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20 May

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21 May

マシュマロ

マシュマロを食べる話






小林が事務所に顔を出せば、すでに主要メンバーは全員揃っていた。
井上は書類処理に忙しそうだ。
花崎とピッポは特にやることがないといった体である。
近づけばソファに座る花崎が、珍しく唇に白い何かを銜え、感触を確かめるように食んでいた。
「なんだそれ」
小林に問われ、答えるために一度それを口の中に入れて少し咀嚼した後飲み込む。
「マシュマロ。小林も食ってみる?」
袋を見せれば、白い丸い物体がいくつも詰まっていた。
「食いもんなら食う」
頷いて、花崎の隣に腰を下ろすと、置かれた袋に手を伸ばした。
一つ手に取れば、予想外の柔らかさにうっかり潰してしまった。
憮然として、しかしそれは潰れても食べ物であるので小林はそのまま口に入れた。
「甘いな。あとべたべたする」
「べたべたすんのは小林が潰しちゃったからだって。もう一個食ってみ」
言われて、今度は力加減に気を付けながら手に取る。
フニフニとしていて、確かにべたつきはない。
「なんか気持ちいだろ?」
指先で不思議な感触を確認していると、隣から声が聞こえた。
「マシュマロほっぺとかマシュマロおっぱいと柔らかくて気持ちのいいものが例えられる感触なんだぞー」
「あとキスの感触とかも言われてるっしょー」
ピッポを介して野呂の声が届く。
「俺、キスしたことねーもん」
女性の胸の感触はそこそこモテる花崎は抱きつかれたりしたことがあるので、なんとなくはわかる。直接触った記憶はないが。
「キス……」
小林は指でマシュマロを弄ぶ。
柔らかいと思う。
気持ちいいとも。
「お前もこんな感じか?」
「ん?」
問われた花崎は一瞬何を言っているかわからなかったが、小林がマシュマロを摘んだ指を向けてきたので理解する。
「ああ」
マシュマロを一つ手に取り、もう片方の手で唇に触れる。
「んーと……たぶんこんなに柔らかくない?」
何度か触って確認するが、自分ではよくわからないと花崎はマシュマロの袋を持って立ち上がった。
「井上ー。俺の唇の感触ってマシュマロに似てるか確認してくんね?」
「お前は馬鹿か…」
マシュマロ片手に近づいて来る花崎に井上はその背後に視線を向けて、頭を押さえた。
全く悪くないはずなのに小林の視線が突き刺さる。
それでも特に口出ししてこないのは井上への信頼からか。
「だって小林知りたがってるけど自分じゃわかんねーもん」
何も考えていないと分かる花崎の言葉に井上は深く溜息を吐く。
いや、小林の質問に答えてやりたいと考えてはいる。
その方法が小林を不快にさせるとは思わない辺り、全く考えが足りていないが。
「俺は無実だからな」
「なんのこと?」
首を傾げる花崎に、さっさと済ませてしまおうと井上は手を持ち上げて向ける。
それに花崎は屈んで唇を寄せた。
「意外と近いんじゃないか? いや、少し花崎の方が柔らかいか?」
花崎はまだ成長中なので、大人の唇に例えられるそれより少しばかり柔らかい気がして探究心から井上は唇をなぞるように動かして確認していく。
「おい」
そこに小林の声が低く落とされて、ハッとしたように井上は手を引いた。
唇を触れられていたので喋れずにいた花崎は顔を上げて小林に視線を向ける。
「どーしたよ小林」
「どーしたって…」
仮にも恋人なのだ。
手を繋ぐことすら許されない恋人関係は、花崎が小林以外の誰のものにもならないように約束されたものだが、たとえ相手が恋人同士になるというその提案をしてくれた、花崎を奪う可能性が限りなく低い井上であっても、自分には触ることすら出来ない唇の感触をゆっくり確かめるように触られるというのは実に面白くない。
「あ、マシュマロ? 袋ごと持ってきちゃったもんな。ワリーワリー」
しかし分かっていない花崎は、自分の持つマシュマロの袋に気づいて慌てて小林の元まで戻ってきた。
その花崎にため息が出そうになるが、まあ戻ってきたのだからいいと小林は机に戻ってきたマシュマロの袋に手を伸ばした。
「で、井上が言うには、まあだいたい似てるって」
「あっそ…」
言いながら、小林はどうでもいいというようにパクパクといくつも口に放り込んで食べてしまう。
「あっそって、小林が聞いたんだろー?」
「わかったんだからもういい」
「そーかよー」
ちぇーっと言いながら花崎は再び袋に手を伸ばしてひとつ取る。
それを軽く唇に押し当てて、しかし今度は口に挟むこともせず指に摘み直した。
「小林」
「なんだ」
「ん」
ティッシュに乗せて、花崎がマシュマロを小林に寄せる。
「俺からのキッスってな!」
ウィンク付きで投げキスまで小林に送る花崎。
「……馬鹿か?」
そんなことをしたところで本当にキスが出来る訳でもなし、何の意味があるのか分からず、小林は冷ややかな目を向ける。
「ひっでーなあ。俺なりにちゃんと考えたんだぜー?」
むくれる花崎に仕方ないと小林はマシュマロを摘むと、花崎と同じように唇に押し当てた。
意味がわからなかった小林は、しかし花崎の唇が触れた事実と、似ているらしい柔らかさに少し顔が熱くなる。
「ドキドキしない?」
した、というのはなんだか面白くなくて、小林は少し惜しい気もしたが無言でマシュマロを口に放り込んだ。
途端に口に広がる甘さ。
「お前の口は甘いのか?」
「や、それはマシュマロの甘さだから俺は別に甘くねーよ」
問えば、笑って返される。
聞いた癖に、小林がドキドキしたか等どうでもいいような反応だ。
なら聞くなよ、と小林は小さく舌打ちする。
花崎がどうでもいいのにあんな質問をしなければもう少しあの感触を確かめていられたのだ。
感触だけなら他のマシュマロでも良いが、花崎の唇が触れたのはあれだけだった。
しかしもう一度寄越せとは言いたくない。
「いや、甘くないからって舌打ちする程のことじゃないだろ?」
相変わらず小林の思考とはズレた事を言うのでもう一度舌打ちをしてやった。
「お前甘っちょろいから甘そうなのにな」
「俺のどこが甘っちょろいんだよ?」
「どこが……」
問われて、小林は考え込む。
「思いつかねーんじゃん」
やっぱりなー、と花崎が言えば、上から小林に援護射撃が降る。
「こばちんが悩んでるのはー、無いってことじゃなくてー、全体的に甘っちょろってるから部分的に答えられないってことっしょー」
「俺は別に甘っちょろくねーぞ!」
拳を握って梟に叫ぶ花崎を見て、小林は野呂が答えるならいいかとマシュマロを手に取る。
そこでふと思いついた。
一度それを唇に押し当てて、しかし食べることはせずに口から離す。
「花崎」
「何?」
呼べば、ピッポに向けていた視線を小林に戻す。
「ん」
その目の前で先ほどの花崎のように小林がティッシュに一つのせる。
「へ?」
「今度はこばちんからのキッス~? ラブラブですなー」
「からかうなよ野呂!」
野呂の言葉で意味を理解して、花崎は顔を赤くする。
「早く食え」
小林は野呂を気にすることなく花崎に急かす。
「わ、わかった…」
花崎は先ほど自分がしたことなのにとても気恥ずかしい気がして、恐る恐る置かれたマシュマロを手に取る。
そっと躊躇い勝ちに唇に当てた。
「ドキドキしたか?」
間髪入れずに質問されて、慌ててマシュマロを口に放り込んでやや無理やり飲み込む。
「べっつにぃー!!」
顔を逸らしながら上げた声は、しかし上擦っていて動揺しているのがバレバレである。
小林以外にだが。
「あっま! その程度で照れちゃうとかチョロ甘すぎってるでしょー!!」
「野呂!!」
「お前達、おやつくらい落ち着いて食べられないのか」
「はいはーい」
井上に注意され、野呂の声に応えるようにピッポは花崎達から離れた水槽に飛び移った。
文句を言いたい気はしたが、井上に怒られそうなので花崎も黙る。
仕方なしにもう一つマシュマロを取ろうとして、しかし小林に袋ごと奪われてしまう。
「小林ー、何も独占しなくてもいいだろー」
「違う」
言うと、小林は一つ取って、また唇に押し当ててティッシュに置く。
「小林?」
「お前にキスしていいのは僕だけの筈だろ」
「へ?」
「マシュマロでもダメだ。だから僕が先にキスしたやつだけやる」
「お、おまっ……」
男前な言い分に思わず言葉を詰まらせるが、ある事実に気づいて花崎は不機嫌になる。
「小林は俺が触ってないマシュマロにキスしてんじゃん」
「そういやそうだな」
言われて小林も思至り、少し考えて解決策を思いつく。
「じゃあこれにキスして返せ」
ティッシュに乗せたマシュマロを指して言う。
「そしたら俺食えなくね?」
「もう一度して返してやる」
小林の言葉に、花崎は吹き出した。
「めんどくせえ」
所詮ただのマシュマロだ。そこまでしなくても、と思ってしまう。
「ならお前にはやらねえ」
笑う花崎に小林はへそを曲げ、抱えた袋から次々と食べていく。
「やらねえって、もともとそれ俺の……」
言いかけた花崎だが、食べ物に関しては小林に言うだけ無駄だ。
諦めて、小林がティッシュに残したそれを口に当てる。
少し感触を確かめて、小林の言うように返すのは少し気恥しいのでそのまま口に入れる。
飲み込むと、小林がまた一つ置いた。
やらねえと言いつつ、ちゃんと花崎が食べたのを確認して次を渡してくる事実に微笑ましくなり、花崎は唇に挟んでゆっくりと感触を確かめる。
少し喉が渇いたので、立ち上がって冷蔵庫に向かう。
その間ずっと咥えているが、行儀が悪いと指摘する者はいない。
冷蔵庫から飲み物を一本取ると、そこで漸く花崎はマシュマロを飲み込んだ。
「流石に喉渇くよなー。小林もいるかー?」
軽いプラスチック音を立てて蓋を取るとその場で煽って、同じマシュマロを食べていた小林にも声をかける。
「いる」
「んじゃ…」
「違う」
新しいものを手に取った花崎だが、小林から否定の声が飛んできた。
「え、水じゃいや? コーヒーにする?」
「違う。そんなにいらない。お前が飲んでるのでいい」
「え、でもこれ飲み止しだぞ?」
「だからいいんだろう」
さっきまでキス云々で間接キスの応酬をしていたとは思えない花崎に、思わず井上まで口を挟んでしまう。
「まあ、確かに量がいらないならそうかも知れねーけど」
首を傾げた花崎は、しかし当の小林と井上までもがそれがいいというのだからそうなのだろうと思うことにした。
井上と、黙っている野呂は何故分からないのかと呆れるばかりだ。
「ほい」
そんな事は露知らず、花崎は小林の目の前にペットボトルを置く。
漸くマシュマロの袋を放して、小林はペットボトルを手にとった。
その横で、ようやく解放されたマシュマロの袋を花崎が手に取れば、中身は空だった。
「って、マシュマロもうねーじゃん」
「食った」
「知ってるよ!」
怒鳴りながら、しかし大して残念そうでもなく花崎は肩を竦めるだけだった。
文句がないなら良いかと、小林はペットボトルを煽る。
音を立てて飲み干して、落ち着いたように息を吐く。
それを見て花崎は笑う。
「マシュマロって喉渇くよなー?」
「でも悪くなかった」
「気に入った?」
小林が気に入る食べ物が増えるのは良いことだと喜ぶ花崎。
「ペットボトルよりはいい」
「は?」
しかし小林の返答に、ペットボトルとマシュマロを比べる意味が分からず疑問符を浮かべる花崎。
少しして漸く意味に気づいた。
「お前……そういう恥ずかしいこと、よくさらっと……」
悪くなかった、というのはつまりマシュマロに対してではなくそこに上乗せされた意味と行為のことだ。
花崎は両手で顔を覆い、背を丸めるように俯いてしまう。
「はあ? もともとお前が言ったことだろ」
キス云々は花崎が先に言い始めたことだ。
なのに何故小林が責められるのか。
「そーだけど!!」
花崎のそれは、意味こそきちんと隠っていたが、それでもその場のノリだった。
けれど小林は花崎が思う以上に深く飲み込んでしまったのだ。
「こばちんがそうなのは前からっしょー」
「迂闊な言動をした花崎が悪いな」
「ううっ…」
呆れる二人の声に、味方は誰もいないと知り花崎はさらに身を丸めてしまう。
「お前らなんの話をしてるんだ?」
一人ついていけない小林は、何故か花崎が丸まってしまい困惑する。
「ちょっとした思いつきでしてしまった行動に花崎が後悔しているという話だ」
これを教訓に思いつきで行動することを改めてくれればと井上は思うが、恐らくそれはないだろうと肩を落とす。
「後悔してんのか?」
「してねーし……」
小林が花崎に直接問えば、膝に顔を埋めているのでくぐもった声だが、小さく答えた。
そう、マシュマロを使った間接キスに後悔はない。
どうも小林は自分が花崎を拘束しているのだと思っている節があるので、ちゃんと自分も好きだと伝えたかったのだ。
改めて言葉にするのは恥ずかしいので、ちょうど良いとキスという形をとった。
それも素直になれなかった所為で伝わらなかったが。
それでもマシュマロにすら口付けることに焼いて、花崎が意識していなかったペットボトルの間接キスすら気にしてくれたのは嬉しい。
そして恥ずかしい。
でも、決して嫌ではなかったのだと伝えたい。
「マシュマロ…またもってくるから」
先ほどの話でなぜそこに繋がったのかわからない小林はきょとんとする。
「また、一緒に食おうな」
だが続いた言葉でなんとなく理解した。
一緒に食べる、とはつまりそういうことなのだろうと。
それを花崎も欲しいと思っているのだろうと。
「ん」
頷いて、小林は表情を緩めた。
その幸せそうな笑みが見えたのは残念ながら花崎ではなくピッポを介した野呂だけだった。
「あまあま…」
マイクを通さず呟いた野呂は、しかし悪くはないとこちらも口元を緩めた。
 

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