お正月は事務所を閉めるので、花崎が小林を連れて帰って年越したお話
「小林は家来いよ」
年末年始は仕事が増えがちなのだが、構成員が基本学生である明智探偵事務所は、明智がいた頃から年末年始は中村刑事からの急な依頼でもない限り休業となっていた。
三が日は事務所を完全に締め切るのは良いとして、事務所が住まいとなっている小林はどうするかということになった。
去年は明智がいつ帰ってくるのかわからないということで井上もピッポも事務所で待機していた。
だが今年はきちんとそれぞれ休みを取ることにしている。
食べ物さえ用意しておけば小林が困ることはないが、締め切った事務所で一人で年越しさせるというのは周囲のメンバーの心情的に宜しくなかった。
そこで出たのが、冒頭の花崎の発言だ。
直ぐに人一人泊められる部屋を用意することも容易く、時間問わず食事もまず間違いなく供給できるであろうという意味では花崎家以上の家は探偵団の中にはない。
だが。
「花崎は大丈夫なのか?」
思わず井上は口を開いた。
花崎家は由緒ある流れを汲む家柄だ。
更に参加のグループは様々な分野に手を伸ばしている。
正月ともなれば、親戚だけではなく挨拶に来る人間も多数いる筈で、その対応だけで忙しいのだ。
普段は家の事業に一切携わらない花崎とは言え、家に来られては顔を出さない訳にはいかない。
そういった理由で、花崎は昔から毎年年末年始は緊急案件があろうとおいそれと事務所に顔を出すことはできなかった。
「まあ、まず元旦は殆ど小林とはいられないだろうけど、年越しは一緒にできるし、食いもんは用意できるし、問題ねーだろ」
「まあ、確かに…一人で事務所に置いておくよりはいいか」
「だろ? 何だったら元旦には餅つきとかもすっからお前らも来いよ」
「もちつき?」
「あ、小林はまだ餅未体験だっけ?」
「食いもんなのか?」
「そうそう。味付けも色々あって甘いのも辛いのもあるし、小林の好きなピザ味とかもできるし美味いよ」
「美味いのか」
花崎がそう説明すれば既に心は餅のようで、花崎家に行くことに依存は出なかった。
「で、お前らはどうする」
「流石に元旦の花崎家にお邪魔するのは遠慮する」
「僕も、家族で初詣とかあるので」
「そっか。野呂もどうせこねーだろ」
『あったりまえじゃーん』
年中引き籠もりの野呂が正月だからと出てくるはずないと花崎が問えば、当然のように野呂も返事をした。
「てことで、年末年始小林うちに泊めるから、よろしく」
「かしこまりました」
玄関先で出迎えた赤石に伝えれば、すぐに了承の返事が得られた。
あとは任せておけば赤石が何とかしてくれるだろうと、花崎は小林を連れて部屋に戻る。
「何して遊ぼっか?」
「何もしなくていい」
折角小林を連れ帰ったのだから、と話題を振れば、しかしいつもと変りなく素っ気無く断られてしまう。
それでも花崎が提案すれば行動してはくれるのだが、残念ながら大晦日に使用人の手間を増やすような遊びはできないし、夏のようにプールで遊ぶわけにもいかない。
家の中でできる遊びは事務所でも暇なときに行っているので、敢えてそれをする気にもなれない。
特にすることもないので仕方ないと年末特番を見ていると、ノックされてドアが開く。
顔を出したのは先程、小林のことをお願いした赤石だ。
「小林さんのお部屋はここから一番近い客間をご用意いたしました」
「ありがとう、赤石さん」
礼を言って、一番近い客間の場所を脳裏に描く。
「それから健介さん。明日はこちらをお召し下さい」
そんな花崎に衣裳盆を赤石が差し出す。
「分かった」
花崎は頷いて盆を受け取った。
「なんだそれ?」
「着物。明日はこれ着んの」
「ふーん」
花崎は年中同じような格好をしているが、時折制服などを着るため、そういうものだと言われれば小林にとってはそれだけだった。
「お夕食はどうされますか?」
「あー……ここで食べる」
年末の御挨拶もあるので食堂で取るのが正しい気もするが、赤石がこう尋ねてきたということはそれ以外でも許されるということだ。
小林をちらりと見て、花崎は苦笑してそう伝える。
「かしこまりました。ですが明日の朝食は……」
「あ、うん。ちゃんとあっちに顔出す」
「お願いします。小林さんも是非お連れくださいとのことです」
「小林もいいの?」
小林のマナーがなっていないことは、恐らく赤石は知っている。
赤石から父にも伝わっているだろう。
「はい、そのように申し使っております」
だが、それでも呼んだということは、気にしないから連れて来いということだろう。
花崎と花崎が連れてきた友人に気を使ってくれたのであろうことは容易に想像がつく。
「じゃあ小林も連れてく」
「はい、よろしくお願いします」
赤石は頭を下げて部屋を辞した。
「お夕食をお持ちいたしました」
使用人が二人掛かりで蕎麦とその他の物を運んできた。
「サンキュー。態々運んでもらってごめんな」
「いえ! そんな! 当然のことですので!!」
まだ20代と思わしき女性が二人だ。
花崎が笑顔で礼と謝罪を告げると気恥しそうに目線を逸らすように頭を下げた。
小林はそんなやり取りを見て思うところがある。
度々、こういった光景は目にする。
花崎は自覚しているのかしていないのか不明だが、まだ高校生という年齢にも拘らず言動と容姿で幅広く女性を魅了しがちだ。
クール系の女性には通じないことが多いが。
ただそれらの相手も完全に遮断されなければ会話で落とせる。
そういえば井上も、相手が女だった場合態度を軟化されることが度々ある。
もしかしたら探偵の能力の一つなのだろうか、等と容姿というものにまるで興味のない小林が本気で考えている間に、目の前のテーブルに料理が置かれていく。
用意されたのは日本の年末に相応しく蕎麦だ。
直ぐに小林の思考は目の前の食べ物に移った。
気付けば女性たちは部屋から出ていた。
「食おうぜ小林!」
「ん」
隣に座った花崎が声をかければ、小林は頷いて箸を手に取る。
「いただきます」
直ぐに手を伸ばそうとした小林の横で、花崎は手を合わせて食前の挨拶をする。
そして小林に視線を向けてきた。
何か期待をしている顔だ。
何か、というか小林には分っている。
分かっているが、期待した目を向けられると逆にやりたくないような、期待に応えてやりたいようなどうでもいいジレンマに襲われる。
「い、た…だきます……」
が、一般的な挨拶だと思えば、誰かに感謝の言葉を口にするよりは少しマシである。
小さく呟いて、照れを隠すように蕎麦を一気に掻き込んだ。
それを見て満足したらしい花崎も蕎麦に手を付ける。
「小林もだいぶ箸に慣れてきたよなー」
まだ挟んだりといった動作はできないが、刺したり絡めたりして滑りやすいかけ蕎麦も何とか食べることはできている。
素手でうどんを掴もうとしていたとは思えない成長ぶりである。
「これ使えると手は汚れねーし、熱いもんも食えるからな」
舌火傷をしそうな熱さならやはり弾かれるのだが、それでも熱を持った汁から上げられたことで少しは冷えるので、食べられる可能性はかなり高まる。
そんな理由で、小林の箸の上達レベルは日々更新を続けていた。
食事を終えた頃、食器の引き取りに再度使用人が姿を見せ、何故か山盛りの蜜柑を籠に乗せてきた。
こうなると絵面的に炬燵が欲しくなるが、残念ながら花崎家で炬燵が出されるのは見たことがない。
あったとして、小林と一緒に炬燵に入るのはかなり危険度が高いので無理ではあるが。
気を抜いてうっかり足が近づきでもしたら目も当てられない大惨事になりかねない。
「小林は蜜柑食わねえの?」
「前食ったらまずかった」
「前って…事務所に来る前?」
「そうだ」
ということは、恐らく痛むなりして廃棄された果物である。
腐りかけが一番美味しいという意見もあるが、限度がある。
恐らく相当駄目になっていたのだろう。
或いは廃棄されるほど美味しくなくて売れなかったのかもしれない。
どちらにせよ、以前の小林ならそれでも食べられる以上は食べたのであろうが、食料が安定供給される現在、不味いものを敢えて食べようとはしない。
「これは美味しいと思うから食べてみ?」
花崎の言葉と実体験からの認識を照らし合わせて、小林は胡散臭い視線を向けながらも蜜柑を手に取った。
花崎が小林に与えた食べ物で不味かったものはない。
「こうやって皮は剥いて食べるんだぞ。皮ごと食ってもいいらしいけど苦みがあるから剥いた方が美味い」
言われるままに皮を剥いて、花崎がしているように中から出てきた実のひと房を口に頬る。
「あまい……」
途端、予想していなかった甘さと酸味が口に広がり、小林は目を見開く。
「な、ちゃんと美味いだろ?」
「悪くない」
そう言いながらも、手の動きは素直で、次々と蜜柑を剥いては口に放り込んでいった。
夕食後はやはりテレビを見たり風呂に入ったりとゆっくり過ごす。
シャワーは浴びたことはあるものの、小林は風呂はなんと初体験だった。
そもそも靄が小林を不衛生な環境に置かない為、風呂に入らずともある程度の浄化機能まであるらしく、明智探偵事務所に来るまで水浴びすらまともにしたことがなかったらしい。
それでも野呂が思ったより臭くないと言い、そのまま部屋にあげることを許す程に靄の効果は絶大だった。
そもそも、小林に洗おうという意思がなければ、かかる水も弾かれてしまうのだから当然かもしれない。
そんなわけで面倒臭いと拒否する小林をその煩さで根負けさせて風呂に連れてきた花崎に倣い、シャンプーやボディソープなどを使い洗髪と洗身を終えて湯船に浸かれば、全身が温められるという慣れない感覚に即座に上がったものの、その後、呆けたように無言でソファに身を倒した。
現在、風邪を引かない程度の速度で少しずつ冷やされているらしい。
風呂はまだハードルが高かったかと、小林の前に水を置いて、花崎は恐らく入浴中に補充されたらしい山盛りの蜜柑から一つ手に取り、テレビを見る。
少しして、小林も水を飲み、蜜柑に手を伸ばした。
どうやら復活の儀式は無事終了したらしい。
しかし今度は花崎から欠伸が頻繁に出るようになってきた。
花崎は基本早寝早起きだ。
中学1年生の頃は8時に寝て4時に起きるという健康的な生活をしていた。
昔よりは多少遅くまで起きていられるようにはなっているが、それでも基本はやはり早寝早起きである。
なので10時ともなれば睡魔に抗うのが難しくなってくる。
大晦日なので日付変更まで起きていたいところだが、翌日のことを考えれば寝てしまうのが正しい。
ということで素直に寝ることにした。
「小林、寝床どうする? 一応客間も用意されてっけど」
「ここで寝る」
言うと、小林はそのままソファに身を倒した。
小林に風邪を引くという心配はまずないので、小林がそこがいいというならそれでいいかと花崎は何も言わず部屋の電気を消した。
「おやすみ小林」
「ああ」
「そういう時はおやすみって返せよなー」
「はあ?」
「ほれ、お、や、す、み」
態々言葉を区切って催促してくる。
「………おやすみ」
言わないとしつこそうだと判断して、小林はそう返してやった。
「ん」
面倒臭さを前面に押し出した声音だが、挨拶をもらえた花崎は大満足だ。
なかなか良い年の瀬になったと花崎は気分良く布団に入った。
翌朝、というには早い時間に、小林は物音で目を覚ました。
起き上がれば、花崎が何かをしているらしい。
「なにやってんだ?」
「あ、起こしちゃった? ワリーワリー」
「別に」
そう返して、欠伸を一つするとソファの背に肘を乗せて花崎に視線を送る。
いつもとは違い、全身覆うような白い服を着ていた。
「それがキモノか?」
「そ」
花崎は頷きながら、既に服を着ているというのに更に上に一枚羽織り、腰を紐で縛る
そのまた上に先程と色は違うが形は似たようなものを羽織る。
「何枚あんだ?」
「肌襦袢と裾除と襦袢と着物と袴と羽織だから6枚かなー」
「何かメンドクセー服だな」
何枚も重ね着しなければならないというのはとても手間だと小林は思う。
「だよな。俺もそう思う」
面倒と言いながらも、手慣れた様子で花崎は着物を身にまとっていく。
が、帯を結んだ辺りで手を止めた。
「帯ってどう結んだっけなー」
基本的に年に一度しか着ないので、ところどころ忘れてしまっているのだ。
ああだこうだと悪戦苦闘しながら帯を結ぶ花崎の横で、小林は蜜柑に手を伸ばす。
「お、できたー!!」
何とか結び終えた花崎が歓声を上げ、しかしまだ作業が残っているので気を抜くことはできない。
「お手伝いさんに手伝ってもらうべきだったかなあ」
小学生の頃は着付けてもらっていたのだが、お正月の花崎家は忙しいので、今更そのために人員を割かせるのも悪い気がした。
既に家は動き出しているが、まだ夜も明けていない時刻である。
仕方ないと気を取り直して、袴を結んでいく。
「ホントに面倒臭そうだな」
「慣れればそうでもないのかも知んないけど、普段が楽なだけにスッゲーメンドクセー」
苦笑しながら、それでも何とか花崎は着付けを終えることが出来た。
「どうよ? 似合う?」
「いつもと変わんねー」
袴こそ黒だが羽織も着物も普段着ているジャージと同じような色だ。
見慣れているので違和感がないと考えれば、似合っていると言えよう。
「えー。結構頑張って着たのに―!」
膨れながらも花崎は扇子を手に持つと、小林に頭を下げた。
「てことで、小林! あけましておめでとう!」
「あけ…? 何か目出度いのか?」
「無事に年を越せたから目出度いんだよ」
「ふーん」
確かに、明智がいた時ほど頻繁に問題は起こらなかったが、その年齢層にそぐわない事件を多々解決していた。
花崎は自ら飛び込んでいくので危険な目にあったのは一度や二度ではない。
そういう意味では確かに目出度いのかもしれないと小林も思った。
「アケマシテオメデトウ」
なので、同じように返してやれば花崎は、おう、と笑った。
小林もなんとなく気づいてきたが、どうやら花崎は小林が世間の常識と言われている行動を取ると驚いたり喜んだりするらしかった。
特に社会で生きていくうえで必要なルールやマナーの面でだ。
ゴミをポイ捨てではなくゴミ箱に捨てるようになっただけで喜んだ程だ。
「小林にも着せたいけど、触れないんじゃ着付けもできねーもんなー…」
「着れても面倒そうだから着たくねー」
「でも小林ぜってー似合うと思うんだよなー。小林が普段着てる服みたいに、着物は青で羽織は黒でさ!」
想像して楽しそうにするものの、自分でさえ面倒だと思う服を小林が理由もなく着てくれるとも思えないので、あくまで花崎の想像の中だけの産物だった。
「てことで、初詣行こうぜ」
服も着たので、せっかく起きた小林を誘う。
「初詣?」
「神社に行って神様に『去年はお世話になりました。今年も宜しくお願いします』って言うの」
「それで何になる」
「うーん…気分の入れ替え? ぶっちゃけ今まであやふやだったけど小林見てると神様いんじゃないかとか思うし」
「はあ? なんでだよ」
自分を見て何故神がいるなんて思うのか、小林にはさっぱり見当がつかない。
「いや、もうその靄が超常現象じゃん!! 神の所業って言われても納得できるね!」
超能力の発現例は世界的に見れば稀に報告されている。
信じる信じないは個人の自由で、国によっては認定され研究機関に入ったりもする。
日本ではほぼ認められていないが。
それでも、入ってくる情報で嘘か本当か分からない能力の中でも、小林程突出した能力は例が無い。
当人には迷惑この上ない能力であり、周囲にとっても危険ではあるが、正に無敵なのだ。
軍隊を持ち出しても恐らく小林に勝つことはできないだろう。
「神ってのは迷惑な奴だな」
つまり、小林がずっと死ねなかったのはその神とやらの所為な可能性がある。
何故そんな相手に礼を言った上で宜しくしてもらわなければならないのか、小林には分らない。
「そう言うなって。割と厳しいと俺も思うけど、そのおかげで小林に会えたんだし」
「………仕方ねーな」
花崎との出会いも神とやらの仕業だとするなら、今の小林があるのはやはり神のおかげということになる。
花崎も挨拶に行くというなら、ついでについて行って挨拶くらいはしてやってもいいと思った。
「神社ってどこだ?」
「うちの庭。神社っていうかお社だけど、そこなら他に人が来ないし小林も行けるだろ」
元旦の神社は普段人気のない場所であっても、日付が変わる前から待機して下手をすれば行列をなし、夜が明ける前にもそれなりの人がいたりする。
だが花崎が元旦に参るのは敷地内にあるお社なのでほぼ人に会う心配も無いし、出会ったとしても混み合っているわけではないので小林も距離をとれば済むのである。
そうして外に出れば、まだ夜が明けていないので空気は刺すように冷たい。
「さっすがに冷えるなー」
とはいえ、季節問わずオレンジ繋ぎのジャージで過ごす花崎は、多少寒そうにしながらも首に巻くストールを取りに戻ろうとはしない。
「そうなのか?」
小林が風邪を引かないようにするためなのだろうが、小林には外の空気の温度変化は分からない。
「小林のモヤってほんと便利な」
「まあ、それなりに使えはするな」
死ねないから邪魔、ではない言葉が小林から出てきて花崎は驚きに目を見開くも、ツッコミは入れず、そっか、と笑みを浮かべた。
小林のこうした心情の変化が花崎には何より嬉しかった。
「二礼二拍手一礼っていって、ここに立って二回お辞儀して二回手を叩いて一回頭を下げる」
「メンドクセー」
そう言いながらも、小林は花崎に倣って初詣をクリアした。
家屋に戻れば、玄関先で使用人の一人が待機していた。
「朝食の支度が整いました」
「ありがと! 今行くんで」
まだ夜は明けていないが、これが正月の常である。
「さ、小林。朝飯食いに行こうぜ」
「おう」
朝食というには早い気がする、等ということは小林は思わない。
空腹感があり、食べ物があるというならまさに食事時なのである。
ドアを開ける前に花崎は一度小林を振り返る。
「あ、父さんたちへの挨拶は「あけましておめでとうございます」な。ございますまで付けんだぞ」
「なんでだ?」
「友達以外にはそういうもんだから」
「そうか」
そういうものなら仕方ない、と理解を示す。
小林が頷いたので、花崎は安心してドアを開けた。
部屋に入れば、既に雄一郎が着席していた。
「おはようございます。明けましておめでとう御座います、おとうさん」
ちらりと空いている席を見るが、用意された離れに移り住んだ晴彦の姿は見えない。
少し残念に思いながらも、花崎は雄一郎に挨拶をして席に着く。
「ああ、あけましておめでとう。小林君も」
「アケマシテオメデトウゴザイマス」
言葉を向けられて、小林は花崎に教えられた言葉を雄一郎に返した。
「正月は健介は忙しくなるだろうし、家の者もそう構うことはできないだろうが、小林君の食事は部屋に運ばせておくからゆっくりして行ってくれ」
「ああ」
その返事と態度は全く礼儀の無いものだったが雄一郎は気にする素振りはなかった。
お雑煮とおせちとその他が広げられた食卓だが、よく見れば花崎と雄一郎の前には雑煮しかない。
あとは小さめのパンとコーヒーなどが置かれている。
「それしか食わねーのか?」
どう見てもお節が自分用だと判断して花崎に問えば、花崎は肩を竦めた。
「挨拶の時に飲み食いさせられっから、あんま食っとくと後で辛くなんの」
特に花崎程の年齢だと、「若いのだからいっぱい食べないと」という理論を展開してくる大人たちによってかなりの量を食べさせられることになる。
なので一応、形式としてお雑煮は食べるものの、それ以外は宴が始まるまで空腹にならない程度に軽く食べられるパンやコーヒーで済ませて余裕を持たせておくのだ。
「大変だな」
食べ物があるというのに食べたいときに食べられないとは、なんと大変なことだろうと小林は深く同情した。
食事を終えて部屋に戻る頃には空が白んでいた。
花崎は携帯で時間を確認する。
「小林、そろそろ太陽上るぞ」
「太陽なんて毎日でんだろ?」
わくわくとした表情の花崎に、やはり冷静な小林。
「初日の出っていって、やっぱりお祝いの一環なの」
「なんか面倒なことが多い日だな」
朝から面倒な服を着たり、面倒な挨拶をしたり、食べ物を好きに食べられなかったり、太陽が昇ることすらも喜ばねばならない。
お祝いと言っているが、それにしてはあまり楽しい日だとは思えない。
「それだけ新しい年を迎えられたのが目出度いんだって! それに元旦が明るく楽しく過ごせると一年楽しく過ごせるんだぞ」
まあ、それでも花崎は楽しそうであるが。
「のぼったー!!」
「ホントに昇っただけだな」
やはり、いつもと変わりない太陽である。
「まあそうだけど」
小林のコメントに花崎は苦笑した。
「よし、そろそろいかないとな。なんか、正月は此処で朝から食おうってジーさんバーさんが毎年8時前てか下手したら7時過ぎには押しかけてくんだよな」
伸びをして、それから襟を正す。
「じゃ、俺はゴアイサツに行ってくっから。小林は部屋に戻って好きにしてていいからな。あとで朝のおせちの残りとか他にも色々運ばれてくると思うから」
「わかった」
小林は頷いて、花崎を見送った。
部屋に戻った小林は、暇だ、と思った。
が、別に暇が苦になる性格でもないので、ゴロゴロだらだらとして過ごした。
途中、花崎が言った通り飲食物が運ばれてきた。
花崎の部屋ということもあって花崎がいないことに違和感はあるものの、食べ物があって、あとは好きなだけだらけていられるというのは悪くないと思った。
昼を過ぎたあたりで、花崎が一度顔を出した。
「小林ー! 餅持ってきたぞー!」
「なんだこれ?」
皿には白くて丸みを帯びた物体が積まれており、それとは違う皿ではその白いものに色々くっついていた。
「だから餅だって! 事務所で話してたやつ。それに朝雑煮で食ったろ」
「あれ四角かったじゃねーか」
雑煮には確かに目の前の白くて丸いものと同じようなものは入っていたが、四角だった。
「餅はいろんな形にできんの」
「ふーん」
朝食べたものとは形が違うだけなら不味いものではないだろうと小林は口に放り込む。
が、なかなな噛み切れず口の中が無くならない。
「よーく突いたからスッゲー弾力だろ!」
面白そうに笑う花崎に恨みがましい視線を送るが、口の中身が無くならないので、食べられるものを吐き出すという認識のない小林はモゴモゴと口を動かし続けるだけで何も言い返せない。
「それ俺が突いたやつ。突き過ぎてちょっと年寄りには危険だから小林いっぱい食ってくれよな! 小林が今食べたのがピザ餅。特別に作ってもらったんだぞ。あとからみ餅ときなこもちな。その他にも味付け用もいろいろ持ってきたし」
見れば餡子やらチーズやら唐辛子やらバターやらジャムやら梅干しやらメープルシロップやら、他にも色々と、とりあえず手当たり次第に持ってきたと言わんばかりに薬味や添え物が用意されていた。
「じゃあ俺戻っから」
そう言うと花崎は来たときと同じく慌ただしく部屋を出てしまった。
小林は、花崎が作ったというから仕方ないと、なかなか飲み込むことができない微妙なそれをそれでも少しずつ消費していった。
「つっかれたー!!」
夜も9時を過ぎたあたりで漸く花崎が部屋に戻った。
愛想笑いを浮かべて表情筋が疲れたと言わんばかりに、花崎は顔を揉んでいる。
そして机の上の空になった皿を見て驚きに目を見開いた。
「え、小林以全部食ったの!?」
「お前が食えって言ったんだろ」
言ったけどさ、と花崎は困惑する。
「餅ばっかじゃ飽きただろ? 何も全部食わなくても大丈夫だったのに……」
いっぱい食べろとはいったが、まさか数時間の間に一人で消費できるとは流石に花崎だって思っていなかった。
小林は確かによく食べるし、何かあるごとに食べてはいるが、無理して食べる人間ではない。
誰かに取られる懸念がなければ、その時食べられないなら残してとって置いたりもする。
だが餅皿は空だ。
逆に御節は減っていないし、花崎の言葉の所為で気を遣わせたのかもしれないと心配しているのだ。
「別に、食べ慣れたら悪いもんでもなかったし、色んな味がしたしな」
餅だけとは言え味付けは色々出来たのでそれなりに楽しめもした。
元々小林は食べ物に関して飽きるということがあまりない。
同じハンバーガーを続けて10個だろうと20個だろうと食べられる。
その上で味付けを変えられるのだから飽きようはずもない。
「まあ、小林が気に入ったってんなら良いけど」
自分の突いた餅を美味しく食べてくれたというなら、花崎に文句はない。
「お前は何か食ったのか?」
「俺? うん。餅は少しだけど御節とか鮨とか色々ちょっとずつ食ったよ。おかげで腹いっぱい」
「ゴアイサツとかいうのは終わったのか?」
「今日はな」
「明日もあんのかよ」
自分が参加したわけでもないのに、朝からのシキタリとやらと花崎すらも疲れさせる正月とやらに小林はうんざりした。
「今日よりは少し減るけど、明日もそれなりに来るんだよなあ……昔は1日か2日のどっちかだったらしいんだけど、取引先の御挨拶とか受け入れてたらいつの間にかどっちも忙しくなっちゃったらしいんだよなー。お年玉はいっぱい貰えんだけど」
どうせ新年会のパーティでどうせ顔を合わせるだろうに、と花崎は思うのだが、形式化されてしまった行事は簡単にはなくなることはない。
「お年玉って、朝飯の後にもらった封筒か?」
小林も朝食後に雄一郎からだと赤石に封筒を渡されていた。
「そ。お正月は子供だとお小遣いが貰えんの」
「ふーん」
適当にポケットに突っ込んだが、封筒には金が入っていたのかと知る。
「そういや小林は振込されてっから、現金でのチャージは知らないんだっけ。今度教えてやるよ」
小林は少年探偵団に入ったころから電子マネーを渡されている。
明智探偵事務所の給与振り込みも電子マネー口座に行われているので、小林は給与を現金を受け取ったことがない。
未だに現金でなければ買い物ができない店もあるが、対人売買ができない小林が買い物をするのは基本的に自動販売機だ。電子マネーで問題ない。
だが、そうしてすべて電子化されてた状態で渡される為、現金をどうすれば電子化できるのか知らないのだ。
「僕がやるのか?」
「自分でできるようになった方が良いだろ」
明らかに面倒臭がる様子の小林に、花崎は苦笑しながらそう言って、話を戻す。
「明後日は父さんが出向くから家にいねーし、それでも訪ねてきた人の対応かなあ。だいたい玄関先での挨拶か上がるにしても小一時間くらいで終わるけど」
「正月ってのは忙しいんだな」
「あー…うちは多分割と特殊だと思う。4日が御用始めだからそれまでに主要な相手との挨拶済ませねーとなんねーし」
仕事が始まってから会社としてあいさつに行く相手を抜いたとしても、それなりの数になる。
「分かってたけど、折角小林泊まりに来てんのに遊べねーのもつまんねー」
「食いもんあって寝てられるから、僕は別につまらなくねーけどな」
そう。
花崎の様子に正月は面倒だと思いはするものの、小林はある意味理想的な正月を過ごしていた。
「つれねーの」
膨れて見せるものの、小林は当然ご機嫌取りはしてくれなかった。
小林の二日目のメニューもやはり雑煮と御節である。
昨日はほぼ御節を食べなかったので問題はない。
問題があるとすれば、基本的に箸を使って食べるものが多いということだろうか。
元旦の小林の食べ方を見たからか、フォークとスプーンが用意されてはいるが。
満腹になり、特にすることもないので何となく窓から外を見れば、花崎が子供たちに囲まれて何かをしているのが見えた。
時折同年代の、花崎と同じように着物やスーツを着た人間も混ざる。
更には袖を捲った爺婆が子供たちに交じって向きになって一緒に遊んだりもしている。
失敗したり成功したりする度に笑いが起こる。
花崎も一緒になって笑っているのが見えた。
「楽しそうに遊んでんじゃねーか」
いや、花崎は何かをするとき大体楽しそうにしている。
だが、昨日疲れ切って戻ってきて小林と遊べないのが詰まらないと言ったのに、とてもそうは見えない。
なんだか面白くなくて、小林は花崎のベッドに飛び乗った。
相変わらず心地よい弾力が受け止める。
暇だしこのまま寝てしまおうと、小林は目を閉じた。
「小林、起きろー! 夕食の時間だぞー!!」
花崎の声に起こされて、目を覚ませば先程外にいたはずの花崎が目の前にいた。
瞬間移動の筈が無いので、寝ている間に来たのだろうとちらりと外を見れば、何と日が暮れていた。
「今日は何してたの?」
「寝てた」
「え、ずっと!?」
「お前が庭でなんかしてんのは見た」
「それ昼じゃん! よく寝られんなー…」
とはいえ、昨日とは異なり時刻はまだ夜の7時前である。
運ばれてきたのはどちらかというと洋風なメニューだ。
「正月はオセチを食うんじゃないのか?」
「そればっかじゃ飽きるから、二日目の夜はお正月とは関係ないご飯食べんの」
「ふーん」
食べられるなら何でもいいと、小林はさっそく手を伸ばした。
花崎家の食事は美味しいので、行事も形式も気にしない小林は出されるものが何であろうと気にせず食べるだけだ。
「これ美味いな」
「そりゃよかった」
やたらと美味しく食べてくれるので、今度弁当を作ってもらおうかと花崎は思いつき、弁当なら花見かなーと先の予定まで検討し始める。
しかしその場合、混む場所には行けないので、桜が咲いていて人が滅多に来ない場所と考えればやれそうな場所は事務所か花崎家ということになってしまう。
「まあ、野呂によさそうなところ探してもらえばいっか」
野呂ならば指先一つで様々な穴場を見つけてくれるはずである。と、考えて花崎が呟けば、突然の野呂の名前に小林が目を瞬かせる。
「いきなりなんだ?」
「あ、こっちの話!」
思わず声に出してしまった事が少し気恥しく、苦笑して言えば、訝し気にしながらもそれ以上は追及されなかった。
花崎の独り言より、目の前のご飯の方が大事だったらしい。
嫌な客が来た、と花崎は思った。
元旦、二日は父が居る手前もあり、花崎を見下すような態度や言葉を出す人間はいなかった。
ドラマ等の影響で上流階級では笑顔で嫌みの応酬をするという認識を持っている人間もいるが、利益的に考えても穏やかに済ませる方が得策なのである。基本的には和やかなものだ。
特に花崎家程ともなれば、跡取りとして認識されている人間に喧嘩を売るという愚かな行為をする人間はそうはいない。
それなりに近しい家柄の人間であっても、二親等以内の家族でもない限り下手なことは言わない。
花崎が空気を読まず、眉を顰めるような言動をすれば別であろうが、この場においては花崎家の息子としての態度を取っているし、成績や身体能力など、数値におけるデータでは優秀さを示している。
雄一郎が養子をとる決断をした際、最初は揉めたものの花崎に近い家は血筋は自分たちが継いでいるので、血筋で選ばれる使えない人間を上に立たせるより、養子であろうと優秀な人間を立たせる方が、花崎というブランドを守るのには良いという考えで纏まったらしい。
ル・ワッカでの騒動は花崎自身にはこの上ないマイナスだが、世間的には警察上層部すらも振り回される大犯罪者である怪人二十面相に誘拐された被害者として扱われているので、花崎の心情を慮ってか話題にすら上げない。
そもそも跡取り問題に興味のない親類もいる。
態々責任の重い立場になりたくないという若い世代は、跡取りにとって代わろうなどとは思わない。
いるとして、雄一郎や多くの親戚の前で花崎に喧嘩を売りそうな輩がいた場合、親がそれを悪手と認識していれば、この場に連れてくることもない。
何もトップに立たずともそれなりの恩恵は得られるのである。
下手に喧嘩を売ってマイナスになるよりは、良好な関係を築いた方がずっと建設的である。
雄一郎が亡くなった場合は、それなりに主張してくる親戚も出てくるかもしれないが、雄一郎は養子を迎えた時点で相続問題が起こるのは必須と、遺産相続においても前持ってきっちり弁護士立ち合いの下で作成管された遺言状が用意されており、近しい親族にはある程度公開もされている。
知っている以上、後から騒ぎ立てることも許されないのだ。
公開されない程の遠戚ならば、そもそも遺産に関わる権利もない。
また、歳のいった親類は花崎を孫のように可愛がったりもしてくれている。
ということもあって、正月の2日間はにこやかに、しかし過剰に構われたりする為に疲労した。
だが、3日目は少し毛色が違う客が混じってくる。
目の前の相手はその中でも、花崎が面倒に思っている相手だ。
「会長と言い君と言い、花崎家本家の血筋は本当に見目も良くて羨ましいよ。私なんて遠縁だからその恩恵には肖れなくてね」
花崎は覚悟をしていたとはいえ、あまりにもあからさまな相手の言葉に顔が引きつりそうになった。
「ああ、済まない。君は血筋ではなかったね。いやいや、綺麗な顔立ちをしているものだからうっかり失念していたよ」
申し訳なさそうな表情を作り、しかしすぐに何かを思いついたという顔になる。
「そうだ! うちの娘と婚約するというのはどうだろう? 遠縁とはいえ花崎家の血をきちんと継いでいるのは保証できるし、君も本当の意味で花崎家の仲間入りできるじゃないか」
酒の肴に花崎に婚約話を振ってくるのはこの男だけではない。
この3日、どころか花崎と同じ年頃の子供がいる家からは毎年出ている話題と言ってもいい。
だが、大体はそれこそ酒の席での冗談であり、本気ではない。
多少本気が混じっていようと、花崎がやんわりと断ればそれ以上振らないし、少なくとも花崎本人の前で血筋の話をしたりはしない。
それが分かっているから花崎も笑って済ませるのだが、この男は血筋を理由に本気で花崎に娘を嫁がせようとしているのだ。
尚、娘は現在花崎の十程上である。
故に本来なら晴彦の方が適当であり、事実晴彦が出奔するまでは毎年晴彦に話題を振っていた。
その間、花崎には見向きもしなかった。
だが晴彦がいなくなった途端、花崎に鞍替えをしたのだ。
花崎の覚えが目出度い筈もない。
「ありがたいお言葉ですが、そういったお話は父を通して頂いた方が良いかと。何せ花崎の血も引いていない不肖者ですから」
笑顔を張り付けて敢えて丁寧な口調で父のことを持ち出せば、男は渋面になった。
遠縁とはいえ、おいそれと花崎グループの会長に話しかけられる立場にはない。
それに父もこの男を良くは思っていない。
当然だ。晴彦を含め義理とはいえ息子を軽んじるような態度を取られてよく思える筈もない。
そもそもその息子を軽んじるということは、養子を取るという決断をした雄一郎を軽んじると同義である。
男は親戚が集まる正月の1日2日に声がかからなくなって尚、そのことに気付いていないのだ。
「いや、でもほら、本当にその話が決まってからだと撤回することも難しいだろう? だからまず直接会って親交を深めてみるのも良いと思うんだよ」
直接会わせるだけなら、この場に連れてくればいい。
昔一度だけ連れていたのを知っている。
その時はまだ晴彦がいた。
連れていないということは恐らく娘本人がこの話題に乗り気ではないのだろう。
「でも……」
「おや、お久しぶりです」
こういった相手は態度や言葉遣いが悪いとすぐに上げ足を取るので、常にない程気を使って花崎が断ろうとすると、第三者の声が割って入った。
「晴兄……」
「は、晴彦君!?」
姿を見せたのは、花崎と同じように晴れ着をまとった晴彦だ。
「話し込んでいたようですけど、どういったお話を? もし続くようでしたら立ち話もなんですから他の客もおりますが、中に入られては如何でしょう?」
笑顔で晴彦が言えば、男は焦って首を振る。
「い、いや。お忙しそうだから私はここで失礼させて頂くよ。花崎会長にも宜しく伝えてくれ」
過去晴彦にも娘の縁談話を振っていただけに、この場でその話を続けることが出来なかったのだろう。
しかも花崎家の紋が入った晴れ着で晴彦が顔を出したということは、花崎との縁が切れていないことを示す。
同じ話題を両人に振るのは失礼だと流石に分かるし、未来の花崎グループ会長に娘を嫁がせたい側としては、どちらに話題を振ればいいのか分からない。
「そうですか? お酒も料理もありますよ?」
「いや、本当に大丈夫なので! 他の挨拶先もあるので失礼する」
そう云い残して慌てて帰っていった。
「晴兄、来てくれたんだ」
花崎は漸く帰ったかと安堵しながら、晴彦に向き直る。
だが微妙な表情で顔を逸らされてしまった。
まだ晴彦の中で折り合いは着いていないらしい。
「庭を歩いていたらあの男が来たのを知ったから顔を出しただけだ。すぐに部屋に戻る」
自分はあの世界には戻れないと自身に言い聞かせる為に、現実を見せつける様に庭から三が日の間度々様子を窺っていた。
いくら着物を渡されたからと、真に受けて顔を出せば自分が嫌味を言われるだけでなく、再び迎え入れることを是としてくれた家族に迷惑がかかることも容易に想像がついた。
なので見つからないうちに戻ろうと踵を返し、しかしその時に来た車から降りてきた男を見て、雄一郎がいないのを良いことにどうせまた下らない話を振りに来たのだろうと検討がついたので、急いで部屋に戻り赤石に渡されていた着物をまとって顔を出したのだ。
「晴兄、ありがとう」
つまり、それは花崎の為である。
それが分かって嬉しそうに花崎が笑いながら礼を言えば、苦笑するように少しだけ笑って晴彦は行ってしまった。
花崎の家に汚点となる行動をしてしまった手前、挽回するだけの何かをまだ成していない現状では流石に宴席に顔を出すのは気が引けているのだろうと理解している花崎は、止めることなくその背中を見送る。
そして見えなくなると、花崎はお手伝いさんに少しだけ任せるとお願いして、自室まで駆けだした。
勢い任せにドアを開く。
「小林! 晴兄が! 晴兄が俺の為に離れから出てきてくれた!!」
いっそ抱き着きたい勢いであるのだが、残念ながらそれはできないのでとにかく誰かに聞いて欲しい思いの丈を小林に向かって叫んだ。
突然戻ってきたかと思えば、叫び出した花崎に目を瞬かせながらも、嬉しそうにしているのだから良いことがあったのだろうということは小林にも理解できた。
「そうか」
小林が頷くと花崎は嬉しそうに笑って、踵を返す。
本当にそれだけを言いに来たらしかった。
恐らく、誰かに聞いてもらわずにはいられなかったのだろう。
「じゃあ俺もうちょっと頑張ってくる!!」
晴彦の登場でやる気を取り戻した花崎が元気よく手を振って戻っていった。
「相変わらずうるせーやつだな」
だが、花崎が嬉しそうなら小林には特に問題だと思うことはなかった。
「三日間お疲れ俺ー!!!」
花崎は着物のままベッドに倒れ込んだ。
その様を見ていると、事務所に戻った時に井上や山根が言うように「おつかれ」と言ってやりたくなるが、簡単な一言でも誰かに向ける労いというのは小林にはまだハードルが高かった。
小林がそんなことを考えている間に、あっさりと花崎は起き上がり、いつもの笑みを小林に見せる。
「明日からは事務所も開くし、いつも通りだな!」
「疲れたんじゃなかったのか?」
小林は首を傾げる。
基本、人間は疲れたら休むものだ。
だが、事務所でいつも通りを想像しても、花崎が休むことには繋がらない気がする。
「疲れたからいつも通りが良いんじゃん!」
「そういうもんか?」
「そういうもんだって」
いつもと違うことをして疲労したのだから、いつも通りがいいと言われれば、なるほど一理あると小林も納得した。
「しっかし……」
花崎の目線は小林の前のテーブルに行く。
定期的に補充と片付けがされているであろう食べ物が、いまもすぐにでも食べられる状態で存在している。
とりあえず食べるには困らなかったようで安心はしたが、食べ物以外の何も用意していなかったので、連れてきておいて本当に放置になってしまった手前、花崎は少々申し訳ない気持ちになる。
「小林はずっと部屋ン中にいてもらうことになったけど、退屈しなかった」
「食いもんがあって好きなだけ寝てられたからな。僕はこのままでもいい」
だが、小林は全く気にしていなかった。
好きな時に好きなだけ食べられる美味しい物が用意され、眠ければ好きなだけ寝ていて良いとは、素晴らしい環境ではないかと思う。
「小林って、実は野呂以上の引き籠り気質なんじゃねえ!?」
花崎と会う前は、恐らく食べ物の確保と死ぬ方法探しで忙しくしていたし、事務所に来てからは仕事があり、そうでなくとも花崎が連れ回すので動き回ってはいるが、つまりそれがなければ動く気がないということだ。
死ぬ方法を探さなくなったのは良いことではあるが。
これは、自分がしっかり動かさなければ、と花崎は心に決め、何して遊ぼうかと脳に描き始めた。
動かす方法が遊ぶという辺り、実に花崎である。
あとがき
あけましておめでとうございます(遅い)
年末は冬コミで思ったよりもトリスタのお仲間様がいた事実を知り大変良い年の瀬を迎えられました。
そしてお正月とタイトルを打ったけどアップしたのは実に17日という遅筆!!
イチャイチャがないから!!
一緒に行動すらほとんどしてないから!!
いいんです! 節分まではお正月でいいって言われたので!!
厄払いみたいなもんです!! 節分までに終わらせればいいんです!!(言い訳)
お気づきかもしれませんが、当方、お坊ちゃんをしている花崎が大好きなんです。
好きなんです。
でも品の良さとか描けないので、おうちの大行事をぶち込んでみました。
お正月は親戚一同が会して呑みの宴会が始まりますが、あれ結構面倒ですよね。
お手伝いさんたちきっと大忙し。
お正月休み取れないお手伝いさん……なんということでしょう。
お正月特別手当が出てると思います。
花崎の着物はあれです。
開運おみくじ付きラバーストラップの衣装です。
あのラバストで疑問なのは子供組で大友だけが袴でないことです。
いえ、似合うかどうかの問題なのかもしれませんが。
小林にも着せたかったんですが、触れないので断念しました。
なんであの子触れないんでしょう……花崎と出会って1年も経たないうちに
成層圏プレーンの件で手を握れるようになったんですから
さらに1年とか経ってたらそろそろ触れるようになってもいいと思うんですが……。
早くギフトのコントロールできるようになって欲しい次第であります。
相変わらず何を書きたいのかわからない感じのあとがきになってしまいましたが
年が変わっても相変わらずコバ花とトリスタでやっていきたいと思いますので
よろしくお願いします!