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19 May

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20 August

小林と花崎が歩いていたら雨が降ってきたお話







雨が降ってきた。

それだけだ。
雨は小林の頭上30㎝で弾かれる。
「うわ! やっべー!!」
けれど、隣を歩いていた花崎は慌てて走り、近くにあったビルの入り口に飛び込んだ。
そのビルは入り口部分が入り込む形になっており、花崎はそこに身を置く。
突然の行動に驚いて、しかし小林は花崎を追ってビルに辿り着く。
「どうしたんだ?」
「どうしたって、雨降ってきたから雨宿りしてんの。風邪引きたくねーし」
小林の問いに、何故そんなことを聞くのかと言いたげに首を傾げて花崎は答える。
その答えに逆に小林が驚いた。
花崎は比喩ではなく火の中水の中飛び込む男である。
今更雨に降られた程度、気にならないと思っていた。
「小林のそれ、やっぱり雨も弾くんだなー。いいなー」
そんなことを言いながら、ビルの壁に背を預けた。
暫く動く気はないらしい。
「雨すぐに上がればいいけど」
そう呟く花崎の目の前には、雨宿りを諦めているらしいサラリーマンが上着を雨避け代わりに頭上に翳して走っていった。
同じ方法は、花崎のジャージはエアバックを使うときのことを考えてツナギになっているので、残念ながら取ることができない。
「しばらく様子見だなー」
花崎の言葉からして雨が止むまでは移動しないだろうと判断した小林は、いくら濡れないとは言え、先ほどのサラリーマンのように通り過ぎる人間もいるので屋根のある位置まで移動して腰を下ろす。
花崎は小林に少し近づいて、30cmの距離を取って横に腰を下ろした。
「とりあえずなんかして遊ぼうぜ!」
「遊ぶって…何すんだよ」
雨が降りこまないエリアはそれほど広くない。
「ゲームとか?」
「メンドクセー」
小首を傾げて携帯を取り出す花崎に、そう返すとやる気ないとばかりに膝に顔を埋めて寝る姿勢に入る。
「えー、遊んでくれよー」
こーばーやーしー! と花崎が喚けば、煩くて寝られそうにもないので小林は仕方がないと顔を上げて付き合ってやることにした。
「暇だなー」
動くことができないので携帯を使ってトランプや簡単なゲームで対戦したりしてみるものの、体を動かすのが好きな花崎にはやはり物足りない。
小林も手元でちまちまと行われるゲームに飽きたのか、既に相手をしてくれなくなった。
ちらりと空を見る。
「止まねえなあ」
通り雨であることを期待していたのだが、1時間経っても空の気配は変わらない。
少なくとももう暫くは続くだろう。
「井上車で迎えに来てくれねーかなー。あ、駄目だ。今日は依頼人ところ出向くっつってたもんなー」
呟いて、すぐに無理なことを思い出して花崎は肩を落とした。
相談内容によっては時間がとられるだろう。
そうでなくても移動に時間がかかる。
花崎は仕方ないので筋トレをすることにした。

更に30分。
逆立ち腕立て伏せをしながら空を見るが、雨が落ち着く気配は一切ない。
倒立をやめて立ち上がり、花崎は小林を振り返る。
「小林、そこらへんのコンビニで傘買ってきてくんね?」
調べれば数百メートルの位置にコンビニがある。
「僕が人がいるところで買い物できるわけねーだろ」
「だよな」
呆れたような小林の言葉に、言ってみたもののそれ程本気ではなかった花崎は肩を竦める。
事務所まで傘を取りに行ってもらうのも距離を考えると申し訳ない。
「仕方ねー。濡れて帰るか…」
「帰んのか?」
雨はまだ降っている。
いま外に出ては雨宿りした意味がなくなってしまう。
途中のコンビニで傘を購入したとしても、それまでにも相当濡れるだろう。
「このまま待ってても止みそうにねーからな」
だが雨上がりを待つのを諦めた花崎は苦笑してそう言った。
花崎が動くというなら、当然小林も動く。
立ち上がって、ふと先ほどの光景を思い出した。
「行くぞ」
小林が立ったのを確認して、花崎が動こうとする。
「待て」
踏み出そうとした花崎は、しかし小林に呼び止められた。
「どうした?」
首をかしげる花崎に、小林は何も言わず上着を脱いで投げた。
花崎は思わず受け止めた。
「使え」
「使えって…」
「さっき走ってったオッサンがやってただろ」
走り去ったサラリーマンのように上着を傘替わりにしろ、ということらしいと気づいた花崎は目を丸くする。
「え、いいの?」
思いもよらない小林の気遣いに、花崎は思わず問いかけてしまう。
「駄目なら渡さねえ」
「だな」
頷くが他人の上着を借りることに戸惑いがあるのかなかなか動かない花崎の横を抜け、先に雨の中に踏み出して小林が一度振り返る。
「お前は別に弱くねーけど、時々ヨエーし、雨に濡れると風邪引くかも知れないんだろ」
「弱くなくて弱いってなんだよ」
苦笑して、そこで吹っ切れたのか花崎はいつものように笑って片手で上着を持ち上げる。
「サンキュー、借りるな」
「ああ」
頷く小林を見て、花崎はレインコートの要領で頭から上着を被って小林に続いて雨の中に踏み出した。
「うわー、結構濡れたな」
小林の上着はしっかりと水分を含んでおり、かなり重い。
しかしどちらかといえば寒い時期向きな厚さをもつその上着は、レインコートの役割をしっかりと果たしていた。
花崎の服は湿り気はあるものの、濡れているというほどではない。
入口で一度絞ってみるが、上着は厚手なので絞りづらい。
これは洗濯したほうが早いと、花崎は早々に水気をきるのを諦めて、小林が開けて待っていてくれる事務所へのエレベーターに乗った。
「おかえりー」
「ただいまー。あ、やっぱり井上まだなんだ」
ピッポに出迎えられて、花崎は事務所を見回して井上がいないことを確認した。
これはやはり走って帰ってきたのは良い選択だったと言えるだろう。
依頼人と会話中だった場合、失礼に当たるので連絡することも避けていたが、それも正しい選択だった。
「そうそう。相手が話し好きで付きってるらしくてねー。井上うまくかわすのも下手だから付き合わされてるみたい」
「成程」
「花崎たちも随分遅かったじゃん」
「途中雨宿りしてたからな」
会話の内容に、野呂と、それと連動するようにピッポは首を傾げた。
「って、まだ降ってんじゃん。どうやって帰ってきたの?」
雨宿りをしたということは傘がなかったということだ。
ならば雨が降っている以上動けない筈である。
だというのに、帰ってきているのはどういうことか。
「小林が上着貸してくれたから何とかなった」
答えは花崎によってあっさり齎された。
「えー!!?」
代わりに上着はすっごい水吸ったから絞る羽目になったけど、と花崎が説明すれば野呂は驚きの声を上げた。
「コバちんが貸してくれたの!?」
「どういう意味だ」
野呂の反応に、小林が不機嫌そうに言う。
確かに他人に興味はないが、別にケチであるとは思っていない。
花崎がそれで風邪をひかなくなるなら上着くらいいくらだって貸してやるし、それを驚かれるというのは不服だ。
「そうそう、しかもなんと小林から言い出したんだぞ!」
「うっそ! コバちんがそんな気遣いを!?」
自慢げに花崎が言えば、野呂は更に驚いてみせる。
それに合わせてピッポが羽を羽ばたかせた。
「僕が上着を貸すのがそんなに変か!」
やはりその驚きには納得がいかず、小林は声を上げる。
一体どんなふうに見られているというのか。
小林の反応に、花崎は笑いながら手を振って違う違うと応える。
「変ていうか、嬉しいんだって!」
「は?」
驚かれていないにしても、上着を貸した程度で何がそんなに嬉しいのかも小林には謎だ。
「小林が仲間を気遣ってくれるようになったことがな!」
「っ……」
普通だと思ったことが、気遣いだと受け止められて、途端に小林は気恥ずかしくなる。
「べ、別に普通だろ。お前が風邪ひいたら僕の仕事が増えるし…」
「照れんな照れんな」
小林は言い訳めいたことを言うが、その言い訳は残念ながら通用しない。
ハンバーガーの為に井上を助けた時とは状況も事情も違う。
それに基本、小林は花崎と組まされている。
花崎が学校の時などはピッポと行動することもあるが、基本は小林の能力的に対人可能な花崎がいないと活動しづらいのだ。
車で現地まで送迎できる井上も事務所を空けるのは難しい今、花崎が風邪で潰れれば逆に仕事がなくなる可能性の方が高い。
「照れてねえ」
フイっと顔を逸らして、小林はソファに行くと、これ以上その会話はしないとばかりにふて寝してしまった。
それを見て、花崎と、その肩に止まったピッポは顔を見合わせて、野呂と花崎は小林にバレないように声を抑えて笑った。

 

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