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20 May

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02 July

崩壊の銃弾

タイトルの通り内容は不穏です。
皆がもだもだ自分が悪いみたいな感じです。
あの時、小林が一歩出遅れていたら。







花崎に気を取られすぎて、小林は女が戻ってきたことに気づくのが少しだけ遅れた。
その少しが、命運を分けてしまった。
女が銃を構えたのに気づき、その先にいるのが花崎だと分かり、小林は地を蹴った。
だが、銃弾の速度に人の足で敵うはずがない。
飛び出した小林が辿り着くより先に、花崎を凶弾が抉った。
誰もが最初、現実を認識できなかった。
最初に動いたのは、当の花崎だ。
傷口を守るように手を当て、膝から崩れ落ちる。
「痛って……」
なんとか痛みを耐えようとしているのか、唇を噛み締めるが、それで痛みが消えるはずもなく。
地面についた手からも力が抜けて、完全に倒れる。
その音に、その場にいた面々が意識を取り戻す。
「花崎!」
声を上げたのは井上だ。
明智は駆け寄り、花崎を仰向けると傷の状態を確認する。
「拙いな、弾が残ってる。野呂! 急いで救急車でも救急ヘリでもいい! 回せ!!」
「わ、わかった」
明智が叫べば、野呂もそこでようやく現実を認識したのか、急いで救急手配をかける。
中村は犯人を追っていった。
「僕のせい…か?」
応急処置をする明智の傍らで呆然としたように小林が言った。
「僕が、こいつを呼んだから、こいつは撃たれたのか?」
「小林?」
「こばちん?」
撃ったのは女性だ。
花崎が打たれたのは偶然で、それが小林の所為だと思っていたものはいなかった。
「お前はどう思う? 自分の所為だと思うか?」
「僕は…」
明智が問うが、小林は何も答えられず奥歯を噛み締める。
「誰の…せい、でも…ねーって」
無言の空間に、小さく声が響いた。
「「「「花崎!」」」」
響いた花崎の声に全員の視線が集中する。
痛みから額に汗を浮かせながら、焦点の怪しい視線で周囲を見回す。
「痛みはどうだ?」
明智が問うが、花崎にそれに答えられる余裕はない。
ただ、どうしても言いたい言葉を必死に音にする。
「こば…し、の…せい…でもねぇ……から」
出会った頃「僕は悪くない」と悲痛の叫びを上げた小林。
自分が誰かを傷つけることを、自分の所為だと恐れ拒否する視線を向けられることを恐れる小林。
自分のことでて精一杯だった小林が、花崎を気にかけ手を伸ばし、呼びかけ続けてくれた。
だから、花崎は誘惑を跳ね除けてこの場に来ることができた。
小林が見せ始めた、他人を気遣う余裕をこんなことで失って欲しくないと思った。
花崎が撃たれた…もしかしたら死ぬかも知れないけれど、その程度のことで。
天罰かも知れないとも思う。
周りが優しくて、誰も花崎を罰しない。
距離は開けても、罵ったりはしない。
二十面相の手に堕ちた花崎を許せなくても、どこかでやはり花崎が被害者でもあったと認識しているからだ。
花崎も少年探偵団を諦めきれず、多分心のどこかで戻れる気でいた。
その証を手放せずにいた。
だから、井上達の態度に傷ついていた。
本当にすべてを諦めていたら傷つきすらしなかっただろう。
そして小林の伸ばしてくれた手を掴もうとしてしまった。
だから天が罰を与えてくれたのかもしれない。
などと、霞む意識の端で考えてしまう。
苦笑して、そこで花崎は再び意識を失った。


明智は花崎を抱え、ヘリが来る屋上に向かう。
「わかっただろ。井上の時も、足だけじゃ済まなかった可能性もある。ここは『そういう場所』なんだ。…少年探偵団は解散だ」
背中越しにそう告げて、明智は階段を登っていった。
その背を見送って、しかし誰も声を発せない。
もし銃弾を受けたのが、あの時庇おうとした小林だったなら、もしかしたら靄が何とかしてくれるのではないかと、心のどこかで希望を持つこともできたかもしれない。
けれど、花崎には楽観を与えてくれるものがない。
命すら失われようとしている。
その状況で、明智の言葉が重く伸し掛かる。

死ねるならむしろ続けたいと、普段なら思う小林も何も言えない。
失われようとしている花崎ばかりが頭から離れず、先程まで謎の頭痛を与えていた事柄すら考えられない。
頭の中が花崎で埋め尽くされる。
「小林の所為ではない」と花崎は言った。
自分の所為ではない。いつもならそこで終わるはずの思考が、その先を探そうとする。
本当にそうかと自分に問いかけてしまう。
花崎をどうにかしたいと思ったのは、言ってみれば小林の我侭だ。
誰もそれをしろとは言わなかった。
明智が言ったのは、小林の希望に対するヒントだけ。
事件を引き受けたのも、それを花崎に伝えて呼び出そうとしたのも、小林だ。
誰も花崎に声をかけず、花崎すら小林から逃げる程だったのに、それでも逃がさなかったのは小林だ。
その結果、花崎は小林の求めに応えた。
ただ前みたいにしたかった。
当たり前のように一緒に行動して、時折小林の力を便利に使って。
当たり前のように自分に笑いかけて、時々遊んで。
怒ったり、俯いて、泣いて、言いたいことも言えないように苦しそうにしたり、見たいのはそんな表情ではなくて。
困っている人間を放っておけなくて、思いのまま行動して、まっすぐに前ばかり見て欲しかった。
振り回されても、面倒くさいけど構わないから、せめて楽しそうにしていて欲しかった。
小林を見つけて、その力を知っても、楽しそうだったあの時みたいに。
派手な事件に喜び、その過程の危険さすら楽しみ、解決して喜ぶ。
それが見たかった。
それに小林が役に立つからと受け入れられたように、戻れないといった花崎だって役に立てば戻れるとも思った。
実際、花崎はさっき少しだけ表情が緩んだ。
なのに……。
誰かの死を目の前にしても、小林はそれが自分の引き起こした事態でなければ気にならなかった。
けれど、花崎の死だけが受け入れられない。
死ぬかも知れないという可能性すら受け入れられない。
受け入れたくない。
今死にたいと思った。
花崎が失われるより先に。
花崎が死んだって自分は死ねない、などと考える余裕もない。
花崎が死んだら、の先を小林は考えられない。
「う…あ、あ…あああああああああああ!!!!」
腹の底から溢れるように叫びをあげた後、小林は倒れた。
「ちょっと、なに? こばちん!?」
「重度の精神的負荷によって気絶した…のか?」
「そんな…」
明智は花崎を連れて行ってしまった。
井上は車椅子の問題から一緒に行くことは諦めていたが、ここに来て小林が倒れてしまい途方に暮れる。
「ねえ、どうするの?」
野呂が言う。
「どうするもなにも……」
井上は何に対して答えればいいのかわからない。
こんな時こそ、花崎が欲しいと思ってしまう。
小林が倒れても焦らず、そしておそらく目が覚めるまで傍にいるだろう。
井上の入院中、ずっと付き添っていたように。
目が覚めたとき独りにしないように。
見放されたと感じないように。
解散という明智の言葉も、そんなこと知らないと一蹴して、笑いながらどうしても解散なら新しく少年探偵団つくろうぜ、とでも言ってくれる気がする。
きっと皆がそれに頷いて…そんな呆れる方法に明智も折れて……。
そんなことを考えてしまい、井上は車椅子を拳で叩いた。
あれほど拒絶するような態度を取っていたのに、花崎が少年探偵団の一員でないなどと全く考えていなかったのに気づいてしまった。
もしかしたら自分から許す勇気はなく、花崎から戻りたいと言ってきてくれるのを待っていたのかもしれない。
その上で、花崎の甘さとノリの良さと勢いに頼りたいとすら思ってしまったのだ。
それだけではない。
小林が花崎を求めていたのも知っていた。
小林に甘くなってしまっていたのも、勿論小林の力を認めたからというのもあるが、何割かはそれを知っていて花崎を受け入れてやれない罪悪感からだ。
或いは花崎に向けてやりたかった優しさを小林に振り替えたからだ。
何割かは明智に言われた解散のことを悟られる心配もなかったからだが。
野呂は敏いので、なにかの拍子に気づかれないようにと小林ばかり使ってしまっていた。
花崎との繋がりを持ち続けようとする小林にも、心のどこかで安堵させられた。
お前と一緒など嫌だと拒否されたことにすら、安心してしまった。
小林に甘えていた。
小林の希望は何一つ叶えてやれないのに。
もし、小林に甘えず花崎に少しでも歩み寄る努力をしていたら、野呂に、明智の言葉を伝えて明智が来ない可能性を教えていれば。
明智は来たけれど、それでも今とは違った未来があったかもしれない。
小林は自分の所為かと聞いたが、井上は自分の所為ではないかと思う。
「俺が……」
「井上! しっかりする!! 今は何がとか誰かとか考えてる場合じゃないでしょ!!」
井上がマイナス思考に沈みきる前に野呂の叱咤が飛ぶ。
「ああ…そうだな……」
野呂の存在の心強さに、井上は苦笑する。
「俺はここで小林を見ている。花崎の方を確認してきてくれないか?」
「ピッポちゃんが病院は入れるわけ無いでしょ! 病院には井上が行ってって! こばちんは見ててあげるから」
「だが……」
メンバーの誰より、花崎を遠ざけていたのは井上だ。
その井上が今更花崎の元に行くのは赦されるのだろうかと悩む。
「心配なんでしょ」
「それは……お前たちだってそうだろう?」
「だから! 病院に行ってちゃんと花崎が無事ってるか確認してきてって言ってんの!!」
撃たれた位置と明智の応急処置から恐らく即座に死に至る危険はないだろうと、少しだけ冷静になった野呂は考える。
それでも予断を許さないのは確かだ。
「わかった」
井上は頷いて車椅子を階段に向かわせた。






花崎は手術室にいる。
「結局俺が巻き込むのか……」
明智は溜め息混じりに呟いた。
蕗屋が少年探偵団を指名したのは自分のせいだ。
こんなことにならないように離れたつもりだったのに、本当の意味で手放さない限り少年探偵団に明智の影響は付きまとうらしい。
「花崎……」
明智はどこかで、他の誰でもなく、花崎なら大丈夫だと思っていた。
『明智小五郎に育てられた』花崎なら大丈夫だと。
先日の件があったのに、それでも大丈夫だとどこかで楽観視していたのだ。
だからあの他人に興味がなかった小林がどうにかしたいというならやってみればいいと思った。
自己否定を必死に押し込めて、何も気づかないように何も考えないようにと底抜けの馬鹿の仮面を被っていたのはわかっていた。
その仮面が剥がされ、壊され、さらに周囲を巻き込んだことで余計に自己否定が深くなったであろうことも容易に想像がついた。
それでも、今まで与えられたことがないような、自分を必要として疑う余地もないくらい真っ直ぐ向けられる思いには、きっと根負けして受け入れるだろうとも思った。
右も左もわからない子供のようになってしまったが、誰かの想いを受け入れて差し伸べられる手を取ることができれば、花崎ならまた走り出せると思っていた。
小林が恐らく何とかするだろうと、そこで投げてしまった結果がこれだ。
自己責任だ。なんていいわけだ。
責任を自分で取るのが嫌だっただけだ。
居場所を与えてやっているつもりでいた。
本当はあそこを居場所にされることで自分が満たされていただけだった。
花崎が優秀なことに気づいて、子供たちの可能性に気づいて、ならばと大人を雇うではなく子供たちを集めたのは自分の為だった。
子供達は子供であるが故に成長途中で足りない部分が有り、だから自分を素直に慕ってくれる。
それが嬉しく、優秀な彼らに慕われるのが誇らしかった。
なのに、責任を取りもせずに、自分から離すのが彼らの為だと言い訳してその場から逃げ出した。
それでも、事務所に電話をかけてしまった。
誰かがいると、思っていたのだ。
そして解散していない彼らにどこか安心していた。
その結果、花崎が倒れた。
花崎の家には既に連絡済みだ。
きっとすぐに駆けつけるだろう。
残って責めを負うべきか、それとも顔など見せない方がいいのか。
そんなことすらわからない。
「なあ、俺は今、お前が喜びそうな顔してると思うぜ……」
苦笑して呟くが、流石にあの男にだってこの展開は予想外だっただろう。
けれどあの男の予想の上を行けたとしても全く喜べない。
病院でタバコを吸うわけにもいかず、明智はない煙を吐き出すように深く溜息をついた。
 

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