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20 May

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29 June

触れない理由

花崎にだけ触れるのも美味しいけど、花崎にだけ触れなくても
それはそれで美味しいかもしれないと思いました。






小林の靄は、〝判断〟する。
それが小林にって全く危険がないか否かを。
小林が日常生活を送るうちに、『危険』と判断されるものは減ってきた。
そしてとうとう、『人間』にも触れるようになった。
まだ全ての人間とはいかない。
馴れた相手だけだ。
山根や勝田や井上にも触れるようになった。
大友はまだ触れないのは小林の認識の所為か。
それを見ていて表面上は笑顔になりながらも拗ねたのは花崎だ。
「良かったな! おめでとう小林!!」
そう笑顔で言いながらも、そのあと沈んだ顔を見せた。
花崎にも、まだ触れていない。
一番近くにいたと思ったのに、信用されてないんだと相当沈んだ。
大友に触れなかったのがまだ救いかも知れないと思う程に。
「一度は触ったのに……」
思わず呟かれた言葉。
成層圏プレーンでは殴られたし、その後落下の間にしっかりと手を掴みもした。
その事実があるからこそ、逆に辛い。
花崎が触ってもそれで小林が傷つかないのは知っている筈なのだ。
なのに小林の靄は花崎を拒む。
それは小林の心が花崎を拒んでいるからではないかと不安になる。
小林は嫌なものは嫌だとハッキリ言う。
その小林が花崎とパートナーを組むことを嫌がらないのだから、嫌われてはいないのだろうと思う。
その辺りは小林に腹芸が出来るとも思えないので信用できる。
だが、嫌われていないからと言って好かれてるとは限らないし、信用されているかもわからない。
もしかしたら偶々なのかもしれないと、そう思いたいと、毎日試す。
手を伸ばして、そして弾かれる。
「やっぱダメか―」
と、笑いながら傷ついた指を見る。
「何がいけないんだろうな?」
わざとらしく肩を落として、その実本当に落ち込む花崎に、小林は一つ息を吐いた。
「…お前が多分、一番無理だ」
この現象に、珍しく小林が発した言葉は、大きく花崎の心臓を叩いた。
「一番無理って…なんで?」
聞きたくないと思いながらも、自分が気付かないことで誰かが傷つくかもしれない可能性を恐れる花崎は、絞り出すように小林に問う。
「お前が近くにいるとやたら心臓が煩くなるし、離れてもやっぱり心臓の辺りが痛くなる。触るなんてしたら…たぶん普通じゃいられねーから…お前にはまだ触れない」
言われた言葉は、しかし花崎にはすぐには理解できなかった。
花崎と関わることで生まれる動悸があるらしいというのだけは分かる。
確かに体に良いかと言われたら交感神経が活発に活動しすぎているので良くないかも知れない。
それを靄が小林の体に危険と判断したら、確かに拒絶するだろう。
しかし何故、そんなに心臓に影響が集中しているのか。
「心臓が痛くなるって、俺もしかして小林のストレスになってる?」
出たのはその答えだった。
一時期、過度のストレスにより気絶しそうな程の心臓の痛みを経験した花崎ならではの言葉だ。
「何でお前が僕のストレスになんだ?」
けれど訳が分からないという様に小林が目を瞬かせた。
「何でって…そういやそうだな」
ストレスを感じるほど小林が花崎を意識しているかと言われれば、花崎には分らない。
だが自分の存在が小林の心臓に何らかの影響を与えているのは確からしいので、何とかしたいとは思う。
しかし小林の心臓が原因なのは分かっても、何故そうなるのかも分からず対処法も見つけられない。
しかも近づいても離れても小林に影響があると言われれば正直お手上げである。
「俺も小林に触りたいのに……」
自分の傷ついた指を見ながら花崎が漏らせば、小林の心臓がまた一つ大きく跳ねた。
「僕だってお前に触りたい…」
こんな様子ではまだ先は長そうだと思いながら、小林も不機嫌そうに呟いた。
その言葉に目を見開く花崎。
「え!? 小林俺に触りたいの!?」
「お前に触らなくて誰に触るんだよ」
驚かれた小林は、何故そこまで花崎が驚くのか分からず逆に驚く。
「いや、井上とかに触ってんじゃん。ピッポちゃんは猛禽類だからなのか触れてねーけど」
「あれは触っても問題ないだけだろ」
井上も勝田も山根も、触っても危険はない。
小林にとってそれだけだ。
「触っても問題ないってのは、触りたいのとは違うの?」
「違うだろ」
確かに触れるだけでも大きなことであるのは確かなのだが、〝触りたい〟とは明らかに違う。
その証拠に、触れるのを確認した後、敢えて触りに行ったことはない。
小林の言葉に、花崎は少し考える。
「俺には、触りたいって思ってる?」
触れるようになりたい、ではなく、触りたい、と。
井上達に触れるのは違うと言い、花崎に触らなくて誰に触るのかと言われればそういう結論に辿り着く。
「そうすりゃ一発殴って、逃げない様に捕まえられんだろ」
「まさかの殴りたい衝動!?」
その為に触りたいと言われても、残念ながらマゾヒズムは持ち合わせていない花崎は喜べない。
「お前がいつも僕を置いて勝手にどっか行こうとすんのがワリーんだ」
「もう置いてかねーって」
苛立ちを隠さない不機嫌顔で言われて、花崎は苦笑する。
これは小林の件に関しては全面的に自分が悪いので言い訳もできない。
「あと、もう一回ちゃんと手を掴んでみてーな」
あの時繋がった右手を小林は見る。
「そっか…」
花崎も、小林の手を掴んだ手を見る。
靄に弾かれて付いた傷が薄っすらと赤くなっている、
だが、この拒絶は小林の意志によるものではなく、謎の身体以上によるものらしいと知って少し安心もする。
「てかお前、掴んでみてーって言うけどあの時掴んだの俺じゃん」
「お、お前が勝手に僕の手を全部握り込んだんだろ!!」
まだ成長期が怪しい小林の手は花崎より小さく、その指全てを手ごと握り込んだのは花崎だ。
親指ごと握り込まれた小林には掴み返すことすら出来なかった。
いや、一応指先を曲げて握り返す意思は示しはしていたが。
ワイヤーにしがみつくのが精一杯で、辿ることも出来なかったことを考えれば、恐らく自由であっても握り返す程の力は残っていなかったのではないかと花崎は思うのだが、流石にそこにはツッコミを入れない。
「触れるようになったらぜってー掴んでやる」
と小林は舌打ちして言った。
殴ると言われたときは素直に喜べなかったものの、手を握ると改めて触りたい意思を示されて花崎は嬉しくなる。
まだ触れないが。
「しっかし、うーん。謎の動悸はどうにかしねーとなー。病気だと困るし。かといって病院は小林まだ危険物だから行けねーし…靄が反応しねーってことは心因性かもしれねーから精神科にネット通院してみる?」
出来ることは簡単な症状のチェックだけだが、これならば直接会わずとも受診が可能だ。
「嫌だ」
だが即座に小林は拒否した。
「変な病気だったらどうすんだよー」
「この力がありゃ僕は病気にならないんだろ。ならこれは病気じゃない…はずだ」
小林は記憶の限り病気にかかったことはない。
恐らく靄の力であろうことは分かるが、予測に過ぎない。
「自信ねーんじゃん」
「うるさいぞ!」
にやりと花崎が笑えば、怒鳴りながらも小林は顔を逸らす。
「だって解決したら触れっかもしれないんだろー! 早く解決して欲しいんだってー!!」
「それは……」
そう言われて小林は悩む。
もしそれで本当に解決できるのだとしたら、面倒臭そうだがそれを試す価値はあるのかもしれない。
「分かった」
小林は覚悟を決めた。
「よし、じゃあ……」
早速ネットで受診できる病院を探そうと花崎が携帯を手にとった。
「お二人共、本気で言ってるんですか?」
そこで初めて二人にツッコミを入れたのは、大友のお使いで道具を届けに来たものの、井上が事務所にいなかったので報告の為に待つ間に宿題を終わらせようとしていた山根だ。
ちなみにテーブルを利用するため、花崎たちの目の前にずっと座っていた。
「え、なんで?」
花崎は山根の言葉の意味が分からず首を傾げる。
「僕には小林さんのそれは恋に見えます」
山根が言った途端、花崎は声を上げて大笑いした。
「何言ってんだよ山根。小林だぞ。しかも対象が俺って…山根が無理矢理当てはめようとして悪戦苦闘してる公式くらい無いだろー」
「え、これ違いましたか!?」
花崎の指摘に山根は慌ててノートと教科書を見比べる。
その教科書を取り上げて、花崎は2ページ程めくって返した。
「ほら、これ。その問題ならこっちの公式」
「ああ! 成程!」
「成程って、問題読んだ時点で可笑しいって気づけよなー」
笑われて、というか先程から全く笑い止む気配がない花崎を見て、山根は深くため息を吐きながら肩を落とす。
「花崎先輩って…そんななのに頭は良いんですよね…」
「おい、そんななのってどういうことだよ!?」
「野呂ちんも山根にさんせーい。こばちんの状態も把握できてない花崎じゃあねぇ」
山根がふたりの会話に入ったからなのか、ここに来て野呂も参戦してきた。
「こばちんのそれ、どう見てもラブってるやつでしょー」
だが野呂の言葉に口を開いたのは珍しくも小林であった。
「何言ってんだ? 恋ってのは相手のこと考えると死にそうになって、相手の為に死ねて、相手が離れても死ぬんだろ? こいつの為には死ねるけどこいつが離れても僕は死ねないぞ」
花崎の為に死ねる、とは一見告白にも見えるが、こと小林においては死ぬ理由を花崎にできるというだけである。誰もその部分で感動したりはしない。
「あとハートに火がつくんだろ? 僕の心臓は燃えてないぞ」
「心臓燃えるってこばちん物理的に言ってんの!? 何それ怖っ!」
「明智が言ってた」
「それ絶対比喩だからー!!」
「ひゆ?」
「例え話ってこと!」
首を傾げる小林に、叫びながらも野呂は親切に説明を付け加える。
そういえば物理は駄目だとかなんだとか言われた気もすると思い出し、ではと他のことを考える。
「そういや見てるだけで心臓がバクバクして相手のことばっかり考えるとかも言ってた気がする」
「それ、今の小林さんの状態じゃないですか」
「でもあの時は花崎がその状態だったけど結局恋じゃなかったぞ」
「イヤ、あれ10キロ走って疲れてただけだから」
小林の言葉に即座に花崎がツッコミを入れる。
流石に運動後の動悸と恋愛のそれを一緒にするのは間違えていると、花崎にだってわかる。
「僕のこと考えて肉まん買ってきたんだろ」
「そーだけど…」
言いかけたところで、ふと花崎が気付く。
「って、俺ら何の話してたんだっけ?」
「小林さんが花崎先輩に触れない原因探しですよ」
「あー、お前らが変なこと言うから話逸れちゃったじゃん」
山根が言えば、会話の流れを思い出し、しかし随分主旨からずれていたことに気付く。
「はあ? 逸れてないけど―? むしろ軌道修正ってあげたくらいだし!!」
「どこがだよ。恋とか何とかの話になってんじゃん」
「ぐぬぅ…この恋も理解できないお子様に話すだけ無駄だった…」
眉を顰める花崎に、野呂はギリギリと歯を噛みしめるも諦めたように力を抜いた。
そしてターゲットを朴念仁から、知識がないだけで根は素直な小林に変更する。
「こばちん! 花崎に触れたら何したい? ぎゅって抱きしめたりキスしたりしたくない?」
「野呂~何言いだすんだよー」
呆れる花崎の横で、素直な小林は野呂の言葉を考える。
「抱きしめる……キス……」
抱きしめるのはしたい。当然だ。逃げない様に腕の中に閉じ込める手段だ。
キスは……自分に向かって嬉しそうに笑った顔を両手で包んで口で触れたいとは思わないでもない。
「したいな」
小林の言葉に花崎はギョッとした。
それがしたいということは、山根や野呂の言葉がしっくりきてしまう。
「小林、何言ってんだよ。抱きしめるとかは触れるのを確認するためには必要かもしれねーけど、キスだぞキス? キス分かってるか?」
「キスくらいわかる」
どれだけ尾行調査をさせられたと思ってんだ、と言われれば花崎は、確かに、としか言えない。
「んえ? 分かった上でキスしたいとか思ってんの?」
「だからそう言ってんだろ」
「えっと…頬っぺたとか?」
もしかしたら親愛のキスかも知れないと、気を取り直して花崎は尋ねる。
「別にどこでもいい」
「ほらやっぱり恋じゃねーじゃん!」
もう触れるなら何でもいい小林の回答に、我が意を得たりとばかりに花崎が声を大きくする。
「ぶわぁっかじゃないのー? どこでもってことは唇でもいいってことでしょー!?」
「え、そうなの?」
思わず助けを求める様に小林を振り返る花崎。
「だから、どこでもいいっつってんだろ」
だが小林の答えは花崎を助けてくれるものではなかった。
「小林、ちゃんと考えてるか? もしくは考えすぎておかしくなってねえ?」
「お前は僕に何を言わせたいんだ。ちゃんと考えたしおかしくもなってねーよ」
言わせたいとしたら、恋という言葉の否定を確証できる言葉だろうか。
けれどそれを小林から貰うことができない。
「だってそれって…」
もし、もしそうだとしたら、と考えて花崎は急激に顔に熱が集中するのを実感した。
そしてその反応をした自分が、一切嫌悪していないどころか、期待すらしているのを自覚してしまう。
花崎の反応を見て、野呂は即座に理解した。
「おんやぁ~花崎も恋がわかったー?」
「し、知らねえ!!」
実際に、花崎はまだ分かったと言えるほど呑み込めていない。
けれど野呂の揶揄いに顔が熱くなり過ぎて涙すら浮いてくる。
それを見て、小林は一度自分の胸に手を当ててから山根とピッポに視線を向ける。
「赤くなって泣きそうになってるのを見て心臓がうるさいのもそれか?」
「そうですね」
「そうだねー」
小林の質問に野呂と山根が揃って頷く。
それを受けて、小林は再度花崎を振り向いた。
「僕の症状は恋らしいぞ」
「そ……うだな」
いや、まだ分からない。本当に精神科できちんと調べてもらえば結果が変わるかもしれない。
そう思っている筈なのに、花崎の喉は締め付けられたようにその言葉を口にしてくれない。
違う結果ならと思うと何故か怖くなり、かといって同じ診断をされたらそれはそれで恥ずかしいからだ。
これでは医者には頼れない。
「恋だってのは分かったけど、これすぐに触れるようになんのか?」
「なんねーかも…」
会話の流れで花崎はとんでもないことを自覚してしまった。
自覚することが出来たというべきか。
そして本当に小林のそれが恋愛によるものだとしたら、かなり先が長い可能性も捨てきれないと花崎は思う。
「考えても意味なかったじゃねーか」
花崎の答えに小林はまた舌打ちをする。
「そうでもないんじゃないでしょうか」
「かなり意味あったよねー」
だが再び野呂と山根は意見を揃えた。
野呂たちからすれば花崎が自覚しただけでもかなりの前進だ。
これで二人の関係性も多少なりとも変化するであろうからだ。
「どこがだよ」
だが花崎の認識の変化にすら気づいていない上に、結局触れない事実しか残らなかった小林は舌打ちをする。
小林の言葉で花崎は小林が花崎に触れない現状を思い出し、そしてそれに初めて感謝をした。
今、小林を近くに感じるだけで花崎は動悸がするのだ。
これで触れたら自分がどうなってしまうのかわからない。
これが恋だとしたら、成程。これは確かに危険だ。
靄が花崎を危険と判断した理由がよくわかる。
「まあ、対策はゆっくり考えようぜ!」
笑顔で言えば、小林が眉を顰める。
「はあ? お前も早く解決したいって言ってたじゃねーか」
「言ったけど原因が分かったからいいの!」
「原因分かっても解決してねーんだから意味ねーだろ」
「大丈夫! 俺今小林に触れなくても超余裕! むしろ触れなくてよかったとすら思ってる!!」
「…んだよそれ」
正直に花崎が吐いてしまえば、途端に小林が不機嫌になる。
「花崎のそれ、こばちんのことが大好きってる自覚して照れてるだけだからー」
「は? こいつ僕を好きなのか?」
しかし、野呂の言葉に機嫌の悪さはあっさり消えてしまった。
「そう見えますね」
「っ…!」
山根の返事に小林の心臓が大きく跳ね、思わず胸を押さえた。
言い当てられた花崎も、否定はできず同じように胸を押さえて顔を逸らした。
恋を自覚した花崎と恋を認識した小林は隣り合わせで座りながら、二人そろって胸を押さえている。
なんだろうこれは…。というのが、山根の正直な思いだ。
だが、山根には大友に鍛え上げられた寛容さがある。
「お二人とも変なところよく似てるし、お似合いだと思いますよ」
さりげなく貶す言葉も入っているが、山根は笑顔を浮かべて本気でそう告げた。
悪意が無いどころか、善意に近いと言ってもいい山根の言葉は、しかしだからこそ威力が凄まじかった。
思考を止める花崎と、動きを止める小林。
その前でにこにこと笑う山根。
「山根が止め刺した…」
ピッポを通して3人の様子を観察していた野呂は、まさかの伏兵山根に驚きを隠せなかった。


 

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