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20 May

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05 October

お月見

十五夜お月様




「今年も私は十五夜の観月会があるので遅くなるが…健介はどうする?」
花崎家はグループの長に立つ家なので、そういった年中行事を欠かすことはない。
正月に始まり、七草、鏡開き、節分、観梅会、上巳の節句、観桜会、端午の節句、紫陽花鑑賞会、観蛍会、七夕、暑気払い、十五夜の観月会、十三夜の観月会、観菊会、クリスマスと言った一般的なイベントは勿論のこと、新年会や忘年会、御盆お彼岸等もきちんと行う。
古式縁しいものから比較的新しいものまで付き合いや企画で忙しい。
下手をすれば年中行事に合わせて予定を立てると言ってもいい程である。
高校生にもなった健介もそろそろ顔見せを兼ねて参加し始めてもいい時期ではあるが、雄一郎は強要することはない。
「俺は……」
声をあげたものの、言葉を続けられなくて花崎は黙る。
正月などは家に人が集まり、健介も参加しているので全く見知らぬ土地に放り込まれるという訳でもないし、そもそも健介にその類の不安はない。
それでも躊躇うのは、雄一郎に同行してそういったイベントに参加するということは、つまり花崎の後継者になると仄めかすようなものだからだ。
兄、晴彦を見つけ出し、再び彼を後継者に立たせるつもりで幼少期を過ごしてきた健介には、晴彦を表立たせることが難しいと分かっていても、まだ割り切ることが出来ないのだ。
「まあ、観月会はどちらかというと年嵩の集まりだからな。健介が行ってもつまらないだろう」
健介がすぐに頷けなかったので、雄一郎が助け舟を出すようにそう告げて話を切った。
「すみません」
俯きがちに健介は謝罪した。

折角だから友達と月見をすればいいと、団子を用意された。
若いのだから沢山食べるだろうと、量もある。
「て、ことで十五夜しようぜー」
と、前置きもなく事務所に訪れると同時に声を上げる。
いつもなら、「何が『てことで』なのかわっかんないから!」と野呂辺りが声をあげて井上も同意するように一言寄こすのだが、今日はそれがなかった。
姿すらないのだから、声の出しようもないだろうが。
「あり? 井上と野呂は?」
「お二人は今日は事務所には来られないそうです」
返答したのは、事務所の鍵が開いていた理由でもある留守番役の山根だ。
小林もいるのだが、留守番役にも電話役にも向かないので、小林しか残れない時は基本事務所を閉めている。
小林も探偵団の一員として電話が鳴ればとるし、客がくれば対応しようとする意思くらいは一応あるのだが、如何せんマナーがなっていないので、井上から客と話す許可はまだ下りていない。
「そっか。じゃあ3人でお月見すっか。団子食い放題だぞ」
そう言って花崎は手に持った包みを持ち上げた。
明らかに3人で食べる量ではない。
「すみません、僕は家でご飯が用意されているので…」
「えー」
不満を口にしつつも、家族が待っていると言われて止める気にはなれない花崎は、ならせめて持って帰れと団子を何割か山根に渡した。
その後、山根も野呂もいなければおそらく面倒くさがるであろう大友も諦めて、小林を団子で釣って月見に付き合わせた。
正直、花見などと違って盛り上がれるわけでもない月見の何が面白いのかわからなかったが、確かに月を見るだけでもそれなりに楽しいかもしれない。
と、花崎は思わないでもないのだが、横にいる小林は団子に夢中だ。
お飾りとは別に分けておいてよかったと思いながら、花崎も団子を一つとっては口に運ぶ。
団子ばかりでは飽きるのは必須なので、コンビニで他のものも買ってきた。
「よく満月の夜は人を狂わせるとか、人を攫うとか、異世界に連れていかれるとか物語とかのネタにされっけどけど、何かわかる気がするよなー。あーかぐや姫もそういえば十五夜に月に帰ったんだっけ。やっぱり何か異次元的なもんあんのかなー」
時折雲がかかっては影を落とす丸い月はどこか引き寄せられるような不思議な魅力がある。
「小林はかぐや姫の話は知ってる?」
小林は一般常識が通用しないことが度々ある。
特に幼少期に教えられるであろう内容が欠落しているので、童話を知っているかと思って問いかけてみれば、小林は団子に伸ばした手を止めて頷いた。
「竹から生まれて月に帰った女だろ」
「そー、それ」
随分簡略化された説明だが間違えていないので花崎も頷く。
「あれも十五夜の話らしいよ」
ふーん、と小林は興味なさそうに再び団子に手を伸ばした。
「月に帰んなら最初からそう言っときゃ、男どもに変な依頼を出す余計な手間も要らなかったのにな」
「依頼って、それかぐや姫が出した条件の事?」
「そうだろ。誰も完遂できなかったから報酬が貰えなかったんだろ」
「あー…まあ、そうだな」
依頼という言葉はしっくりこないが、言われた仕事をこなすという意味では確かに依頼なのかもしれない。
しかし最初から言っておけば、という小林の言葉に、正論だとは思いながらも素直に頷いてやれなくて花崎は苦笑した。
「かぐや姫は言えなかったんじゃないかな。言ったら求婚者達にじゃなくて、育ててくれたおじいさんとおばあさんにも知られちゃうし」
「結局最後はバレんだろ」
「そーだけどさー…。言い出しにくいことってあんじゃん」
大切な人だから知られたくない。
いや、言ったら本当になってしまうかもしれないという恐怖もあったのかもしれない。
「なら、男が全員依頼を完遂してたらどうするつもりだったんだ。報酬たんねーし、すぐ月に持ってかれんじゃねーか」
「そういやそうだな。まあ完遂できないように無理難題を吹っ掛けたんだろうけど…早い者勝ち?」
「嫌な依頼人だな」
「まあもともと別に依頼したいって言ったのかぐや姫の方じゃねーからなあ…」
求婚が殺到したから苦肉の策だったはずである。
「確かに、依頼しろってこっちから言うのもおかしいな」
「だろ」
小林が納得してくれたので花崎は安心して話を続ける。
「まあ、地上は汚いから流刑地みたいな扱いだったから、そこでの男に言い寄られても罪人に言い寄られるようなもんだから嫌だったのかもしんないな。あ、流刑地ってのは牢屋みたいなもんのことな」
「ならやっぱり最初からそう言えばよかったじゃねーか」
依頼など出さなくても、嫌だから付き合わないといえばいいのだと小林は思う。
「うーん、当時の貴族社会がなあ…帝もいたし、ヘタに断るとおじいさんたちが酷いことになっちゃうのかも。それに月に帰れることになってから泣いて教えるってことは、おじいさんとおばあさんは大好きだっただろうから、地球人に嫌悪感はやっぱりないのか? だとしても求婚者もすっごい美人がいるって噂で集まってきてた人達だし好きになんの難しいだろうしな。だとしたら、無理難題でもきちんと真面目に完遂してくれる想いと力のある人なら、月に帰らなくてもいいと思えるくらい本当に好きになれると思ったのかも?」
「好きな奴がいたら帰らないのか?」
「だって、月がどんな場所でかぐや姫がどうして罪に問われのかはわかんねーけど、悲しく泣くような場所に帰るくらいなら、大好きな人の傍にいたいって思うじゃん? 無理やり連れて帰られそうになってもあの無理難題を成し遂げた人なら何とかしてくれるかも知れないし」
「そういうもんか?」
「おじいさんたちに言われて帝はフラレたのに兵を出してくれたけど、結局兵は役に立たなかったし、自由に動けたはずのかぐや姫が抵抗もなく帰っちゃったってことは、悲しくても残る選択をするだけの理由が地球になかったってことだろ」
地球でのおじいさんたちに大事にされた幸せな〝汚れた〟記憶すらも置いてかぐや姫は帰ってしまう。
無くしたくないと少しは思っただろう。
けれど、諦めてしまえる程度のものだったのだ。
「成程な」
なら依頼を完遂したら得られる報酬は、自分が欲しいと望んだ相手の一生だ。
成程、人の一生を得られるなら多少の無理難題だろうと確かに達成してみせるべきだ。
その程度の覚悟も想いもなく手に入れられる相手ではなかったのだ。
そう考えると男たちは随分ともったいないことをした。
どれほど難しかろうと依頼さえ果たせば、相手が手に入ったのだから。
小林は花崎を見る。
小林が納得したことに微笑む少年は、小林が失いたくない存在だ。
輝くほどの美しさとやらはない。
無理難題も言わない。
手に入れるための条件など提示しては貰えない。
だから小林が死ぬまで完遂されない約束を理由に繋ぎ止めるしかない。
それでも、どれほど繋いだつもりでも、追いかけても、花崎は簡単に自分をおいていこうとする。
その不安があるから、小林は死にたいという思いが消えない。
自分が死んでしまえば、この不安から解消されるからだ。
かぐや姫のように無理難題でもいいから、いっそ条件をつけてくれないだろうかと思って、小林はハッとする。
どちらかというと、小林がかぐや姫のようになっていないだろうか。
死ねない自分を殺せというのは、相当な無理難題だ。
だが、そうでもないと思い至り小林は安心する。
実は小林を殺すことは花崎には簡単なのだ。
自由に動いて危険な目に遭うのは苛立つけど構わない。
小林が守れるくらい、不安にならないくらい近くにいればいい。
そして事件を解決して嬉しそうに笑えばいい。
それだけで、小林は花崎に置いていかれる可能性からの死への願望を、花崎と共に生きたいという願望に変えることができる。
なのに、未だに小林の力がその花崎に手を伸ばすことすら許さないのは、花崎への不安が尽きないからだ。
今だって、先ほどの花崎の言葉のように、月明かりしかないこの場所で目を離したら、それこそ月にさらわれてしまうのではないかと不安にさせる。
過去に一度誘拐された花崎だ。
油断はできない。
「小林ー? どうしたー?」
黙ったままじっと己の方を見てくる小林の目の前で花崎は手をひらひらとさせながら呼びかける。
この手を捕まえて抱きしめられたら不安は消えるのだろうか、と考えるがすぐに否定する。
抱きしめて自分の腕の中に閉じ込めたところで、花崎はするりと抜け出して気ままに走り出すに決まっている。
「お前は、キューコンシャみたいにズルしたり諦めたりしないで絶対に僕の依頼果たせよな」
ならばやはり、今の小林にできることはこの約束で縛るしかないのだ。
「おう任せろ! 小林が生きたいって思える何かを必ず見つけてやっからな」
小林の言葉に花崎は破顔した。
花崎も小林が死ぬ条件が生を望むことだと知って、以前よりやる気を出している。
「でも求婚者かあ。依頼果たしたら小林は俺と結婚してくれんの?」
冗談のつもりなのだろう。
笑いながら花崎がそんな事を言うものだから、危うく小林は依頼を完遂させてしまいそうになった。



あとがき


おかしいですね…和やかにお団子食べるか、月に攫われそうな花崎を書きたかったはずなんですが、何故かかぐや姫してる上に、お月見なんてどこかへ消えて……。

何はともあれ、TRICKSTER一周年おめでとうございます!
製作に携わった全ての方への感謝を。
腐った目線で見てしまっていることに謝罪を。
一緒にこば花楽しんで、こんなところにまで目を通していただいたあなた様にも感謝を、
これからもTRICKSTER並びにコバ花を楽しんでいきたいと思います!!

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