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20 May

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26 May

0.5㎜

触れなくてもイチャイチャして欲しい






花崎が何故か事務所に衝立を持ち込んだ。
衝立にしては珍しく、一辺が1m程の金属板で飾りは一切ない。
一応縁取りはあるが何の加工もされていない木材が簡易的に取り付けられただけに見える。
足になる部分も木製で、こちらも縁取りと同じ木材だ。
見た目は簡単に言うなら、不格好である。
「そんなもの事務所に持ち込むな」
「えー…いいじゃん。ちょっとの間だからさー」
花崎が不服そうに声を上げるが、井上も今日は許容するわけにはいかない。
「駄目だ、今日は来客があると言っておいただろ」
意味があるならまだしも、事務所には合わない上に意味もないそれを客の目に晒すのは、客の第一印象を下げてしまう危険性すらある。
探偵という職業は、世間では怪しいとすら思われることもあるのだ。
明智探偵事務所の評判を守るためにも、出来るだけ第一印象を下げたくはない。
「出来れば空調が効いたとこが良かったんだけどしゃーねーか」
その思いは花崎も理解しているので、肩を竦めて、しかしそれ以上食い下がることもなく諦めた。
「小林―、ちょっと屋上付き合って―」
代わりに、来客用にソファを空けて段差に腰を掛ける小林に声をかける。
「何か用かよ」
呼ばれた小林は、そう言いながらも素直に花崎の求めに応じてエレベーターに向かう。
「ちょっと実験に付き合ってほしいんだって」
花崎は早く早くとエレベーターを開けたまま手招きをして小林を呼ぶ。
あまりに急かすものだから小林は歩幅を広げて急ぎ足でエレベーターに乗り込んだ。
「おっし、屋上にしゅっぱーつ!」
屋上に行くのに出発も何もないだろうと思うが、花崎は楽し気に閉めるのボタンを押した。
小林を連れて行ったことで、使い方までは不明だが花崎が謎の衝立をどういう意図で持ってきたのかを井上と野呂は理解する。
「今度は何するつもりなのかねー、脳筋ちゃんは」
「さあな。だがまあ、悪いようにはならないだろ」
「そだねー」
花崎があれ程楽しげに小林を連れて行ったのだ。
あんなに嬉しそうな花崎がいたなら、それだけで小林も思わず笑みが溢れるくらい喜んでいるのだから、花崎の言う実験の結果がどうなるかはわからないが、それによってもたらされるものはマイナスにはならないだろうと二人は思う。
「バカップルに巻き込まれずに済んだのは僥倖だったかもねー」
「確かに。依頼人に感謝だな」
野呂の言葉に井上も笑みを漏らす。
お互い触れられない恋人達は、触れられないのだとこちらが気を使う必要も感じさせないくらいに会話や行動でいちゃついている。
それも本人たちが無自覚なものだから遠慮も何もない。
微笑ましい3割、鬱陶しい7割だ。
野呂などは鬱陶しさ余って揶揄いにいくこと度々だ。
井上はそのような真似が出来る筈もなく、日々無関心を装うスキルが上昇している。
けれど二人がそうして事務所にいることで妙な安心感もあるのだ。
明智探偵事務所の全てが一度壊れかけただけに、二人の結びつきが深い日常は、ここは大丈夫だと言われているような気にさせてくれる。
特に井上のように懸念が先に立つ人種にとって、目に見える形である安心材料は有難い。
何より、仲間が幸せならそれだけで嬉しいと思えるくらいには井上も野呂も探偵事務所の仲間が好きなのだ。

エレベーターを降りて、屋上に出る前のエリアで花崎は足を止める。
「俺は気づいた!」
続いて降りてきた小林を振り返って胸を張った。
ピッ音を立てそうなほどぴしりと天井向けて伸ばされた人差し指。
「お前、壁とかには寄りかかれるじゃん?」
「それが?」
「で、壁の向こう側に人が通っても攻撃しないじゃん?」
「そういやそうだな」
壁は、靄とは違うが、外界との隔たりである。
小林が邪魔だと認識しなければ態々壁を壊して攻撃に移ることはない。
「つまり壁があれば30㎝以内に近づけるってことだ」
そして衝立を動かして二人の間に持ってきた。
「そこでこれの出番だ」
軽く金属板を叩いて花崎が笑う。
「今、俺とお前の間にはこの壁がある!」
「で?」
上を向けば、悪戯っ子のような顔で見下ろされる。
「小林、その印ついてるところと別の場所に手ぇ当ててみ?」
立った状態では当てにくいので、小林はしゃがんで言われた通り両手を金属板に当てた。
「こうか?」
そう、と花崎が首を縦に振る。
「印ついてるところ、もう一か所より温かくない?」
問われて温度を意識すれば、確かに温かい。
「そうだな」
それがどうしたとも思うが、花崎が何かしら意味を持ってやっていることは流石に分かるので素直に頷く。
「それ、俺の体温な」
だが続いた花崎の言葉に、小林は驚いて顔を上げた。
金属板の上から覗かせた花崎の顔は嬉しそうに笑っていた。
小林の好きな顔だ。
そんな顔でこんな事をされれば、小林にだって花崎の意図を理解できる。
もう一度、印に当てた手に集中する。
じんわりと伝わる温かさ。
「温かいな」
「だろ? お前も温かいよ」
金属板の反対側。
そこに手を当てている花崎も微笑んだ。
出来るだけ薄くしたかった壁。
薄すぎるので少々不安もあったが、靄は壁と判断してくれたらしいと花崎は安心した。
壁は厚さ0.5㎜のアルミ板。
入手が簡単なもので、熱伝導のそこそこ高い金属を選んだ。
直接触るのとはやはり違うのだろうが、それでも至近距離で互いの体温を感じられる。
花崎は小林と同じように座り込んで、小林のもう片手が置かれた辺りにもう一方の手を当てる。
お互いが座ってしまった為姿は見えなくなる。
けれど、目を瞑って体温だけに集中すれば、より近くにいると実感できる。
軽く額を着ければ、思ったより硬く、相手も同じようにしているのだと気づく。
相手の息遣いすら聞こえる距離で、二人は暫くそうしていた。
エレベーターが動く音がして、二人はそっと金属板から手を放す。
「お客さん、来たな」
「そうだな」
「早く行かないと井上にどやされるな」
苦笑して花崎が立ち上がる。
「アイツうるせーからな」
追従するように小林も立ち上がった。
距離はまた30㎝。
けれど、隣にいる。
姿が見えない体温もいいが、姿が見える30㎝も悪くないと小林は思う。
姿が見えて触れ合えれば、何よりもそれがいいのだが。
そこまで考えて、小林ははっとした。
その横で、花崎は頭を捻っている。
「夏になると金属がすぐ熱くなっちゃうから、体温とかの問題じゃなくなっちまうし、次はどうしようなー?」
「暫くはお前は何も考えんな」
思わず小林の口をついて言葉が出た。
「なんで? 嫌だった?」
「違う」
落ち込んだように花崎が眉を寄せるので、慌てて小林は首を振る。
「触れたみたいで嬉しかった」
「じゃあ何でだよ?」
人の感情を読むのは上手いくせに、自分に向けられる好意に自信が持てない花崎には、ハッキリした言葉で告げないと伝わらないと、分かっているというのに井上に何度も言われた。
その繰り返しにどうも分かっているつもりで出来ていなかったらしいと気づき、小林はより言葉を重ねる努力をする。
「もっと欲しくなるだろ……」
マシュマロのキスににアルミ板の体温。
花崎が近づこうと考えてくれているのはわかった。
花崎が小林を好きでいてくれるのも…小林からの一方通行ではないということも分かった。
けれど、だからこそ、欲張りになってしまいそうになる。
それでいて触れられない距離に絶望しそうになる。
花崎がいて、花崎が隣にいて、花崎が笑っていて、花崎が自分を好きでいてくれる。
それだけで十分どころか過分な筈なのに、それ以上を求めてしまう。
でもそれをするなら、努力するのは花崎ではなく小林だ。
二人の距離を妨げているのは小林の力なのだから。
それでも花崎は歩み寄ってくれたのだから、小林からも近づかなければならない。
「だから、次は僕にも考える時間をよこせ」
知識も思考も足りないが、それでも花崎を想えば何かができる気もすると小林は思う。
小林の言葉に、ポカンとした後、花崎はニッと笑った。
「楽しみにしてっからな!」
「おう」
頷いて、二人はエレベーターに乗り込んだ。
 

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