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27 September

眠り姫

いばら姫のあの呪い







花崎が目を覚まさない。



それはとあるギフトによるもので、誰にも起こすことが出来ない。
いや、目を覚まさせる方法を小林は知っている。
そして現時点では恐らく小林にのみ可能だ。
方法は至って簡単。
ただキスをすればいい。
それだけ。
小林が目覚めさせる方法を知っているのに未だに花崎が目を覚まさないのは、小林のギフトによる障害があるからではない。
眠りに落ちた瞬間から、花崎は〝絶対に目を覚まさない〟為小林の驚異には成りえないとされたのか、あるいはそのギフトにかかった者が〝何者にも傷つけられない〟為か、小林にも触れることができている。
だからこそ、小林は花崎を起こすことができない。
眠ったままの花崎なら、触れることが出来るからだ。
花崎の手を取る。
温度がある。
時を止めたはずなのに、本当にただ寝ているだけのように見える。
両手で握って、自分の頬に当てる。
こんなに簡単に触れることが出来る。
こんなに簡単に触れられることが出来る。
花崎を起こさなければと思うのに、この手を離すことが出来なくて起こせない。
けれどいつまでもこのままと言う訳には行かない。
家族や仲間が心配しているのもある。
何よりも、タイムリミットがあるのだ。







花崎をその状態にしたのはギフト持ちの少女だった。
少女のギフトは対象の時を止めるもの。
まるで眠ったように時を止める。
御伽噺の茨姫のように。
少女が力を得たのは母親の為だった。
父親に暴力を振るわれていた母親を見て、童話が大好きだった少女は、父親が実は魔女の手先で母親の本当の王子様は別にいるのだと考え、母親を眠らせたのだ。
母親が幸せになれると信じて。
けれど、少女には100年の時を止める力はなかった。
それでも10日程は、時は止まったままであるらしい。
しかし眠り姫の制約の通り、王子様のキス以外で目を覚ますことはない。
10日を過ぎると、眠ったまま時だけが動いていく。
つまり、適切な処置をしなければ衰弱して死を待つしかないのだ。
母親が倒れて病院に運ばれたことから分かったことだ。
病院に運ばれて直ぐは、どんな検査をしてもただ眠っているように見えるだけだった。
けれど、点滴をしようにも肌が針を通さなかった。
いばらで守られたお姫様がいばらで傷つかないのと同じように、魔法がかかっている間は誰も傷つけることができないのだ。
それから10日程して、母親の様態に変化が訪れた。
寝たままなのは変わらないが、衰弱し始めたのだ。
病院側は急いで対処して事なきを得たが、母親は未だに目を覚まさない。
少女は幾度となく周囲に母親を目覚めさせる方法を訴えた。
けれど、そんなおとぎ話を信じてくれる大人はいなかった。
しかし、母親が倒れて目を覚まさなくなったことに父親が慌てて逃げた結果、親戚のいなかった少女は一時保護として施設に預けられることとなった。
そんな少女の話を聞いたのが、花崎グループの支援を受けている施設を訪れた花崎だった。
おとぎ話を信じていて子供っぽいだとか、嘘つきだとか、そう言われて施設でも子供たちにすら話を聞いてもらえず、友達にもなれず一人でいた少女に花崎は声をかけた。
そして話を聞き、笑顔で信じると言って頭を撫でた。
「俺の友達にも不思議な力持ってる奴がいんだよ」
そう言って。
よほど信じてもらえたのが嬉しかったのだろう。
あるいはもう他に頼れる相手がいないと思ったのか。
少女は花崎に縋り付いた。
「信じてくれるならお兄ちゃんがお母さんの王子さまになってくれる? お母さんすごく優しくてお料理も上手なんだよ!」
母親を好きになってもらおうとしているのか、母親を褒めながら紹介する。
しかし花崎は苦笑して首を横に振った。
「うーん、俺は他に好きな奴がいるからダメだなあ。だってお姫様の呪いが解けるのはお姫様を愛している王子様のキスなんだろ?」
「……うん。お姫さまを本当に大好きな王子さまじゃないとダメなの」
花崎の言葉に、少女は残念そうにしながらも頷いた。
それから顔を上げる。
「お兄ちゃんのお姫さまは他にいるんだね」
「顔は可愛いけど中身はスッゲーカッコいいから王子様かな」
男の花崎に王子様と言われて、少女は首を傾げた。
「じゃあお兄ちゃんがお姫さまなの?」
まだ幼いこの少女には男の子なのに王子様がいるなんて変だと思う感覚はない。
「どうだろ。俺じっとしてんの苦手だから王子様が助けに来てくれる前に自分で出て行っちゃいそう」
否定も嫌悪もなく、また気遣いでもなく、純粋に問われた花崎は少女の頭を撫でながらきちんと返事を返す。
「でもいばらのお姫さまは、王子さまが来ないと目を覚まさないんだよ?」
「そういやそっか。うへー…王子様来てくれるかなー。俺じっと寝てんのやなんだけど」
本気で嫌そうに言えば、少女はくすくすと初めて笑った。

事件は1週間後に起きた。
その日は井上が大学の講義で来ることが出来ず、野呂も他の仕事で手一杯ということで休みになったのだが、花崎は力を持つ少女のことが気になって再び養護施設を訪れた。
事務所が休みの為することがない小林を伴って。
小林には同じように不思議な力を持つ少女のことを話していた。
以前よりは少しだけ他人にも意識を向けるようになった小林は、自分以外の〝力〟を持つ少女が気になったらしく、花崎がごねることもなく同行を了承した。
〝力〟をもつ相手に会えば、少しは現状を打開する方法が見つかるかも知れないと思ったのだ。
今回の訪問は花崎家の者としてではないので、施設長に許可をもらって庭の片隅に少女を呼んでもらった。
少女は花崎が帰ったあとはやはり友達ができないせいか引き籠もりがちだった為、施設長も心配していたので喜んで了承してくれた。
「お兄ちゃん!」
花崎の来訪を聞いた少女は嬉しそうに花崎に向かって走ってきた。
自分の話を本気で信じてくれた花崎に少女も信頼を寄せていた。
「一週間ぶりだなー! 元気にしてたか?」
その勢いを利用して花崎は少女を抱き上げる。
これで目線が同じになって話しやすいのだ。
「うん」
頷いて、少女はすぐに花崎の傍に別の人間がいることに気づいた。
「だあれ?」
「こいつは小林。この前話してた王子様」
花崎は少女に見えやすいように顔を動かして小林を紹介する。
小林を見た少女は目を輝かせた。
「真っ白くて赤くてウサギさんみたい!」
「綺麗でかわいいだろ?」
「おい」
「うん!」
大凡男に対する評価ではない花崎の紹介に小林は声を上げるが、少女は元気よく頷いた。
それを聞いて小林は、相手が子供なので文句を言う気にもなれず舌打ちして顔を逸らした。
「触っていい?」
ふわふわの白いウサギみたいな小林に触れたいのだろう。
そう言いながら手を伸ばしていた。
花崎は慌てて小林から距離を取る。
「駄目なの?」
「王子様も魔法が掛かってるから触れないんだ」
シュンと眉を落とす少女の頭を撫でながら、花崎は苦笑して説明した。
魔法、と聞いて少女は勢いよく顔を上げる。
「王子さまはどんな魔法なの?」
「王子様を守ってくれる魔法かな。誰にも傷つけられないようにって守ろうとしたら誰にも触れなくなっちゃった、ちょっと困った魔法なんだけどね」
「お兄ちゃんも王子様に触れないの?」
お姫様である花崎すらも触れられないのでは、と少女は不安になる。
「俺? 俺は触ったことあるよ。手だって繋いだことあるし」
だから花崎は笑って、そう答えた。
嘘ではない。
「よかったぁ」
花崎の言葉を聞いた少女は心の底から安心したように笑った。
優しい子だなあと花崎は頬を緩ませる。
「折角だし遊ぼっか。聞いたぞー、この一週間遊ぶのサボってただろー」
子供は遊ぶのが仕事! と少女を腕から降ろして地面に立たせた。
他の子どもたちと遊ばせるのも良いが、まだ少女の心は落ち着いていない。
子供たちからは嘘つきや夢見がちな子供という目で見られている。
子供は敏感だ。
弱っているときにそんな目を向けられながら一緒に遊んでも楽しむことはできない。
体を動かすことで気が紛れて心も元気になるので、まずは少しでも元気にさせてからだと花崎は目一杯遊ぶことにした。
走り回る花崎たちを見ながらも当然小林は参加せず、木に寄りかかって欠伸をした。
することもなく暇なので小林はそのまま寝始める。
このことを小林は後々後悔した。
小林が寝ている間に事は起こってしまったのだ。
花崎は荒事中でなければ背後からの気配に疎い。
兄にも二十面相にも背後を取られたというのに、その点については全く進展がない。
少女と花崎の背後にふらりと人影が現れた。
少女の父親だった。
母親が倒れて病院に運ばれたことからDVが明るみに出た上、母親はその暴行を受けている間に意識を失ったのだから当然暴行が原因だと判断された。
所謂DV防止法も2010年代から少しずつ改正を重ね、2030年代の今では配偶者であろうと完全に犯罪として扱われている。
母親が意識を失ったことで父親は打ち所が悪かったのかもしれないと困惑している間に、娘が泣きながら外に助けを求めに出てしまったのだ。
これでは隠すこともできないと父親は慌てて逃げ出した。
死んでしまえば殺人罪であり、生きていたとしても有罪は免れないからだ。
しかし逃げたことで、指名手配までされてしまった。
逃げ回る中で疲弊して荒んだ精神は、原因を自分以外に求めた。
こんなことになったのも、母親が倒れた時に逃げるように外に助けを求めに行った娘の所為だと思うようになった。
そしてその娘がいる場所を見つけ、襲ってきた。
花崎が邪魔だとばかりに突き飛ばし、その花崎には目もくれず娘を殺すことだけを考えてナイフを振り上げる。
「お前の所為だ!!」
叫ぶ父親に少女は恐怖して動けない。
突然の衝撃に転んでしまった花崎は慌てて手を伸ばし、少女を引っ張りナイフを回避させる。
だが娘しか目に入っていない父親はすぐに向きを変えて再度ナイフを振り上げる。
まだ起き上がれていない花崎は、少女を守る最善策として自らの下に抱き込んだ。
目的を邪魔する花崎の背に父親はナイフを振り下ろす。
少女は花崎を守るために咄嗟に力を使った。
少女の力を受けた者は、点滴の針であっても傷つけられることはない。
ナイフは花崎を傷つけることはなかった。
だがその結果、花崎が意識を失ってしまい、少女を守る者がいなくなってしまった。
邪魔な花崎の体を蹴り飛ばし、今度こそ少女に向かって振り下ろされたナイフは、そのまま突き刺さる。
しかし、深く刺さることはなかった。
刺された瞬間、少女自身にも力が作用したのだ。
父親は気づかないのか、あるいは気づいたからなのか、ナイフを振り上げて再度少女に突き立てようとした。
「お前が! お前がいなければ!!」
叫んだ父親の手の中でナイフが砕けた。
父親の叫びは、騒ぎで目を覚ました小林にも大きく作用していた。
意識が明朗ではない状態でのそのセリフは小林のトラウマを刺激する。
花崎が意識を失っていたのもあって、止める者はいない。
靄が膨れ上がり、父親を弾き飛ばしてなお止まることはなく周囲を破壊し始める。
小林の近くの木が倒れた。
だがその木が花崎と少女の傍に倒れ、一歩間違えば木の下敷きになっていた光景に小林は正気を取り戻す。
「花崎!!」
駆け寄って思わず手を伸ばし抱き起すが、意識がない。
男に何かされたのか、と思ったが怪我をしている様子はなくただ眠っているだけに見える。
小林はこの状態に心当たりがあった。
少女に目を向ければ、花崎とは違いまだ辛うじて意識がある。
花崎や母親が糸車で刺してその場で眠りについたとするなら、少女のそれは国が茨で包まれていくように少しずつ少女を眠りへと誘っていた。
「お前がやったのか?」
問えば、少女は小さく顔の動きで頷く。
「おにいちゃんをおこしてあげてね…おうじさま」
そう告げて、少女も意識を失った。
「おい!」
呼びかけるが、少女も目を閉じたままだった。
木が倒れたことで駆け付けた大人たちは、砕けたナイフの柄を持つ気を失った男と、そのナイフで傷つけられたであろう少女、そしてやはり被害にあったのか気を失う花崎を抱きかかえた小林を目撃した。
まず怪我をしている少女が救急車で運ばれた。
指名手配されていたこともあり、気を失っている父親は警察が周囲を固めてやはり救急搬送された。
花崎も運ぼうと、救急隊員が花崎に手を伸ばし、小林の靄に弾かれる。
慌てて小林は花崎を放して距離を取った。
そこでようやく、小林は花崎に触っていたことに気付いた。
そして花崎も病院に運ばれたが、どれだけ検査してもただ眠っているだけであった。
けれど何もしなければ衰弱してしまうと点滴をしようとして、しかし針が刺さらない事態が発生した。
救急車は狭いとは言わないがそれほど広くない。
靄のことを考えれば救急車に乗るわけにはいかないが花崎について行かない選択肢の無い小林が悩んでいると、施設から花崎が倒れたと連絡を受けた赤石が車で駆け付けたので乗せてもらうことになった。
小林が花崎に聞かされていた話と少女の言葉を伝えたので、赤石が自宅で治療させると困惑する病院側に伝え、花崎は家に戻された。







小林になら起こせると少女が言っていたので、小林はそれからずっと花崎の部屋にいる。
けれど、花崎から話を聞かされていた小林以外は小林がどうすれば花崎を起こせるのかを知らない。
他の人間に試されたらたまらないので教える気もない。
小林にも方法は分かっていないと思っているから誰も早くしろとも言わない。
起こす方法は見つかったかとは、事あるごとに聞いてくるが。
花崎がこの力に囚われてからもう8日。
あと、2日。
それ以降は延命措置を取らなければ花崎は死に向かう。
何より、〝何者にも傷つけられない〟状態を抜けてしまったら、小林にはまた触れることができなくなるかもしれない。
そうしたら、花崎は二度と目を覚まさないことになる。
花崎に他の王子が現れて口づけをするまで。
花崎が二度と目を覚まさないのも、他の誰かが花崎に触れるのも嫌だ、と小林は思う。
だから起こすつもりはある。
それでも、まだこの状態を手放せない。
小林は花崎の手を握り続けた。



9日目の夜になった。
明日には起こさなければならない。
小林は花崎の上に乗って、心音を確認しながら眠りにつく。
この鼓動にも体温にも、また触れられなくなる。
だから全身で覚える様に、花崎を自分の中に閉じ込める様に強く抱きしめた。
10日目の朝。
花崎を抱きしめたまま目を覚ました。
いつ少女のギフトの効果が切れるかわからないので小林は覚悟を決める。
抱き起こして頬に触れ、ゆっくりと唇を落として花崎の唇にそれで触れる。
起きて欲しいと思いながら。
起きて欲しくないと思いながら。
幾度も啄むようにそれを繰り返し、最後にもう一度だけ強く抱きしめて小林は花崎を手放した。
小林が離れたことが魔法が解ける合図だったかのように、花崎の瞼が動く。
そしてゆっくりと目開かれた。
10日振りに見る青。
「起きたか」
「んーと…おはよう、かな?」
起きたか、という小林の言葉と自分が寝ているらしい状況から判断して花崎が答える。
声を聞いて、小林の目から涙が零れ落ちる。
けれど小林は嬉しいのか悲しいのか分からない不可思議な感情のせいで、溢れるそれに気づかないように呆然と花崎を見つめている。
「小林、泣いてんの!? どうした!?」
いつものように不用意に伸ばされた手。
小林に近づいたそれは、小林の30cm手前で弾かれた。
「イテテ」
花崎が痛みを振り落とすように、傷ついた手を振りながら笑う。
それを見て小林の胸が少しだけ痛み、涙がようやく止まった。
「俺どうしたんだっけ?」
花崎の問いに、小林は事情を掻い摘んで説明した。
事情を聞いた花崎は、「俺お姫様になっちゃったのかー」と笑った。
笑ったが、その笑みは引きつっている。
「えっと…小林が起こしてくれたんだよな?」
「そうだ」
「その…やっぱり……あ…あれしたってことでオーケー?」
面と向かって聞くのは少々躊躇われ、言葉を濁しながら花崎が問えば、まるで何当たり前のことを聞いているのだと言わんばかりの表情で首を傾げられた。
「じゃないと起きないんだろ?」
「うわー!! そうだよなー!!」
頭を抱えて倒れ込んだと思ったら、跳ね起きて小林の目の前で正座をする。
「ごめん小林!!」
顔の前で両手を合わせて花崎は謝罪した。
「何で謝ってんだ?」
「何でって、だって……」
花崎が少女に小林のことを王子と紹介したから、小林が王子に認定され、花崎にキスをしなければならない役を背負わされたと思ったのだ。
普通に考えて男の小林が男にキスしなければならないなど、被害でしかない。
ただあまりに小林が平然としているので、そうでもないのかと花崎は若干困惑する。
犬にかまれた程度なのかもしれない。
小林は犬に噛まれることも無いが。
「あれ、でも…どうやって?」
いっそ直接的な言葉で聞こうかと口を開きかけて、しかし30センチの距離制限を思い出して花崎は首を傾げる。
「お前が寝てる間は触れたんだ」
「そうなの!?」
まさかの言葉に花崎は目を丸くした。
「じゃねーと起こせねーだろ」
「そうだけど……」
確かに触れなければキスのしようもない。
つまり、小林の言う事は事実である。
そう認めた時、花崎はキスさせてしまったことよりも大きなショックを受けた。
ベッドに両手の拳を叩きつけ、更に頭を落とす。
「せっかく小林に触れる機会だったのにずっと寝てたとか何それスゲーもったいねー!!」
そして心底悔しそうに叫んだ。



花崎が目を覚ましてからひと月経つが、少女はまだ目を覚まさない。
そして何者の干渉も受け入れない。
少女自身にかかった魔法は、10日では解けなかったのだ。
治療もできないと心配していたが、魔法はお姫様を傷つけたままにはしなかったらしく、元々浅かった傷は回復していた。
「王子様、見つかるかな?」
少女を目覚めさせるのも、きっと王子様のキスだろう。
この先現れてくれるのか心配になった。
「そのうち見つかんだろ」
「そうだよな」
母親然り、花崎然り。
少女の力は少女が〝王子様がいると思った人間〟にしか使えなかった。
あの状況で手っ取り早く父親を眠らせられなかったのもその為だ。
ならばきっと、少女にも王子様がいるのだろう。
花崎はお見舞いの眠り姫の絵本を枕元に置いて退出した。
花崎と小林が病院を出るのと入れ違いに少年が一人駆け込んできた。
「お母さん早く早くー!!」
叫ぶ少年の後ろを母親が「走っちゃだめよ」と注意しながらも慌てて追っている。
花束を持っているので、誰かのお見舞いに来たのだろう。
余程大事な相手なのかもしれないと花崎は苦笑した。



その翌日、少女が目を覚ましたと少女を預かっていることになっている施設を通じて花崎家に連絡があった。
早速お見舞いに行けば、昨日すれ違った少年とその母親がいた。
少女の家の近くに住む家族で、少年とは同じ幼稚園に通っているのだという。
友達だった少女のお見舞いに来て、その枕元にあった絵本を見てもしかしたらこれで起きるのではないかと思って試したのだという。
幼稚園児だったからこその、無垢な思考が正解を引き当てたのだ。
眠りから目覚めた少女は力を失っていた。
王子様を見つけたお姫様には不要なものだからだろう。
その結果か、少女の母親も目を覚ました。
警察に収容された父親が出所する前に引っ越して、新しい地で人生をやり直すらしい。
せっかく目覚めさせてくれた王子様とは離ればなれになってしまうが、幸いにも現代は連絡が取りやすい。
毎日電話するからと約束をして笑顔で別れたそうだ。



依頼場所に向かいながら、花崎は小林に事の顛末を話す。
「あの子が起きたら力が消えるなら、小林に損な役回りさせなくても良かったのにな」
「損?」
何か損するようなことがあっただろうかと小林は悩む。
花崎が眠ってしまった事なら、小林にはいつでも起こすことが可能だったし触れもしたので損はしていない。
役回りと言っていたから花崎が眠っている間に花崎の仕事を肩代わりをしていたと思ったのかもしれない。だが実際には花崎につきっきりでいることが認められていたのだから、小林に実害など一切出ていない。
「なんかあったか?」
だが花崎は何か問題があったと思っているようで、小林には理解が及ばない。
「何かってなぁ……あっただろー。大問題が!」
呆れたように花崎は言うが、やはり小林には思い当たらない。
「お前が起こさなくてもあの子が起きたら俺も起きたってことだろ?」
「お前が起きてあそこに本置かなかったらまだ起きてねーかもしれねーんだろ?」
少年がキスを試したのは、花崎がお見舞いに置いた本を見たからである。
それがなければ少女はまだ寝たままであったかもしれない。
「あ、そっか。じゃあやっぱり俺が先に起きなきゃダメか。小林は名誉の負傷ってことで」
「怪我なんかしてないぞ?」
「いや、負傷ってのはそういう意味じゃなくてだなあ……」
花崎は何とか説明しようとするが、そもそも根本的な部分から考えがすれ違っている二人の間でまともな会話が成立する筈もなく。
目的地に着くまで続けても結局理解させることはできなかった。


 

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