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15 June

恋人ごっこ・前編

小林が女装します。




人物調査依頼。
舞い込んできたそれは、依頼としては決して珍しいものではなかった。
ただ、対象の人物が明智探偵事務所の面々には予想外すぎた。
「花崎家のご子息、ですか?」
「そうよ」
思わず確認を取れば、やはり頷く依頼人。
いかにもお金持ちのご夫人といった出で立ちの女性。
浮気調査などでこういう類の女性が来ることはよくあるが、対象が夫ではなく花崎だったことに内心戸惑う。
「どういった方向での調査をご希望でしょうか?」
「当然、素行調査ですわ。あの花崎家の跡取りともあろう人間ですから成績や健康は心配しておりませんもの」
「素行ですか」
「ええ、娘の婿として相応しいか確認しないといけませんからね」
「婿ー!?」
野呂は思わず叫んでしまい、慌てて口を塞ぐ。
音声の発信源となったピッポはただ水槽に止まっているだけだが。
「何ですの、あの梟は」
突然叫びだした梟に、依頼人は眉を顰める。
「うちのテクニカル要員の情報収集手段の一つです。本人は女性なので、婚姻の話題に少し過剰反応してしまったのでしょう。お気になさらず」
「ずいぶん声がお若いようですけど、学校はどうしているのかしら?」
表情を険しくしたまま、依頼人が問うので、依頼内容には関係ありませんのでお答えしかねますと切り捨てたくなるのを耐えて井上は説明を口にする。
「彼女は確かに若いですが、アメリカの大学を飛び級で卒業済みです。主席卒業した優秀な人材ですよ」
「あら、そう」
井上が言った途端、依頼人の態度が軟化した。
アメリカの大学の主席卒業、しかも飛び級。という言葉は、依頼人的に好印象だったようだ。
恐らくそうだろうと思ったから、井上も敢えてその部分を強調したのだが。
ついでとばかりに依頼人は離れた位置に座っている小林に視線を移す。
「そちらは? 貴方と違ってずいぶんと素敵な格好のようだけど」
素敵な格好、とは厭味である。
「彼は実働要員です。街中に溶け込みやすいようにラフな格好をさせております。学業は現在通信で学校に通っている為、登校がない日はこうして事務所におります」
小林の服は本人が頓着しないだけなのだが、敢えて色よい言葉で飾りながら説明する。
こういう手合いは、理由さえあればそれなりに納得することが多いからだ。
何より、確かに井上ももっとマシな格好をして欲しいとは思っていても、よく知りもしない人間に小林を非難されたくはない。
「通信…」
服装にはそれなりに納得したのか、しかし学校の件で野呂の時とは違い、嫌そうな顔になる。
「昨今、通信環境の大幅改善により、下手に登校するより余程有意義な授業をする学校を選べますから」
「そう…ね」
井上の言葉に少し態度を軟化させたものの、それ以上小林を視界に入れようとはしない。
「まあいいわ。それよりもこちらの依頼の件よ」
「ですが婚約者と言うことでしたら、失礼ですがそちらの方がお詳しいのでは?」
「まだ婚約者ではありません」
「まだ、ですか」
まるで未来では婚約者になると言っているようだが、井上には根拠が分からない。
花崎に確認が取れない以上、迂闊な否定もできない。
「ええ。問題がないならうちの娘と婚約させてあげても良いかと思いましてね」
させてあげても良いとは随分な物言いだ。
井上の心情としては、こんな相手に花崎は会わせたくもない。
しかしあの花崎グループの御曹司を相手に婚約させてあげてもいい、などと言った依頼人の姓は、確かに日本人なら大体はわかる有名な家だ。
いくら明智が一時期有名になり、容疑も晴れて後ろ暗いところはなくなったとはいえ、こんな一介の探偵事務所に依頼をするのが不思議な程だ。
正直請けたくないが、大物相手に下手に対立すれば、明智探偵事務所の存続も危うくなりかねない。
明智がいた痕跡を、もしかしたら明智が帰る場所を、何より自分や少年探偵団の居場所を、井上は危機に晒すわけにはいかない。
「左様ですか……」
井上はため息を吐きたいのを耐えて、無表情を貫いた。
しかし相手が花崎を認めたとしても、花崎は…婚約者候補のことは分からないが、少なくともこの女性のことは絶対嫌がるだろうなと井上は思った。
だが、もし本当に花崎家としての婚約だとすれば、拒むことが許されないかもしれない。
「分かりました。相手が大きいので何処まで細かく調べられるかはお答えしかねますが、調査結果は1週間後にご連絡いたします」
これは勝手に話を進めるわけには行かないと、井上はとりあえず引き受けて依頼人を帰らせることにした。
「…まあ、いいでしょう。その代わり好みのタイプ何かはきちんと調べて欲しいわ」
「善処致します」
井上が頭を下げると、依頼人は探偵事務所などに居たくないとばかりにさっさと帰っていった。



「ちょーっとー! 井上ー!! 何で依頼受けちゃうの!?」
野呂の声に反応するようにピッポが飛び回る。
「うちが拒否したら他の探偵を雇うかもしれないだろ。そんなのに花崎の周りをうろちょろされるのは好ましくない」
「うっ…そうかもだけど……」
しかし井上の言葉に一理あると大人しくなれば、ピッポもやはり机に降り立ち大人しくなる。
「でもでも! あんなのに花崎売るとか野呂ちん反対だからね!?」
「分かってる」
探偵として私情を優先させるわけにはいかないが、依頼を達成した上で花崎に不利益が出ない程度での内容に留めることは可能である。
「あのバーさんが言ってたのって花崎のことだったのか」
ぼそりと小林が呟く。
「大人しいと思ったら、気付いてなかったのか」
小林は基本、依頼人とは口も利かないし目も合わせない。
入団当初井上に言われたことを律儀に守っている。
けれど花崎の名前が出ても無反応だったことには少々驚いていたのだ。
黙っていてくれたのは井上としては大変助かったが。
だが、どうやら花崎という名前だけでは花崎健介に結びつかなかっただけだと知った。
「同じ名前なんて珍しくねーし、あのバーさん、どう見ても花崎と合わないだろ」
「まあそうだな」
結びつかなかった理由は依頼人にあるようなので、何も考えていない訳ではないのだと少し安心もした。
「でもその合わない相手が、厄介なことに名前だけ聞くととんでもないんだよねー」
旧家中の旧家だ。
最近確たる発展はなく、衰退の一途をたどっていると噂わされているが、それでも彼の家のもつ影響力は計り知れない。
「問題はそこだな」
重い溜め息を井上が吐いた所で、エレベーターが動く。
姿を見せたのはお馴染みのオレンジに身を包んだ花崎だ。
「たっだいまー! 大友から新しい道具貰ってきたぞー」
楽しそうに声を弾ませて大きな段ボールを抱えるその姿に、一同気が抜ける思いがした。
「今日が道具の受渡日で助かったよねー」
「そうだな」
でなければ、うっかり依頼人と直接会ってしまうところだった。
「へ?」
全員の視線が集中して花崎は荷物を持ったまま戸惑いに固まった。


「俺の素行調査ぁ!?」
荷物を置いてソファに座って、改めて聞かされた内容に花崎は目を丸くした。
「花崎に恋人か本当の婚約者がいれば楽だったのにー」
お相手にはお付き合いされている方がいらっしゃいます。
で、今回の依頼における大部分の調査は完了する。
「んなこと言われてもいねーもんはいねーし」
「だよねー」
けれどこればかりは仕方がない。
「いつも一緒にいて一番仲良いのって言ったら、多分小林になるしなー……」
今も隣に座る小林に視線を送れば、それに気づいたのか小林も視線を返してくる。
「僕がどうした」
「いや、お前がいても今回は……あり?」
小林を見て、花崎はふと思いついた。
「なんだ?」
マジマジと小林を見ながら顎に手を当てて何かを考える素振りを見せる花崎。
「いや、小林ならいけんじゃねえかなーって思って」
「なにがだ?」
「俺の彼女!」
「脳筋ちゃんは頭おかしくなったぁ?」」
小林が何を言われているのか理解するより早く野呂が突っ込みが入った。
「いや、小林って顔可愛いじゃん? 背も俺より低いし女装させたらいけんじゃねーかと」
言われて、井上とピッポちゃんを介して野呂の視線が小林に集中する。
「何だよ」
集中する視線に居心地悪そうに僅かに身を引く小林。
「やれないことはないか?」
「見た目だけならいけるかもねー」
やや疑問を持ちながらも、否定しない井上と、どちらかというと肯定の野呂。
「さっきからなんなんだお前ら!」
訳が分からない小林は更に身を引いて警戒する。
「つまり! 小林を彼女だと思わせることが出来れば、恋人のいる男に娘の婚約は持って行きにくいだろってこと」
花崎が少しだけ詳しく説明を付け加えた。
「あのオバちゃんはわかんないけど、娘さんは嫌だろうねー。たぶんだけどー」
「そうだろうな。まあ、どのような性格にせよ小林に被害が及ぶこともないだろう」
もし箱入娘で婚約に夢見ている場合、既に他に好きな人がいる男など嫌であろう。逆に依頼人と同じような性格であったり略奪も辞さない性格だった場合、小林に何らかのアクションをかけてくる可能性があるが、依頼完了後、小林が女装をやめれば花崎の謎の恋人を見つけることは出来なくなる。
ぱったりと止めてしまえば恋人の存在が虚偽であった可能性を疑われるかもしれないが、不定期で女装した小林と出かければ小林の特定は難しく、かといって完全には否定できなくなる筈だ。
「嘘つくのか?」
「探偵がそんなことする訳ねーじゃん」
小林の言葉に花崎が肩を竦める。
「じゃあ何で女装なんだよ」
「嘘じゃなくて、仲良い子がいますよーって、女装させた小林の写真見せれば相手が勝手に誤解してくれっから」
「それは嘘じゃないのか?」
「だって俺と小林が仲いいのは本当じゃん? …仲良いよな?」
急に不安になって、思わず花崎は尋ねてしまう。
「知らねえけど、別に嫌いじゃないぞ」
どういうのを仲良いと言っていいのか分からないので、小林は率直に花崎に対する思いを述べた。
「あのねー、花崎はなんでそこで不安そうになるかなー?」
そんな二人のやり取りに、ピッポを通して野呂が呆れた声をあげる。
「いや、だって仲良いのって実際どういうことかわかんねーし」
「僕もだ」
「どうみてもこばちんは花崎のこと大好きってるでしょーが!」
「そうなの?」
花崎が首を傾げながら視線を送れば、赤くなって顔ごと逸らされる。
「べ、別に僕は…」
「はいはーい! そんな真っ赤になって否定っても説得力ありませぇーん」
「うるさい!」
小林は叫ぶが、野呂に通用する筈もない。
「えーと…とりあえず仲良いと言うことにしていい?」
「好きにしろ」
花崎は少し悩んだものの、野呂の言葉を小林が否定はしなかったので問えば、舌打ちと一緒とはいえ一応肯定が返されたのでホッとする。
「んじゃ話は戻るけど、これから暫く外で行動する時は小林は女装で頼むな! 服はこっちで用意すっから」
「勝手に決めんな。やるとは言ってない」
「頼むよー。いつも一緒にいんのお前だし、服をちょっと女モンにして鬘でも被ってくれれば良いんだって!」
「嫌だ。女の服は窮屈そうだ」
一番よく見た女性といえば中村刑事だ。
ぴっちりしたスーツを着ていた。
あとは依頼人だが、やはり体のラインを出すものか、逆に無駄に着こまれたかのどちらかが多かったので、小林は女の服は面倒くさいと認識していた。
「変装も探偵の嗜みのひとつだろ」
「女の格好もか?」
「そういう人もいる」
つまりそうでない人もいるんだなと、やはり花崎から顔を逸らした。
「こーばーやーしー」
お願いだからー、と縋りつくが小林は相手にしない。
「お前がこの前気にしてたスタッフドピザ食わせてやっからさー!」
「ピザ……」
だが、次に花崎が打ち出した懐柔策に即座に反応する。
「あの分厚いやつ」
「あれか」
記憶を遡れば、すぐに思い当たるものが合った。
キッシュのような分厚さを持った、具がどっしりと詰まったピザ。
想像するだけで口の中に唾液が溢れる。
「いくつでもいいぞ?」
「ならやる」
食に釣られて、小林はあっさり意見を翻した。
「それでいいのか!?」
やり取りを見ていた井上が思わずツッコミを入れる。
だが、言われた小林は不思議そうに首を傾げた。
「女の格好するだけでピザが食えるならいいだろ」
幼い頃より長いこと浮浪者生活を送っていた小林は、服なんて男物だろうが女物だろうが着られればいいと思っていたのでそれほど抵抗はないのだ。
ただ、先程言った通り、女物は面倒そうだから嫌だと思った。
その程度なので、食との天秤にかければ簡単に傾く。
「よっし、これで何か知らないけど面倒くさそうなオバサンは回避できそうだな!」
実際に会ってはいないが、井上や野呂どころか小林まで合わないというならきっと自分とは合わないであろう人物はできることなら関わりたくないので、よし、と拳を握った。
が、そこでふと気づく。
「あ、でも一応赤石さんか父さんに聞かないと駄目かも。本当に家でそういう話が出てるんなら迂闊な事できねーや」
「お前んちは別にかんけーねーだろ」
「ンな訳あるか」
やらなくなったらピザが食べられなくなると懸念した小林が言えば、軽く小突かれる。
靄は消えたわけではないが、二十面相が「自分のギフトもコントロールできないとは」と言っていたので、実はコントロールできるやり方があるのではないかと花崎に言われて試した結果、小林にとっては意外なことに、本当にできてしまったのだ。
流石にあっさりとはいかず、それなりの苦労はあったが。
しかし本気で危ないときは小林の意思を無視して発動するので「死ねない」は健在である。
それ故相変わらず花崎に努力を求めているが、あまり本気には見えない。
井上の推察では、死にたいという気持ちと生きたいという気持ちがきちんと両立するようになり、バランスが取れたからではないだろうかとのことだ。
事実はいまだに不明だが、小林にとっては靄が制御できる事実さえあればどうでもよかった。
もともと少年探偵団に入ってからは、井上の足を切り裂いたときのように相手が銃を向けた程度で反撃に出るような、小林の制止を無視した攻撃にでて人を傷つけることもなくなっていた上に、かなり便利に使われていたので靄に対する抵抗も減っていた。
特に花崎に至っては、気にしないどころか、小林の無敵状態を気に入っていると言って良いほどなので、靄があろうがなかろうがあまり気にならなくなっていたというのもある。
それでも不用意に手を出す馬鹿が怪我をするのを見ては、靄がどういうものかを思い出していたが、今ではそれもない。
そして、靄をあまり気にしなくなっていた小林にとって一番嬉しかったのは、買い物に自分で行けるようになったことだ。
どれほど食べたいものがあろうと、自動販売機以外では買い物できなかったが、今ではスーパーであろうと屋台であろうと好きに買い食いできるのである。
対人で質問をされる飲食店での注文はまだ慣れないが、それは大体行動を共にする花崎に任せれば問題ない。
その花崎と一緒に自分も店の中に入り、気になるものを直接指定できるのだ。
それに気づいた時の感動は一入であった。
「お前が喜ぶの其処かよ! 小林らしいっちゃ小林らしいけどさー」
と花崎に大笑いされた。
そんな理由で、花崎が小林を小突いても今では怪我をすることはない。
「ンな訳あるでしょ! 婚約の意味わかってる?」
だが花崎の言葉に同意できないのは小林だけではなかった。
「野呂まで何言ってんだよ。んなの分かってるに決まってんだろ」
花崎は養子だ。
花崎家という家に利する存在として引き取られて、育ててもらっているのだ。
もし、家でそれを望まれていたとしたら、花崎の意思がどうであれ簡単には拒否できない。
呆れたように花崎が言えば、井上が同意する。
「確かに、花崎家の問題となると俺達だけで勝手をするわけにはいかないな」
「ちょっとー! 井上ぇー!?」
家に帰ってから確認しようと考えていた花崎だったが、小林と野呂が煩いので電話で確認を取ることにした。
野呂の文句は確実に花崎を心配してのものだし、井上も花崎に同意したとはいえ心配してくれているのは分かるので出来るだけ早く解消しようと考えたのだ。
小林は…やはりピザが頭を占めているように見える。婚約がどういうものかすら理解していないのかもしれない。
数コールで出た赤石に掻い摘んで事情を説明する。
「と言うことなんだけど、赤石さんなんか知ってる?」
本来は依頼内容をたとえ家族であっても漏らすわけには行かないのだが、今回の相手は下手に敵に回せば花崎グループの未来にも明智探偵事務所の存亡にも係わりかねないので、そうも言っていられない。
『あの御宅ですか……』
赤石が話をい聞いて溜め息を吐くように零した。
「やっぱ何かあんの?」
『いえ、大丈夫です。健介さんに婚約の話しは出ておりません』
きっぱりと無いと言い切ってもらえたので、花崎はひとまず安心する。
「じゃあ小林を女装させて相手に誤解させるってのは大丈夫かな? もし俺にそういう相手がいるって情報が出ると困るなら、他の方法考えるけど…」
『問題は無いと思いますが、健介さん、本日は小林さんを連れてお帰り下さい』
「小林を?」
「ん?」
思わず小林に視線を送れば、突然名を呼ばれた小林は首を傾げる。
「連れて帰んなきゃ駄目?」
『はい、お願いします』
問題ないのに何故小林を連れ帰る必要があるのかわからないが、赤石がそう言うのならば何かあるのだろうと花崎は判断する。
「小林、今晩俺んち来れる?」
「ああ」
基本的に用事がなく、花崎の家に行くのも慣れた小林は即答で頷く。
「分かった。じゃあ小林も連れて帰るから」
小林が頷いたので花崎も一つ頷いて赤石にそう告げた。
『お待ちしております』
丁寧にそう返され、通話は終了した。






「入りなさい」
ノックをすれば、厳格な声が聞こえて赤石が扉を開く。
「赤石さんが小林連れて来いって言ってたから連れて来たけど……」
小林を庇うように少し前に出る花崎。
「僕に何の用だ」
しかしそれを押しのけて、小林が更に前に出る。
その様子に雄一郎は苦笑する。
「突然呼び出してすまなかったね。君にはいつも健介がお世話になっているようだから一度きちんと会いたいと思っていたんだよ」
「それだけか? ならもう用は済んだな?」
雄一郎の言葉にそう返すと、小林はすぐに踵を返そうとする。
「小林」
小林の態度に問題は感じるし、父の機嫌を損ねたらどうなるかわからないので花崎は慌てて小林を止める。
「いや、今日来てもらったのは健介に関する依頼の件だよ」
言いながら雄一郎が目配せをすれば、赤石が頷いて再度扉を開けた。
新たに3人の人間が部屋に増える。
「その子ですか」
「そうだ」
雄一郎が肯定すれば、3人は勢いよく小林を取り囲む。
「まあ素敵! これならちょっと手を加えるだけで十分ね!」
「本当。髪もふわふわ。でもこれは隠さないといけないのよね。残念だわー」
「肌も真っ白でつやつや。素敵」
「な、なんだお前ら!? 触んな!」
女性とオネエが入り混じった3人組にべたべたと触られ小林も大混乱だ。
「小林!? 大丈夫か!?」
「大丈夫ですよ、健介さん」
3人組のせいで姿が埋もれてしまった小林を心配して、何とか救出しようとする花崎を赤石の声が止める。
「で、でも……」
困惑する花崎に、しかし赤石は笑みを崩さない。
「参りましょうか、小林さん」
動き出して漸く姿を見ることの叶った小林は短時間の間に憔悴しており、花崎に助けを求めるような視線を送る。
「は、はなさき」
「小林……」
「大丈夫です。用は隣の部屋で済みますので、どこか変なところへ連れて行ったりは致しません」
しかしにこりと笑った赤石に、花崎も小林も何故かそれ以上声をあげることすら出来なくなり、大人しく従うしかなかった。
「父さん! 一体小林に何を…!?」
ドアが閉まるまで呆然と見送った花崎は、慌てて雄一郎のもとへ駆け寄る。
「驚かせてしまったな。だが安心しなさい」
何故か、雄一郎は滅多に見せない楽しそうな笑みを浮かべていた。




「と、言うことで何でか花崎家支援の下、プロのスタイリストさんによる完全監修! 鬘と洋服だけでメイクなしでも完全美少女小林芳雄君です!」
言いながら、花崎は小林の背後から両肩を掴むように二人の前に押し出した。
少しでもバレる可能性を減らすため鬘で白い髪は黒のロングヘアーに、体形を誤魔化す為にそれほど多くはないがフリルのあるゴスロリ調の服。
白い肌と赤い瞳は良く映えている。
「おー!」
「確かにこれは美少女だな」
野呂と井上が感嘆の声を上げる。
「だっろー! 小林って美少女だよなー!」
何故か花崎が得意気だ。
素地の影響も大きいだろうが、眉を整えられ睫毛にパーマをかけられたものの、それほど手を加えていない小林は、しかし確かに誰が見ても美少女だった。
だが、花崎の紹介に小林が不機嫌になる。
「美少女って…僕は女じゃないぞ?」
「わーってるよ。うまく変装できてるって事! 立派だぞ小林」
嬉しそうに褒める花崎の横で、井上も真面目な顔で頷く。
「これは今後の参考にもなるな。このまま小林がこれでうまく通せれば一つの手段として選択肢が増える」
色々矯正しなければならないところはあるが、現状では断るしかない女性を狙った痛ましい事件などにも小林を投入することが可能になる。
靄を使わず戦う術として、井上に柔道を教わったりもしているのである程度の荒事にも対処できるし、何より制御下にある靄を使えば怪我をすることもない。
そんな訳で、今のところ完全に安全な小林は、井上は申し訳ないとも思うが、囮捜査にも向いているのだ。
「何でか父さん達がすっげーやる気だった」
「そりゃそうっしょ! アンタの素行調査なんてされたら」
「俺、やっぱ調査されると問題あるかな? 探偵も俺は好きだけど花崎家としては知られたくないとか…」
「ぶぁ~っかじゃないの!?」
花崎の言葉を、野呂は盛大な溜息を交えて馬鹿にした。
「なんだよ野呂!」
「駄目だと思ってたら、調査が終わるまで事務所いくなって言われるに決まってんじゃん!」
「そうだな。そもそももっと昔からここに来ることを否定されているだろう。それに、うちに依頼したとはいえ他を絶対に雇っていないとは言えない。だが別に行動の制限はかけられていないんだろう?」
井上も野呂の言葉に同調する。
「それは別に言われてねーな。小林は絶対毎日違う服を着ろって色々持たされてたし、何なら毎日セットするから暫くうちに泊まれとか言われてたけど」
「めんどくせーけど、飯はうまかったから別にどっちでもいいな」
「キッチンスタッフも小林がすげー食ってくれっから作り甲斐があるとか言ってた」
花崎は朝食は家で食べるものの、昼は探偵事務所だし、下手をすれば夜も事務所や外で済ませる。
以前はあまり家にいたくないという気持ちの表れだったのかもしれないが、習慣というのはなかなか変わるものではなく、家族の距離を以前より少しだけ詰めた現在でも自宅取る回数の方が少ない。
雄一郎も仕事の都合で家で取るとは限らない。
現在自宅療養中の晴彦は三食食べるものの、動かない為か食が細い。
花崎家の食料を一番消費しているのは、複数いる使用人であろう。
けれど、賄いではなく腕によりをかけた料理を雇い主や客に食べてもらいたいと思うのが料理人である。
同年代に比べて花崎はよく食べる方だが、それ以上に食べる小林が現れたものだから張り切りようも凄かった。
夕食で小林の食欲と好みの傾向を知ったシェフたちは、今朝は夕食より種類も量も多く用意をしていた。
デザートも和洋菓子から果物まで様々だった。
あまりに張り切る姿を見て、家で食べる回数が少ないことに花崎が申し訳無さを感じた程だ。
朝食の後、流石にスタイリスト達は帰っていたので、使用人の女性たちに連れられ、小林は再び飾り付けられていた。
鬘をきちんとつけるのは、意外と素人には難しいのだ。
「んで、流石にデザートは残ったから詰めてもらってきた」
「野呂ちんの分もある!?」
即座に反応したのは野呂だ。
「ちゃんとあるって」
苦笑しながら、花崎はデザートが入った袋を見せた。



いくら見た目美少女になろうと、小林は小林なのでいつも通りソファに凭れるように座る。
「小林、もう少しどうにかならないのか?」
「何がだ?」
井上が問うが、小林は言いたいことが分からず首を傾げる。
「んーと、たぶん井上が言いたいのはこういうことじゃねーかな?」
グイっと腰の辺りの背骨を押され、小林の背筋が伸びる。
「いきなりなにすんだよ」
「その格好だと、その姿勢の方が可愛い」
「別に可愛くなくていい」
「えー、もったいねーよ。折角だから極めようぜ!」
親指を立てながら歯を見せて笑う花崎。
鬱陶しいことこの上ないが、この笑顔が嫌いではないから厄介だと小林は思う。
面倒くさいが一応花崎は今、小林の依頼主でもある。
井上の言い方からしても、任務としてその方が望ましいのだろうと割り切ることにした。
決して花崎が楽しそうなのが良いと思った訳ではない。
「背中伸ばす以外は、いつも通りでいいんだな?」
「写真なら音声入らないからそれでいいんじゃね」
小林の言葉に花崎は少し考えて、問題ないだろうと頷く。
「いや、あまり小林は喋らない方が良いだろう」
だが井上は同意しなかった。
「何でだ?」
「街中で好奇の目線に晒されたければ止めはしないぞ」
「こうき…?」
「変なものを見る目って事!」
理解していない小林に野呂が説明をする。
「そんなの、このカッコな時点で今更だろ?」
男が女の格好をしているのだから、へんなもので間違いないだろうと小林は思う。
それを分かった上でさせたくせに何を言っているのか分からないと言いたげだ。
「確かに小林美少女だから目線集めちゃうかもなー」
花崎は小林とは違う意味で納得する。
「その美少女が、ひっくい声で話してたら吃驚されるって言ってんのー」
「確かに小林の声は女声じゃねーけど、そういう人もいるかも知れねーじゃん」
世の中には声の低い女の人もいるんだから大丈夫だろうと、花崎は軽く考える。
「うがー! このゾウリムシ脳どもー! ちょっとは考えらんないのー!!?」
ばさばさとピッポが野呂の気持ちを代弁するように羽音を立てて飛び回る。
「野呂、オレ達が諦めた方が早そうだ」
「井上ぇ!? 早くない!?」
野呂の言葉に、しかし井上は一つため息を吐いて花崎と小林を視線で指す。
「こいつらは、花崎と小林だぞ」
「……そーだねー」
だが、井上の言葉に野呂は少し黙った後、疲れたような声でそう呟いた。
「おいそれどういう意味だよ!?」
「終わったか?」
花崎は叫ぶようにツッコむが、小林はまったく気にしていない。
「ならピザを食いにいくぞ」
「お、そーだな」
そんな小林に促されて、花崎はあっさり文句を引っ込めて頷く。
「それは依頼が完了してからにしろ!」
井上が慌てて止めた。
いくら外見美少女になろうとも、小林は食の権化な上に食べ方も大雑把だ。
下手をすればそれだけでばれる。
成功報酬だろうといわれれば、小林も素直に従った。
ではどうするか、と悩んだところで井上が提案をする。
「今日は仕事も入っていないし、ピッポちゃんに追跡で写真を撮ってもらうから、二人でデートでもしてこい。お前達向きの依頼が入ったら連絡する」
成程さっそく写真を撮るのかと理解して、花崎は立ち上がる。
「りょーっかい! 行こうぜ小林」
「分かった」
頷いて、小林も立ち上がった。


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