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05 November

Secretary小林学生編3 後編

Secretary小林学生編3 後編



小林はコンセプト通り囚われの王子を演出するために、それらしい衣装を着せられた上に厳重に縄で椅子に縛り付けられた。
参加人数が増え過ぎた為くじ引きで選ばれた女子30名とお姫様仮装の男3名が校門前に並ぶ。
仮装男は完全にただの仮装なので明らかに男と分かるが、何故か全員妙に似合っていて笑いはとれない。
演劇の衣装のドレスは大きめに作られていたからわかるが、過去に似たような企画でもあったのか、何故かハイヒールまであったので、ハンデとしてそれも履かされているので女子より頭1つどころか下手すれば2つ分ほど高身長ではあったが。

《ルールは簡単! 校内のどこかにいる呪いの魔女の手下3名から王子の心を閉じ込めた宝石を奪い返し、王子の囚われた校舎の対面校舎の屋上にある王冠に戻すことで王子の呪いを解くアイテムの完成! なお、手下は黒いマントに大きく手下と書かれているので見ればすぐ分かります! 現在地は見ての通り、校舎を分けて存在しております》
アナウンスに答えるようにそれぞれ違う校舎の窓から、基本的に黒い格好をした人影が姿を見せた。
手を振って、それから窓を離れる。
一度場所を確定させてしまっている状態なので、始まる前に移動したのだろう。
《だが、王冠を完成させて終わりじゃない! 囚われた王子の元にたどり着き完成した王冠を頭に乗せることで王子に心を取り戻させることがクリアの条件!! 毎年王冠が完成してからが最大の修羅場! 王冠を完成させても王子に届けるまでは安心できないデスレース! さあ! お姫様たち頑張って!! スタート!!》
早速、と花崎はドレスたくし上げて走り出した。
《おーっと!! 王子小林も認める本日の目玉、ゲスト参加の男姫! 早い―!! ハイヒールで走っているとは思えません!!》
「ねえ、魔王の手下見なかった?」
「あ、あっちに」
花崎が声をかけると、頬を染めた女生徒が指で方向を示した。
「サンキュー!」
示された方向に花崎は走った。
予想より早く手下その1を見つける。
「ふふふ、王子の心を取り戻したくば俺からこの心の欠片を奪ってみろ! 女の子に襲われたかったのになんで最初に男がくんだよー!! 絶対渡さねえからなー!!」
シナリオのセリフなのだろう。
わかりやすい言葉とともに、頭に取り付けられた帽子を示す。
その後に続いたセリフはおそらく心の声だ。思い切り外に出ているが。
帽子にはガチャガチャ等に使われるカプセルのようなものが取り付けられており、中に宝石らしきものが入っている。
勝負は一瞬だった。
手下の肩に手をついて飛び上がるように背後に回り込みながら花崎はカプセルを回収する。
「え!?」
手下も思わず驚きの声を上げる。
「いっただきー!」
《男姫! 妄想男子…もとい魔女の手下からあっさりと宝石のひとつを奪還したー!》
「女の子じゃなくてごめんな! じゃあなー!」
ひらひらと手を振って花崎は教室を出て行く。
「お姫様! もう一人はあそこの渡り廊下から渡った先の校舎です!」
なぜか教室を出た先で、花崎は次のルートを示される。
「あ、そうなの? サンキュー」
疑うことなく示された渡り廊下を抜けると、別の女子が階段を示した。
「今連絡きまいた! 3階に移動したみたいです!!」
「3階で別の姫達に囲まれてます! 急いでください!!」
「ホントか? 急ぐ! ありがとうな!!」
「いえ、頑張って小林君のお姫様になってください!! 楽しみにしてます」
「おう! 任せろ!!」
何故か見ず知らずの女生徒たちに親切に誘導してもらいつつ、笑顔で礼を言って花崎は走る。
《おーっと? 校内には何故か他校の男姫を支援する勢力がある模様!! 尚、直接企画アイテムを狙わないサポートはルール適用内です》
《さて件の手下ですが、既に複数の姫たちに囲まれている!》
「さあ、取れるもんなら取ってみろ!!」
そう胸を張る手下の頭上には、女生徒たちに囲まれている割にはしっかりとボールのついた帽子が乗っている。
《手下は基本高身長の上にシークレットブーツで底上げをしている為、姫達はただ立っているだけの手下からなかなか回収できない》
そう、普通に女子の手が届かない為だ。
《ここで姫のひとりが棒を手にした!! 棒を使って落とす算段のようだ。しかし自分の方に落とすのは難しい為、他の姫に取られないようにと考慮してなのかなかなか上手く落とせない!!》
そして落とすにしても自分の方に落とせなければ意味がない。
手下への暴行は禁止されているため、頭を叩いてしまうわけにも行かない。
よって、棒を手にしたところでそう上手くはいかないのだ。
《手下は周りに女子が群がって若干嬉しそうだ!》
手下は自分によじ登ろうとする女生徒たちに鼻の下を伸ばしている。
《おーっとここで先程驚きの早業で宝石の1つを回収した男姫登場!! 流石に警戒態勢に入る手下!!》
が、花崎の登場と共に、手下もさすがに警戒した。
花崎はヒールのある靴を履いているため、手下の頭にも手が届くのだ。
《さあ! 男姫はこの複数の姫達と手下からどうやってー…と、普通に歩いて近づいた!? 手下だけじゃなくて姫たちも男姫を警戒する!》
「お、燃えるね!」
にやり、と笑うと花崎は走る体制に入ったかと思うと、なぜか手を振り上げた。
プラスチックになにか当たったような軽い音がした。
と同時に花崎は手下の後ろまで走り抜けていた。
花崎の動向を見守っていたその場の面々は一瞬何が起きたのか理解できなかった。
「意外とこのカプセル、接着はそんなに強くないんだよなー」
《男姫! なんとゴムボールを投げて手下のボールを弾き飛ばして回収したー!! カプセルは女性陣が取りやすいように割とあっさり取れる仕様となっております。どうやら1つ目のカプセルでその事実に気づいた故の作戦だった模様!》
外側から見ていたリポーターは即座に状況を把握した。
《呆然とする面々を振り返ることもなく男姫は次の手下の元へ向かうー!!》
「次の手下は隣の校舎の1階です!」
扉を出たところで、また花崎は女性との助言を受ける。
「サンキュー!」
花崎はやはり素直に信じて走り出した。
階段を勢いよく下り、隣の校舎まで走り抜ける。
助言を受けた通り、1階に手下とやはり女生徒達がいた。
幸い、やはり手下の宝石はまだ奪われていないらしい。
「女の子が持ってないってのは助かるな」
とはいえ、花崎の運動神経も飛び道具も警戒されている。
しかも手下には4名ほどの女生徒が囲いを形成している。
「ワイヤー欲しいなあ…」
思わず花崎は呟く。
残念ながら現在整備に出している上に、流石にズルだと思うので本気ではないが。
「いや、つまりワイヤーの代わりになるもんがあればいいんだな」
警戒している面々を他所に花崎は周囲を見回す。
「お! いいのあんじゃん!!」
花崎は教室の隅に落ちていたガムテープを拾う。
「これ借りていいもん?」
教室にいた、企画とは関係なさそうな生徒に尋ねる。
「だ、大丈夫だと思います」
「じゃちょっとだけ借りんな」
了承を得たので花崎は笑顔で言って、ガムテープを手に立ち上がった。
《男姫! ここで道具を手にした! どのように使うつもりなのかー!!》
花崎の様子を中継したリポーターは、ふと別の動きにも気づいた。
《なお、宝石回収を諦めた女生徒達は次々と王冠のある屋上へと向かっている模様! どうやら王冠の地で決着をつけるつもりのようです! 早くしなければ大変な争奪戦になると思われます!》
「うへぇ…マジ!?」
リポーターの言葉に嫌そうに顔を歪めた花崎は、ならば急ぐしかないと、ガムテープをよじってある程度の長さの紐所にしたものを輪の内側を通して一度縛り、それ以上剥がれないようにして粘着輪付きロープを完成させた。
それを勢いを付けるように体の脇で振り回す花崎。
使い方は誰がどう見ても明白で。
「おっせーよ!」
慌ててそれを防ごうと手下は手を上げるが、ならばと花崎は横に回り込む。
女生徒に囲まれているため、手下の動きは遅い。
花崎は見事にガムテープを利用してカプセルを回収した。
「んじゃ! あ、ガムテープありがとう」
花崎はガムテープの許可を出してくれた生徒に礼を言って再び走り出した。
「姫様! この館の屋上へは向こうの階段じゃないといけません! 出店もあるので1階から向こうの階段を使ったほうが人混みを回避できます!」
「わかった!」
女生徒たちに誘導されるままに進み、屋上へ続く階段の前に、小林の奪い合いをしていた筈の花崎以外の男姫2名が陣取っていた。
《他校の男姫が活躍する中、当校の男姫二名はどうしているのかと思ったらまさかの棚ぼた狙いで王冠への道に待機していたー!! なんという狡猾なやり口!!》
「戦略と言ってもらおう」
偉そうに胸を張る2年生。
「こ、こんな靴と格好でまともに動けるあの人が変なんですよ!」
少し躊躇いながらも正当性を主張する1年生。
《それには確かに私も驚きました。しかもその状態であの驚くべき身体能力。あの他校の男姫は何者なのでしょう!!》
「で、二人で俺を止めに来たの?」
「素直に宝石を渡したらあとでお礼をしよう」
《買収はやめてください》
2年生の言葉にアナウンスで苦情が入る。
「おや、お礼はどうやら出来なくなってしまったが、まあいい。素直に渡しておくれ」
そう言って手を伸ばしてくるさまは、まるで拒まれるとは思っていないようだ。
「先輩に渡すくらいなら僕に!!」
「君は小林君には相応しくないだろう」
「5番目とか言ってる時点で先輩の方がよっぽど相応しくありません!! さあ、僕に!!」
「いや、どっちにも渡すつもりねーし」
とはいえ暴力行為は禁止なので、力尽くでどかすわけにもいかない。
そうなると、男ふたり、しかもドレスで幅を取って階段を塞いでいる存在は厄介だ。
少し考えて、花崎は宝石入りのカプセルをひとつ前に出した。
《ここまで順調に宝石を集めた男姫が、まさか宝石のカプセルを差し出した!?》
途端、飛びつくように1年生がそれに手を伸ばす。
そのタイミングで花崎が2歩程後ろに下がれば、それだけで1年生は転倒した。
《いや、どうやらそれを餌に通路妨害者を移動させる算段だった模様!》
ドレスとヒールでまともに動けないと言っていたので、もしやと思ったが、どうやら花崎の勘は当たったらしい。
状況に目をまたかせていた2年生はハッとして花崎に向き合おうとするが、1年生が転んでできた隙間を通り抜けて、既に背後の階段を駆け上がっていた。
《男姫急いで駆け上る! 屋上で待つ姫達!》
20名はいるであろう女生徒たちは、しかし花崎に王冠までの道を譲った。
《おや? 姫たちは手出しはしない模様です》
「成程、王冠の完成待ちか…」
花崎は現状を理解して、しかし王冠を完成させなければいけないのは自分も同じなので、素直に譲られた道を歩く。
そしてたどり着いた先で、回収したカプセルから宝石を取り出した。
《男姫、王冠に宝石を嵌めていく!》
「王冠完成!」
簡単には宝石が落ちないことを確認して、花崎は王冠を持ち上げた。
《まさかの男姫が嘗てない最短時間で王冠を完成させました! だが真の戦いはこれからだ!!》
「その冠を渡さないとここから出さないから!」
「あの小林君に、企画でも誓いの言葉を言ってもらえるチャンスなんてもう二度とないかもしれないんだから!」
そう言いながら、花崎が王冠を完成させるのを見守っていた女生徒達が入口前に陣取る。
《さっそく姫の座を狙う乙女たちに囲まれた!! さあどうする男姫!!》
「どうするって…逃げるしかねーじゃん?」
言って花崎は飛びかかってくる女生徒を避けながら、目的の場所へ少しずつ足を進めていく。
《王冠が動くのに邪魔そうだが、身軽だ! 何とか女性陣を掻い潜っている!!》
「てか本当に邪魔だな…」
花崎は王冠を見て、どうにかならないかと考え、ふと自分の格好に気づいた。
《まさかの男姫。女装を利用してドレスの胸に王冠を隠した―!》
「これでちったー動きやすくなったかな」
《どうやら両手の自由を確保するためだった模様! さあ次はどうする男姫!!》
両手が自由になった上に、王冠に注意を払わなくてよくなった花崎は飛んだり跳ねたりしゃがんだりしながら、少しずつ女子の包囲を抜けて背後には誰もいない柵までたどり着く。
《囲まれるのは回避したが、男姫、どんどん出口から離されて柵へと追い詰められていく! 絶体絶命か!?》
「いや全然!」
ナレーターの言葉にニヤリと笑うと、花崎は本結びされているバルーンの紐を解いた。
《なんと! 男姫!! 学園祭のバルーンとそのロープを利用して隣の校舎の屋上に飛び移ったー!! あの姫は忍者かスタントマンか!! 普通はできないので良い子も悪い子も真似しちゃだめだぞー! というか後で学園側から企画部が怒られかねないのでどれ程自信があっても本当に真似しないで下さい!!》
「あ、ごめん」
企画部のアナウンスに思わず花崎は謝った。
《以後気を付けてください! だが今年の規約に誰もやると思っていなかった屋上の飛び移りに対しての禁止はなかったので今のところセーフ! さあ男姫屋上の扉に走る!!》
だが、その花崎の行く手を遮るように角材を持った一人の女性とが立ち塞がった。
《おーっ! ここで偶然か状況を読んだのか、一人の女生徒が立ち塞がるー!!》
「王冠を渡してくれなきゃここは通さないから!!」
《立ち塞がる乙女! さあどうする男姫!!》
「いやー、譲ってあげたい気もすんだけど、小林と約束しちゃったからごめんな」
謝罪して、花崎は渡す気がないという意志を示す。
「渡して!」
女生徒はどこかのクラスが看板に使用したらしき木材の棒を振り回す。
「おい! 武器の使用って禁止じゃないのかよ!?」
《武器の使用は禁止しておりますが、道具の使用は許可しちゃってるんですー!》 
掃除道具などを、手下は運動部の男子生徒が行うので非力な女生徒が退路を塞ぐ為や、身長を補う為に利用することを前提に利用許可されている。
それはわかっているから花崎もゴムボールを利用した。
棒を使っている女生徒も見た。
だが。
「完全に武器じゃん! 当たったら怪我すんだろ!!」
《今まで小林王子のように、普段は近づきがたいクール男子が王子になったことがないんです。その所為か今年のお姫様たちはちょっと例年にない気合の入り方をしていまして…》
つまり、今まではこうした木の棒ですら道具が武器になったことはなかったということらしい。
《姫! しかし武器の使用は禁止です!! 人に向けるなら道具ではなく武器という扱いで即失格となりますのでおやめ下さい!》
リポーターは叫ぶが、聞こえていないのか女生徒は角材を放す様子はない。
「いや、角材のフルスイングは流石にやばいって! 王冠壊れちゃうし! あっぶね」
花崎は重いドレスを引きずりながらもなんとか紙一重で攻撃をかわしていく。
「渡して!」
だが、女生徒は花崎の言葉すらも聞こえていないのか、只管に王冠を求める。
「こ、小林君に近づけるチャンスなんだから!」
ついには涙まで浮かべ始めた。
「小林君の知り合いなんでしょ! 一緒に学園祭回るくらい仲がいいなら、企画でくらい譲ってくれたっていいじゃない!! 大体これは本当は女の子の為の企画なんだから!!」
「確かに俺は男で、小林とは仲間で一緒にいることも多い。でも約束破ると小林怒るからさ」
本当に小林が好きなんだなと、花崎は申し訳ない気持ちにはなるが、やはり目の前の見知らぬ女性より小林との約束の方が花崎にとっては大事なものである。
小林のお姫様になると言ったのは半分冗談だったが、小林が念を押してきた以上、それを全力で果たす努力をする義務が花崎にはある。
「ごめんな」
《おーと! 男姫再び屋上の縁に向けて走り出したー!! またバルーンを利用して外から逃げ切るつもりか!? できればやめて!!》
「させない!!」
リポーターの悲痛の叫びに、先程の状況を思い出したのか女生徒は角材を放り出して花崎を負う。
《慌てて女生徒は後を追う―!》
だが、それを待っていたかのように花崎は綺麗にターンを決めると、ドアに進路を変えて走り出した。
《男姫、踵を返して扉へ向かう! どうやらフェイントだった模様!!》
「まっ!」
《慌てて伸ばした手がドレスのリボンを掴んだ―!》
「うわっ!!」
《どうやら男姫、リボンのある服に慣れていなかったからか、リボンに気が回らなかったのかもしれません!!》
その通りで、リボン分の差を認識していなかった花崎は突然腰を引っ張られる形になり、走り出した勢いもあり、そのまま転倒してしまった。
《転んだ衝撃で胸元から王冠がこぼれ落ちたー!! このまま王冠は乙女の手に渡るのか!?》
「やべっ!」
《かと思いきや、男姫! 即座に身を翻して王冠を蹴り上げたー!! 空中を舞った王冠! 手すりを越えそうだ! これはもしや下にいた姫が棚ぼたする展開かー!?》
「駄目!!」
「させるか!」
女生徒と飛び起きた花崎が王冠に向かって走りながら手を伸ばす。
花崎は更にもう片方の手首にリボンを巻きつけ、逆の端を縛って王冠に向かって勢いよく投げつける。
ワイヤーで道具を使って対象を捕獲する事に慣れていたお陰で、花崎はリボンで無事に王冠を巻き込むことに成功した。
「うしっ!」
《男姫が解けたリボンを使ってなんと王冠を捕まえることに成功した! ああああ!!!!!》
「きゃああああああああ!!!」
王冠を掴もうと飛びつこうとした女生徒が、勢いのまま柵を乗り越えてしまった。
「クソっ!」
花崎は慌てて手を伸ばして女生徒の手を掴む。
だが花崎も勢いをつけていた為、女生徒を留める力にはならない。
一緒に柵を越えて落ちる。
が、柵にひっかけた衣装のリボンを掴んで何とか落ちるのを回避した。
リボンを利用した為、それに絡まっていた王冠だけが下の植え込みに落ちた。
二人は辛うじて宙に浮いている。
とはいえ、引っかかっているのは衣装のリボンのみ。
その上リボンを掴んでいるのは花崎の片手の握力だけ。
手首に巻きついているだけ普通に握るよりは滑りにくのが救いだが、二人分の体重を支えるのは相当きつい。
しかも衣装用のリボンは大きめとはいえそこまで丈夫なものではない。
いつまで持つか分からない。
花崎は視線を巡らせ、下の教室から様子をうかがっている生徒と目が合った。
「おい! 下のやつ! この距離なら窓から手を貸せば何とかなるだろ? 彼女を窓から引き入れろ」
「わ、分かった」
窓の上の方とは言え、それでも台などを使えば届かない距離ではない。
教卓の上に乗れば引っ張ることくらいはできるだろう。
幸いなことに学園祭中の為、普段は使われていない梯子などもある。
一人では危険だが、複数人でなら女性一人くらいは助けられる筈だ。
そしてその判断は間違えていなかった。
女性は無事保護された。
が、花崎はそこから動かない。
「おい! お前はいつまで遊んでるんだ。さっさと降りろ」
それを見て、小林は苛立ちを隠そうともせず叫んだ。
「イヤ、そんなこと言われても俺今日ワイヤー持ってねんだって。ちなみにこのかっこだぜ? エアバッグもねーから。あとついでに肩が外れそう」
小林の声に花崎も叫び返す。
「なっ」
だが、叫ばれた内容に小林は目を見開いた。
つまり、迂闊に飛び降りることもできない。
ゲーム中ならともかく、こうなってしまうと暫く使うこともないだろうと大友に預けたのは本当に失敗だったと花崎は悔やむが、それで事態が好転するわけでもない。
女生徒と同じ窓から引き入れてもらうにしても、花崎の位置では距離が遠すぎる。
よじ登ろうにも、先程女子一人分の落下の衝撃と体重を片腕で支えた為に外れかけていてうまく使えない。
ある意味この状況で片腕でぶら下がり続けていられるのは流石と言わざるを得ない。
《今スタッフが向かっていますのでもう少し耐えてください!!》
スタッフが連絡を取り、花崎の元へ人員を向かわせる手配をする。
だが、重量のあるドレスを着た男一人を柵を超えて引き上げるには一人では安全とは言えない。
となれば人数と命綱などの安全対策が必要になる。
数分以上は確実にかかるだろう。
「チッ」
誰の耳にも聞こえるほど盛大に舌打ちをしたかと思えば、小林は駆け出した。
縛っていたロープは切り刻まれていたが、視線が花崎に集まっていたのもあって周囲もそれを気にしている余裕はない。
校舎内に戻っている余裕はないので、屋上をワイヤーと身体能力で真っすぐに突っ切る。
「おー! 小林かっけー! スタントマンみてー!」
それを見て驚く周囲を余所に楽しそうに声を上げるのは、今一番危機的状況にいるはずの花崎である。
お前だってこれくらい普通にできる癖に、と声には出さず、出るのは舌打ちだ。
「3分もかからず来るとは、正義の味方だな小林」
「お前なあ」
花崎の言葉に小林はゲンナリとする。
「むしろ姫のピンチに来る王子だから、マジ王子って言った方がいい?」
「どれも言わなくていいから黙れ」
相変わらず声では燥いでいるが、外れかけた右肩の痛みとぶら下がり続けることでの消耗に額には汗が浮いている。
「んじゃ最後に一つ」
「ああ?」
「俺がぶら下がってる布な、たぶん下手に引っ張るとちぎれっから」
「はあ!?」
今まさに布に触れようとしていた小林の手が止まる。
屋上の角で擦れている部分が擦り減っている。
女生徒を受け渡すために横揺れをしたので思った以上に早く擦り減ってしまったのだ。
「いや、そんな声出されても俺の所為じゃねーし」
この状況になったのも、女生徒を助ける為であって花崎の本意ではない。
「この状況がお前の所為だろ」
「そーだけど……」
と、呟いたところで、何かが裂ける音がその場に響く。
その音に流石に慌てたのは花崎だ。
「あ、待てやべえ! 引っ張んなくてもなんか千切れそうになってきてる!」
「花崎!」
思わず小林が花崎の手首を掴む。
それは当然、前のめりになり過ぎる体勢で。
そのまま二人揃って落ちた。
急いで小林は花崎を抱き込み靄を発動させると、一応ワイヤーを飛ばして勢いも殺しておく。
そして殺しきれない勢いのまま植え込みに落ちた。
だが当然ながら小林の靄のおかげで二人共無傷である。
下は植え込みであり、木々がクッションになったと周囲は誤解した。
「プッハー! 無敵状態久しぶりだったなー」
植え込みから這い出しながらやはり楽しそうに笑う花崎に、小林はもう言葉を発する気力すらない。
花崎が落ちそうになり、どれだけ小林が肝を冷やしたのか気づいていないのだ。
「痛ってー! 小林! 痛てーって!!」
とりあえず無事だったっと抱き込んだ姿勢のまま強めに抱きしめれば悲鳴が上がった。
外れかけの肩が痛むと騒ぐ花崎に、知るかと思うが、そこで本当に放置する小林ではない。
「戻すぞ」
「あ、外れてはいないし自分で戻せるよ」
「良いから大人しくしてろ」
「んっ、くっ…」
小林が嵌め直せば、痛そうな顔はしたものの、花崎は落ち着いたように息を吐いた。
「ふー、やっと落ち着いたー」
痛みから解放されて緩く笑う花崎を小林は抱え上げる。
「保健室行くぞ」
「おー! 王子に姫抱っこされてるお姫様ってか?」
「お前よく楽しめるな」
「え、だってこんなカッコだし今更だろ? 楽しまなきゃ損じゃん?」
ドレスを着た上に横抱きにされて楽しそうに燥ぐ男がどこにいる、と小林は思うが、残念ながら目の前にいた。
ふと花崎はあるものを目に留めて、軽く数回小林を叩く。
「あ、待った! 待て小林!! あれ!!」
花崎が暴れるので示された方を向けば、そこには王冠があった。
流石にあの騒ぎの中で拾いに来る者はいなかったようで、花崎達のすぐ近くに落ちていた。
花崎に促されてその傍に膝を着けば、花崎が手を伸ばして王冠を拾った。
そのまま土を払って小林の頭に乗せる。
『お、男姫! 王子小林の心である王冠を無事王子に渡したー!! ちょっと…かなり予定とは違うが今年の姫が決定しましたー!!』
今まで声を出すことも出来ず見守る形になっていたリポーターが宣言の声をあげた。










思った以上に閑散としている廊下を歩いて保健室に大崎が入れば、肩の辺りに包帯を巻かれた花崎がいた。
「花崎さん大丈夫ですか?」
「大崎か。うん、肩は一応湿布貰ったけど、それ以外は怪我どころか擦り傷一つないよ」
笑って外れかけたのとは違う方の手をひらひらと振って見せる。
「良かったです。よく無傷で済みましたね?」
「小林が守ってくれたからな」
言葉通りなのだが、小林の能力を知らない大崎には只の小林自慢に聞こえた。
「そうですか」
なので、苦笑しながらそう返すしかなかった。
「その小林は?」
「俺の服取りに行ってくれてる」
「成程」
小林が怪我をした花崎の傍にいない理由に納得が言って大崎は頷いた。
「ところで、二人とも無事ならみんなの前で誓いの儀式やって欲しいそうです」
「儀式?」
花崎が首を傾げる。
「王子様が、自分を助けてくれたお姫様に『こんな不甲斐無い私を助けてくれてありがとう。けれどこんな私をあなたが選んでくれたというなら、貴方に相応しい男になって貴方を守ると誓う』的なセリフを言って跪いて手の甲にキスするんですよ」
「それを小林が俺にすんの?」
流石にそこまでは知らなかった花崎は微妙な表情になる。
おふざけとして女装を楽しんでいた花崎だが、その女装男相手に小林にそれをさせるのはなんだか申し訳ない気がした。
かと言って女装を解いても微妙だ。
「今回、小林の頭に王冠乗せたの花崎さんなのでそうなります」
「でも俺が助けたっつーか、小林が俺を助けてっけど…」
最初こそ囚われの王子であったが、今回小林は自力で脱出した上にピンチの花崎を助けているので、不甲斐なさのかけらも見当たらない完全にただの王子である。
花崎も小林との約束があったから王冠を乗せたものの、優勝の扱いでいいのかは疑問に思っていた。
「それは大丈夫です。もう話し合いはついてますから。イレギュラーですけどあんな状況でしたし、あれこそまさに理想という女性陣の声があってそのまま優勝は花崎さんになってます」
「そっか。皆納得してんならいっか」
既に周囲が納得済みならと、花崎も納得した。
「でもちゃんとやるんだな」
「企画部が、二度と出来ないかもしれないからせめて最後までやり遂げたいと言ってました」
沈痛な面持ちで大崎が言えば、花崎がまるで何も気にしないような表情で首を傾げた。
「二度と出来ないってことはないともうけど…」
「いやー、流石に無理だと思いますよ。企画部も学園祭後相当怒られるでしょうし」
「あー…まあ怒られるかもしれねーわな。学園祭で屋上の使用禁止とか」
「それくらいで済めばいいですけど」
「だーいじょうぶだって。だって所詮学園祭の企画じゃん。救急車とか警察とか呼ぶようなことになってねーし」
「そうですけど」
けらけらと笑う花崎に大崎は肩を落とした。
そこに、扉が開く音がする。
大崎が振り返れば、花崎の服を持った小林が入ってきた。




企画部の依頼で知り合いの大崎が花崎たちを誘導しながら、先程花崎にした説明を小林にもしていく。
「誓いの言葉は何でもいいと思います。でも女の子の趣味で言うなら、最後の『あなたを守ると誓う』みたいな台詞はあった方がいいかも」
「助けてもらって守ってもらうって完全にお姫様扱いな」
自分の所為でそうなってしまったので、花崎としては苦笑するしかない。
「最初から守られてりゃあんな目に遭わなかったんだ」
もともと参加する気もなく、さらに花崎が危ない目にあったので小林としては不満しかない。
「いや、それもう企画からして全否定じゃん!」
本来の企画は、助けるのは姫の仕事なのだ。
「それに結局無事だったし、思い出すとスリルあって楽しかったじゃん?」
「お前なあ……」
花崎の性質をわかっている小林は腹立たしい気持ちを抱きつつも、舌打ち一つで心を落ち着けた。
その後、視線を大崎に向ける。
「台詞はなんでもいいんだな?」
「え、小林が考えるのか!?」
大崎はまさかの小林の言葉に目を見開いた。
「悪いか」
「いや、いいけど…」
「こ、小林がそんな台詞を考えられる成長を……」
大崎以上に衝撃を受けていた花崎がよろけながら零すように呟いた。
「お前ら一体僕をなんだと思ってんだ?」
小林が睨めば、花崎と大崎は顔を見合わせた。
「え、小林だろ」
「小林だな」
小林にはとても納得しがたい返答だった。



企画部の教室に入れば歓声と号泣で迎えられた。
「お待ちしておりましたー! ほとんど無傷とのことで安心しましたー!!」
花崎への心配と、起こった問題に対する不安とここ数十分の間に心労がたまったのだろう。
「なんか大事になってごめんな」
バルーンを使った飛び移りやら、屋上からの落下やら、一般人では通常目にしない状況を生み出してしまったことに、流石に花崎も申し訳なさを感じている。
「いいんですー! ご無事で頂けただけで本当にー!!」
ナレーターをしていた部長も大泣きだ。
「一応、学校側にはあくまで企画の一部だったから問題にはしないようにって話は付けたから、まあ、注意は受けるかも知んねーけど、そこまでは怒られない筈だから」
「え?」
花崎の言葉を企画部の面々は最初理解できなかった。。
「流石にやばいと思ったらしくて、さっき学長らしき人が保健室に来たから話はこっちでつけといた。学校側も事件にはしたくないらしかったし、救急車を呼ぶ程でもなかったから内々に済ませるってことで」
そこで大崎はあれほど保健室前が閑散としていた理由に気づいた。
学長が直前まで来ていたということは、当然廊下を歩いて帰るだろうから、それを避けるように散ったのだろう。
「あ、ありがとうございます!!」
状況を理解した企画部は揃って頭を下げた。
「いやいや、半分位俺の所為だし。それより企画最後まで盛り上げようぜ!」
その様子に花崎が笑って言えば、全員が顔を上げた。
「は、はい!!」
「でもドレスも結構やばい状態だったから着替えちゃったし、こんなカッコだけどいい?」
花崎は小林が持ってきた元の服に着替えている。
お姫様味はゼロのただの男だ。
「それならぜひこちらに!!」
「え!? どこから持ってきたのそれ!?」
勢いよく別の衣装を出されて、流石に花崎も若干引き気味だ。
「さっきの事件でドレスの損傷はわかってましたので準備してました!!」
「え、お前ら落ち込んでたんじゃないの!?」
「それはそれ、これはこれです!!」
いい笑顔できっぱりと言い切られた。
「つ、つええな……」
勢いに押されるまま、花崎はその衣装に着替えた。







花崎はカツラ付きで、化粧をされた美女モードの花嫁に変身していた。
「あの化粧道具だけで特殊メイクまでできんのか! 化粧ってすげーな!!」
誰より喜んだのは花崎だ。
特殊メイク…もとい化粧の持つ力に歓声を上げた。
「どうだ小林! 俺だって一目じゃわからねーだろ!!」
「いや、すぐにわかる」
実際のところ、花崎が思うほど地顔に手を加えられた訳ではない。
が、普段化粧などしない花崎には大きな変化に感じられていた。
「えー! ぜってーうっそだー!! 俺だって自分でわかんねーもん!!」
「お前は普段そんなに自分の顔見てねーからだろ。僕はよく見てるんだから顔に落書きした程度で分かんなくなるわけねーだろ」
せいぜい鏡の前に立ったとき位しか自分の顔を見ない花崎とは違い、小林は毎日見ている。
花崎より花崎の顔を覚えているのは当然であろう。
「化粧だよ化粧!! 落書きとかただ唇染めただけとか言うと女の子怖いからぜってー外で言うなよ!!」
花崎はどうやら不用意な発言をしたことがあるらしかった。
「言わねーよ。お前以外が化粧しようがらくがきしようが別に指摘するほど気になることもねーしな」
「それはそれでどうなんだよ。探偵として少しの変化に敏感に気づくのは大事だぞ」
女子の変化に気を遣えというのが、探偵としての視点な辺り、花崎もまだ女性問題に疎いままである。
「気づくには気づくけど、指摘しないだけだ」
「そうなの? なーんだ。じゃあ問題ねーな!!」
気づいているなら良いかと花崎は納得した。
「そろそろいいですかー?」
そこに声がかかり、ふたり揃って壇上に立つ。
「どうもー! 今日はたまたま遊びに来ていた他校生の花崎でーす! よろしくう!!」
最初花崎を見た面々は、走り回っていた花崎を見ていたので一瞬別人かと疑ったが、花崎が男丸出しの地声で自己紹介したので疑惑は一瞬で吹っ飛んだ。
「んでこっちが助けられるはずの囚われの王子で、実際自力で脱出して俺を助けてくれた正真正銘の王子様!」
「……小林だ」
何だその紹介は、と花崎を睨みながらも、企画部に自己紹介はするように言われていたので小林は仕方なしに名乗った。
さっさと済ませてしまおうと、小林は指示通り花崎に向かって跪く。
「王子様。あなたをお救いするはずが助けていただいて有難うございました」
その頭に花崎は運ばれてきた王冠を乗せながら企画部の指示通りの台詞を言う。
その手が引かれる前に捕まえて、小林は跪いたまま花崎を見上げる。
「お前が僕を見つけたあの日から、僕はお前のものだ。お前が僕の呪いを解いて、僕の生きる意味と居場所を与えた。お前は僕の世界そのものだ。だから絶対に失わせない。必ずお前を守ると誓う」
そう告げて、指先に口づけた。
黄色い悲鳴が上がった。
女生徒の嘆きと喜びが混じっていた。
男子生徒の叫びは、小林が手の甲とは言え誓の口づけをしたのが男であった為に羨むものはなく、同情と健闘をたたえるものだった。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」
花崎はノリで姫として小林の額に口づけし、お返しとばかりに小林は立ち上がると花崎の肩を抱いて壇上を後にした。
階段を降りれば、そこに件の2年生が待機していた。
1年生はハイヒールで足を捻ったので特設の救護所で休んでいるらしい。
花崎が運ばれたのは保健室だったので顔を合わせることはなかった。
「ますますボディガードとして欲しいと思ったよ」
「残念。小林のお姫様は俺なの」
にこやかな笑みを浮かべながら、まだ小林を勧誘しようとする2年生に花崎は小林の腕を組むように引き寄せる。
「どういう関係かは知らないが君は所詮他校の人間だろう。それにうちなら間違いなく小林君を雇える」
「学校関係ねーじゃん。それに小林はおたくで雇ってもらわなくても全く問題ない就職先があるんですー! なー?」
2年生に言った後、小林に顔を向けて同意を求める。
「ああ」
花崎は明智探偵事務所の事を言っているのだと理解しているが、場所が違おうとこのまま努力すれば就職先があるのは間違いないので小林も頷いた。
「あ、すみませーん! 広報に載せる写真撮ってもいいですかー?」
そんな花崎達に写真部から声がかかる。
「俺他校だけどいいの?」
「無問題です!!」
力強く頷かれて、ならばと花崎は再び壇上へと登っていった。
小林はこんな格好の花崎を写真に撮らせるのはどうなのか一瞬悩んだが、たとえ女装であろうと学園祭の出し物に協力した写真が今後の花崎の不利に働くことはないだろうと、花崎に引きずられる形で従った。
それを見送って、大崎は2年生に声をかける。
「先輩」
「なんだい?」
「あの小林の関係者は、花崎グループの御子息です。花崎会長の跡取りになる方です」
「…は?」
言われて、花崎に一度視線を送る。
ノリノリで小林と写真を撮られている。
「冗談だろう?」
ドレスを着ても気にせず楽しそうに走り回っていた男は、どう見てもそうは見えない。
「大真面目です。先輩の実家もそれなりに大きな会社であることは確かですが、あの花崎を相手にあまり心証を悪くするのはお勧めできません」
恐らく、自ら明かさない花崎は自分に対して失礼な態度をとられても然程気にしないだろうが、小林に関しては分からない。
これ以上行くと花崎の秘書になるであろう小林の心象が最悪になるのは目に見えている。
後輩として彼の将来の為にも下手なことはさせない方が良いだろうと、大崎は親切にも伝えておいた。










一般入場終了の時刻を迎え、花崎達は再び校門前にいた。
「あんまり学園祭回れなかったなー」
残念そうにパンフを見る花崎。
「お前のせいだろ」
あの後、再び着替えて花崎と小林は学内を回ったが、色々な所で呼び止められた為に、中途半端なところで終了時刻を迎えてしまったのだ。
「でも楽しかったし、なんかお土産いろいろもらえたじゃん」
ただし、呼び止められた場所では食べ物やら景品に使われていたであろう何かやら色々差し出されたので、傍から見れば全力で楽しんだと思われるだけの荷物を抱えていた。
「楽しかったか?」
花崎の言葉に、小林は確認するように問う。
「え? うん。なんか久しぶりに小林と遊んだーって気がした!」
花崎は満面の笑みで頷いた。
企画中は小林とは離れて行動していたが、それでも目的は小林だったし、ラストもあれだったので花崎は小林と遊んだものと認識していた。
「なら…いい」
小林が表情を緩めたので、花崎も笑みを深くした。
「じゃあ帰るな。小林は今日もうちに帰んの?」
「そのつもりだ」
「じゃあ小林はまたあとで。大崎はまた今度なー」
「はい。是非また」
「ああ」
二人の返事を聞いて花崎は身を翻して駅へと、歩くというには少し早めの歩調で向かっていった。




花崎を見送ったあと、学内に戻りながら大崎は疲れたように肩を落とす。
歩く端々から、隣を歩く小林に男女問わず声がかかる。
花崎がいる間は遠慮していた女子たちにも声をかけられる。
「自分の恋愛には興味が無いけど、一部特殊な趣向を持った陣営を引き込もうと思って花崎さん呼んだけど、何か予想以上にお前の株が駄々上がりだな…」
自身は男に興味はないが、見目好い男が仲良くしているというだけで喜ぶ層が一定数いる。
そこを狙っていたのだが、小林の行動は男に興味があろうとなかろうと格好良いと思ってしまうものだった。
イケメンに興味などない男からの票も稼いだほどだ。
スタント紛いのあの行動に感動したらしい。
「知らねえ。つーか、お前、そんなことの為に花崎呼べって言ったのか」
花崎を利用したようで密かに怒りを滲ませる小林に、大崎は慌てて両手を振って言い訳をする。
「小林だって花崎さんと遊べて喜んでたじゃん! 俺の後押しがなかったらどうせ呼ばなかっただろ!?」
「っ……!」
詰まったように息を止めると、小林は顔を逸らす。
「小林、誤魔化すのヘタだよなー」
「お前は一々花崎みたいなこと言うな」
「は?」
花崎みたいなことを、と言われても大崎には分らないので首を傾げえるばかりだ。
どうやら小林の中で大崎は花崎に似ている部分が有るらしいが、大崎にはさっぱり分からない。
そのおかげでおそらく他の人間より友達として認識されている…と信じたいところだ。
しかし小林は花崎に対しては一歩譲るところがあるが、大崎には全く譲る気配はない。
割と雑な扱いを受けている割に、大崎の存在は認めてはくれている。
「俺ってギャルゲーなら、何でかやたら主人公を助けてくれる親友ポジだと思わねえ?」
やたらその立場がしっくりくる気がして、思わず口にしていた。
「ギャルゲーって親友が出てくるもんなのか?」
小林は一般常識や仕事に絡むものは覚えているが、それ以外となると途端に疎くなる。
仕事でギャルゲーをする人間を見たことはあるが、ゲームの内容までは知らない。
「あ、はい。気にしなくていいです」
首を傾げる小林に、大崎は更に肩を落とした。










「小林! イケメンコンテスト出て優勝したんだって?」
小林は昼間の騒動で上がった知名度と人気度も手伝って、圧倒的な票差で一位を獲得していた。
それを花崎の部屋のソファで課題をやっていた小林に、花崎が送られてきたメールを開きながら言ってきた。
「なんで知ってる…」
睨みながら言えば、開かれたデータを小林にも見える様に距離を詰める。
「大崎が写真くれた」
花崎の見せるデータには仏頂面の小林が、王子衣装で写っていた。
表彰台に上がるなら是非あの格好でと懇願されての結果だ。
目の前に食券があったので小林は仕方なしに応じた。
「あのやろう…」
コンテストの件など、絶対に笑いのネタにされると思いばれない様にしていたというのに、あっさり花崎にばらしたどころか写真まで送った大崎をどうしてやろうかと小林は考える。
「珍しいなーと思ったけど、食券365枚で買収されたんだって?」
だが続いた言葉で理由が分かっているなら、そう笑われる事もないだろうと、少しだけ小林は安心する。
「悪いか」
「小林らしくていいと思うぜ」
笑顔で、大崎から送られてきたらしき写真を確認していく。
消せと言いたいが、きっと消さないだろう。
例え消したとしてもデータが大崎の手元にある以上また入手するだろう。
だが、許しがたい写真があったら何が何でも削除すると、隣に座る花崎の手元の写真を一緒に覗く。
その中には姫姿の花崎や誓いのシーンなんかもあった。
これは小林も持っている。
学園祭直後に大崎を通して実行委員会から送られてきたからだ。
しかしその写真を見て、学園祭のテンションを無くした現在、花崎はとある事実に思い至る。
「てことは俺は学校一イケメンの王子様に助けられて誓いを立てさせちゃったお姫様になるのか…恨まれてたら怖いから小林の学校に暫く近づくのはやめとこ…」
恋愛の絡んだ女子の恐ろしさを身をもって体験している花崎は、男の自分が小林の相手になってしまった事できっと多くの女子に恨まれたことだろうと、本気で恐れる様に身を震わせた。
「まあ、僕はお前のもんて周知されたし、写真も残ってるしな」
小林にとっては嬉しいことだが、花崎には恐怖を煽られるものでしかない。
「だよなー」
花崎の様子に、小林は口元を緩めた。
「でも学園祭はなかなか悪くないな」
少々面倒はあったが、花崎とは一日遊べたし、花崎自ら学校に近づかないと言わせることも出来たし、自分が花崎のものであると明言出来た。
「小林が学校生活楽しそうでよかった」
小林が笑ったので、花崎も安心したように表情を緩めた。
「まあ、いつもはそうでもねーけどな」
「またそういうこと言うー。でもそんなに学祭が楽しかったなら今度うちの学祭にも来いよ」
写真を消して、花崎は小林の肩を抱いてカレンダーを見せる。
「ああ。そうさせてもらう」
1週間後の予定だが、探偵事務所の依頼は直前に予約が入ることのほうが多いため、今のところ小林の予定はない。
すぐに頷いて、小林は井上に休日申請を送った。
今回のことから、花崎には自分がいると花崎の学友に教えてやると心に決めた。










あとがき


ということで結構な時間をかけた割にそれほど内容の濃いものではありませんが、書き上がりました。
学園祭!!
大学の学園祭って楽しいですよね!
だいたい食べて回ってますが。
どこの大学もたこ焼きと焼きそばとお好み焼きとからあげとカレーとクレープとアイスはありますね。
あと留学生がいる学校は、その国飲食物が出てたりして本場の味を手軽に頂ける素敵な場所です学園祭。
点心とか生春巻きとかピロシキとか。
10月11月は学園祭が多いのでとても楽しいです。
都内女子大のミスコンは大盛況だったので、都内大学のイケメンコンテストならそれなりに盛況だと信じたい。

今回は二次創作によくある

・学園祭
・学園祭におけるミスコンやミスタコン
・なんか企画に巻き込まれて女装
・ついでにウェディングドレス
・その相手に告白

という、テンプレなネタを詰め込んでみました。
楽しかったです。
お約束大好き!!
しかしなんということでしょう!!
BLテンプレの女装した受が見知らぬ男子に襲われるとかナンパされるとかのネタを詰め込み忘れました!
きっと小林の鉄壁防御の前ではそんな存在は塵と化すんです。きっとそうです。
そもそも花崎がそんじょそこらの人間に襲われても返り討ちでしょうし、小林が花崎の傍を無駄に離れるはずもない!!
あ、ウェディングドレスの花崎にときめく小林もいなかった!!
いや、きっと小林は花崎なら全部好きなので今更ウェディングドレス如きでときめいたりはしない!!
そういうことです。
ちなみに終でフリましたが、花崎の学園祭はめんどうなので書きません。
小林がどこまで一般常識をわきまえているのか実は書いているくせに分かっていないので、意外と難しいのですがこの話普通に小林が触れて、小林が花崎守りたい感じなので楽しいです。

そんな趣味全開のお話にお付き合いくださってありがとうございました。

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