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20 May

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24 June

飴玉

飴を舐める話





好きな色を聞かれて、空を指した。
あの時は意識をしていなかったけれど、花崎の目の色も空のようだとふとした拍子に気づいた。
夏の鬱陶しい青空かと思えば突然曇るし雨は降るし、秋の空のように色々な色に影響されるし、冬の空のように感情などないような冷たい透明感を出したかと思えば、春の空のように優しい色を見せる。
コロコロと目まぐるしいことこの上ないが、本質は冬の空なのだろうと小林は思っている。
凍りついた湖に映る透明感のある澄んだ空のような色。
すべてを映しているようでいて何も映さない。
けれど、その氷を覗き込めば一番深い場所にあるのは春なのだ。
開いた花や芽吹いた淡い緑と共にあって、違和感を覚えない柔らかい青空。

衛生管理がうるさい昨今、珍しく個包装されていない大粒の飴が詰まった小瓶。
カラフルで光に当てればキラキラと輝くそれは美しく、しかし瓶の持ち主である小林にはただの飴でしかなかった。
かといって気に入っていないわけではない。
色毎に味が違い、大粒のそれは長く楽しめる。
今も一つ、口の中で転がしている。
味を楽しむ、というのを小林は少年探偵団に入って初めて知った。
そんな小林だが、なかなか手を付けられない飴が一つだけある。
春の空色に近い青い飴。
元々空色を好む小林だったが、その飴の色は小林に空以外の色を認識させた人物の目の色によく似ていた。
味を知りたくて、でも食べたらなくなってしまう。
それがもったいなくて手が付けられない。
だから、瓶を開けた時一番最初にあったはずのそれは、まだ瓶の中にある。

「たっだいまー」
小林が小さくなった飴を噛み砕いた頃、能天気な声で挨拶しながら花崎がやってきた。
相変わらず騒がしいなと思いながらも小林は視線で花崎を追う。
「腹減ったぁ! なんかあったっけ?」
花崎はそのまま冷蔵庫に向かって歩いていった。
けれど、開けたところで肩を落とした。
どうしたんだと思ったが、そういえばと小林は自分が飴を舐めていた理由を思い出した。
冷蔵庫の中の食べ物は粗方小林の胃袋の中だ。
それで足りなかったから、飴を舐めていたのだ。
花崎はめげずに保存食を漁りだす。
が、そちらも大体空だ。
「保存食の意味ねーじゃん!」
思わず花崎は声を上げるが、それで食料が増えるわけでもない。
昔はきちんとそろっていた筈の、災害時などの対策用に置かれていたものまで全滅していた。
それの管理をしていたのが勝田だからだ。
つまり勝田が辞めて以降、こうして適当に手を付けて補充しない面々ばかりだった為、とうとう底をついたのだ。
「うー…買いに行くしかねーかぁ…」
肩を落として、花崎は小林に歩み寄る。
そして手を出して要求を一つ。
「小林、おまえの分も飯買ってきてやっから飴一個頂戴」
「一個だぞ」
飴を一つ与えることで多く返ってくるなら悪くないと小林は判断した。
元々、花崎が腹を空かせているのならば、分け与えるだけの器量は持ち合わせている。
瓶を渡せば、サンキューと言いながら花崎は飴を一つとった。
特にその行動は注視していなかった小林は、しかしそこでハッとする。
花崎は何も考えずに一番上から飴を取っただろう。
それはつまり、あの空色の飴である可能性が高い。
「その飴は駄目だ!」
「ふえっ!?」
思わず叫ぶように制止の声を上げるが、時すでに遅し。
花崎の頬は飴の形に膨らんでいた。
瓶を見れば、やはりなくなっているのは空色の飴。
「えっと…この飴は駄目だったの?」
しょぼん、という効果音が付きそうなほど肩を落とした小林が呆然と瓶を見つめている。
「ご、ごめんて小林」
食っちゃったから返すわけにいかねーし、と花崎は焦る。
「あ、あとで同じ飴買ってきてやっから! な?」
困り果てた花崎を見て、ああ、あの飴の色だと思う。
何も考えていないのに手が動き、花崎を引き寄せてその唇に噛みついた。
正確には、その奥にある飴に舌を伸ばした。
驚きに見開かれる花崎の瞳が目の前に有り、これは悪くない、と思う。
思わず身を引こうとして、しかし小林に腕を掴まれているためバランスを崩した花崎を、反動を利用してソファに押し倒す。
その間も口付けは止めない。
「ん……んぅ……」
花崎は何か言おうとしているのか声を出そうとするが、飴と小林の舌に口内を刺激され溢れる唾液の処理だけで精一杯で、結局何も言えない。
その間も小林は、花崎が飲み込んでしまわないように時々舌で拾い上げては、飴玉を花崎の舌に押し付けるのを繰り返す。
飴は舐めてしまえば色すら見ることができなくなる。
だから今まで手を付けられなかったのだから。
けれど今、小林は色を見ながら味わっている。
味は何かのフルーツ味の甘いもの。
恍惚とした気分で飴を味わっていれば、花崎が苦しさに目を閉じてしまう。
それでは面白くないと、小林は一度口を離す。
「目、閉じんな」
「はっ……」
漸く解放された花崎は酸素を求めるように大きく呼吸をして肩の力を抜く。
「目ぇ?」
小林が何を言っているのか理解できず疑問の声を上げる花崎。
「ツーか、ここまで、すんなら、飴持って、きゃ、いいだろ」
まだ整わぬ呼吸の合間から訴えれば、小林は何故か不思議そうな顔をする。
「それじゃ意味ねーだろ。大体飴はお前にやったんだ」
小林だけが舐めても意味がない。
花崎の目が見えるからこそ、今この時はあの飴を食べる理由を持てるのだ。
そして、小林はあげたものを取り上げたりはしない。だから一緒に舐めている。
「これもらったって言うのかよ…」
「お前も食ってるだろ」
「そーだけど……」
カロリー摂取が目的だったのに、何故か余計に体力を消耗したような気がする。
一つ息を吐いて、花崎は少し小さくなった飴に歯を立てた。
「痛えな」
しかし飴は砕けず、小林が苦痛の声を上げる。
飴を噛もうとした花崎の口に指を突っ込んだのだ。
「いや、お前が何やってんだよ小林!」
慌てて飴を頬に押し込めて、花崎は小林の手を取る。
幸い跡が残るほどには力は加わっていなかったらしい。
「お前、今飴噛もうとしただろ」
小林は噛まれた指を舐めながら花崎を睨む。
「し、したけど……」
何故それでここまで苛立ちを小林が見せるのか。
「ちゃんと最後まで舐めろ」
お前だって噛むじゃん。という花崎の訴えは残念ながら声になることはなかった。
再び小林が飴を舐め始めたからだ。
当然先程と同じように。
口内を弄られ、やはり苦しくなるので目を閉じそうになるが、目の前の赤い目が強く睨みつけてくるのでなんとか薄目を開けることで耐える。
何故そこまで気を使わなければならないのか花崎にはほとほと疑問だが、これは小林がはっきりと口にした望みなのだから出来うる限り叶えてやろうという気持ちはある。
花崎の舌と小林の舌で擦られるうちに、飴はもう粒といっていい程まで小さくなっている。
もはや舌を舐めているのか飴を舐めているのかもわからない。
それでも小林は舐めるのをやめない。
(あ、無くなった)
とうとう粒すらなくなった。
花崎に分かるのだから当然小林にも分かった筈なのだが、まだ残る甘さを求めているのか余韻に浸っているのか、小林の口が離れる気配がない。
軽く小林を叩くが反応がない。
正直疲れたし、何より息苦しいので流石に放して欲しい花崎は、ならばと先程小林が離れた状況を再現すべく目を閉じた。
予想通り小林は一瞬動きを止め、オマケとばかりに花崎の口内を舌で一周なぞった後、漸く口を放した。
最後についでのように花崎の唇をひと舐めする。
「目閉じんなっていっただろ」
そこまでしておいて、なお苦情を述べる小林に花崎の全身を脱力感が襲う。
「もう、飴、ないんだから、いいだろ。いい加減、どけって」
俺疲れたから、と花崎が未だ乱れる呼吸で訴えれば、不服そうにしながらも小林は花崎の上からどいた。
「俺疲れたから小林飯買ってきてー」
ソファに横になったまま花崎が言えば小林が眉を顰める。
「はあ? 約束が違うじゃねーか」
「誰のせいだよ」
思わず花崎もツッコミを入れてしまう。
「僕のせいだって言いたいのかよ」
「いや、今回どう見たってお前の所為だよな!?」
だが小林は先ほどの行為に対して全く問題意識を持っていなかったようで、花崎はまさかの答えに驚きを隠せない。
「飴舐めただけだろ」
小林は全く疲労などしていない。
むしろ元気になったといってもいい。
だというのに花崎が何を言っているのかと首を傾げる程だ。
確かに何故か疲れているように見えなくもないが。
下になった上に口を閉じることが許されなかった所為で唾液が次々と喉に流れ込み、口の呼吸を封じられていた花崎の苦労は、残念ながら小林に理解されなかった。
「アレを飴舐めただけって言い切るお前スゲーな」
そう呟くも、そう言い切ってしまう小林は動いてくれそうにないので、花崎は仕方なくデリバリーを頼むことにした。

後日、約束通り花崎は小林に同じ色の飴を渡してきた。
しかもひと瓶全てそれだ。
「好きなだけこの飴食えるだろ」
と笑顔で渡された。
確かにその通りであるし、飴を見ながら食べることもできるが、何かが違うような気がする。
小林はそんなことを思いながらも一つ口に含めば、先日のことがはっきりと思い出せる。
瓶に詰まった飴を見ずとも、息苦しさに少し潤んだあの青を思い出せる。
「確かに悪くない」
言いながら、小林の表情が緩む。
「そんなにその飴気に入ったんだ?」
あげたものを嬉しそうにい食べてもらえば、花崎だって悪い気はしない。
「食うか?」
「い、いらねー!」
しかし、舐めていたものを舌に乗せて差し出せば、慌てて距離を取られた。
「あっそ」
小林は大して気にせず、再び飴を舐め始めた。
それを見て花崎がふと思いつく。
「まてよ、俺が上になれば小林にあの苦しさを実感させられるか?」
下になる苦しさを小林も知ればいいのだ。と、花崎は再びソファに戻り、小林の肩を掴む。
「なんだよ」
訝しげに見てくる小林をソファに押し倒したところで、エレベーターが動く音がした。
「なんでもねーから!!」
ハッとして花崎は自分が何をやっているのかと内心ツッコミながら再び小林から距離をとった。
そして到着したエレベーターから降りてきた井上に手を振る。
「井上お帰りー」
「ああ、ただいま」
返事をして、そしてもう一人いる小林に目を向ける。
「小林、食べながら寝るんじゃない」
「花崎に言えよ」
注意されて、ムッとしたように小林が答えた。
小林は座って食べていたのだ。
それを寝かせたのは花崎である。
「花崎に?」
「ちょ、ちょっとした悪戯?」
疑問に思って花崎に視線を向ければ、慌てたように両手を振って言い訳が返る。
「飴をなめている時に下手に倒したりすれば、飲み込んで最悪喉に詰まらせる危険性がある。悪戯じゃすまないぞ」
「わ、悪かったって」
真面目に注意を受けてしまい、花崎は謝るしかできない。
確かに、先日の花崎が押し倒されたときは、故意か偶然かは分からないが小林は自分の舌で飴を包んでおり、花崎が飲み込むようなことはなかった。
とはいえ先に危険行為をしたのは小林だ。
「なんか納得いかねー…」
「花崎?」
だが花崎の呟きに井上が避難を込めて名前を呼ぶ。
「反省はしてるって! もうしねーから!」
とりあえず井上には謝るしかないと、花崎は諦めた。
小林は注意を受けたので一応座り直す。
「やっぱ一個貰う」
全く気にしていない小林が癪に触ったので、花崎は小林の飴を一つ奪うことにした。
小林も今舐めているのだから先日のようなことにはならないだろうと計算の末だ。
小林からは特に文句は来なかったので本当にひとつ取り口に運ぶ。
先日はまともに味わっている余裕はなかったが、きちんと味わった花崎の感想としては、ただの飴である。
果物なのはわかるが、ミックスなのか何の果物なのかもわからない謎の味。
色によってはきちんと味が分かるのだが、この青い飴はどこかあやふやである。
不味いわけではないが、特別美味しいというほどでもない。とりあえず甘い、といった飴だ。
「小林なんでこれが好きなの?」
「色」
「あーなるほど」
即答で返ってきた言葉に納得する。
確かに小林が好きな空色である。
「お前の目の色だ」
「ああ! だからこの前目閉じんなって……ん?」
小林の言葉に理解が追いつかず、花崎は目を瞬かせた。
 

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