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19 May

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14 February

バレンタインデー

バレンタインのお話



バレンタイン。
その日を前に花崎は意を決してチョコレート売り場に足を運んだ。
日本では主に女性が男性にチョコを贈る習慣が根付いているが、チョコレート業界が挙って限定品を打ち出すので、男女問わずチョコ好きのお祭りともなっている。
海外ではむしろ男性から女性へプレゼントをする日という認識がある国も多い。
なので、男がチョコレートを買っても何の違和感もない。
幸いにして花崎は見目も良い為、女性が溢れかえるチョコレート売り場にいても、貰えないから自分で買うのだという憐みの目を向けられることもなく普通に受け入れられている。
そもそも女性陣はチョコを見るのに必死で誰がいるかなど気にも留めていないというのもある。
人混みに揉まれるのは辛いが、美味しそうなチョコがあちこちにあって目移りしながらも興味が引かれるものも少なくない。
つい気になって自分や少年探偵団の分も買ってしまう。
が、問題はそこではない。
肝心の、本命相手のチョコが買えないのだ。
花崎の恋人である小林は、食べられれば問題ないという感覚の持ち主だが、それでも好みはあるようで、花崎は普段それを見つけるのが楽しくて仕方がないのだが、バレンタインという日はアタリをあげたいのだ。
素直に小林が好きだと判明している食べ物を渡せば問題ないのかもしれないが、やはり何となく甘いチョコレートを渡したいと思ってしまうのだ。
けれど、やはりどのチョコレートを見ても小林に渡したいと思う物はない。
結局、適当に買ったチョコだけを持って帰ることになった。
消費を手伝わせようとそのまま袋を片手に事務所に顔を出せば、不機嫌な顔の小林に出迎えられた。
花崎が寄り道をして遅くなった上に、その寄り道先が小林が到底近づけない人が溢れかえるデパートだったからだ。
なので大人しく待つことを余儀なくされた小林は大層不服だった。
「お、お土産」
その不機嫌を打ち消すべく買ってきたチョコレートを差し出す。
「あー!!! それ日本初上陸のパリのショコラティエのー!!!」
小林より先にチョコレートに食いついたのは野呂だ。
野呂の剣幕に、一言花崎に言ってやろうと思っていた小林は思わず気圧されたように口を紡ぐ。
「野呂ちんの分もとっておいてよー!!」
「わかったって。他にもいっぱいあるしそんなに無くなんねーって」
呆れたように花崎は野呂を宥める。
「あんたたちだと分かんないじゃん!!」
だが、花崎も小林もまだ成長期な上、消費エネルギーも大きいので平均値よりは圧倒的に食べる。
「なら先に取り分けてやっから。どれがいいだよ」
「あ、そーお? えっとね~」
ころりと声音を変えて野呂は食べたいチョコを指定する。
「小林も二人も好きに食べていいからな」
「ん」
怒っていたことも忘れたように、小林は素直に頷いて残ったチョコレートに手をつけ始めた。
「ああ、悪いな」
「ありがとうございます。じゃあお茶入れますね」
「サンキュー」
給湯室に立った山根を見送って、花崎は小林の隣に腰を下ろす。
「気に入ったのあった?」
ひょいひょいと口に放り込んでいく小林はとても味わっているようには見えないが、それでも味を認識しているのを知っている花崎は問いかける。
「どれも同じじゃねーか?」
「そうかあ? 結構いろんな味があったと思うんだけど」
「甘い」
「そりゃ甘いだろうけど、そうじゃなくてさー……チョコはそんなに好きじゃねえの?」
ほかにも感想があるだろうと花崎は思ったのだが、もしかしたらそれしか感じない程度だったのかもしれないと思い直した。
「別に嫌いじゃない」
「そっかー」
嫌いじゃない程度ならやはりチョコよりは別のものがいいのかもしれない、と意気込んでた分だけがっかりして花崎は肩を落とした。
「どうした?」
「別にー」
訝しむ小林に、しかし花崎は答えずチョコレートを口に放った。
「あ、これうめーじゃん」
「どれだ?」
花崎が反応を示したことで、小林の興味が惹かれる。
「これ」
指されたそれを小林も口に放る。
「やっぱり甘えな」
が、出た感想はやはりそれだった。
「チョコだからな」
花崎は肩を竦めた。
そこに、書類を片手に井上もきてチョコレートに手を伸ばした。
更に山根が用意したお茶を飲み、肩から力が抜ける様に息を吐く。
「ああ…身に染みるな……」
「井上、大丈夫か?」
思わず花崎は声をかける。
井上は明智探偵事務所の名誉回復と維持管理の為に大学に通う傍ら、極力依頼を受けるようにしている。
そしてイベント前というのは浮気調査の依頼が増えやすい。
何か予兆でもあるのだろうかと花崎は首を傾げたくなるが、実際浮気だった場合が少なくないのでおそらく何かあるのだろうと思うことにしている。
「ああ。後期試験も終わったからな。これでも少しは落ち着いている」
「や、どっちかってーと試験終わってからずっと事務所に入り浸りじゃん。少しは休めって」
「だが依頼が……」
花崎の言葉も理解できるが、実際依頼が多数あるのだ。
休んでなどいられない、と言おうとした井上の手からティータイムすら手放さなかった書類を取り上げる。
「花崎、それを返せ!」
「事務処理は山根が出来るし、張り込みは俺と小林でやってやるから。それに野呂が本気出せばそこら辺の防犯カメラの映像から証拠割り出すことだってできんだし」
「ちょっとー! それまるで野呂ちんがサボってってるみたいじゃん!!」
腹を立てた野呂の言葉に、しかし野呂の怒りなど気にしていないように肩を竦めて花崎はピッポに視線を向ける。
「防犯カメラの映像から割り出すのが大変なのは分かってるって。でも野呂ならできんだろ?」
簡単だと思っているのではなく、単純に野呂の能力を信頼しての言葉だと分かり、野呂はうぐっ、と小さく呻いて胸を張る。
誰にも見えなが、気持ちの問題だ。
「まあ野呂ちんは天才だから出来なくはないけど―!」
野呂の言質を取って、花崎は再び井上に向き直る。
「てことで、井上は今日はもう帰れって。それから仕事の割り振り見直すぞ!!」
「おい、何を勝手に!」
「花崎の勝手なんて今に始まったことじゃないっしょ―」
「野呂、そういう問題じゃ……」
井上の意識が野呂に向いている間に、花崎は執務机に行き、書類の束をもってソファに戻る。
「はーい、井上先生が「俺がやる」って勝手に言って勝手に持ってっちゃった依頼内容御開帳!」
「おい!」
井上は年下に頼るのが苦手だ。
明智と勝田が事務所からいなくなった結果、仕事も悩みも自分で溜め込みがちになってしまっている。
しかし山根は井上の言葉には基本的に逆らわず、野呂は本人の意思を尊重する傾向があるので、放置すればまず間違いなく無理をする井上を休ませるのは、いつの間にか花崎の仕事になっている。
「これ、大友呼べば山根もできるよな?」
「待て花崎!」
内の一枚をとって山根に見せれば、その内容を見て少しばかり不安そうにしつつも頷きが返る。
「あ、はいこれくらいなら。大友先輩は了承してくれるでしょうか?」
「新しい発明品試したいって言ってたからチャンスかもしれないって言えば来るだろ」
「なんですか新しい発明って!! また部費を勝手に!!」
初めて知った事実に山根が思わず声を上げるが、花崎にはどうにも対応できない。
「それは山根が直接大友に言ってくれって」
普段完全に遊ばれる立場ではあるが、それでも大友を一番うまく制御できるのは山根だ。
花崎はどちらかといえば制御するより焚きつける側なので、止めるのには向かない。
「そうですね…すみません」
確かに大友に言わなければ意味がないことだと、山根は肩を縮めて小さくなってしまった。
まあそのうち復活してくるだろうと、次は別の書類を小林の前に滑らせる。
「で、こっちの浮気調査が俺と小林だな。怪しいのはアトリエかぁ…追跡より張り込みになりそうだな」
「勝手に仕事を割り振るな!」
先程から声をかけていた井上が、とうとう怒鳴り声を上げた。
「野呂―、明日俺が担当になってたやつ代われるよなー?」
しかし花崎はすっぱりと無視して今度はピッポに視線を向ける。
「まあ出来なくはないけど―」
野呂の返事にうんうんと頷いて、ここでようやく花崎は井上に視線を向けた。
「じゃあそんな感じで明日は井上が休みってことで」
「勝手に決めるんじゃない!!」
笑顔で言う花崎を井上は頭痛を耐えるように睨みつける。
「わがまま言うんじゃねーよ」
しかしそこで別の声が割って入った。
小林だ。
頭を抱える井上に、淡々とした声で告げる。
「わがままだと!?」
井上は怒りを滲ませるが、小林はやはり冷静だ。
「お前以外のやつらが皆納得してんのにお前だけが駄々こねてんだから我侭だろ?」
「ぐっ……」
花崎が口笛を吹いて手を叩く。
「小林正論! かぁ~っくいー!!」
「花崎!」
「井上の負け―」
「野呂まで……」
「井上先輩、僕頑張りますね!!」
勝敗は目に見えているのにそれでも言い募ろうとしていた井上は、しかしやる気を出した山根の一言に完全に負けてしまった。
「なら、頼む。今回は引くが、これ以上は勝手にするんじゃないぞ!!」
「はいはい、井上先生にお任せしまーす!」
敬礼を取る花崎に、やはり頭痛を覚えながらも井上は荷物をまとめた。
2月14日当日。
花崎はあの後も井上の様子を確認しながら奪い取った張り込み捜査をようやく終えることができた。
しかしその3日間続いた張り込み捜査の為、バレンタインのことなどすっかり忘れ去っていた。
「さっみー」
3日も粘って証拠を掴むことが出来たのだが、張り込みは体を動かすことが余りない為、花崎にコートを貸すことを覚えた小林によってコートを与えられはしたものの、流石に体が冷えきっていた。
早々に体を温めるために何か温かいものを飲もうとキッチンに向かえば、先日手間だからと手を付けられなかったチョコレートドリンクの素があった。
「そういやこの前これも買ったんだっけ」
折角だからと花崎は牛乳をカップに入れレンジにかける。
水やお湯でもできるらしいが、牛乳で作った方が美味しいと書かれているのだから、当然牛乳だろうと思ったのだ。
程なくホットミルクが出来上がったのでその中に素を投入すれば、直ぐにそれはチョコレートドリンクへと変わった。
「お、結構うまそう」
台所で立ったまま飲むのは行儀が悪いとは思いつつも、冷えた体は温かいものを欲していたし味身として一口だけ、と花崎は口をつけた。
とろりとした甘さと温かさが冷えた身に染みる。
「あったけー」
ほっと息を吐いたところに、なかなか台所から戻らない花崎の様子を小林が伺いに来た。
「なんだそれ」
「ホットチョコレート。小林も飲む?」
「ああ」
「りょーかい」
頷いたので、花崎は自分の分と同じようにミルクを温め小林の分を作る。
「あ、小林。飲みもんは俺が持っていくからこれ向こうのテーブルにもってっといて」
チョコレートドリンクだけでは物足りないだろうと、ストックのおやつを小林に預けた。
「わかった」
素直に台の上に置かれた菓子を手に、小林は事務所に戻る。
その中から煎餅を食べていると、少しして花崎もトレーを手にやってきた。
「ほら、これ小林の分な」
「ああ」
口の中が少々塩気を帯びていたので、甘いそれがとても美味しく感じて小林は目を瞬かせた。
「これうまいな」
「だよなー。バレンタイン限定品だったけどもっと買ってくれば良かった」
先程味見で飲んだときの最初の一口程の感動はないものの、それでも美味しいと感じられる一品に、残数を考えて失敗したと花崎は少しばかり残念に思う。
「バレンタイン?」
だが、小林は花崎の言葉の一部が理解できず、気になったままに問いかける。
「あ、えーと…好きな人とか大切な人に贈り物をする日。2月14日で、日本だとチョコレート渡すのが主流なんだよ」
花崎の説明を聞いて、小林は少し考えてカップを軽く上に上げる。
「………これはそのチョコか?」
「え? ……あっ!!」
バレンタインという単語を出したというのに、今日という日が正に当日だということを花崎は今になって理解した。
思わず手を止めて俯いてしまう。
「本当はちゃんとしたの用意しようとしたんだけど……」
「これはちゃんとしてねーのか?」
どうやら、花崎はこれではない何かを予定していたのだと知り、しかし今まさにチョコレートを飲んでいる小林は首を傾げる。
ちゃんとしたチョコレートとはなんなのか。
もしかしたら固形のチョコレートがそれなのだろうかとも思うが、それならそれで先日花崎が買ってきたチョコレートがまだ残っている。
「うーん、そういうわけじゃねーんだけど……」
「ならいいじゃねーか」
どういう理由かは分からないが、小林にとっては確かにチョコで、花崎に渡されたものであることに変わりはない。
「小林がいいならいいけどさ……小林には特別なの渡したかったって言うか……」
「お前が僕のために入れたんだぞ。これ以上特別なもんなんてねーだろ?」
花崎が手づから小林の為にいれた、バレンタインという日のチョコレートだ。
小林にとってはこれこそが特別なものだとしか思えない。
だというのに特別なものを渡せなかったと思っているらしい花崎の様子に、首を傾げるしかない。
「さらっと恥ずかしいことを…」
思わず片手で顔を押さえて花崎はボヤいた。
「恥ずかしいか?」
自分は何か恥ずかしいことを言っただろうかと、再び小林は首をひねる。
「小林……お前のそういう気にしないとこ本当にかっこいい……」
さらりと言葉が出てきてまったく気にしない様子は、イケメンだと花崎以外の人間が見たって言うだろうと思わされる。
当人は本当に分かっていないだけなのだろうが、それすらも格好良いと花崎は思わざるを得ない。
「で、僕は何やりゃいいんだ? チョコなのか?」
飲み終わった小林がカップをテーブルに置いて花崎に問いかける。
「へ?」
「好きで大切なやつに贈り物する日なんだろ? なら僕もする」
「あ、そういう……」
花崎と小林は、恋人だ。明言した恋人だ。
つまり対等であり、好きで大切な存在でもある花崎に一方的にもらうのはおかしいと小林は思う。
「つーか、もっと前に言えよ」
「ごめんて。小林にどんなチョコやろうかって悩んでたら小林が知らないかもって忘れてて」
花崎の言葉を聞いた途端、小林が眉間にしわを刻む。
「どーした? 眉寄ってんぞ?」
「忘れたのか忘れてねーのかどっちだよ」
小林のことを考えて、しかし忘れられたと言われてはどちらなのか小林にはわからない。
「俺が小林のこと忘れるわけねーじゃん。教えるの忘れてただけだって」
「ならいい」
花崎の中から自分という存在が消えたのではないなら、それで小林は構わなかった。
「そういやさ、日本だとバレンタインデーのお返しするのにホワイトデーって日があんの」
「ホワイトデー?」
「バレンタインのちょうど一ヶ月後の3月14日に、バレンタインのお返しをする日があんの」
「お返し…」
「てことで、小林は3月14日に用意してくれる?」
「…………わかった」
花崎が小首を傾げながら言えば、できれば同じ条件で渡したかった小林は、しかし出遅れていることも自覚しているので少し悩んだ末に頷いてみせた。
「期待してっから」
「ああ」
期待されているのは小林も素直に嬉しいので頷いて、きちんと用意すると決意を固くした。
残っているチョコレートを飲み干して、カップを机に置いた花崎はふと思い立つ。
「小林、もう一杯飲む?」
「飲む」
「じゃちょっと待ってろよー」
即答で頷けば、花崎はにこりと笑い、小林が机に置いたカップを手に給湯室へ向かっていった。
正直甘くて、飲み物を飲んでいる筈なのに喉が渇くのだが、今日という日の意味を知った今、小林にとって花崎の入れる甘いそれが、どうしようもなく魅力的な飲み物に見えてしまうのだ。
何杯でも飲みたいと思ってしまう程に。
程なくして花崎が湯気の立つカップを片手に戻ってくる。
「ほい。おまちどーさま」
渡されたホッとチョコレートには溶けかけたマシュマロが浮かんでいた。
「バレンタインだから特別仕様!」
小林は久しぶりに見るマシュマロだが、当然特別と言われた意味を理解する。
しかしこれでは溶けてしまっているので弾力を楽しむことはできない。
「溶けたマシュマロもうまいから飲んでみろって。気持ちはたっぷり込めたからさ!」
花崎の言葉に、気持ちが込められたというならば飲まねばなるまいと小林はカップに口をつける。
甘いのは変わらないが、チョコレートのこってりとした甘さがマシュマロの柔らかい甘さで少しだけ軽減されている気がした。
「これもうまいな」
「だろ?」
「それに温かくて甘い」
寒さを感じることがない小林であっても、温かい料理は美味しいと思う。
だから、温かさが齎す幸福感もわかる。
花崎の思いが込められた温かなそれに、小林は込み上げる幸せに解されたように表情を緩める。
それを見て、小林が感じてくれている思いと表情が嬉しくて花崎も微笑んで、いつもは不用意に怪我をして小林を落ち込ませないように少し広めに開けている距離を詰めるように少しだけ小林に身を寄せた。

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