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19 May

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11 June

キツネとバラの話

小林がかの有名小さな星に住んでいた王子様のお話を読んだお話





探偵団を続けていく以上、小林も動けるだけでは駄目なこともある。
推理には一般常識も必要になることもあるからと、まずは誰もが知っていると言われている童話や有名な小説などを小林は与えられた。
その中の一冊。
一人砂漠に取り残された「ぼく」と小さな星で薔薇から逃げた王子の話。
振り回されて喧嘩して逃げ出すとか、この王子はバカじゃないだろうかと小林は思った。
けれど、その先で出会った狐の話を読んだとき、指先が冷たくなった。
王子は狐に遊んで欲しいと言った。
けれど、狐は飼いならされていないから無理だと告げた。
花崎と出会った時を思い出す。
追いかけてきて、話して、また遊ぼうといったのだ。
あいつは。
小林は逃げることで狐のように花崎を拒んだ。
けれど、狐は続けた。飼い慣らして欲しいと。
最初は自ら飼い慣らして欲しいとはやはり馬鹿だと思った。
けれど先を読み進めていくうちに、胸の中に痼りが生まれた。
少しずつ距離を詰め、友達になる狐と王子。
けれど、ずっと一緒には居られないのだ。
最初から分かっていた筈だ。
別れの時を前にして泣く狐。
悲しませるなら仲良くならなければよかったという王子。
けれど、狐は無駄でも悪いことでも無かったという。
懐かせたものには、絆を結んだものには永遠に責任を持たなければならないと、絆を結んだからこそ大切なたった一つになったのだと狐から学んだ王子は薔薇のもとへ帰る旅へもどってしまう。
泣く狐と別れて、行ってしまう。
しかも最後王子は、薔薇の元へ帰るために蛇に噛まれて倒れる。
それは「ぼく」を悲しませる。
王子は「ぼく」にも記憶しか残さないのだ。

この狐が、小林には自身に被って見えた。
飼い慣らしてくれなどと頼んだことはない。
むしろ頼んでもいないのに無理やり近づいてきた。
けれど癪なことに、少しずつ距離を詰められ、気を許してしまった自覚はある。
狐の言葉を借りるなら、飼いならされてしまったのだ。
絆を繋いでしまったのだ。
「ぼく」は少年探偵団に少し近い気がした。
どちらも花崎が明智の元へ行くのに、置いていったものだ。
そして小林が駆け付けた時には、蛇を身にまとうような服を着ていた男と対峙していた。

まるでこの話のようではないか。
花崎は戻ってきたけれど、それはきっと小林が追いかけたからだ。
追いついて捕まえられたからだ。
あの時追いつけなければ、狐のように置いて行かれた。
花崎はこの話の王子のように、蛇にかまれて消えていたかもしれない。
もう二度と会えなかったかもしれない。

狐は思い出があることを幸せであるかのように言った。

一緒にいて、一緒にいることに慣れて、それが嫌じゃなかった。
違う。わかっている。
嫌じゃないという言葉より正しい言葉がある。
楽しかったし、嬉しかった。
それは分かる。
危険な自分を当たり前のように受け入れてくれた。
凄いと、嬉しそうに言った。
小林の願いを否定せずに、殺してくれると言った。
一緒に何かを成し遂げたいと言ってくれた。
誕生日を決めて祝ってくれた―小林が生まれたことを祝ってくれた。
食べ物に困らない居場所も、仲間も、小林の力が役に立つ仕事もくれた。
小林に、小林が欲しかったものを、少しずつ与えて増やしていった。

その一つ一つの記憶を幸せであると思える。
だから狐の言い分も完全に違うとは思わない。
しかし、小林は狐と違い、思い出だけで喜べるとは思えない。

花崎がいなければ、そんな記憶自体意味を持たないのだ。
この辺りは、ならば仲良くならなければよかったという王子と同意見だ。
飼いならしたのだから、責任を取れとも思う。
振り回してばかりの薔薇なんかのところに帰る必要などないのだ。
狐が教えるべきだったのは、薔薇の大切さではなく、そこに残りたいと思わせる事だったのだ。
そうしたら、狐はきっと泣かずに済んだ。
そうでないなら、王子は狐を連れて行けばよかったのだ。
王子だけの星に薔薇が来られたのだから、狐が増えたって問題ないはずだ。

直接的であまり考えない小林に、愛や生命の尊さや、それより生まれる思いがあることを学ばせる目的で渡された本は、しかし残念ながら小林に苛立ちしか齎さなかった。
いや、一つだけあるとしたら、花崎を追いかけた自分の行動が正しかったと思えたことだろうか。
気が付けば、本は手の中から消えて、代わりに紙吹雪が舞っていた。
あまりの小林のムカつきに靄が反応したらしかった。
何故そうなったと驚く井上と花崎、野呂の驚きの声で飛び回るピッポに、この話がムカつくから嫌いだといえば、野呂が「もしかしてコバちん、キツネに感情移入った?」と小林が感じた想いを言い当てた。
それを聞いて井上は少し考えて納得し、本の選別が悪かったと小林に謝罪した。
「どんな話だったっけ?」と首を傾げたのは、いつの間にか掃除道具を取りに行っていた花崎だ。
小林はそれに答えてやる気はなく、顔を背けてソファに横になった。
「おーい小林ー、片付けくらい自分でしろって」
それを見て花崎が掃除道具を差し出せば、しかし背を向けてしまう。
「知るか。お前がいんだからお前がやればいいだろ」
「おまえなー」
呆れたようにため息を吐きながらも、花崎は掃除をした。
「で、どんな話だっけ?」
と掃除道具をしまった花崎に改めて問われたのは野呂と井上だ。
仕方ないとばかりに井上が口を開いた。
「飛行士が砂漠に不時着して飛行機を直さないといけないと一人で途方にくれていたところに、少年が現れる話だ。その少年は別の星の王子で、自分の星に一つしかない美しい薔薇の言動に振り回されて逃げ出し、様々な星をめぐり地球にたどり着く。地球で沢山の薔薇を見つけて特別なものではなかったと思い落ち込むも、狐に王子の薔薇は王子が慈しみ育てたから王子にとっては特別なのだと教えてもらい、星に帰る決意をするんだ。
最後は地球に来てちょうど一年目に、砂漠でヘビに噛まれて体をおいて星に帰る」
「あー。思い出した!」
端的にあらすじを聞かされ、花崎は内容を思い出す。
「でも何でキツネに感情移入?」
しかし小林が本を散らしてしまった理由はさっぱりわからない。
確か仲良くなって、自分の育てた薔薇がどうして自分にとって特別なのかを教えてくれた相手だった。
そんな狐と小林は花崎の中ではあまり重ならない。
未だに疑問を抱く花崎だが、誰も答えはくれない。
「俺は昔読んだときバラが羨ましかったなぁ」
同じものが沢山ある中で、それでも唯一だと認められた薔薇が。
自分に愛情を注いでくれた相手を振り回して逃げられても、ずっと忘れないでもらえて、そして帰ってきてもらえる薔薇が。
「ばら……」
花崎の言葉に小林が改めて考える。
花崎が薔薇だとしたら。
成程、よく小林を振り回す。
でもそれは、大して迷惑ではなかかったり、小林や仲間のためである場合が多い。
もしくは、迷惑をかけても何とかしてくれると信頼しての行動だ。
面倒に思っても、小林はそれを嫌だと思ったことはない。
小林が世話をすれば、小林の薔薇になるのだろうか。
弱くて、大した刺も持たない、守らなければならない、小林の唯一の薔薇に。
他に我が儘を言う相手もおらず、小林だけを振り回すのだろうか。
小林は察するのは苦手だから、むしろはっきりと言葉にしてもらえたほうがありがたいと思う。
薔薇の言葉だって我儘だけではなく王子の為のものもあった。
きっと花崎も小林をダメにするような我儘を言わないだろう。
まあ言われても構わない。全部受け入れられる。
何故なら飼い慣らしたら責任を取るものだからだ。
他から見れば特別な薔薇ではないなら、自分にとって特別なそれは誰に奪われる心配もない。
もし薔薇が花崎ならば、小林は王子とは違いきっと逃げ出さない。
自分が与えられるものなら全部やる。
……食べ物だって、全部ではないが分けてやる。
改めて物語を思い出す。
始終王子は薔薇のことを思っていた。
すべての出会いが薔薇のためにあったと考える。
不思議なことに、今度は不快感もなくするりと飲み込めてしまった。
狐の話は、そう考えると別れに泣いたりはしないだろうが、近づいて距離感や物事を教えてくれるという意味では自分と井上に似ているかもしれないすら思う。
時間などを予め決めろという辺りもよく似ている。

小林も、誰かと何かをする時であってもやはり気づけば花崎のことは思考のどこかにある。
経験から解決策を掘り起こす時でも、思い浮かぶのはどうしたって普段から一緒にいる花崎である。
ならば王子が始終薔薇のことを忘れられないのも仕方がないではないか。
「やっぱりそんなに嫌いじゃないかも知れない」
思わず呟いた言葉に、その場にいた面々が一瞬理解できずきょとんとした。
「小林……」
頭を抱えたのは、井上だ。
本を紙吹雪に変えるほどに嫌がったのに、豹変の速さに言葉も出ない。
「こばちん……」
野呂も、まさか花崎の一言でそこまで変わるとは思わなかったので、流石に困惑している。
「まあ、嫌いじゃねーんならいいんじゃねえの?」
よく分かっていない花崎は、しかし小林が不快に思うものが減ったならばよかったではないかと考えることにした。
小林はふて寝をやめ、体を起こすと花崎に視線を向ける。
「花崎」
「ん?」
呼ばれて花崎も小林に顔を向けた。
「わがままを言え」
「はい!?」
小林の中では脈絡があるものの、花崎には唐突すぎるその言葉に混乱させられる。
「いいから何か言えよ」
「いや、いきなりそんなこと言われても……」
戸惑う花崎に、小林は更に要求を重ねる。
「僕は逃げないぞ」
「意味わかんねーよ!?」
わがままを言えとはどんな要求だよと花崎は小林の真意が掴めないでいる。
が、小林を見れば何かしらを言わなければ引き下がってくれそうにない。
「えーと……」
頑張って考えた結果、花崎は小林のおやつを半分貰うことになった。
まさか本当に半分くれるとは思わなかったので驚くと同時に、こんなに食いきれねーからと、花崎の分を半分渡した。
結局量は変わっていないのだが、小林は満足したようなので花崎はほっとした。
突然の小林の発言が何故きたのか分からない花崎は、その日の夜、探すより早いと電子媒体で書籍購入をして読んでみた。
「我が儘言えってことは、バラみたいにしろって?」
だがそれだと、小林を王子と仮定した場合、愛想を尽かして去ってしまうではないか。
いや、小林は逃げないといった。
薔薇は素直になれないだけで、王子を愛していた。
薔薇の我儘は、必要なものと、王子の為のものと、少しのプライド。
「つーか、小林の方がバラじゃね?」
勝手に行動して、変なところプライド高くて、でも仲間の為に動けて。
守らなければならない薔薇と違い、その必要はない程強いけれど。
「あれ、じゃあ俺が弱いって言いてーの?」
それはなんというか、正直ムカつく。
いや、小林からすれば大体の人間が弱い。
それはわかっている。わかっているが、納得し難い。
そもそもなぜ花崎なのか。
少なくとも少年探偵団の中で一番動ける自信はある。
守られるならせめて他のメンバーだろう。
「ぜってー小林に認めさせてやる!!」
自分が薔薇になりたかった発言をしたことなどすっかり忘れてそんなことを思う。
だが、とりあえず小林が守る薔薇が欲しいというならと、勝田に連絡をして刺が少なく世話が必要なバラを教えてもらった。

翌日、何故か薔薇の鉢植えを渡された小林は訳が分からず、もしかしたらこれを育てろというのが花崎の我儘なのだろうかと考え、世話をすることにした。
花崎は小林に自分は弱くないと誇示する為に、見える場所で筋トレや射撃訓練に力を入れ始めた。
それを見守れる位置座り、小林は今日も本を読む。
不満そうな花崎に対し、小林は見える位置で行動する花崎に満足気だ。
そんな二人を見ていて、井上は首を傾げる。
「どうして相手を思いやれてはいるのにあそこまで噛み合わないんだ?」
「言葉が足りないんじゃなーい?」
「成程」
確かに、ふたりは噛み合っていない会話をしている時もそれ以上会話を続けない。
「厄介なことに噛み合ってないのにうまくいってってるから、本人たちが気づかないんだよねー」
そもそも会話を続ける必要性を感じていないらしい。
「うまくいってるなら…いいのか?」
言葉というものは下手に重ねれば逆に誤解を招くものだ。
ならばこのままの方が良いのかもしれないと井上は考える。
「いいんじゃなーい?」
野呂はどうでもいいというように投げやりな答えを返した。
 

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