでとりあえず顔だけ動かして状況を確認する。
そして小林に抱きしめられていることに気付いた。
「おはよう、小林」
「ん」
頷いて、再び小林は腕に力を籠める。
「あれ……あったかい?」
昨晩は感じなかった小林の体温を確かに感じて花崎は困惑する。
「ちゃんと触れてる? なんで?」
「サンタとかいうのがたぶん来た」
「まぁっじでー!!?」
齎された驚愕の回答に花崎は叫びをあげる。
「ウルセエ」
腕の中で叫ばれるという初めての経験に小林が思ったのは、とにかく大音量であるという事だった。
それでも離す気にはならない。
「ところで小林…動けねーんだけど……」
「仕事の時間までまだあんだろ。寝てろ」
そう言うと、小林は欠伸をして目を閉じた。
「寝てろって……って、小林が寝んの!?」
声を上げるが、小林も寝つきはいい。
既に夢の中のようだ。
だが表情が柔らかいので、花崎はまあいいかと温かさに身を任せて寝ることにした。

数時間後、目を覚ました小林は腕枕による腕の痺れに苦しむこととなった。
さらに花崎にサンタからもらったプレゼントでなんで触れるようになったのか、どういうプレゼントだったのかしつこく聞かれ、お前だと答えればぽかんとされた挙句、俺物じゃねーよ!? と慌てて否定されてしまった。
自分が良い子であるという自信はなかった小林はやっぱり来るはずがないと落ち込んでしまい、それを見た花崎は慌てて前言撤回をするという一幕があった。
後に話を聞いた山根は、花崎だけとは言え、本当に触れるようになったのだから、やはりクリスマスの奇跡かなにかかも知れないと、サンタクロースが来た小林に大いに喜んで見せた。






あとがき
色々書き足りてなくて書きたかったネタの半分しかかけなかったのが悔やまれます。
そのうちなにか別の話を使って冬のあいだに書きたい。
相変わらず書いていてコバ花なのか未満なのかわかりませんが
今回の話は花崎が一応小林のになったのでコバ花で!!
年越しとかも書きたいんですが、花崎さんちって旧家っぽいので年末年始忙しそうだなと…。
でも初詣とか是非させたいですね。
靄があると無理そうですが……。
妄想が捗って話がそれそうになります。
小林の実家訪問が銀杏並木が色づく時期なので、
花崎が少年探偵団に戻ってきたあとにクリスマスを迎えているとは思うのですが、
明智君はいないしいろいろゴタゴタしてそうなのでクリスマスはやらなかったかなと
勝手に想像しております。
小林初めてのクリスマス。
最初、小林が起きたら皆からのプレゼントに囲まれてるのも楽しいと思ったのですが
それは誕生日な気がしたので、今回はプレゼント交換と花崎で。
嘘です。きっと絵がかけたらプレゼントに囲まれた小林も描いていた。
単純に力量の問題でした。
えーと、これ以上語ると墓穴を掘りそうなのでこのあたりで。
毎度ながらこんなところまでお付き合いありがとうございました。
メリークリスマス!!
 

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