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05 November

Secretary小林学生編3 前編

Secretary小林学生編3 前編


「はーい、みんなの大友先輩が新しい七つ道具を持ってきてあげたよー」
そう言いながら大友が明智探偵事務所に顔を出せば、井上に師事している子供たちが集まってきて箱を受け取る。
「ありがとうございます」
「いつもお世話になっています」
丁寧に頭を下げる子供たちを見て、大友は肩を落とした。
「井上~、お前の教育どうなってんの?」
げんなりとした視線を向ければ、井上が不思議そうな顔になる。
「何がだ? きちんとお礼を言えているだろう」
「ちっがーう! 俺が欲しい反応はこれじゃないんだってー」
「井上が花崎みたいなの育てられるわけないじゃーん」
大友の望む反応がどういうものかわかっている野呂が突っ込めば、眉を落としてピッポを見る。
「まこちゃ~ん、分かってても切ないものってあるのよー」
そこに、エレベーターが動く音がした。
登場したのは、たった今話題に上がった臨時バイト員と化した花崎だ。




探偵団一の身体能力を有しているというのに学校で仕事バレして、事務所の迷惑になりかけた為に、事務所に顔を出すことも減っており、完全に臨時だ。
井上も正直、花崎が使えないのは痛いのだが、それ以上に花崎目当てで来る女性に苦心させられたので苦渋の決断だった。
あの時女性たちに怒鳴らなかっただけでも自分を褒めたいと思うほどに面倒だった。
ストーカーがいるかもしれない、という相談はまだ可愛げがある。
明智探偵事務所が草むしり等の雑用を引き受けた過去を知った女性たちは買い物の付き合いやらティータイムの相手やら、探偵に頼む必要がないようなものまで花崎指定で依頼してきた。
最初はそれでも一応きちんと断るなり花崎に対応させるなりしていたが、対応してくれると知ってしまった女性たちがさらに詰めかけてくるようになり、しまいには事務所の前で花崎を挟んで大喧嘩。
学校ではそこまででもないらしいので、集団生活の場という認識が無い所為で激しさが増したのかもしれない。
学校という自らが所属する組織でないとしても、事務所前という場所も考えて欲しかったものだが。

「営業妨害だ。事前の予約受付してない奴は帰れ。これ以上ここで騒ぐなら警察を呼ぶ」

と、大分世間の常識というものを理解した小林の一喝によりその事態は収拾した。
事務所の為かと思えば、疲弊した花崎の救出が目的だったらしい。
「こばやしぃ~」
救世主の登場に花崎は泣きそうになりながら抱き着いて感謝した。
人付き合いはよく、人との距離も適切に見極める花崎だが、自分に対して欲望を向けてくる女性との距離はうまく図れないらしい。
結婚を視野に入れ始める年頃になれば、花崎が空けた距離に女性がさらに踏み込むことも少なくないのは分かるはずだが、花崎はその距離を破って踏み込まれたことがあまりないので想像していなかったようだ。
過去に踏み込まれたのは小林くらいである。
それほど適切に距離を見極めていたし、自分が踏み込まれる程の存在だとは思っていない。
これもある意味自分の価値を見誤っている代償であろう。
ここまでされてなお、女性たちの目的が『花崎という名前』であると勘違いしている節はあるが。
昨今、結婚相手に財力を求めることはあっても、正直そこまで重たいものは欲しくない女性だって少なくないのだ。
それでもああも花崎を取り合うのは、花崎の性格によるところが大きいと井上は気づいている。
花崎は人との距離を無意識に計算して、本当に嫌だとは思わない距離を把握し、ギリギリまでは無遠慮に近づいてくる。
それを鬱陶しく思うこともあるが、心底不快という程ではないというある意味適切な距離だ。
そして小林の「死にたい」すら否定しなかったように、基本的に相手を否定しない。
自分に踏み込んできたかと思えば、ある種包容力ともとれる態度も見せる。
面倒を見られるタイプに見えて、実は面倒見もよく、少しの変化にも気づきやすい。
今までは通信科に通っていた為、知り合い以外にそれが知られることはほぼなかったのだが、多くの人間が集まる大学に通い、天性の誑しスキルが真価を発揮してしまったのだ。
もちろんそれなりの容姿と頭脳と身体能力も合わさればこそであろうが。
花崎に群がる女子はある意味、量産型小林だ。
実は女子の勢いに飲まれて消えていったが男も数名混ざっていたので、井上はよりそう思う。
花崎を追いかけ回し隣を勝ち取った小林は、靄が最初に花崎の気を引いたという点と、殺してやるという約束を武器に、ライバルがいない状況だったから真っすぐに花崎だけに意識を向けることができたが、女性達はそうではない。
まず花崎に意識させる為にとにかく近づく必要があるのだ。
ライバルを押しのけて隣を勝ち取ろうと必死なのだ。
その為、勢いだけならともすれば小林以上である。
だが当の花崎が小林以外をそう簡単に心の底から受け入れられるとも思えない。
「正直もうご遠慮願いたいが、彼女たちも大変だな」
井上がそう漏らせば、野呂は溜息を吐いた。
「自分に向けられる好意には気づいてって無い辺り、井上も花崎も似てるよねー」
と呟いた。
中高一貫してとある一人の女生徒に見つめられ続けても一切気付かなかった井上だ。
足を失ってからファンが一気に減ったのもあるのだろうが、自分に対する価値を見誤るのは花崎も井上もそう変わらない。
案の定、井上は野呂の言葉を理解しなかった。
井上と野呂がそんな会話をしている間に女性達から解放されて事務所に戻った花崎は、それでも救世主小林から離れない。
「若干女性恐怖症になりかけた」
と小林に縋りつくように抱き着きながら散々浮気調査などで修羅場を見てきた過去がある筈の花崎が漏らした言葉に、自分に向けられる思いはやはり違うのか、それとも本当に類を見ないほど激しいのかは他のメンバーにはわからないが、それでも花崎が言うのだから相当なのだろうと、井上は言わずもかな、野呂などは同じ女性であるにも関わらず恐ろしいと感じてしまった。
ならもう少し放置すればよかったかもしれないと小林が呟いたのを井上は聞かなかったことにした。
そういえば小林は花崎に対して恋愛感情も持ち合わせていたのだと漸く思い出す。
あまりに小林の想いが真っすぐに花崎だけに向かうものだから感情の種類などすっかり失念していたのだ。
元々小林は、靄のおかげで障害物はすべて排除される環境で育ったため、物理的に誰かを傷つけることは恐れる優しさはあっても、邪魔なものは排除するのが早いと壁などをすぐに壊すように、根は意外と攻撃的だ。
花崎に近づく女性がそれで排除できるならその方が楽だと思ったのだろう。
「どういう意味だよー!」
と悲痛の声を上げる花崎に「ちゃんと助けただろ」と返す辺り、結局花崎には甘いので本当にそこまで放置することもないだろうとも井上は思っているが。
けれど、花崎の為にも小林の為にも、何より明智探偵事務所の為にも、対応を考える必要がある。
せめて女性問題が落ち着くまでは、と一応付けて花崎を臨時バイトに格下げせざるを得なかった。
しかも、女性達が見張っている可能性があるので花崎は事務所にも滅多に近づくことができなくなった。
上手く女性を制御できないお前が悪いと言われれば、花崎も文句を言うことはできなかった。




そんな理由で事務所に来ること自体が減っていた花崎が珍しく顔を出した。
そこで偶然会った大友に目を輝かせる。
「あれ、大友じゃん。久しぶりー! 何々!? 新しい発明!?」
現少年探偵団の面々よりも子供っぽい反応。
しかし、その反応に大友は涙すら浮かべたくなった。
「花崎……俺、お前のそういうとこ大事にして欲しいわ~…」
「はあ?」
訳が分からないと首を傾げる花崎だが、そんなところすら愛しいと大友は大喜びだ。
当然愛しさに恋愛的なものは一切含まれていないが。
自分の発明を含みなく大喜びで称賛してくれる稀有な生き物だ。
愛玩動物に近いかもしれない。
「山根は俺と同じ大学、受験すらしてくれないって言うしぃ……」
一番大友の相手をしてくれた山根すら、大友の望みを叶えてくれないのだから猶更だ。
「そりゃ、お前が発明で大学有名にしちゃったんだから仕方ねーじゃん」
だが、大友の言葉に流石に花崎も肩を竦める。
別に山根は大友を嫌って同じ大学に行く選択肢を外したわけではない。
ただ、山根は良くも悪くも一般人であった。
勿論、瑠璃野学園は少年探偵団のメンバーが通っていることから分かるように、基本のレベルは低くないので山根も世間から見ればそれなりではあるが、それでもやはり一般人の域を出ない。
大友が推薦であっさり受かってしまった理工学系の大学は、しかし設備の良さと自由度の高さからもともと人気が高く、しかも1年生にして大友が作り上げた発明で有名になってしまい、それなりだった倍率と偏差値が昨年度から一気に跳ね上がってしまったのだ。
今年度受験の山根には受けられる範囲ではなくなってしまった。
「それはそうかもしれないけどさー、あいつ、勝田や井上の手伝いがしたいから会計士とか警察官も視野に入れるとか言うしぃー」
「そうだな」
山根は現在受験勉強のため、明智探偵事務所に顔を出すことが減っている。
「酷いよねー」
「山根君の進路なのだから、お前が文句を言うんじゃない」
「そーそー。別に山根はあんたの玩具じゃないんだから、進路くらい自分で決められんでしょー」
そこに井上と野呂のツッコミが入る。
「皆、傷心の俺に酷くなーい!?」
いじける様に道具箱をいじる大友に、花崎は思い出したようにワイヤー射出装置を外して差し出す。
「そういや大友、俺のワイヤーなんだけど最近使ってねーから逆に心配だし、ちょっとメンテしてくんねー?」
メンテ、と聞いて今までいじけていたのが嘘のように…実際パフォーマンスではあったが、大友は態度を一変させる。
装置を受け取って、まず見える範囲の点検に入る。
「んー、問題はないけど確かに疲弊はあるねー。でも代用品持ってきてないよ? 花崎の特に長めに作ってる特別仕様だし」
花崎のワイヤーは高層ビルの屋上から地上まで降りても余る程の長さだ。
本来それほど必要としないのだが、意外と活用してしまっていたのが花崎だ。
その為、花崎のワイヤーは巻取りからして特別製なのだ。
それを作れる大友も凄いのだが、活用できるのも花崎くらいなのでほぼ無用の長物である。
他の分野で使えばかなり役に立つ発明ではあるのだろうが、大友にそのつもりもないらしい。
「良いって良いって。井上もあんま仕事くんねーし、少年探偵団が頑張ってるしそうそう使う機会ねーから」
花崎も言った通り、暫く使う機会にも恵まれていない。
それこそメンテに出そうと思う程に。
「お前に仕事を割り振れないのは、お前の学友にバレたからだろ」
事務所に待機するわけにもいかず、かといって仕事がない日は花崎は基本出歩く。
花崎の位置によっては緊急の事案に対応できないので、結果として更に減っていくのだ。
「わーってっけどさー」
肩を落として詰まらなさそうに顔を歪める。
「体鈍りそう」
「トレーニングはしてるんだろ?」
「うちの部屋でな。野呂と同じ引き籠りになったらどうしよう」
ジムなどに通う手もあるが、やはりバレる懸念があるので自宅だ。
もはや花崎の脳内にはいかに女性陣を避けるか、という思考が普通に生まれるようになってしまっている。
遊びに来られても困るので休日の昼間は自宅を開けている為、トレーニングは夜しかできない。
幸いにしてトレーニング器具を買う財力も置くスペースも問題なかったので色々揃えたが。
「ちょーっとぉ! それ野呂ちんに失礼ってるからね!?」
「体動かして―!」
だが叫ぶ野呂と飛び回るピッポを無視して花崎は伸びをした。
「小林に組み手でも頼んだらどうだ」
それほどに動きたいならと、井上は提案をする。
「や、それは小林がうちに来たときは大体やってる。でもなんつーか、小林が基礎習ったの井上だったからか柔道技っぽいのが多いんだよなー」
花崎から返ってきたのは予想外の指摘だった。
「それはお前が実地でしか教えられないと言ったからだろう。柔道だと何か問題があるのか?」
小林が戦う術を習うにあたり、最初は花崎が受け持とうとしたのだが、花崎の実技指導は完全に体で覚えろというものだったので、攻守どちらも必要なく生きてきた小林には難易度が高すぎた。
しかも、まだ靄が完全に安定しているとは言えない状況で花崎を攻撃することに小林が躊躇いを持ってしまったから猶更だ。
その為、対人でなくても始められるということで型がある柔道をまず井上から学んだ。
ある程度慣れて下地ができ、加減を覚えてからは花崎と訓練したりもしたが、基礎が柔道で出来上がってしまっている。
「問題はねーけど、蹴り技出すと一瞬躊躇うんだよ。すぐに対応してくるから仕事には問題はねーとは思うけど。んで、小林は基本蹴り技がこない」
柔道部にいた井上や勝田と違い、花崎の戦闘形式は明智に習った戦場仕込みの軍式格闘術だ。しかも色々混ざっている。
言ってしまえばルール無用の戦い方に慣れていた花崎にとって、蹴り技が来ないだけで大分難易度が下がってしまうのだ。
足払い等は仕掛けてくるが、頭や胴を狙った蹴りなどは来ない。
かといって下手に足を使えと言えば、慣れないことをして逆に弱くなるので指摘もできない。
「言っておくが、お前の身体能力に合った訓練を行えたのなんて明智先生くらいだぞ」
花崎家の跡取り候補として選出されるだけの理由を持っていた花崎は、基本的にその気さえあればやればできてしまう事が多い。
その気になれば、というのが花崎だが。
しかし体を鍛えることに関してはかなりやる気だったので、その才能は遺憾無く発揮された。
格闘術の飲み込みも、子供ながらにしてかなり早い段階から本格的に明智の指導を受ける程だった。
しかも頭で理解するだけではなく、実践できてしまう身体能力も持ち合わせていたものだから荒事に投入されることも少なくなかった。
井上が足を失い勝田が辞めてからは、ほぼ一手に引き受けていたといってもいい。
ルールを設けないなら、明智の指導と実践で鍛え上げられた花崎と本気で組み合えるものが現在の明智探偵事務所にいるはずもない。
どうしてもというなら、花崎家の伝手を利用してその手の専門家を呼んだ方が早いだろう。
だが流石に花崎もそこまでするつもりはないらしい。
「小林の訓練にはなりそうだな」
「ならまー、いっか?」
花崎としては物足りないが、小林の為になるならまあ良いだろうと判断した。










振替で5限の講義があったため、帰りが遅くなったので今日は事務所ではなく花崎の家に帰ろうと荷物を纏めていると、大崎から声がかかった。
「小林、学園祭のイケメンコンテスト出てくれ!」
「いけめんこんてすと?」
一瞬何を言われたのか理解できずに首を傾げる。
「そう、優勝者には学食のチケット300円分が365枚!」
小林が理解するより先に大崎は餌をばらまいた。
1年分では分かりづらいのでハッキリとした枚数だ。
果たして短大で、1年生ならまだしも2年生が手に入れ場合、それを使い切る人間がどれほどいるのかと思うが、300円は一番安いメニューの値段だ。他のモノならもっとかかる。
割安にはなるが誰かに売ることも可能なので問題ないらしい。
そして1年生で小林のようによく食べる人間ならまず困らない。
短大とはいえ結構な数の学科を抱えた学園でイケメン1位になるのは至難だが、小林ならいけると大崎は踏んでいる。
「出ない?」
「学食のチケット…」
普通なら即座に断るところだが、特典が美味しすぎた。
「なんでお前は僕に聞く?」
そんなに美味しい特典なら自分で出ればいいではないか、と思うのはあまり美醜には頓着しない小林だ。
「俺が優勝できる訳ねーじゃん!! ちなみに優勝者を推薦した人間にもおこぼれがあります! なので俺の推薦で出てください!!」
その辺も理解している大崎は、小林を推した理由を述べた。
なるほど、大崎が提案してきた理由はわかった。
「出てもいい」
小林は無償で住む場所を提供されている上、学費も奨学金や探偵事務所のバイトもあるので苦学生という程切り詰めた生活はしていないが、衰えるどころか増すばかりの食欲の所為で食費もかなり嵩むのだ。
体を鍛えているためにエネルギー消費が大きいので仕方ないといえば仕方ないのだが。
しかも身嗜みに気を付けられるようになれと雄一郎や晴彦に念を押されているせいで衣類等にも金がかかる。
そのおかげで女性の好感度は更に上がっているが、小林は気づかない上に腹の足しにもならないので意味はない。いや、差し入れは増えるのだが。
そんな小林にとって、学食のチケットはかなり魅力的だった。
「え、小林でるの!? チクショー! 俺が推薦すればよかった!!」
当人の都合を無視した投票制にすれば苦情が来るのは目に見えているので、当人が了承がないとエントリーもできない仕組みになっている。
故に推薦者は当人とともに申請行くのでハッキリと分かるのだ。
自分で自分を推薦して優勝者特典と推薦者特典の両方を狙う者もいる。
学食のチケットならあるいは、と思わないでもないが小林が出る筈が無いと諦めていたお零れ狙いの学友たちは、まさかの二つ返事の了承に驚きを隠せなかった。
其処は、それで釣れると理解していた大崎の友情の賜物かも知れない。
小林の気が変わる前に、と企画本部に小林を引き連れて申請に向かった。
企画の方でも小林は欲しかったらしく、大喜びで歓迎された。
ついでとばかりに残念賞見本のお菓子をもらって小林は喜んだ。
駅に向かいながら、大崎は考える。
「小林は黙っててもイケメンだけど、それなりに顔が良いのはうちの学校だっているし、優勝狙うなら花崎さんの協力が必須だな」
たぶん二人でいれば男同士の熱い友情またはそれ以上に興味がある層も取り込めるしな。
と、心の中で呟く。
「はあ?」
何故そこで花崎の名前が出てくるのかが分からず小林は首を傾げる。
「学園祭の日、呼べよ」
言われて、小林は大崎を睨みつけた。
「お前……」
小林が花崎を学校に近づけたくないのを知っている筈なのに、何故そんなことを言うのかと。
本気の苛立ちを感じ取り、大崎は慌てて理由を説明する。
「秘書目指してるのが秘密なのは分かってるよ! でもこのコンテストで表示されるのは学科による優劣を防ぐ為に学年だけだし!」
顔面偏差値だけでなく、将来の有望さが加味されると正しい評価は得られないと何代か前にそういうシステムになった。
まあ、コンテストに出る程顔立ちが良ければ前もって知られている可能性は高いが。
「それに結果発表は後夜祭! 花崎さんはコンテストの発表は見られないからうっかり学科が読み上げられたとしても聞かれる心配もねーって!!」
「コンテストの問題だけじゃない」
学校の中には小林が秘書課であると花崎に教えてしまう可能性が色々あるのだ。
「学園祭の出し物はだいたいサークルメインだから、秘書科もうちのゼミでは出し物もないし、黙ってりゃばれないって」
「ばれたらどうする」
「怪しいって思われそうなら、俺もフォローしてやっから」
小林はそれでも安心できないのか、やはり否定的な態度だ。
「それに、あんまり学校に寄せ付けねーで誤解されたくもねーだろ?」
「っ……」
大崎の言葉に、小林は声を詰まらせた。
「自分の私生活に関わって欲しくないと思ってるって認識されて距離置かれたら嫌だろ?」
有りそうで怖いと思ってしまう。
「学園祭に呼べば、少なくともそういうイベントには呼びたいと思えるって伝えられるぞ」
確かに、花崎が小林の初めての集団生活を気に掛けているのは気づいているし、バレるのさえなければ呼ぶことに拒否感はない。
「………分かった」
小林は、折れた。




夜、花崎の家に帰った小林は早速、花崎に話すことにした。
「花崎、うちの学園祭来るか?」
小林の言葉に、花崎が驚いたように目を見開いた。
「え、行っていいの?」
「どういう意味だよ」
駄目なのにそんな提案を持ってくるとでも思っているのだろうかと小林は呆れる。
「や、小林あんまり学校来て欲しくなさそうだったじゃん?」
分かってんなら来んなよ、と思うが、常に拒絶されない距離を保つ花崎が敢えて一歩踏み込んできているのは自分への信頼なのかもしれないと考えれば、許容できなくはない。
よりによって学校に近づくという方向でそれが発揮されなければなお良かったが。
「どうせ授業が終わったらすぐに事務所に行くんだから、来たところであんま意味ねーだろ」
とはいえ花崎が気付いて気にしているのは分かったので、一応嘘ではない言い訳を言ってみる。
GPSがある限りすれ違う危険性はほぼ無いが、それでもタイミング次第では全くないとは言い切れない。
「ふーん」
拗ねているのか、軽く膨れて呟く花崎。
小林が花崎に嘘を付くとは思っていないだろうが、隠し事があることくらいは気づいているだろう。
「で、どうすんだ?」
話を逸らすように小林は再度問う。
「学園祭いつ?」
「再来週の土日」
基本、休日は暇な花崎だが流石に全てが空いているわけではない。
「よっし、その日ならいける!」
だが予定表を調べても問題なさそうなので大喜びで返事をした。
「じゃあ来んだな?」
「おう!」
さっきまで拗ねていたのを忘れたように、花崎は満面の笑みを浮かべた。











「小林、そわそわしすぎ」
大崎が呆れたように声をかける。
「うるさい」
学園祭当日、朝から落ち着かなかったのは、小林だって自覚している。
学園祭の雰囲気は花崎が好みそうなものである。
その中を、恐らく楽しそうにする花崎を連れて、久しぶりに昼間から二人で行動できるのだ。
花崎が臨時になってから、そうやってただ二人で行動する時間すら減っていた。
楽しみでない筈が無い。
同じ電車に乗ってきたのだろう。
一団が学校に向かって歩いてくる。
その中に、ふたりは目的の人物を見つけた。
手を振って駆け寄ってくる。身振りが大きいのでわかりやすい。
「よっ、小林お待たせ―。大崎も久しぶりー」
「おう」
「お久しぶりです」
「大崎も一緒に回んの?」
小林と一緒に待っていた大崎に花崎は尋ねるが、大崎は慌てて首を横に振った。
「いや、俺はサークルのほう見に行かないといけないので」
一緒に行ったら小林が怖い、という内心は隠しておく。
「そっか。じゃあまた後でな! 大崎のサークルの出し物ってなに?」
「わたあめです」
「サークル関係ないんだな」
「まあ大体のサークルがそんなもんですよ」
「だよな」
でなければ飲食物の屋台が立ち並ぶはずもない。
展示や実演発表のサークルももちろんあるが、やはり祭りを楽しみたいのか飲食物やゲームを取り扱う方が多い。
花崎の目当てもどちらかと言えば食べ物だ。
小林の学校をちゃんと見てみたいというのが一番の理由だが。
「じゃあ早速行こうぜ小林! 何がおススメ?」
「知らねえ」
予想通りの小林の回答に、花崎は笑ってパンフレットを開いた。
「じゃあ端から見て回るか!」
「分かった」
小林が頷いたのを見て花崎は歩き出した。




曲がり角で、学食の表記を見かけて花崎は一度足を止める。
「そういや小林ンとこの学食ってどうなってんの?」
「そんなのに興味があんのか?」
「だって学食って学校ごとに大分違うじゃん!」
学食を学校のウリの一つにしているところもある程に、学食というのは各校で独自のスタイルを形成している。
「なら行ってみるか?」
「行く行く」
頷いて、花崎は楽しみで仕方ないとばかりに歩調を速めた。
マップを持っているので、全く知らない学校でも花崎の足取りは軽い。
間違えていないので行き慣れている小林は黙って後に続く。
早々に学食に辿り着いた。
飲食出店が多いからか学食自体はやっていなかったが、座席の利用は可能で、購買やパン屋は開いていた。
折角だから覗こうとパン屋に足を向けた花崎はふと自作したであろうと分かりやすいポスターに目を向ける。
「文化祭限定パンなんてあるんだ」
「ふーん」
見れば、確かに小林も目にしたことがないパンのポスターの上に、大きく『売切』と書かれている。
「スゲーうまそうだけど、売り切れちゃってる感じだな」
「ああ」
開始からまだそれほど経っていないので、全体的にはそれなりに残っているが、限定品は売り切れていた。
余程目玉商品だったのかもしれないと思うと、花崎は少しだけ残念だと肩を竦めた。
それでも一応ちゃんと覗いてみようとパン屋に近づけば、白髪交じりの女性店員が表情をパッと明るくした。
「小林君」
小林を手招きしながら呼び寄せる。
「本当は駄目なんだけど、小林君は余ったの全部買ってくれたりするうちの上得意だからね。特別に一つだけ取っておいたわよ。小林君新商品必ず買ってくれるから限定品も気になるだろうと思って」
小林は自分の好みかどうか食べてみないと分からないので、とりあえず1度は新商品を買うようにしている。
それ故どうやら新商品好きだと判断されたらしい。
「どうも」
気になるのは気になるので、礼を言ってありがたく受け取ることにする。
「いいのよー。またいっぱい買いに来てね」
小林の礼に、女性は孫でも見る様に嬉しそうな笑みを浮かべて手を振って作業に戻った。
「やったじゃん小林! やっぱり日ごろの行動って大事だな!」
「そうだな」
限定品を手に入れられたのはまさに日ごろの行動の結果だ。
「なあなあ、さっそく食ってみろよー」
花崎に急かされて、パン屋の営業妨害にならないように学食の適当な机に腰を下ろすと封を開けた。
一口齧って、無言で更にもう一口齧る。
「うまい?」
食べ方を見て気に入ったと思った花崎は小林の顔を覗き込むように尋ねる。
「うまい」
頷いて、小林はパンを持つ手を花崎に向ける。
「ん」
「ん?」
「一口やる」
首を傾げる花崎にそう告げれば、そこでようやく意図が伝わる。
「サンキュー」
笑顔で礼を言って、花崎はパンを受け取った。
それを目撃した周囲がざわついた。

『秘書科の小林から食べ物を取ってはならない』

それは学内の七不思議ならぬ七項目に挙げられている程だ。
小林の大食らいと食への執着は多くの者が知っている。
食べ物を取られてたら死ぬとでも言わんばかりの冬眠明けの熊のような危険生物だ。
小林が貰った飴を一つ、軽い気持ちで貰おうとした男子生徒が投げ技をかけられたこともある。
逆に食べ物を与えると簡単に受け取るので、女子はよく小林を餌付けしようと躍起になっている。
残念ながら、渡される食べ物に興味は示しても、それを持参する女子で餌当番に特定された者はいない。
その小林が、食べ物を、しかも美味しいと判断したものを、一口とはいえ自分から差し出したのだ。
これを驚かずにいられる筈もない。
そんなことは知らない花崎は、度々聞こえてくる小林の名前に人気者だなーなどと暢気に考えながらパンを一齧りした。
「おお! 確かにスッゲーうまい!! 学園祭限定ってのが勿体ねーけど、購買のパンでこのクオリティは確かに限定品だよな」
食べただけで嬉しそうに燥ぐ花崎に、小林は表情を緩める。
「もう一口もーらい!」
「あ! おい!!」
小林が声を上げるが、花崎は既にパンに齧り付いていた。
小林が怒りだすかと周囲は警戒したが、小林は諦めたように肩から力を抜く。
「ったく…」
そしてそれだけ言って、特に怒った様子は見せなかった。
再び周囲がざわつく。
「ありがとな」
そんな周囲を気にせず、今度こそ花崎はパンを小林に返した。
「ん」
頷いて、戻ってきたパン先程より幸せそうに食べ始めた。
それを見て周囲では驚きと様々な憶測が飛び交ったが、当人達が耳にすることはなかった。










食べ終わった二人は文化祭巡りを再開する。
「おっ」
唐揚げの屋台を見つけて花崎は近づく。
「ひとつちょーだい」
「毎度―! 揚げたてですよー」
「やっりー!」
今まさに油から出されて網に乗せられたばかりの唐揚げを紙コップに入れて渡された。
喜んで受け取ると、そばに置かれている串入れから串を一つとる。
「学園祭のこういう食べモンてうめーよなー!」
「そうか」
食べていない小林には分からないが、食べた花崎がそう言うならそうなのだろうと思う。
先ほどのパンも美味しかったので学園祭の食べ物というのは美味しいものなのかもしれないとも思った。
「小林も食う?」
「食う」
食の権化に見えて満腹なら小林は食べないので聞いてみれば、パン一つで腹が満たされているはずもない小林はあっさり頷いて差し出された楊枝に刺さった唐揚げに口を寄せた。
「あ。熱々だから気をつけろよ」
慌てるように一度それを引いて花崎は注意する。
小林の靄の基本発動範囲は、現在一番抑えて素肌上1ミリ未満。
服越しなら触られてもまったく気付かれない程だ。
無闇に襲いかかることも無いのでほぼ普通の人間と言ってもいい。
けれど、口に入るものが火傷を起こしかねない場合、口に入る前にはじかれる。
傍から見たら食べ損ねたように見える程度だが。
「消すか?」
一応、完全に消すことも可能だ。
「止めとけ止めとけ。痛いのはやだろ?」
ただし、消してしまえば火傷をする可能性があるので花崎は止める。
「なら冷めてから食う」
熱を逃がしながら食べるという芸当は、小林にはうまく出来ない。
する必要がなかったからだ。
「えー、この熱々が美味しいんだぜー?」
ちょっと待ってな。と言って、花崎は一口齧って晒された中身に息を吹きかけ始めた。
「ほれ口開けてー」
数回それを繰り返した後、冷まされた唐揚げを小林の口元に持っていく。
「多分まだちょっとは熱いから一応気をつけろな」
口元に持ってこられたら食べない訳にはいかないだろうと、小林は素直に口を開けて唐揚げを口に入れた。
少し噛んで、目を見開く。
「これ、美味いな」
肉汁が噛んだ瞬間溢れ出して少し熱いが、それが逆に美味しさを引き立てている気がした。
「だろ? も一個いる?」
「貰う」
頷けば、同じように割り冷まして花崎は小林に唐揚げを差し出した。
それを美味しそうに小林は頬張る。
「いや、それ狙ってたんだけど、いくらなんでもデレデレしすぎだろ!!」
二人の様子を見た大崎は叫びをあげた。
「デレデレって何だ?」
言われている意味が分からず、小林は首を傾げる。
「無表情の小林様とは思えないくらい表情筋が緩みまくってるって事!」
思わず頭を抱えて、やはり叫ぶように訴える。
「そういや小林、今日は機嫌いいよな。やっぱ学園祭楽し?」
「まあ、うまいもんもあるし悪くない」
「だよなー」
大崎は小林の献身が殆ど伝わっていない理由を察した。
花崎の誤解に対して、否定を一切しないどころか肯定するような内容まで告げてしまうのだから、誤解を誤解と認識してもらうことすら出来ない。
「で、大崎がここにいるってことはわたあめ屋近くなの?」
「いや、今は教室の宣伝です。校舎内の上の方なので外より集客が悪くて」
言って大崎は胸の前にかけたプレートを見えやすく示す。
「なるほど。甘くないもんしか食ってないし、じゃあ大崎のとこ案内してよ」
惣菜パンに唐揚げだ。
そろそろ甘いものを食べても良いだろうと花崎は大崎のサークルの出店に貢献することにした。
「ありがとうございます! 大きく巻きますね!!」
「いいの?」
「そりゃもう、花崎さんと小林が来てくれるだけで宣伝になりますし」
「ああ。小林目立つもんなー」
確かに広告塔としては役に立つだろうと、花崎も頷く。
「はあ? お前の方がよっぽど目立つだろ」
だが花崎の言葉に小林は眉を顰めた。
「いやいや、小林かなり目立つよ!? 白いし」
「今時、髪が白いくらいでそこまで目立たねーだろ」
髪染めは一般的であっても、小林のような白さは流石に目立つ。
「いや、目立つよ。俺人混みの中でも小林のことすぐわかるもん。さっきだってすぐ見つけたし」
「それなら僕だってすぐにお前は分かる」
「そりゃ、大体俺が声をかけながら近づくからだろ?」
確かに離れた位置から花崎は身振りを交えて小林に声をかける。
そのせいで目立つのは確かだ。
「僕が先に声をかけることもあるだろ」
だが、それがなくても小林は花崎を見つける。
「そだっけ?」
「そうだ」
そんな会話をしながら歩いている花崎達に、それこそ遠くからでも人目を惹く集団が近づいてきた。
かと思えば、目の前で止まった。
正確には小林の前で、だ。
「やあ、小林君」
長めの前髪を掻き上げながら、小林に不敵な笑みを送る。
「誰だ?」
声をかけられた小林は首を傾げた。
「大崎は知ってる?」
小林は知らなそうだが、物覚えが良いはずの小林は、しかし興味がないことを失念する癖もあるので、花崎は普段小林の近くにいるであろう大崎に確認を取る。
「経営科2年の先輩です。去年のイケメンコンテストの優勝者で自分の容姿に大変な自信を持っていて、自分の周囲も男女問わず顔の良いので固める美形好きです。たぶん小林にも目を付けていたんだと思います。科も学年も違うので恐らく顔を合わせるのは初めてですね」
「ふーん」
確かに小林は容姿に優れている。
白いから目立つと言ったが、その部分も大きいことも花崎は分かっている。
出会った頃、中村刑事に可愛いと言われた顔は、年を経て悪化することはなくイケメンへと成長した。
美形好きなら目に止まるだろう。
それは兎も角として。
「あれって学園祭だからなんかキャラ作ってんの?」
なぜかキメ顔で同じポーズを維持している。
「いえ、あの人はいつもあんな感じです」
「え、マジであんな人間いんの!?」
大崎の答えに花崎は心底驚く。
過去に二十面相というやたら芝居がかった仕草をする仮面キャラを相手にしてきたことはあるが、あれは遭遇場所が日常的ではない上に、不思議な程違和感がなかったので別物として認識している。
学校という日常的な場所での芝居がかった行動は違和感しかない。
「世の中の不思議ですねー」
大崎も違和感を抱えていたので肩を竦めつつ頷いた。
「小林君、君が優勝できたら私の第五秘書くらいにはしてあげてもいいよ。まあ、秘書というよりボディガード的な立ち位置になるだろうけどね」
花崎達の声は聞こえていないのか、イケメン2年生は話を進めていく。
「優勝って……小林なんか勝負するようなもんに参加すんの?」
「あー…まあ、企画はいろいろありますから1つ2つくらいは出てくれって言われてると思いますよ」
冷や汗をかきつつ、大崎はなんとか誤魔化す。
「へー。出てくれって言われて出るなんて、小林も成長したなあ」
花崎が小林の成長に感動している横で、小林は目の前の男に言われた言葉に嫌そうに顔を歪めた。
「いらねえ」
「そ、そうです! ボディガードとか雑な扱いの先輩の取り巻きにするくらいなら小林さんは僕のところに来てもらいます!!」
小林の言葉に、何故か更に別のところから声が割って入る。
「なんか新しいの出てきた!」
「あれは入学式に小林に助けられた、やはり経営科の1年です」
「大崎、本当に小林のこと詳しいのな」
小林と大崎の出会いは授業が始まってからだと聞いていたので、入学式のことまで知っていることに多少花崎は驚いた。
「まあ、小林はまず容姿からして目立ちますから。それに物怖じしない性格ですし。俺最初の頃は小林があんな面白いやつだって知らなくて憧れてましたしねー。色々噂とか気にしてたんですよ」
「小林って、仏頂面ばっかりだけど、面白いよな」
大崎の言葉が嬉しかったのか、花崎は笑顔で同意する。
「はい」
大崎ももう一度はっきりと頷いた。
そんな花崎たちを余所に小林達の会話は続いていく。
「行かねえよ」
小林は突然湧いて出た同級生にも冷たい目線を送る。
「小林君に目をつけていたのは私のほうが先だよ」
「僕は入学式からずっと気にしてました!!」
二人が言い合いを始めて、当事者の筈なのに蚊帳の外に放り出された小林の肩を花崎が叩く。
「小林、男にもモテんのな」
「これ、もててんのか?」
男が二人で、小林を…おそらくスカウトしようとしているだけの話だと小林は認識している。
それをモテると表現するのが正しいのか、小林には今ひとつ分からない。
「だって、小林取り合って熱いバトルじゃん」
お前を取り合っていた女程じゃないけどな、と小林は内心ツッコミを入れた。
そのバトルを繰り広げていた2年生が不敵に笑みを零した。
「なら企画部から頼まれて今から行こうとしていた囚われの王子役があるが、それを小林君にやってもらって無事に小林君を救い出した勝者が手に入れるというのはどうだい」
いいよね? と、確認を取られている女子がいるが、おそらく企画の場所まで誘導しに来た企画スタッフなのだろう。
スタッフは小林を見て、問題ないと頷いた。
「いいですよ! ちょうど王子には誓いの言葉がありましたしね!」
1年生も話に乗った。
「あ?」
何故か突然自分が巻き込まれた上に景品にされて小林は声を上げる。
「いや、待て。なんで僕が巻き込まれてる!」
せっかくの花崎との時間だ。
小林に訳の分からない企画に付き合う気などない。
「あ、それ俺もさんせーん!」
が、何故か乗り気で花崎が手を挙げた。
花崎の声に上級生が、小林の間近にいた存在に今気づいたという顔をする。
「おや、君もなかなか悪くない顔をしているけど、どこの学科の生徒かな?」
「こいつに触んな」
花崎の肩に置こうとした手を小林が弾いて、それ以上近寄らせないとでも言うように身を割り込ませる。
「俺は違うガッコ。今日は学園祭に遊びに来ただけ」
そんな小林の肩から顔を覗かせて花崎は答える。
「そうか、惜しいが君は部外者なのだから参加権はないだろう?」
「そうですよ」
肩を竦めて言われた言葉に、1年生男子も同意した。
「それ以前に僕はやるなんて言ってないぞ」
三者三様の声が上がる。
花崎は小林の首に腕を回して引き寄せた。
「一番最初に見つけたやつっていうお前らの理論で行けば、小林は俺の!! 秘書だのボディガードだの、小林の意思を無視して景品にするような奴らにうちの小林はあげねーよ!」
小林は立派な探偵になるのだ、と思っている花崎は少々腹が立っていた。
小林は花崎の言葉に目を見開く。
「うわースゲー小林嬉しそう……」
花崎に自分のものだと言われて嬉しそうな小林に、大崎は肩を落としながら呟いた。
誰もその音を拾うものはいなかったが。
小林は気を取り直して、表情を戻して口を開く。
大崎に言わせれば戻りきっていないが。
「そうだな。先に見つけたどうこう言ったら僕は最初からお前のだな」
「だよなー」
頷いて、どうしようか困惑しているスタッフに花崎は笑顔を向ける。
「俺も参加させてくれたら小林は説得するよ?」
「分かりました!」
企画スタッフは二つ返事で了承した。
「ということで小林は王子様な!」
「だから! やるとは言ってない!! なんで僕がそんなこと!!」
ついさっき、小林の意思を無視して景品にすることに腹を立てていたとは思えない花崎の言葉に、小林は声を荒げる。
「だって、ああいうのって、ちゃんと負かしておかないとしつこいじゃん。小林がこの先もあんな風に言われんのやだもん」
小林から目線を逸らして拗ねたように言う花崎の言葉に、小林は苛立ちが引いてしまった。
花崎が小林の為に腹を立てたのだと言われれば、怒れるはずもない。
「いいじゃんいいじゃん。俺小林のお姫様になってみせっから」
「……絶対だろうな?」
笑顔で言われて、小林はガシリと肩を掴んで念を押す。
「お、おう」
予想外に呆れではなく真面目な表情で言われて、花崎は思わず何度も頷いてみせた。
「それって、本来女子向けの企画ですよね? なら私達も参加できるんですか?」
そこに、また別の声が割って入った。
小林が王子役と聞いて、それまで黙っていた一年の女子達が名乗りを上げる。
「もちろんです!」
企画スタッフは即座に頷く。
「でも流石に男女混合だと体力とかの差がありますね。ハンデとして、男性陣には演劇部から借り受けた重たくて幅のあるドレスを着て女装してもらいます。コンセプトは王子様を救い出すお姫様ですから」
そう付け加えて。


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