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28 July

触れる

コバ花は早く常時触れ合えるようになってほしい





小林は花崎の手が好きだ。
特に指先が。
その指先に幾度も傷を負わせたと思えば苦々しくもあるが、それ以上に傷ついて尚、小林に伸ばされ続けた手が愛おしい。
小林の手を、物理的な意味でも初めて取った手。
この手が失われる前に死にたいと思う反面、この手の温度を感じられるならきっとその間は生きていたいと思ってしまうだろうと、小林は思う。
小林の力は感情に起因する。
死にたいと同時に、花崎に触れることが生きることに繋がると、小林の感情の中で靄は判断した。
その結果、思いもよらない事態が発生した。
靄は、やはりそこにある。
しかし花崎には触れられる、という謎の状況が出来上がったのだ。
それに気づいたのは、小林が事務所のエレベーターから降りた先の階段で足を滑らせ、相も変わらず花崎が不用意に手を伸ばした時だ。
小林に触れて転ぶのを阻止した花崎に、誰もが驚いた。
小林本人すらも目を見開いた。
最初に動いたのは花崎だ。
恐る恐るもう片方の手を伸ばし、小林の手を取った。
やはり靄に拒まれない。
それに安心して両手で小林の手を握り込んだ。
「触れてる、よな?」
小林も、やはり恐る恐るもう片方の手を伸ばし、花崎の手に重ねる。
「触れてる、な…」
手を握り合ったまま呆然と呟いた。
「コバちんの力が消えたってこと?」
冷静さを最初に取り戻した野呂が声を上げる。
が、野呂の声に反応して羽音を立てて飛び回るピッポから落ちた羽根が靄によって弾かれた。
「消えてはいないみたいだな? 小林、受け取ってみろ」
それを見て井上が呟くと、井上は机の上にあった空き缶を小林に向かって投げた。
それも靄によって切り裂かれ弾かれる。
「物は取り敢えず駄目みたいだな。人間なら大丈夫なのか、それとも花崎が特別なのか…」
呟くが、しかし試してみるには危険がついてくる。
「試しに俺が触ってみればいいのか?」
誰かにやらせる訳にもいかないので井上が言えば、ピッポが井上の席に飛び移った。
「やめた方がいいと思う。勘だけど、あれ、たぶん花崎だから触れてるんだと思うし」
「俺もそう思うが、そうじゃない可能性もあるだろ。解明は大事だ」
明智探偵事務所は荒事において小林の能力に依存することがある。
だがもし、触れるという状況が対人全てなら、考えなければ小林が危険になる。
井上は所長代理として小林の安全の為に把握する義務があるのだ。
「危ないって!」
野呂の制止を押して井上は立ち上がろうとした。
「やめとけ。お前はたぶん触れない」
が、当の小林の言葉で井上は動きを止めた。
「分かるのか?」
井上の言葉に小林は頷く。
「何となくだけどな」
靄は小林が危険だと判断したとき、攻撃される前に攻撃に出ることがある。
攻撃はされていないが、井上が近づこうとしているのを小林が理解している為か、靄が対処しようと動く気配を感じた。
「俺は何で触れんだろうな?」
不思議そうに首を傾げる花崎だが、それは小林にだって分からない。
「知らねえけど…間違いなく触れてんな……」
そう呟いて、小林は触れている花崎の手を撫でたり指を絡めたり握り込んだりと確認していく。
自分に躊躇いなく伸ばされた手。
自分に触れた手。
自分の手を掴んだ手。
そして、今、自分に触れている手。
間違いなく自分以外の体温。
小林はゆっくりと花崎の手に触れていく。
荒事を難なくこなす手は、しっかりとしていて小林の手より大きい。
少し強めに握ったかと思えば、引き寄せて花崎の指先を確認した。
花崎は特に抵抗もなく小林のするがままに任せている。
まだ若い花崎は傷の直りも早く、小林に傷つけられた割にはほとんど傷もないが、それでも比較的新しいものは、まだ薄っすらと痕を残している。
親指の腹で撫でる様に指一本一本を確認していくが、中指が一番長いからかやはり傷が多い。
小林は何となく唇を寄せ、その傷一つ一つに触れる様に指先に口づけていく。
触れることをとにかく確認したいのだろうと、花崎は何も言わずされるままに任せる。
そのうち傷のない部分にも口づけ、花崎の手に余すところなく唇で触れて漸く小林は花崎の手を解放した。
「満足した?」
「してねえけど、まあ、触れてんのはちゃんと分かった」
「そっか」
小林の回答に花崎は笑顔で頷くと、自らも動いた。
「小林!」
花崎が小林に抱き着く。
「うわっ」
勢いのあまり、小林は受け止めきれずに後ろ向きに倒れる。
靄が、小林が怪我をしない様に受け止め危険の無い様に床に落とす。
間違いなく発動している力は、だがやはり花崎を拒まない。
「本当に触れてんだなー」
「そうだな」
抱き着いたまま上に乗っている状態になった花崎を小林は同じように腕を回す。
「何でだろうな?」
「知らねえし、どうでもいい」
触れているという事実があるなら、小林には理由などどうでもいい。
「どうでも良いってこたねーだろ」
お前の事じゃん、と花崎は笑って言いながら離れた。
手の中から抜けていく感触に喪失感を覚えるが、寝たままの小林に立ち上がった花崎の手が伸ばされる。
最初意味が分からなかった。
「触れんだからさ」
手を伸ばしたまま苦笑する花崎の言葉で理解する。
「ああ」
成程、今は差し伸べられた手を取れないと拒む必要もないのかと分かって、小林は花崎の手を握り返した。
途端、引っ張られて立ち上がる。
僅かな浮遊感にも似た不思議な感覚だった。
誰かに手を引かれるというのはこういう感覚なのかと、また一つ知った事実に目を見張る。
そして瞬間的に力を籠めるために強く握られた手を見た。
まだ余韻が残っている気がする。
その余韻が消える前に、もっと欲しいと思う。
「花崎、もっと握れ」
「やっぱ誰かに触れんの嬉しいんだな」
手を差し出せば、花崎に、ではなく、他人に、触れるのが嬉しいのだと誤解した花崎は、しかし小林の希望通り、手を握り返す。
手を繋いだままソファへ行き、二人で座る。
向き合う様にして花崎の両手を堪能するも、物足りない気がして小林は考える。
手は満足している。
だが足りない。
先程抱き着かれたときのように抱きしめてみれば良いのだろうかと考えて、しかしそれでは手が握れないと悩む。
「どうした?」
「たんねえ」
悩んでいることに気付いた花崎が声をかけてきたので、小林は素直に答えた。
「何が?」
だがそれだけでは花崎も分からず首を傾げる。
「分かんねーけど…」
花崎の手だけではなく、腕や頭にも触ってみる。
それはそれで楽しが、やはり何か足りない。
他に触っていない場所は、と考えて背中の方を覗き込む。
基本的に小林は行き先が分からないし、花崎はマイペースに動くので、小林はその背中をよく見ている。
いつもの位置に行ってみれば何かわかるかもしれないと、ソファの上で無理矢理花崎の背後に回ろうとする。
「こらっ、小林! 俺が潰れるって!!」
結果として花崎に乗り上がる状態になった為に苦情が出て、小林は動きを止めた。
だが背後に回るのは諦めきれない。
「何? 背中に行きたいの? おんぶ?」
それが表情に出たのか、花崎が訊ねる。
「お前が背中向けろ」
「え? これでいい?」
言われるままに花崎は身を斜めにして小林に背を向けた。
花崎の背中だ。
小林が気を付けて見ていないと、勝手にどこかに行ってしまう背中。
捕まえておくことも出来ないから……出来なかったから目を離さないように必死だった。
その背中に触れる。
意外と小さいと気づいた。
普段大きく動くものだから気づかなかった。
小林はそれ以上に小さいのだが。
この背中を捕まえるにはどうしたらいいのか。
と、考えて、手では間に合わないので小林は自分の体を使って捕まえることにした。
この小ささなら小林が手を広げれば捕まえられる気がしたのだ。
背後から抱き込むように腕を回して、花崎の肩から覗くようにして見えた花崎の両手を取る。
指を絡める様に握り込んだ。
花崎の方が身長が高いので当然座高も高く、肩に乗るようになっているが、小林はそこでようやく落ち着いた気がした。
息を吐いて、力を抜く。
「何? 俺の肩に取り付きたかったの?」
どうやら落ち着いたらしいと花崎も理解して、苦笑する。
「小林、意外とスキンシップ好きだったんだな?」
小林の新しいこと知ったーと笑う花崎に、その程度で喜ぶなら色々教えてやると思ったが、残念ながら小林も小林自身のことが分かっていないので、口にするのは諦める。
「お前は普通に触りたがりだよな」
よく抱き着いてたし、と小林が言えば、そうだっけ? と花崎は首を傾げる。
少しして、そういえばそうだな、と頷いた。
「だって、触られたくない奴に触られたら嫌じゃん?」
「はあ?」
じゃあ何で触ろうとすんだ、と聞こうとして、聞こうとした内容で気が付いた。
花崎が言うのは、逆なのだろう。
触られたくない相手に触られるのを嫌がるなら、嫌がられないならそれくらいは受け入れられているということだ。
小林は今、花崎に触りたいから触っている。
だがこの状況で花崎に触られたくないと言われたら、きっとショックを受ける。
「ならお前は僕に触られたいんだな」
けれど拒まれていないから、嬉しいと思える。
「そうだよ」
小林が指を絡めた手を、握り返すように力を籠める。
「でもなんか、小林の顔がちゃんと見えないからこの姿勢はあんま好きじゃないかも」
「前から抱き着いたって顔なんて見えなかったじゃねーか」
先程、花崎に抱き着かれて二人して倒れた時は顔など見えなかった。
「そういやそうか…」
花崎の周囲は大体、花崎より大きかった。
抱き着いても見上げれば顔が見えた。
けれど小林の身長では顔の位置が近すぎて逆に見えないのだ。
「離れてりゃちゃんと見えんだから、くっついてるときは見えなくてもいいだろ」
見えない分だけ、感じられるものがある。
体温や匂いや微かな息遣いの音。
今まで視覚しかなかったが、それ以外の全てで感じられるのだ。
五感、と言っただろうか。
と、小林は考えて、一つ足りないと気づいた。
折角だからそれもきちんと確認しようと、小林は目の前にある花崎の首筋を舐めた。
「うひゃああ!!?」
驚きで飛び跳ねそうになる花崎を、しかししっかりと抱きこんで小林は逃がさない。
「逃げんな」
「驚いただけで別に逃げねーけど、何で舐めんの?」
「味の確認しただけだ」
「え、俺小林に食べられちゃうの!? 食材認定だから靄が反応しなかったの!?」
驚いたような声に、馬鹿か、と花崎から見えないながらも小林は呆れた視線を向ける。
「食わねえし違うだろ。食ったらなくなるし」
「無くなんなかったら食べるみたいな言い方で怖いんだけど」
「そんな食いもんあんのかよ」
食べてもなくならない食べ物など、夢のようではないかと思うが、そんな物が有るのだろうかと小林は首を傾げる。
「や、それはねーけど、何つーか、俺を食うのに抵抗ないみたいな?」
花崎の言葉に、果たしてどうだろうかと小林は考えて、意外と大丈夫そうだと思い至る。
「虫とかネズミよりうまそうだな」
「それらと食べ物として比べられるのも嫌なんだけど……」
げんなりしたように花崎は肩を落とした。
「お前が食いもんだって言ったんだろ」
言いながら握っていた手を引き寄せて、今度は指先を軽く口に挟み、そのまま舌で触れる。
「そーだけどー! ってやっぱ食おうとしてんじゃん!」
「舐めるだけだから安心しろよ」
「なんも安心できる要素がねえよ!! 舐めんな!!」
何となく身の危険を感じて、花崎はそこで初めて抵抗に出た。
小林の手から自分の手を力づくで抜き取る。
「何でだ? さっきは気にしなかったじゃねえか」
花崎の手に口づけていたときは一切抵抗されなかった。
なのに今度は駄目だという理由が分からず小林は不思議に思う。
「さっきは舐められてねーもん!!」
「じゃあ舐めるのはやめてやる」
手は届かない位置ではないが遠ざけられてしまったので、目の前の髪や耳、首筋に、ただ唇で触れていく。
「え、ちょっ、小林!?」
確かに舐めてはいない。
いないが、さっきまでと何も変わらない気がする、と花崎は混乱する。
「ちょーっと待った―!!」
そこに花崎を助ける様に天から声が響いた。
正確には上の水槽に留まるピッポから響いた野呂の声だ。
「なんだよ」
ムスッとして小林はピッポを睨む。
「コバちんが触れるようになったのに吃驚ってて黙ってたけど、それ以上は駄目っしょ!!」
「何が駄目なんだよ」
「コバちん、まだ全然花崎が足りてないんでしょ」
「それがなんだよ」
小林の返事に、やっぱり、と野呂は呟く。
「その欲しがってるまま花崎に触ってたら、ヤバイ展開になるの目に見えてんじゃん!!」
「やばい展開?」
何か危険なことがあるだろうか、と、小林どころか花崎まで首を傾げる。
「コバちん最初手だけで満足ってたのに、どんどん密着度は上がってってるし触る場所も増えてんじゃん」
「そういやそうだな」
言われて、確かに手以外にも触れたくなっていたことに小林は気付いた。
「じゃれあってるだけなら止めないけど、コバちんは基本的に本能で生きてるからこれ以上は今は駄目!!」
「何でだよ?」
確かに触れる場所は増えているが、今のところ危険は見えない。
それなのに止められる理由がやはり分からなくて小林は不機嫌になる。
「本当にやばい状況になってから止めようとしたって、コバちんの靄は消えてないんだから誰も止めらんないでしょ! この状況じゃ唯一触れる花崎頼りになんないし!」
「俺だって靄が無いなら小林一人くらい止められるぞ?」
「今の時点で小林を止められていない以上、その言葉は信用できないぞ花崎」
「井上まで何だよー」
井上までもがそう言ってきて、そんなに俺の力が信用できないのかよ、と花崎はむくれる。
「だって花崎、今の状況全く理解ってなかったじゃん!」
「今の状況? なんかあった?」
そんな風に言われるような特別な状況だっただろうかと、不機嫌も忘れて花崎は目を瞬かせる。
「ほらー!! だから駄目だっての!!」
全然わかってないじゃーん!! と、野呂は叫んだ。
「何がだよ! 分かってねーって言うなら分かるように言えよ!!」
「野呂ちんに言わせんの!? それセクハラだから!!」
「はあ?」
ますます訳わかんねーよ! と花崎が言うが、野呂は答えない。
「分かっていないことが問題だな。とりあえず小林、花崎にくっつくなら…客がいない時ならその姿勢はまあ、好きにすればいいが暫くは手で触るだけに留めておけ」
井上の言葉に、なんでだ? と思うが野呂と井上がこれだけ口を出してくるのだ。
きっと意味があるのだろうと、小林は不承ながら受け入れることにした。
「口で触んなきゃいいのか?」
「そうだな」
聞き入れた小林に井上は安堵の息を零す。
「てか、一般常識に疎いコバちんはまだしも花崎が理解ってないとか問題だからね? 鈍感過ぎってるからね!?」
「だーからー! 分かってねえって言うなら説明しろって!」
「花崎、さっきからうるせーぞ」
小林は先程からずっと体勢を変えていない。
つまり花崎を抱き込んだままなので、叫ばれると耳元で響くのだ。
「ああ、わりー…てか、小林もいい加減放してもよくね?」
そんなに煩いというなら離れた方がいいのではないか、と花崎は思うが、小林はそれを許さない。
「まだダメだ。あいつだって別にこのカッコは駄目って言わなかっただろ」
「そうだけどさー…本当に小林触んの好きなのな」
やっぱり分かってないじゃん、と野呂は呆れるしかない。
言っても暖簾に腕押しなのでもう言う気も起きない。
暫くして、また花崎が小林を呼ぶ。
「なー小林ー」
「ダメだ」
離れろと言われていると思った小林は即座に却下する。
「でも俺もいい加減、小林に触りたいんだけど」
花崎は小林に後ろから抱きしめられているため、小林が弄ってくる手を同じように弄り返すしかできない。
せっかく小林に触れるようになったというのに物足りない。
「……仕方ねーな」
花崎の言葉に少し考えて、離れるわけではないならいいかと小林は腕の力を抜いた。
自由になった体を捻り、小林に向き合うと花崎は小林に抱きついた。
顔は小林の肩口に埋まり、やはり表情を見ることはできない。
「やっぱり顔見えねーじゃねーか」
「そうだな」
ははっ、と笑って、でも花崎はそのまま動かない。
「小林に触れんのがこんなに嬉しいなんて思ってもみなかった」
「僕は思った通りだったけどな」
ぎゅっ、と腕に力を込められて、小林も同じように腕に力を込める。
やはり想像したとおり、この体温が感じられる限りは、この温度を守るためにも生きていたいと思ってしまう。
小林の好きな手は今は背中に回っており見えないが、それでも自分を包むように触れている。
そう思えばこの姿勢も悪くないと思える。
結局のところ花崎に触れていればそれだけでいいのだと、ここに来てようやく小林は気づいた。
抱き合ってソファで転がる二人。
井上は小林が一応言いつけを守っているので、それ以上は何も言わない。
「あんたら付き合ってんの?」
「抱きつくくらい普通にすんだろ?」
もしかして少しくらいは自覚があるからこその行動なのだろうかと限りなくゼロに近い期待をして呟くが、その期待を不思議そうな花崎の声があっさりと粉砕した。
「あっそ」
もう勝手にすればー。
と野呂は呆れたように呟いて、無自覚のまま風紀を乱さない限りはつっこまないと心に決めた。
自覚したなら、おそらく花崎辺りがそれなりに状況を認識してくれるだろうから。

食べてしまいたいくらい好き、と言う言葉がある。
だが食べてしまえば、身の一部になるとはいえ、その好きな存在は失われてしまう。
では、失わずに食べるにはどうすればいいのか。
簡単な代替行為はキスである。
花崎を食べる、という行為に花崎が失われる以上の意味を見出さなかった小林は、まさにその代替行為に切り替えていた。
あのまま放置すれば、おそらく花崎が違う意味で完食とは行かなくてもある程度食べられていただろう。
大事な事務所でとんでもないことをしてくれるなと、野呂は止めに入るしかなかったのだ。


 

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