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19 May

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14 March

ホワイトデー

バレンタインがあったのでホワイトデー



ホワイトデー。
主にバレンタインのお返しをする日。
家の用事を終えて少し遅めの時間になった花崎は、陽気に口笛を吹きながら事務所に向かった。
バレンタインに、予定とは全く違う形で偶然チョコを渡すことになってしまった花崎に、小林がお返しをくれると言っていたのだ。
ここ数日そわそわとしていたのは知っていたので、忘れているということもないだろう。
そもそも、小林は約束を破ることはない。
思い付きというか、その場の勢いと妥協策で提案され、一応の話し合いの結果始められた恋人関係ではあったが、今ではその関係が嬉しくて大切なものである。
こちらから投げた愛が真っ直ぐに受け止められて、そして真っ直ぐに返ってくる。
そしてそれを、花崎は信じることが出来る。
愛することを恐れなくていい、愛されることを信じていい、大切な人。
それが今の花崎にはいる。
こんなに幸せであっていいのだろうかと思ってしまう程だ。
真っすぐ受け止めてくれる小林だから、それが嬉しくて、沢山のものを渡したくて、つい思いつくままに色々してしまう。
最初に妥協で始めてしまうという馬鹿なことをした所為で、少し花崎の本気を懸念する小林に、こんなに大好きなのだと伝えたくて仕方がないのだ。
ホワイトデーのお返しは、バレンタインに花崎の想いを受け取ってくれた証だ。
しかも、小林が花崎にくれるもの。
楽しみにして何が悪いと思う。
しかし、事務所で出迎えたのは井上だけだった。
「え、小林仕事なの?」
「ああ。急な依頼だったからな。野呂と二人で担当してもらっている」
駆け込んできた会社員が依頼した、緊急を要する紛失物の捜索。
よりによって鞄を川に落としたのだという。
それを探偵事務所に依頼して来ようと思うのも凄いと思うが、明智探偵事務所は幸いにして小林という、川の中でも探し物が可能な稀有な人材を有していた。
流されてしまっている場合を考えて、野呂は空から川の流れを追っているのだろう。
「俺も行ってくる」
川の大きさにもよるが、紛失物は人手が多い方が有利だ。
花崎も大友発明の小型水中酸素ボンベを使えばある程度は潜っていられる。
「駄目だ」
さっそく向かおうとしたら、井上に止められた。
「何でだよ」
人手が多い方が良い案件で、花崎の行動が止められる理由が分からない。
「小林を現場に行かせる条件が、お前を事務所から出さない事だからだ」
「はあ?」
何でそんな条件を、と首を傾げる花崎に井上は苦笑する。
「今日は絶対に待っていろ、とのことだ」
「……待つくらいなら行った方がはえ―じゃん」
待っていろ、と言われたということは小林は今日という日を忘れてはいない。
恐らく相当渋ったのではないだろうか。
だが、川の中の紛失物を探すのに小林程向いている人材は明智探偵事務所にはいない。
絶対に花崎に会う条件を整えることで小林を動かしたというなら、別に花崎が現場に駆け付けたって良い筈である。
「花崎」
分かっているだろう? と問うように井上に名前を呼ばれて、拗ねたように顔を逸らす。
「だーってさーあー……」
分かっている。
花崎を一人で外に出すのを小林は嫌がる。
特に、小林の目の届かないところに一人で出せば、うっかり何かに巻き込まれ無いとは言えないのだ。
そうしたら、今日という日に会うことが叶わなくなるかもしれない。
ならば事務所に拘束しておこうという考えに至ったのも理解している。
けれど花崎は小林の近くに行きたいし、少年探偵団としてみんなと一緒に仕事だってしたい。
守られるように置いて行かれるのは性に合わない。
それでも、文句を言いながらも勝手に動かないのは、それが小林の言葉だからだ。
しかし体は心情を表すように外へと向かって傾いている。
井上は肩を竦めて、追加情報を述べる。
「さっき追加要員として山根君に、大友の発明品を持って向かってもらった。時間の問題だろう」
「発明?」
「ドローンの改良版で水中運用が可能とのことだ。今回は実験も兼ねているらしいがいいタイミングだった」
「じゃあ本当に俺出番なし?」
上手く扱えるなら圧倒的に数で勝利しているドローンの方が、水中で身動きがとりにくい人間の花崎より優秀である。
「だから大人しく待っていろ」
下手をすれば駆け付けたタイミングで作業が終了しており、花崎は小林の言いつけを破ったと不快にさせた挙句に怒られるだけになる。
仕方ないと花崎は出ていくのを諦めた。



山根が持ってきたドローンは確かに役に立った。
野呂の操作があってこそだが。
そして見つけた鞄を小林が拾いに行って無事確保した。
日が暮れた空を見て、小林は慌ててピッポに鞄を預け、事務所へ急ぐ。
花崎は小林との約束を守る。
守るようになったというべきか。
元々、自由に行動する事が多くとも、地下水路事件の時に勝田の言葉に応じて足を止めたように、誰かが本気で願えば踏みとどまる心根は持っていた。
その上、小林との約束は些細なことであれ破らないように心がけている。
だから花崎はきっと事務所で待っている筈だ。
だが、今回は小林が直接花崎に伝えた訳ではないので、明確に小林との約束とは言えない。
花崎が用事の都合で携帯の電源を切っていた為、電話で伝える訳にもいかなかったのだ。
せめて留守電が残せる環境ならば一言残したのにと思いながら、とにかく小林は急いだ。





飛び込むように事務所に戻れば、小林が山根が都合で家に帰ってしまった為にピッポに押し付けた鞄を、きちんと依頼人に渡してサインをもらう為に井上が出てしまった為、明かりが落とされていた。
見回しても花崎がいない。
小林は盛大に舌打ちをした。
今日中に花崎に会う為に、食事の時間すら惜しんで探し物をしたというのに、その花崎に会えないのだから苛立ちもする。
今から花崎の家に向かうか、と考えてふと気が付いた。
事務所の鍵は閉まっていたが、警備はかかっていなかった。
井上が、誰もいないのにそこを疎かにする筈が無い。
なら、事務所は無人ではないということだ。
くるりと一周事務所を見て回り、しかしやはり花崎の姿は見えないので、もしやと思いエレベーターに乗り込む。
屋上に着いて小林の寝床まで行けば、花崎はそこにいた。
待ちくたびれたのか、眠っている。
小林には分らないが、今は寒い季節の筈で、人間は寒い場所で寝ると風邪を引く可能性がある筈だ。
如何にか起こさなければと、うっかり破壊しないように意識しながらフレームを叩く。
何回か叩けば、花崎が身動ぎした。
「あ、小林おかえりー」
「風邪ひくだろ」
以前風邪を引いて寝込んだのだ。
風邪を引かないなどとは言わせない。
「今日は割と暖かいし……」
と、言ったところで花崎は一つくしゃみをする。
「くしゃみしてんじゃねーか」
呆れながら小林は上着を脱いて花崎に放る。
「ははっ」
それを受け取って自然な仕草で袖を通した。
それから小林の体温を堪能するように前を閉め、袖で冷えた頬を覆う。
「小林に上着借りんの慣れたなあ」
初めての時は恥ずかしかったが、慣れてしまえばもうただ嬉しいだけだ。
冷え切った体だから、余計に小林の温もりが感じられて、花崎はじんわりと自分を温めるそれに幸せを感じる。
風邪を引きかねないのだからいい加減自分で着て来いと言いたいが、花崎が自分の服を着るというのは何故か不思議と嬉しくて小林はなかなか言い出せない。
花崎が嬉しそうにするから猶更だ。
上着を貸して、小林は花崎を待たせていた理由を思い出した。
どの道、直接手渡しできるわけではないのだから、小林は口を開いた。
「ポケットに、入ってる」
なんのことか理解した花崎は両のポケットに手を突っ込んで漁る。
「何か色々入ってっけど……」
小林は手元に食べ物を置いておきたいからか、適当にポケットに突っ込む癖がある。
それは長年生きてきた環境の所為なので仕方がないことではある。
食べ物が失われるというのは、小林にとって恐ろしいことなのだ。
逆にあればそれだけで少し安心できる。
来たばかりの頃は、包装されていないオードブルでも気にせずそのまま突っ込んでいたのに対し、今入っているのは個包装された菓子が主なので以前より増しと言えよう。
「箱だ」
「んー……これかな?」
取り出したそれは、片手に納まってしまう小さな白い箱。
ラッピングもなにもない、至ってシンプルなただの箱だ。
中に何かが入っているのは分かる。
「開けていい?」
「ああ」
小林が頷いたので、花崎はさっそく箱を開ける。
中には銀色の、細い少し歪な輪が入っていた。
見た目で言うなら、指輪のような物だ。
「指輪みてー……つーか……指輪?」
飾りっ気も何もない銀色の輪だが、花崎にはそうとしか見えなかった。
小林が頷いたのだから間違いないだろう。
「作った」
「つくったああ!?」
確かに、初心者でもそこそこまともに作れるキット等は売っているが、その存在を知っていたことにも驚きだし、やる必要があるならやるが面倒臭がりである小林が手間暇をかけて作ったことに大いに衝撃を受けて花崎は叫ぶように声を上げる。
「ホワイトデーって言うのを調べたら、菓子かそういうのをやれって書いてあった」
バレンタインデーは日本ではチョコレートが定番である。
その定番に該当する品を花崎に貰ったのだから、小林も定番を渡すべきだと考えたのだ。
筆頭にマシュマロが出てきたが、二人の関係においてはそれに別の意味を持たせてしまっているので渡すのには躊躇われた。
そんな折、目にしたのがアクセサリーだ。
花崎の目の色の石を使ったピアスなどが最初に目を引いたが、ピアスは耳に穴をあけるので最初痛いらしく、更に暫くの間はきちんとケアしなければならないというので諦めた。
花崎に痛みを与えるのも、面倒を掛けるのも本意ではない。
他には何が、と探して目についたのが指輪だった。
しかも指輪は特別な相手に送るものの定番らしいとも知った。
「ずっと一緒にいる恋人には指輪をやるもんなんだろ?」
「まー、そうっちゃそうだけど……」
花崎は困惑気味に頷く。
ずっと一緒にいるための指輪を恋人に渡すという事実は確かにある。
しかしそれは、婚約または結婚指輪であろう。
「でもこれ、小指用だよな?」
だが、花崎に送られた指輪は薬指にはサイズが小さい。
小指には合いそうなので、恐らくサイズはきちんと確認の上で渡されたのだと花崎は判断した。
花崎自身も知らないが、指の太さ程度なら野呂や大友なら写真等があれば割り出すことが出来るだろう。
「薬指は僕が嵌めないといけないんだろ? 触れるようになったらその時にちゃんとやる」
あっさりと、さも当然のように言うが、かなり大層な告白である。
いや、プロポーズと言ってもいい。
けれど花崎と小林は恋人であり、死ぬまで共にいる筈なのだから強ち間違いとも言えない。
真顔できっぱりと告げる姿は実に漢らしく、小林の格好良さを再認識する花崎だが、直球な言葉はやはり嬉しいと同時に気恥しい。
思わず熱くなった顔を逸らすように指輪に視線を落とす。
「これ、どっちに着けりゃいいの?」
ピンキーリングが装着可能な指は2本ある。
婚約指輪であるなら左手の薬指であろうが、小指だとどちらに着けたらいいのか花崎には分らない。
「恋人に贈るなら左手っていわれたけど右手だと身を守るらしいから、好きな方に付ければいい」
「そりゃ、そんな意味が有るなら、小林に貰ったんだから左手に付けんだろ」
恋人に渡された指輪だ。
その意味に則った指につけたい。
「似合う?」
指輪を嵌めて、貰った側ではあるのだが、どこか自慢気に手を見せる。
「指に輪っかが嵌っただけだな」
だが、自分が渡したものがまるで花崎の一部のように馴染んでいるのは悪くないとは思う。
「自分で贈っておいてそういうこと言うかー? アクセサリーって相手を束縛したい意味が込められてるもんが多いんだって」
「そくばく?」
「相手が自分から離れたり勝手にどっかいったりするのを制限したりすること!」
耳慣れない言葉に小林が首を傾げれば、花崎が説明するが、小林は更に疑問を持ってしまった。
「今となんか違うのか?」
小林は花崎が理由もなく離れるのも、連絡なく出かけるのも嫌がり、無ければ自分から連絡を取る。
必要に応じてGPSで場所を割り出して駆けつけたりもする。
それが束縛だというなら、小さな指輪一つでこの先もずっとそれが可能だというなら、小林はいくらでも指輪をやるのにと思う。
何なら指輪だけではなく全身小林の贈ったアクセサリーで飾り付けたい程だ。
動きづらいと花崎が嫌がりそうなのでやらないが。
「今度、俺も小林に指輪贈っちゃおうかなー」
花崎も小林を束縛したい、と言っているように聞こえて、小林は表情を緩めた。
「いいぞ。いくらでも束縛しろよ。お前に独り占めされんのは別に悪くねーからな」
花崎が束縛の証として指輪を贈ってきたら、触れられなくとも自分は花崎のものなのだと主張できるようで、誰彼構わず自慢したくなってしまうかもしれないと思う程に楽しみである。
そして、花崎が同じように小林のものだという証を喜んで着けてくれるということは、つまり、そいういうことなのだろう。
花崎が自分に束縛されることを良しとして、同時に小林を束縛したいと思っている。
花崎の中で、自分がきちんと特別であると実感する。
「小林…おまえ、そういうこと潔くキッパリと言いながらそういう顔すんなよなー」
「そういうってどういうだ?」
「そういうすっごい幸せそうな…あ、やっぱりその顔してて欲しいかも」
とろけるような甘い、と表現すればいいのだろうか。
愛の籠った言葉を告げながらそんな顔をされては、花崎の心臓に宜しくない。
だが、その顔をさせたのが自分であるのが嬉しいし、なによりも小林がそんな風に笑みを浮かべられるのが嬉しいので、花崎はあっさり前言撤回する。
「どっちだよ」
「小林が大好きだなーって改めて実感しちゃうからなんか照れ臭いけど、小林が嬉しそうに笑ってくれてんのは見んの好きなの」
「笑ってたか?」
「笑ってた」
胸を張って花崎は頷いた。
「なら、お前がさせたんだろ」
「だかっ……」
小林の言葉に、花崎が口を開いた…ところで盛大にくしゃみをした。
「……とりあえず、下に行くぞ」
「ん、そうだな」
指で軽く鼻を押さえながら花崎が頷いたので、小林は身を翻した。
それに花崎も続く。
「なー、小林。本当に用意すっから今度指輪の作り方教えてくれよ」
背後から掛けられた言葉に、思わず小林は驚いたような表情で勢いよく振り返る。
「え、駄目?」
あまりに驚かれるものだから、困惑気味に花崎が問えば慌てて小林は首を横に振る。
「駄目じゃない……」
学びも常識も足りていない小林は、教えられることばかりだ。
だが、自分が花崎に教えられるものが出来たのだと小林は驚いたのだ。
「ちゃんと教えてやる」
「よろしくな、小林せんせー」
教えてくれる人とはつまり先生である、と認識している花崎がそう言えば、その呼び方は全く嬉しくないと小林は顔を歪めた。



あとがき

小林=食べ物
というイメージがあるので、敢えて食べ物じゃないものを送らせたいと思いました。
小林の目の色のピアスとかも良いかと思ったのですが、痛いのでやめました。
あと、花崎のあの首元大きく開けるスタイルにネックレスは一種の凶器だなと思ったのでそれもやめました。
なんかマグネループみたいなの着けてますし。
人々の視線が花崎の首や鎖骨辺りに集まったら小林としても面白くないでしょうし。
しかし手作りで指輪を用意されたことに花崎はもうちょっと驚いても良いと思います。
書いていて小林もよく用意できたなと思います。
花崎の指のサイズは文中で出した通り野呂ちんか大友情報だと思います。
「花崎に指輪を渡したい」
って言って協力を仰いだことでしょう。
小林と花崎が揃っているときに揶揄うとバカップルに砂糖吐かされるので、単品でいる時に攻撃すると思いますが、暫くの間は花崎も幸せそうに惚気ると思うので、もしかしたら揶揄われることなく過ごせるかもしれません。
そしてお返しな筈なのに、花崎も用意することに……。
きっと教えるのがお返しの扱いになるんです!!
しかし目に付く位置に、自分の送った指輪をつけてもらうというのはかなり独占欲が満たされる気がします。
触れなくても、離れていても、自分の物だと主張できる素晴らしいアイテムですねアクセサリー!!

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