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20 May

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19 July

かき氷

かき氷を食べる話







事務所に降りて見回せば、花崎がいない。
屋上から、花崎が来ていたのは確認できていたのでいない筈はないと、小林が給湯室へ向かえば、果たしてそこに花崎はいた。
「よっす、小林」
小林に気付いて挨拶をするも、花崎は作業を続ける。
機械に氷を入れたかと思えばその下に空の器を用意する。
「何やってんだ?」
小林が聞く目の前で花崎はボタンを押した。
途端に器に白い雪のようなものが降り積もっていく。
「暑いからかき氷作ってんの」
「かき氷…」
「小林も食べるなら削ってやるよ」
「食べる」
「了解っと」
花崎は他の器も用意すると、冷凍庫から更に氷を取り出してセットした。
機械に削られて氷はあっという間に降り積もる。
「おお」
積もっていくそれを楽しそうに眺める小林に笑みを溢し、器がいっぱいになるまでの間に事務所を覗く。
「井上もかき氷食う―?」
「頂こう」
「分かったー」
声をかければ井上が頷いたので、花崎はもう一器用意することにした。
戻れば、入れが氷が削り終わり、器がいっぱいになっていた。
「小林! 味は何がいい?」
白く盛り上がった器を前に、花崎がシロップを並べる。
「何があんだよ」
「イチゴとメロンとレモンとブルーハワイ。どうせまた食べることになるだろうしいくつか買ってきた」
並べられたものを説明されても小林にはよくわからない。
「お前はどうすんだ?」
「俺イチゴにしようかなー。白くて赤くて小林みてーだし」
そう言って花崎は赤いシロップを氷にかけた。
そういう考え方もあるのかと、ならばと小林の選択も決まった。
「なら僕は青いのにする」
「お、小林は好きな色にしちゃう?」
楽しそうに青い瓶を手に取る花崎に、どうしてそうなる、と小林は呆れすら覚える。
「お前が僕の目の色にすんなら、僕はお前の目の色にするって言ってんだ」
そう言ってやれば、花崎は首を傾げた。
「別に俺に習わなくてもいいんだぞ?」
どうしてこういう会話になるとこういう反応なのか。
小林は溜息をつくのすら馬鹿らしくなる。
「どうせどれがいいかなんて分かんねーんだからいいんだよ」
言ったとたん、花崎が目を輝かせた。
「あ、小林もしかしてかき氷初体験?」
「食ったことはない」
わくわくしたように聞かれて、小林は素直に頷く。
「そっか。冷たくて美味しいぞ」
そう言って、花崎は青いシロップをかけた氷の器をもう一度機械の下に置く。
青く染まった氷の上に白い氷が降り積もっていく。
それを嬉しそうに眺めている。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
「小林の初めてに付き合えるのが嬉しいだけ」
何故そんなに嬉しそうなのかが気になって小林が問えば、花崎は笑顔で言いながら降り積もった氷にもう一度シロップをかけてスプーンを添えた。
次に自分の赤い器にも氷をかけていく。
「小林の世界を俺が広げてるみたいじゃん?」
その言葉に小林が首を傾げる。
「みたいっつーか、僕の世界を広げてんのはお前だろ。お前がいねーんなら別に興味あるもんなんてねーし」
小林の言葉に花崎はきょとんと眼を開く。
「うっそだー! 小林食べんの大好きじゃん」
少し考えて、しかし笑い出した。
その反応に小林は少しばかり苛立つ。
「食わなきゃ食わされるから食ってるだけだ。お前がいなきゃ味なんてしねーし」
味など意識していたら、浮浪者生活など続けられない。
そこに食べられるものがあるなら不味い美味いなど気にしていられない。
それなりに美味しいと感じた瞬間が無いわけでもない。
だがまたそれが食べられるかも分からないのだから、やはりどうでもいいことだと思っていた。
そんな小林に、好きなもの、という言葉与えたのは花崎だ。
あの瞬間から、食べたいもの、という認識が生まれた。
小林が食に対して空腹を満たす以上の興味を持ったのはあの瞬間だった。
「味しないの?」
少しばかり心配そうに花崎が訊ねた。
心配されたい訳ではない小林は、話の通じない花崎に舌打ちをする。
「お前がいなきゃっつってんだろ。ここに来てからはしてる」
「まともな食生活してるからじゃなくて?」
小林の力の性質上、炊き出しなどにも行けなかっただろうから恐らくまともな食事はとったことが無いだろうと花崎は考えている。
だから食べているものが残飯ではなく、まともな食事になったから美味しいと思うようになったのではないかと思うのだ。
「食いもんは食いもんだろ」
生きるのに必要なだけだ。
その認識は今でも変わらない。
だが同時に美味しいものが食べたいとも思っている。
強迫観念の栄養摂取ではなく、食べることを楽しめるようになったのは確かだ。
その大本は、花崎が小林の好みを見つけようと楽しそうに色々食べさせてきたからだ。
小林の表情を観察して、小林の表情が緩んだものはまた持ってくる。
好きだと言えばまた食べられるという認識を持たせたのも花崎だ。
食でも何でもいいから好きなものを増やすことで小林に『死ぬこと以外の興味』を持たせたかったのかもしれない。
そういう意味では花崎の目論見は上手くいったと言えるだろう。
死ぬこと以外の興味は確かに持てたし、食べることへの興味も出た。
一緒に食べられるなら、それで花崎が喜ぶなら、自分の楽しみの一部を分け与えることで一緒に楽しめるなら、取り分が減ろうと小林は嬉しいと思える。
だがそれは花崎がいたから知ったことだし、花崎がいるから思えることだ。
だからやはり、小林にとって食べ物は食べ物以外のモノにはならない。
「そりゃそうだけど…まあ、今は味がすんならいっか」
花崎は考えることを諦めて、井上の分の器を手に取る。
「じゃあ井上は緑だからメロンでいいかな」
と、井上に聞かずにシロップをかけた。
お子様味覚な井上の為に少し多めにかけておく。
そして3つともトレーに乗せた。
「んじゃ向こう行って食おうぜ」
「ん」
花崎が言えば、小林も付いて歩きだした。
「井上―お待たせ―。メロンで大丈夫だよな?」
「ああ。悪いな」
先に井上の机までもっていけば、井上は礼を言って受け取った。
「どういたしまして」
そう答えると、花崎は応接テーブルに向かう。
特に何も言われないということは予約は入っていないということだろうと、普通にソファに腰を下ろした。
「はい、小林。お待たせ―。溶ける前に食わないとな」
「おう」
頷いて、さっそく小林はスプーンを手にする。
「あ、でも一気に食べ過ぎんなよ」
「何でだ?」
食べようとした姿勢で動きを止めて小林は尋ねる。
「頭痛くなるから」
「ならねーだろ?」
自分に害があるなら、食べられる筈が無い、と小林は考えている。
「いやー、たぶんなると思うぜ?」
だがあの頭痛は命の危険とは全く別のものだ。
過去に記憶の混乱から頭痛を発症していた小林なら、生死に関係ない頭痛はあってもおかしくないと花崎は思う。
しかし、残念ながら小林は気にせずスプーンに山盛りの氷を頬張った。
冷たくて甘い刺激に目を見張る。
「美味い?」
「嫌いじゃない」
そう言いながらも次々にスプーンを進めていくのでそれなりに気に入ったのだろうと判断して、花崎もかき氷を口に運ぶ。
「小林がかき氷気に入ったなら、今度本物の果物とか使ったかき氷食べに行こうな」
「美味いのか?」
「美味いよ」
やっぱり食べ物に興味あんじゃん、と花崎は苦笑しながら頷く。
「なら行く」
今はどう言い繕ったところで、花崎が傍にいる限り食べ物に興味があるのは事実なので花崎の考えもある意味間違いではない。
半分ほど食べたところで、小林は手を止めた。
「どうした?」
「頭いてえ」
花崎の問いに、小林は頭を押さえながら答えた。
「だから言ったじゃん」
ほーらやっぱりなー、と花崎は笑いながら一度給湯室へ向かった。
それを見送って、小林はハッとする。
「痛いのに食うの邪魔されないぞ!? これいっぱい食えば死ねんのか?」
「いや、死なねーし。腹は壊すかも知んねーけど、たぶんそこまで食べたら靄が止めてくると思うよ」
小林の言葉に、戻ってきた花崎は笑いながら答える。
「そうか」
残念そうに小林は肩を落とす。
「ほい、小林。頭冷やせばその頭痛すぐ治まっから」
そんな小林に、花崎はビニル袋に氷と水を入れた氷嚢を机に置いて説明する。
それを受け取って、言われるままに頭にのせれば少しして確かに頭痛は引いた。
落ち着いたように表情を緩めた小林に安心して、花崎は席に戻る。
再びかき氷を手にすると、シャク、と花崎はかき氷をスプーンで崩す。
しかし口には運ばない。
「小林、まだ死にてーの?」
数回、氷の山を崩すだけの行動をした手を止め、かき氷を机に戻すと小さく呟いた。
明らかに動揺したように小林の体が震えた。
「そっか…」
それを見て花崎は俯いた。
「はなさ……」
小林が何かを言おうとするが、その前に大仰に花崎は泣き崩れる。
「小林ー聞いてくれよー! 俺の彼氏が酷いんだよー!! 俺のこと好きとか言うのにまだ死ぬ方法探してんのー!! 死んで欲しくないのに死にたがんのー!!」
小林を殺す約束は、二人が恋人として成立したときに形を変えた。
恋人になったら、小林の願いは叶えてやりたいけど、自分の方が死ねる方法を探すのに耐えきれなくなるかもしれないから無理だと花崎が言った為だ。
なら、死ねなくていいと小林は返した。
どうせお前が危ない目に合わない様に守らないといけないんだから、と。
だからそれ以降、花崎は小林が死ぬ方法を探さなかったし、小林は死にたいと言わなかった。
だが、小林は死ぬ方法は未だに求めていた。
一応、花崎が落ち込むのが分かっていたので普段は考えないようにしていたが、うっかり可能性を見つけて口にしてしまったのは失敗だったと小林は焦る。
「別に今死にたい訳じゃない! けど…もし何かあった時僕だけが生き残ったら困る」
「何か無いように小林が守ってくれるって言ったじゃん……」
拗ねたように花崎が言う。
「……言った」
確かに言った。それを違える気もない。
それでも不安は尽きない。
花崎は事務所を通しての依頼でなくても、厄介ごとを見つけてしまうから。
普通の人間なら関わりたくないと離れていく場所に自ら足を踏み入れるから。
絶対、なんて世の中にはない。
どれほど嫌だと否定しようともどうにもならないことがあるのを小林は知っている。
だからその時死ねる方法が分かっていないと、後を追うことすら許されない。
「守ってもらう為には小林が生きてなきゃいけないのに……」
「花崎!」
寂しそうに言われて、小林は更に焦る。
そんな顔はして欲しくないし、自分がさせるなんてあってはいけない。
出来ることなら肩を掴んでそうじゃないと叫びたい。
何とか言葉を連ねようと口を開いた小林を見て、花崎は目を見開いた。
「小林、ベロ真っ青!!」
そう叫ぶと、耐えきれない様に笑い出した。
「は?」
突然の大笑いに小林はついていけず、目を点にして固まった。
その様子に花崎がさらに笑う。
暫くして笑いから出た涙を軽く拭いながら花崎が謝った。
「冗談だよ。ごめんな」
分かってるから、と花崎は苦笑する。
一瞬、怒りが湧いたが、花崎の苦笑に本当は冗談ではないと気づいて小林は小さく舌打ちをする。
あの言葉は花崎の本心だろう。
だが小林の想いも分かっているから、冗談にしたのだ。
最初の素振りからして冗談にする気だったのだろう。
それでもきっと言わずにはいられなかったのだ。
死んで欲しくないという言葉を。
それを本当は探してすら欲しくないと。
「お前がいんなら、僕は死なない」
「うん」
小林が、死ねないではなく死なないと言ってくれるだけでも、今は十分だと花崎は思う。
「小林のもちょっと頂戴」
「ん」
花崎が言えば、小林はあっさりかき氷を渡してくる。
「俺のも食っていいよ」
大分溶けちゃったけどと差し出して、小林の青いかき氷を口に入れる。
大皿料理ならまだしも、誰かの口を付けたものを食べ回すなんてしたことがなかった花崎だが、小林と分け合うことには躊躇いもないし、同じものを一緒に食べることにむしろ喜びすらある。
相手が小林なら分け合いも悪くない。
そう思う想いが、小林が花崎に食べ物を分け与えるのに近いことは気づかない。
小林の舌を染めた青いそれは柑橘系の味だ。
トロピカルと言われればそんな気がしないでもないが、何故ハワイなのか分からず花崎は首を傾げる。
「井上―。何でブルーハワイって言うの?」
頭を上げて問えば、井上は少し考えるそぶりをした後、口を開いた。
「たしか元々はブルーキュラソーを使ったカクテルの名前だった筈だ。クラッシュドアイスを載せていたから、逆に氷にかけてみるようになったんじゃないか?」
流石にそこまで詳しくは知らないと井上は言うが、花崎としてはそれで十分だった。
「へー。じゃあ味はハワイじゃなくてカクテルの味か―」
「近いものだと考えていいだろうな」
アルコールも入っていないし配合の割合もあるので全く同じではないが近いものはあるだろうと井上は考える。
残念ながら酒は口にしたことが無いので正確なところは分からない。
「ふーん。サンキュー、井上。あ、小林もサンキュー」
二人に礼を言って、花崎は小林の器をテーブルに戻す。
花崎がテーブルに置いたので小林も持っていたイチゴのかき氷をテーブルに戻す。
「お前は青くならないのか?」
「ん? そんなにいっぱい食べてないからな。たぶん赤くなってんだけど元が赤いから気づかないだけだろ」
「ふーん」
「たぶん今なら井上のベロは緑色だと思うぞ」
緑色の井上を想像して小林は顔を顰める。
「なんだそれ怖えな」
「いや、小林の青もそんなに変わんないし」
鏡で見てみ? と言われて小林は鏡の前に行って悲鳴を上げた。
その悲鳴に花崎は声を上げて笑う。
「な、何でこんなことになってんだ!?」
「だから青くなってるって言ったじゃん。大丈夫着色料だからそのうち元に戻るって」
慌てて戻ってきた小林に花崎は笑いながら説明する。
「本当だろうな!?」
「んなことで嘘言っても仕方ねーだろー」
あまりに必死な小林に、やはり花崎は笑うしかない。
基本、花崎が笑っている事を好む小林だが、この馬鹿笑いには苛立ちが湧いた。
残っていた花崎のかき氷をやはり残っていた小林のかき氷にかける様に混ぜ、半分くらい溶けかけていたそれを一気に流し込んだ。
食べ物を奪うのは小林にとってかなりの嫌がらせのつもりだったが、結果、再び小林は頭痛に襲われ、更に花崎を笑わせることとなった。

 

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