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19 May

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01 September

音を感じたい話




今日は花崎は学校のある日だった。
依頼の予約もなく、花崎が授業を終える時間には事務所を閉めている。
だから、まっすぐに家に帰った。
そして家に無事帰ったことを小林に報告する。
表示通話でお互い無事な姿を確認して少しの話をして、電話を切った。
電話は遠く離れていても会話ができる。
一昔前までは電話は耳元に通話機を当ててするものだったらいい。
耳元で相手の声を聞いていたのだ。
姿が見えるほうが嬉しいし、手を離していても通話できるのは便利だ。
百聞は一見に如かずというように、状況を説明するより直接見せた方が早いので仕事においても重宝する。
例えば恋人との電話の時、音声をより近い耳元で聞きたいのならイヤホンを付ければいいのだ。
姿が見えて、直接耳に届く声も聞こえる。
だからこそ、今の通信媒体ではきっと表示通話になったのだろう。
姿を見たいという望みを簡単に叶えられるから。
けれど、どれだけ姿を見ることが出来たって触れ合うことだけは許されない。
それは時に残酷な気もした。
もしかしたら見えない方が良いこともあるのかもしれないと思う。
姿が見えないから、きっと耳元で響く声により集中できるのだろう。
好きな人の声を、それだけに集中して聴けるのは特別なことのような気がした。
それに、きっと姿が見えなければ声の主の姿を見たいと想いは募るが、目の前にない分だけ、触れられない苦しみを実感することも減るかもしれない。

自分たちの関係は、遠距離恋愛に似ているのかもしれないと思った。

花崎の恋人はいつも近くにいる。
毎日顔を合わせて、直接声を聴いて、一緒に過ごすことが出来る。
学校や家の用事がある日は通話したりもする。
触れ合えない以外は概ね満足している。
触れ合えないことにしたって、物を介してだが、体温を感じることもキスをすることもできた。
それに、誰にも触ることが出来ない小林だからこそ、花崎は小林の意思以外で小林を失う可能性がない。
そう考えれば、むしろ恵まれているとすら思うこともある。
やはり遠距離恋愛ではないのだろう。
けれど、時々、ふとした瞬間。
つい、手を伸ばしてしまいそうになることがある。

目の前にいるから、触れられそうなほど近くにいるから。
もし、現実ではどうにもならない距離があればもっと簡単に諦められるのに、などと考えてしまうことがある。

けれど現実には目の前にいるから。
いつでも、手を伸ばせば届きそうなほど近くにいるから。
小林の存在を、触れて確かめたくなる。
抱きしめることができたら、相手の姿は見えないがその体温や鼓動を感じ、耳元で声を聴くことが出来る。
触れなければ感じることが出来ない鼓動。
近づかなければ聞き取ることが出来ない微かな息遣い。
耳元で囁かれる、自分にだけ聞こえる声。
小林が、生きてここにいてくれると実感させてくれるもの。
小林の特別が、自分なのだと思わせてくれるもの。
それらはどうしたって感じることは許されない。
そんなことを考えながら滑らせていたペンをハッとして止める。
花崎が今書いているのは小林の文字の練習に始めた交換日記。
色々と簡単に忘れる小林だが、当人にその気さえあれば実は記憶力は悪くなく今では練習ではなくただの交換日記と化しているそれは、しかし小林がもういらないと言わないので続いていた。
そこに思考に同調するように書かれてしまった文字を慌てて消しゴムで消す。
それは不可能な我侭であって、小林を困らせるだけのものだったから。

3日後――。
「花崎」
小林から何かが投げられて、花崎は慌てて受け取る。
受け取ったものは思った以上に軽かった。
「紙コップ?」
どう見ても紙コップだ。
「違う」
だが小林に違うと言われてよく見れば、コップには凧糸のような紐がついていた。
「糸電話?」
そうだ、と小林は頷いて、言葉を続ける。
「お前、日記に書いてただろ」
「何か書いたっけ?」
糸電話を出されるようなものを書いただろうか、と花崎は首を傾げる。
「僕の音が聞きたいって」
「あれ? それ…消したはず……」
言っても仕方がない内容だった。
書いてすぐに気づいたから、間違いなく消したはずである。
なのに何故小林が知っているのか。
「跡が残ってたから、鉛筆でこすりだした」
電子媒体が主流の昨今、データのやり取りでは逆に証拠が残ってしまう可能性があるので、筆記でやり取りをする犯行指示や逢引きもある。
故に証拠をあぶりだす一つとして原始的な擦り出しも探偵の技法として、現在も活用されている。
「こすり出しって…そこまでするかあ?」
「お前が書いて消したってことは、言いたいけど言ったら駄目だとかそんなこと考えたんだろうと思ったからな」
花崎は言いたいことを言う。
けれど、言ってもどうにもならないことや相手の心を傷つける言葉は基本的に口にしない。
過去に一度敢えてそれを口にしたのは、小林に傷つけられた自覚は無いが、野呂曰く小林に八つ当たりした時くらいだろうか。
基本プラス思考の言動をする花崎は、しかし自分の事になると途端に自信を無くす。
だから言いたいことの中でもそれがただの自分の我侭だと思うと、聞かせる価値もないものとしてしまうことが多々ある。
だが聞かせるつもりがなかろうと、それが花崎から溢れ出たなら小林は拾い逃さない。
「今度はちゃんと自分で調べたぞ」
何時かの手紙のように誰かに聞いたのではなく、ネット環境を利用したものの、自分で調べて考えたのだと小林は言う。
「結局喋るだけだから、意味あんのかわかんねーけど、これなら振動が伝わるって書いてあったから、少しは、お前のいう〝音〟が伝わるかもしれねえだろ」
花崎は泣きたくなった。
あんな、どうにもならない筈の我侭。
しかも自分さえ諦めたそれを、小林は真面目に考えて対応しようとしてくれる。
「小林はかっこいいなぁ」
「お前だって色々してくんじゃねえか」
花崎を恋人にしたものの、小林は靄がある以上、共にいる時間が増える以外の何が変わるわけでもないと思っていた。
それを、先に物を使って変えたのは花崎だ。

恋人になる前、恋人は心で繋がるものだと井上が言った。
対等であるものだとも井上が言った。
仲間以上に信じることが出来るかと、井上は小林に問うた。
それから相手の我侭を許せるようになれと言った。
誰かに取られたくないから恋人になりたいという小林の我侭を花崎は聞いた。
我侭を受け入れられたから、花崎は恋人なのだと思えた。
だから花崎を信じる、という言葉を何とか飲み込んで消化した小林は花崎への束縛を緩めた。
けれど、花崎は小林を行動で振り回すことはあっても基本我侭は言わない。
軽いやり取りや仕事に関すること以外、何かして欲しいとも言わない。
花崎は本当は恋人だと思っていないのではないか、と少し不安になりかけた時、マシュマロを差し出された。
キスが恋人同士のやり取りであることは知っていた。
直接触れられないと言っているようなものだと思って馬鹿だとも思ったが、それと同時にそれを花崎から差し出された時、どれだけ嬉しいと感じたか花崎は知らないだろう。
花崎から恋人としての行動をされたのだ。
花崎がちゃんと小林を恋人だと思ってくれているのだと伝えられた。
嬉しくて、花崎は自分の恋人なのだとマシュマロにすらキスするのが許せなくなってしまった程だ。

そうやって、花崎は自分に沢山のものを与える。
なのに、欲しいとは言わない。
花崎は小林がいれば十分だとも言う。
小林だって花崎がいれば十分だ。
それだけで満足できる。
でも、花崎が何かをくれる度に満足以上の〝嬉しさ〟があるのだ。
対等であるなら、恋人であるなら、花崎にだってあの〝嬉しさ〟を渡したい。
そう思うのに、小林には与えられる知識も発想も足りない。
何をどう与えていいのか、それが分からない。
全然対等になれていない。
考えるから考えるなと言ったこともあった。
でも結局、考えても思いつかずに井上や野呂の力を借りた。
それでも花崎は嬉しいと言った。
自分だけでは与えられないのがどこか悔しかった。
だというのに、一度小林が何かを返したから『もう何もするな』という言葉は無効になったとばかりにまた色々と小林に与えてくる。
その度に嬉しいのに、その度に不満だった。
交換日記だってそうだ。
これ自体は嬉しいが、この嬉しいことを考えたのは自分ではなく花崎で、それが悔しい。
それでもやめられず毎日続いているその日記の最後に、消された跡を見つけた。
普通なら気づけなかっただろうが、小林は花崎の文字を一文字も逃さないように確認する。
それに合わせて文字を指でなぞってしまう癖も付いていた。
最後の文字を読むためにずれた指が、違和感を捉えた。
何か、文字を消した跡があるのだと気付いた。
探偵をする際に教わった方法を使い、鉛筆で擦ってみれば出てきた文字。
自分には叶えてやれないものだった。
いや、叶えてやれないと思った。
だが、花崎はできない触れ合いをやって見せたのだ。
なら何か、方法がある筈だと思った。
しかし、考えるのでは知識が足りない小林には何もできないと前回学んだ。
でも今度こそ自分で何とかしたかった。
だから、調べることにした。
調べた結果、離れていても繋がったまま音を伝えられるものを見つけた。
それが糸電話だ。
稚拙で下らないかも知れないし、花崎の願いを彼の思う形で叶えられるかはわからない。
けれどこれは小林の精一杯で、花崎の望みを叶えようとした形だ。
どんな我侭だって花崎の願いなら叶える努力をすると伝えようとした結果だ。
だから遠慮などするなと、せめて伝わればいいと思った。

小林が作った糸電話は、井上に言って貰った紐を切る等せずそのまま利用した為かなり長いものになった。
事務所の中で試そうとして、しかし紐を張り切れず場所を屋上に変えた。
幸い、屋上の端から端までで済んだ。
正直声がこんな紙コップで届くとも思えないが、調べた通りなら届くはずなので、小林は躊躇いながらもコップを顔に当てて声を出す。
『聞こえんのか?』
花崎はドキリとした。
声以上に、手にも耳にも伝わる振動がくすぐったい。
携帯とは違う音だ。
クリアではないが、振動も伝わるそれは、〝音〟だと感じる。
これが小林の声の音なのだと思うとムズムズとした感覚が込み上げる。
込み上げる気持ちのまま小林の声に返事をしようとして、そういえばこのままでは伝わらないと思い出して、顔を小林に向ける。
返事がないことに訝しんで、小林は紙コップから顔を上げて花崎を伺いみる。
小林が見たことで、花崎はコップを持った手をもう片手で指して、次に耳を指す。
意味が分からず首を傾げる小林に苦笑して、コップを耳に当てる仕草をした。
小林が耳に当てろと言っているのだと理解して、耳に当ててみる。
『聞こえてるよ』
すると花崎の声が聞こえて、小林は驚いた。
聞こえるのは知っていたし、聞こえている声も、普段聞いているものと違う。
声だけ考えれば違和感しかない。
だが、耳元を微かに振るわせて伝わってきた声が、いつもと違うと感じた。
違和感が、不快ではない。
むしろ…。
『何か照れんな』
再び花崎の声が聞こえる。
そうだな、と言おうとして、耳に当てさせないと聞かせられないと気づく。
紙コップを耳から放して視線を送れば、納得したように花崎はコップを耳に当てた。
『そうだな』
ただ言葉を交わすだけでタイムラグが生じる。
けれど、面倒臭いと止めてしまう気にはならない。
少し慣れてきて、二人とも喋ったらすぐに耳に当てるようになった。
これで相手が言葉を返しても聞き逃さずに済む。
『あのな、小林……』
『……なんだ』
続くと思った言葉が続かず、訝しんで小林は一度耳から外して問いかける。
『何つーのかな……なんかすごく、嬉しい』
少し悩むようにしながら、花崎はそう呟いた。
花崎の言葉に、小林は表情を和らげる。
嬉しいと言わせることが出来たのが嬉しい。
『そうか』
『ありがとうな』
俺の我侭をかなえようとしてくれて。と花崎微笑む。
『ああ』
その顔はハッキリとは見えないが、そんな言葉を言うのだから笑っているだろうと小林にもわかった。
こんな事が我儘になるのか、と小林は思ったが、花崎の我儘を叶えられたなら嬉しいと小林も笑みを浮かべて頷いた。
 

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