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20 May

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12 April

Secretary

小林が花崎といる未来を目指すお話






「お前に秘書を付ける」

花崎がそう父に言われたのは大学4年生の時だった。
就職活動が盛んになる学年で授業もほぼないが、花崎は進路が確定しているので就職活動も何もない。
つまり作ろうと思えば空白の時間を多く用意できる。
そして卒業を控えたこの年、その時間で花崎は仕事を覚えることになる。
その為の秘書だろうと、ため息を吐きそうになるのをなんとか耐えた。
むしろ今まで自由にさせてくれたのだと思えば文句を言うどころか感謝しなくてはならないのだから。

もう少年とは言えない歳で既にリーダーも辞しており、探偵団としての活動もほぼ行っていない。
今、明智探偵事務所は年下が苦手な、それでいて面倒見のよい井上が資質ある少年少女を次世代の少年探偵団として育成している最中だ。
花崎は時折井上達の様子をみがてら遊びに行き、人手が足りないようなら手を貸す程度だ。
元気で明るく、井上と違って気難しくない上に、手土産まで持参してくれる花崎は子供達には人気だ。
尊敬されているかは若干怪しいところではあるが。

野呂はホワイトハッカーなどさまざまな仕事を自由気ままにこなしながらも、井上の手助けを続けている。
昨今、推理や記憶力ではどうにもならない情報セキュリティ社会。
正直、野呂の協力なしに探偵をやっていくのは不可能に近いだろう。
そんな野呂にも、弟子らしき存在が出来ていた。
野呂もかなり面倒見がいいので、きっと立派に弟子を育てて見せるだろう。

小林はやはり井上に手を貸しながら、探偵としての稼ぎと親のない子供達の支援団体を使い、中高と花崎と同じように通信で学校に通い、なんと短大まで卒業した。
靄は消えたわけではないが、一度は確かになくなったそれを4年かけて完全にコントロールしてみせ、この2年人の多くいる学校に通いながらも、それによる事件や事故は起こしていない。
14歳からまともな勉強を始めたくせに、短大とはいえ大学まで卒業して見せる頭脳。
探偵団として振り回される間につけた体力と、戦闘センス等の身体能力。
顔立ちは元々良かったが、栄養をしっかりとれる環境で身長も伸び、スラリとしたイケメンに成長した。
顔が良いのは目立つので張り込みには向かないが、聴き込みには向いている。
少しはマシになったものの、粗雑な言葉遣いは、しかし容姿のおかげで女性の口を軽くした。
時には男性の口も軽くした。
イケメンに凄まれると怖いらしい。
さらに靄のコントロールにより、「色々と問題はあるが無敵」だった小林は「荒事においては完全な無敵超人」になった。
現場担当の探偵としてはこれほど羨ましい資質もなかなかない。
癪だったので、触れるようになったその頬を思いっきり両側に引っ張ってやった。
靄ではなく、小林の手に叩かれた。


そうして皆進んでいく。
自分も進まなければならないだろうと、花崎は既に決めていた覚悟をしっかりと飲み込む。
「分かりました」
仕事は帰ってきた兄が手伝ってくれているとは言え、自分だけでどうにかできるとは思わない。
スケジュール管理もそれほど得意ではない花崎に秘書が必要になるのも確かだ。
花崎が了承したので、父が言葉を続ける。
「相手は短大とはいえ秘書課程をそれなりに優秀な成績で卒業している。まだ秘書としての実績もなくその他においても完璧とは言いがたいが、私も人となりは良く知っている。だからお前の傍にふさわしい人物だと思っている。しかも護身術などにも明るい。ボディーガードとしても常に傍に連れて歩くように」
「ボディーガード…ですか…?」
正直面倒くさい、と花崎は思った。
秘書は仕方ないにしても、常に連れ歩くボディーガードも兼用など窮屈で仕方がない。
自分の身くらい自分で守れる自信がある。
けれど花崎ももう二十歳を超えたというのに父の過保護は治りきっていない。
「そうだ。問題でもあるのか?」
その原因は自分にあるので文句は言えない。
それに気遣うように視線を向けてくる父は、断ったら断ったで別の手段でボディガードを付けるだろう。
「いえ、ありません…大丈夫です。お父さん」
父を安心させるためにも、素直に頷くしかできなかった。
「入りなさい」
それを確認して、父が扉に向かって声をかける。

「失礼します」

聞こえた声に、花崎は驚いて開こうとする扉を見た。
想像される声の主を考えれば聞きなれない言葉だが、この声を間違えるとも思えない。
見えた髪色は予想通りのものだった。

「こ、ここ、こ、小林ぃ!?」

花崎は目を丸くして叫びを上げた。
「期待通りの反応だな」
小林は花崎の反応に気をよくしてにやりと笑って見せた。
「いや、じゃなくて! なんで小林がここに!?」
いやいや待て待てと花崎は小林に詰め寄る。
「秘書に雇われたからだろ」
しれっとした態度で答える小林。
「はあ!? なんでお前が秘書として雇われるんだよ? 探偵事務所は!? 井上の手伝いは!?」
胸倉を掴みそうな勢いだが、存外育ちがいい花崎は小林の腕を掴んだ。
その手に、小林は己の手を重ねて握りこむ。
「僕は別に探偵じゃない。僕は何年も前からこの道を選んでいるし、それはあいつらも知ってる。知らなかったのはお前だけだ」
言われて、花崎は父と赤石を振り返る。
苦笑交じりだが、二人とも笑みを浮かべている。
つまり探偵団のメンバーどころか、二人も知っていたと言うことだ。
まあ、雇い入れたのだから当然と言えば当然なのかもしれない。
が、しかし。
「なんだよそれ。俺だけ仲間はずれかよ!」
自分だけ知らなかった事実に花崎は眉を寄せた。
「別にそういうわけじゃねーよ」
「じゃあなんだよ」
実際に知らなかったのは自分だけじゃないかと、花崎は拗ねる。
正直、小林のことは誰よりも知っているつもりだったので猶更だ。
「前もって教えたらお前が受け入れないかもしれないってあいつらが言うから……」
断れない状況で教えないと、受け入れてもらえなかったら困るし、と視線を逸らして小声で付け加えられた。
「小林…」
そんなこと考えていたなど思いも寄らなかった花崎は、零すように小林の名を呼ぶことしか出来ない。
「お前も悪いんだぞ! お前が僕と一緒に居たいって言わないから、こうやって面倒くさい方法とるしかなかったんだからな!!」
呆然とした花崎の態度に、焦ったように小林が言葉を重ねていく。
逆切れされて困惑する花崎の変わりに、後方から言葉が飛んできた。

「小林さん、健介様とお呼びするようにとお伝えした筈です」

花崎の反応もあり最初こそ許していたが、人前での『お前』呼びに赤石の注意が飛ぶ。
小林は、詰まって奥歯をかみ締めた後、叫ぶように声を上げた。
「け、健介様! も、悪い…んですよ!!」
言った途端、花崎は吹き出した。
「お前に健介様とか背中どころか全身痒い!!」
笑われて恥ずかしいやらむかつくやらで、小林が声を荒げる。
「仕方ないだ……でしょう!」
しかし、視界に入る赤石に途中で言葉を正す。
「しかも敬語、にっあわねえ!!」
花崎は大笑いだ。
「うっせえ」
なかなか止まらない花崎の笑いを強制的に止めたくなったが、残念ながら実力行使は認められていない。
なので、小林は言葉で返すしかない。
「他のやつの前で、『いかが致しますか』と『畏まりました』が使えればいいんだよ。どうせそれしか喋らねーんだから!」
「んな訳ねーだろ! ちゃんと仕事しろよ、オレのひ、秘書っ…ぷっ…だろ!」
笑いながら、確実に面白がっているだけの注意をされる。
「お前がいうな!」
まだ言葉遣いが…と赤石は額を押さえる。
そんな中、喉を鳴らすような笑い声が響いた。
「挨拶は済んだかい?」
状況を思い出して振り返れば、父が苦笑とも微笑ともつかない顔をしていた。
「あっ……」
今のやり取りを見られていたと思うと流石に恥ずかしくなって、花崎は俯いてしまう。
「上手くやれそうで安心した」
その頭に振ってきた声は優しいもので。
思わず顔を上げれば、先程と同じように苦笑交じりだが、やはり優しい笑みを父は浮かべていた。
「お父さん……」
花崎家として雇うには、小林より優秀な人材は多くいただろう。
学校での成績はよかったというが、小林では足りないものは多々ある。
けれど父は何処までも花崎のことを考えて、優秀さよりも大切な部分で小林を選んでくれたのだと思うと、感謝しかない。
「俺…ちゃんと、頑張ります」
これほどに自分を大切にしてくれる父に、少しでも報いたい。
いまだに緩い涙腺が刺激されてしまう。
「ほら」
しかし差し出されたハンカチに、涙もひいてしまった。
「小林が…はんかち……」
いや、小林は結構前からハンカチくらいは持つようにはなっていた。
応急処置や証拠品の回収·保護など、道具としても意外と便利だからだ。
問題は、涙を零しそうになった花崎へ差し出すという行為。
小林の成長に呆然とした。










side花崎晴彦



母さんの経歴などを教えられて、自分はやはり簡単に切り捨てられる存在なんだと思った。
では誰なら僕を愛してくれるのだろう。
そう思ったとき、浮かぶのは一人だけだった。
弟の健介。
おそらく本気で慕って自分を必要としてくれていた唯一の存在だったであろう。
そんな彼を信じられず、伸ばされた手を拒絶し、否定した自分にはもう居場所なんてない。
ならいっそあの時死んでいれば良かった。

そう思ったのに。
母さんの証言から僕は母さんと二十面相に利用された人間として情状酌量により、短期間で釈放された。
母さんはどうしてそんな証言を…と思ってしまう。
もしかしたら少しは、本当に息子だと思ってくれていたのではないかと期待してしまう。
でも、その母さんはまだ檻の中。面会も許可されていない。そんな状況で釈放されても喜びなんてない。
どうせ行く場所なんてないのに。
そう思っていた僕の前に現れたのは、花崎家の父だった。
父は僕のために援助をしてくれていたらしい。
あの時は健介の為を思った行動だったとしても、それまで育ててくれた恩も返さず勝手に出ていったのに。
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その父に連れられて、もう帰ることは無いと思っていた花崎の屋敷に戻った。
そこではあんな酷い拒絶をしたのに、健介も嬉しそうに待っていてくれた。
僕に拒絶されたことを思い出しているのか、躊躇いながらもそれでも健介は手を伸ばしてくれた。
まだ、伸ばしてくれた。
「晴兄、おかえり」
そう言って。
「私が不器用だったばかりにお前にも辛い道を選ばせてしまったな」
僕が考えなしに行動したせいだっていうのに、父が謝ってきた。
「流石に跡取りにすることはもうできないが、今度こそ家族になれたらと思っている」
その言葉に、僕は涙を流した。
花崎家として使えない人間なのに、父は家族として迎え入れてくれるという。
健介も、帰ってきた事を喜んでくれている。
ならば、と受け入れられる覚悟とここで生きていく覚悟を決めた。

「跡取りになりたいなんて烏滸がましいことは言いません。でも、できるなら僕にも健介の仕事を手伝わせてもらえませんか?」

こんなこと頼むのも矢張り烏滸がましいことなのだろう。
けれど、何もせずにこの家の家族としてやっていける自信はなかった。
少しでも父や弟の役に立ちたいと思った。
父は少し考える素振りを見せたあと、頷いてくれた。
そのことを健介に伝えたら、少し寂しそうな顔をした。
「そっか……」
静かに息を吐くようにこぼされた言葉。
矢張り受け入れがたいのだろうか、と息を飲んだが
「晴兄が手伝ってくれるなら百人力だな!」
次の瞬間には本当に嬉しそうに言ってくれた。


聞く所によると、健介は僕がいなくなった後、跡取りは自分じゃないと言い続けてきたらしい。
あの寂しそうな顔は、僕が跡取りになれないということに対してだったのかもしれない。
僕の考えなしの行動は、随分健介を縛ってきてしまったのだと呆れ返る。
そしてそのあと続いた曇りのない笑顔は、きっと、どうしようもない僕の言葉を聞きいれ跡取りになる覚悟を決めたものだったのだろう。




「あんた、もうアイツを泣かせんなよ」
健介の友人の少年がそういった。

時折屋敷で見かける彼は、健介のいない時にもこうして現れることがある。
基本的には健介が帰ってくる少し前に、帰りを待つように現れるが、今はまだ午前中なので、恐らく昨晩は屋敷に泊まったのだろう。
既に客間のうち、健介の部屋に一番近い部屋は彼専用になりつつある。
そんな彼は随分健介を大切に思ってくれているようだ。
そして健介が健介らしく、思うままに行動することを好ましく思っているらしい。
健介が本当に間違えた選択はしないと信じているのかもしれない。
あるいは過ちすらも受け入れられるのかもしれない。
だから彼は僕を睨みながらも、健介が受け入れてくれた僕を受け入れているのだろう。
守護者のようだと、自分で手放したと言うのに兄として少しばかり焼いてしまうが安心もする。
「もう二度と泣かせるつもりはないよ」
だから僕は彼に誓いを立てた。
僕はもう二度と健介を裏切らない。
一生を使って罪滅ぼしをしなくてはならない。
トップに立つ健介が少しでも楽になれるように努力も惜しまないつもりだ。


その初めとして行ったのは、この少年の素性を調べることだった。
名前と、元住んでいた家や家族構成が分かったので、思うより簡単に調べられた。
母親は疾患を持ち、父親は医者だったらしく、国の医療バンクに両親のDNA情報も残っていたので間違いないだろう。
生年月日も判明した。
背が低く幼い印象を受けたが、健介の一つ下だったらしい。
友人が心無い輩に痛くない腹を探られたら健介が悲しむことになるであろうことは想像に難くないので、花崎家の後ろ盾の元、きちんと手順を踏んで一家心中で死亡扱いになっていた彼の戸籍を復活させた。
「誕生日が違う」
渡された書類をみた最初の彼の一言はこれだった。
そんなはずはない、と言えば、そうじゃないと返された。
覚えていなかった彼の誕生日を健介が決めたらしい。
「あの日、多分僕はまた生まれた」
その言葉にどんな思いが込められているかは分からないが、大切なものであることはなんとなく理解できた。
とはいえ、戸籍上の誕生日を変更できるはずもなく、お母さんが君を産んでくれた日なのだからせめて書類上はそれで諦めるように諭したら、母親という言葉に少し反応を示し、それなら仕方ないと言ってくれた。
一家心中などという、記憶を無くすほどの悲惨な事件に巻き込まれた過去があっても、母親を大切に思っていたのかもしれない。
お祝いは健介が決めた誕生日でやろうと言ったら、少し嬉しそうな顔をしたあと、別に祝ってほしいわけじゃないとか、でもうまいものが食えるなら祝われてやらないこともないとかなんとか素直じゃないことを言っていた。
これがツンデレというやつかと思った。
なんとなく健介が構いたがるのが分かった。
僕もだが、どうしたって捨てられ引き取られてきた過去が、人との間に距離を作る。
彼も人との間に距離を取るタイプのようだ。
それでいて人間が嫌いというわけでもない。
けれど距離のとり方が健介と正反対だ。
懐く素振りで人の顔色を伺うように育ってきた健介にとって、憧れる部分もあるだろう。
そして、言葉はともかく態度は分かりやすい彼の傍は居心地が良いのだろう。



それほど健介が気に入っているならば、と、一度父が彼にも養子縁組をするかと問うていたが、
「アイツと兄弟になるつもりはない」
と断っていた。

「僕はアイツの秘書になるんだ」

続いた言葉に、僕も父も目を丸くした。
しかしよくよく話を聞いてみれば、それなりにきちんと年単位の長期的視点で、勉強し資格を取る計画を立てているようだった。
この先…未来も、ただずっと健介の傍にいると言う目的の為に。
彼のおかげで健介が精神の安定を保てている部分も少なくないことは、不承ながら理解している。
計画を本当に履行できるなら、悪い話ではないと思った。
ならば、勉強に専念できるように授業料はこちらで支払おうかと父が打診した。

「アイツにばれるから駄目だ」

と、それも断っていた。
彼の決意を健介が知ったら、拒否されてしまうかも知れないからだそうだ。
ありえない話ではない。
誰かを日向に引っ張り出すのは好きでも、自分の都合に巻き込むのは好まない健介のことだ。
「俺の為にそんな事しなくていい」
なんて、下手したら相手の本気を考えず軽いノリで断る可能性だってある。
仕方ないので、彼が登録したと言う支援団体に寄付をすることにした。
支援団体を利用することを知っていたことに僅かながら驚いたが、他の探偵団のメンバーの入れ知恵らしい。
長い計画も、彼らが立てたものなのかもしれない。
年齢的に施設に入らなければならない歳ではあるが、探偵と言う一応仕事にも就いているので、後ろ盾になることで彼の自由を確保した。





想像していたより、彼はずっと優秀だったらしい。
探偵としての仕事をこなしながら学校に通い、仕事がない時は健介の元に訪れては泊まって行き、健介が家にいない時間で都合が合えば赤石さんの指導も仰いでいた。
そうして無事、秘書課の短大までを卒業して見せた。

卒業証書を持って
「さっさとあいつの秘書にしろ」
と言ってきた時は驚いたものだが、その行動が赤石さんに駄目だしをされ、きっちり教育をすると連れて行かれた。
4月を迎えて、今日が彼の健介への御披露目らしい。
予想より赤石さんの指導が短期間だったが、恐らく健介自身の教育の都合を考えて必要最低限で済ませたのだろう。
仕事の為に同席できないのが残念だ。
でもきっと、帰ったら健介が照れながらも喜んで紹介してくれるだろう。
ああ、もしかしたら知っていたことで拗ねられるかもしれない。
そうだったらご機嫌取りは秘書に任せるとしようと決めて、僕はさっさと仕事を処理することにした。








side小林芳雄




「待てって言ってんだろー」
その言葉に目を開ければ、僕を追って光の中から飛び降りる姿だった。


「すげーじゃん」
そんなこというやつ初めてだった。
誰だって自分が殺されるかもしれないのは嫌だろうし、そうでなくても怪我なんかしたくないだろう。
なのにアイツは躊躇わず追いかけてきて、嬉しそうに言った。


「助けに来てくれたのか」
嬉しそうに、それを確信しているかのように笑う。
違う、財布を届けに来ただけで…こっちに向かっていったから僕を追いかけたこいつなら、火の中にも飛び込むんじゃないかって思って……だから…。


「出来るわけないだろう。…この僕に」
誰かに触れることもできない。
傷つけることしかできない、僕に。
隣にいるおっさんの反応が当たり前だ。
そんなこと、僕の力を知ってるお前ならわかるだろ。
なのに何で、そんなことを言うんだ。
なんで、僕はこんなところに来たんだ。
見つけたところで財布を返す以外に何ができるわけでもないのに。


あいつが不用意に近づくから、また弾かれてた。
それを見て、車で走ってきた奴が僕に銃を向けた。
僕と関わった奴ら全員が見せる正しい反応だ。
でも、その行動を靄は敵と判断してしまった。
攻撃を弾くのではなく、攻撃した。
「や、やめろ!」
叫んでも、この力が僕の言葉を聞くはずがなくて。
足を切り裂いた。


やっぱり僕は傷つけるしかできない。
その現実を突きつけられた。


「セーフセーフ」
それでもあいつの態度は変わらなかった。
あいつの仲間を傷つけたのに。
「右足でラッキーだったよ」
言われて、視線を送れば、それは機械で出来ているようだった。
機械なら修理可能だ。
そういう意味でセーフといったのだろうということは理解できた。
「だから喜べって」
でも喜べるはずがない。
お前だって怪我してるじゃないか。
さっきまでなかった顔のそれは、間違いなく僕のせいで付いたものだろう?
「馬鹿はお前だ」
そう怒鳴られていたのが後ろから聞こえた。その通りだと思った。


結局返せなかった財布の扱いを決めかねていた。
パクるつもりはないけど、返す宛もない。
あいつならまた僕の前に現れかねないけど。
関わりたいとも思わないけど。
でもゴミ箱を漁っても全く食べられる物が見つからなくて使ってしまった。
また食いたくないものを詰め込まれたくなかったから。
そしたら見つかった。
やっぱり馬鹿だった。
「分かってるって。この前も届けようとしてくれたんだろ?」
あっさりそう言った。
普通のやつは、僕みたいなやつが何を言ったって信じない。
食べ物があればゴミ箱だろうとなんだろうと漁る、僕みたいなやつが財布を持っていたら普通疑う。
しかも今回は実際に使った。
言い逃れもできない。
なのに、だ。


「死んだらマジで楽になるかなんてわからねーじゃん?」
衝撃を受けた。
そんなこと考えたこと無かった。
死んだら全部終わらせられる。
終わるなら、楽になると思っていたから。



「怪我ねーか?」
聞かれて、するわけ無い、という思いに至らなくて素直に頷いていた。
「んだよ~」
と言われて、心配したんじゃないのかよとムッとした。
「今度こそ死んだと思ったのになー」
続いた言葉に、そういえば僕を殺す方法を考えていたんだと思い出した。


「誕生日、おめでとう」
覚えている限り初めて、誰かに生まれたことを祝われた。
うまいものがいっぱい食えた。
なるほど、これなら誕生日も悪くないと思った。


なんかあいつの兄貴とか言うのがテレビにでてから少しおかしかった。
でも勝手に行動するのなんていつものことだし、好きにすればいいと思った。
事件解決して、行きたくもない警察で待たされた。
オッサンがあいつに暫く来るなって言っていた。


事務所に戻ったら、あいつがいた。
なんか久しぶりに見た気がする。
顔色が悪かった。
腹が減ってるんだろうと、一つくれてやることにした。
いらないと言われたからやらなかったけど。
でもそのあと喚いてたから、やっぱり腹が減ってたんだと思う。
「小林の方が便利だし」
「便利」
そうか僕は便利なのか。
この力を前にそんな言葉が出てくるのはこいつくらいだ。
最初に追いかけてきたときも怖がるのではなく、スゲーだの無敵だのあっさりとそう言った。
「面白がってただけだし」
何を今更言ってるんだ?
『お前、マジうけんね』
追いかけてきて、最初からそう言っただろ。
面白いなんていうやつ初めてだったから、こいつバカなんだと思った。
そういえば実際バカだったな。
「化物のくせに」
そんなの言われ慣れてる。
だから知ってる。
本気で化物だと思ってる奴は、そんな顔で言わない。
恐怖に顔を歪めながら、来るなと、近づくなと叫び。
全部化物の僕が悪いと自分を正当化して、時には攻撃してくる。
思ってもいないことで喚いて、コイツは一体何がしたいんだ?
そんなことを考えていると僕以外のところで言い合いが始まって、花崎は喚いて出て言った。
静かになったし腹も膨れた。
「寝る」
もういいだろうと、そう告げると驚いた顔をされた。
「何も感じないのか?」
聞かれたけど訳が分からない。
「はぁ?」
何がだ?
さっきの花崎の言葉か?
何を感じろって言うんだ。
最初から言われていた言葉。
本気の思いのこもらない喚き。
それしかあいつは言っていない。
危険という言葉すら出てこない。
花崎は一度も僕を拒絶する言葉を言っていない。
なんか煩くわめいて出ていっただけだ。
別になにか気にすることなんてひとつもないだろ。



花崎が拐われたらしい。
生きるの死ぬも自己責任がここのやり方だろ。
なのになんで助けに行く必要がある。
どんなに依頼失敗したって、めげる事を知らない奴だ。
怪我したって、僕に怪我させられたって、飄々としているやつだ。
なんかあったみたいだけど、あいつならいつもみたいに笑いながらそのうち自分で帰ってくるだろ。

そう、思っていたのに。

結局、花崎が捕まっているらしい場所に連れて行かれた。
これも仕事だというなら仕方ない。
面倒くさいからさっさと済ませよう。
まったく、あいつがさっさと帰ってこないからこんな面倒なことになったんだ。
そんなことを思いながらガラスを破れば、花崎の顔がいっぱい映っていた。
そして、それは僕の知らない顔だった。


泣いた。
泣いていた。
いつものあいつの顔じゃない。
あいつはそんな顔しない。
何でそんな顔してるんだよ。
おかしいだろ。
そんな顔するくらいならさっさと帰ってくればいいんだ。
いつものあの場所ならそんな顔しないでいいんだろ?

「オレが、お前を殺してやる」

そう言ったあのときみたいな顔しろよ。
たまらず足が動いた。
花崎の名を呼ばずにはいられなかった。


ようやく花崎を見つけた。
なのに花崎が「死にたい」なんて口にした。

『死にたいなら、そんなに辛いなら、さっさと死ねばいい。僕と違って簡単に死ねるんだから』

簡単に口にできたあの言葉が、出てこなかった。

「お前が死にたいなんて言うな!」

代わりに口から出た言葉はそれ。
あいつが似合わない事を言うからだ。
だから僕も僕らしくない言葉を言わなきゃいけなくなったんだ。
僕にそんなことを言わせたくせに、それでもあいつは身を投げた。
ダメだと思った。
僕と違って、あいつは落ちただけで死ねてしまうから。
気づいたら手を伸ばしていた。
伸ばした手は、届くと思った直前で花崎を弾いたけど、大量の水の中に落とすことができたのであいつの飛び降り自殺は阻止できた。
そのまま浮いてきて、空気を求めたので死なないと判断して、渡されていたビンの中身を水に入れた。


花崎は帰ってきたのに、探偵をサボるようになった。
わざわざ迎えに行ってやっても、なんか家からの電話でさっさと帰るし。
僕との約束、忘れてないだろうな。


なんたらサイトに僕の写真がのった。
顔は分からない程度だけど、問題があるらしい。
散々こき使ってるくせに、大人しくしていろと言われた。


「俺達に任せろ」
という井上の言葉に、多分花崎は入っていない。
「俺たち、か…」
少年探偵団は少なくとも井上と野呂と、花崎がいないと成り立たないはずだ。
僕が入った少年探偵団はそういう場所だった。
なのに、井上のいう俺達に花崎が入っていないのはおかしい。


まあ、ここはどう動いたって自己責任の場所だ。
だからあいつらが動かないなら僕が花崎に仕事させる。
そもそも僕を殺すのはあいつの仕事だし。
事件解決のために働くのは当たり前だろ。
それに事件を解決したあいつはいい顔をする。
あんな変な顔じゃなくて。


「僕を殺すんだろ」
と言えば、約束した花崎は諦めたように僕についてくる。
言ったからには、ちゃんと行動するのは動き回るこいつらしい。


そして事件を解決して、見慣れた顔をした。
けど。
「今は、お前といられない」
背中越しに、そう言われた。
顔は見えなかったけど、たぶんまたダサい顔をしていたと思う。


電話に出ないから、あいつの行き先を野呂に聞いた。
病院だった。
入ると色々面倒くさそうなので外で待った。
逃げられた。
追いかけて、捕まえてやろうとしたけど、僕は花崎ほどワイヤーの使い方はうまくない。
避けられて違うものに絡めてしまった。


「もう戻れないんだよ! 前の俺には…」
何が変ったのか、何で戻れないのか、何を気にしているのか。
さっぱり分からないけど、あいつが前みたいにいられないって言いたいのは分かった。
能天気に人を振り回して、そしてだれかれ構わず簡単に手を差し伸べる。
周りが馬鹿だと頭を抱えて、それでもアイツなら仕方ないと思えてしまう馬鹿笑いをする。
落ち込む時間がもったいないと、前ばかり見ている。
そんなアイツに戻れないのだと言う。
落ち込んで俯いて、人に手を差し伸べるどころか人から伸ばされる手も怖がって。
分かったけど、じゃあどうすればいいのかなんて分からない。


明智から電話が来た。
明智にどうしたいのかと言われて、どうにかしたいと思った。
アイツ馬鹿だから、多分自分じゃどうにも出来ないんだと思ったから。
アイツが僕にしたことをやれといわれた。

「お前と一緒に事件解決してーんだ」

そういわれたのを思い出した。



ねちゃねちゃしたおっさんの護衛は面倒くさかったけど、花崎が前みたいに「事件だー」と喜んで戻ってくるかもしれないと思ったら、完遂してやる気にもなった。
おっさんを歩かせる為に、おっさんの遊びに付き合うことにした。
何か色々、訳分からないものがちらついて頭が痛くなった。
どうやらこのおっさんは死ぬのは怖いとかいいながら、死んでもいいと思っているらしい。
でも駄目だ。
僕は探偵だ。
探偵は依頼を守る。
それに、まだ花崎が着てない。
あいつが来る前に依頼を失敗するわけにはいかない。



明智のせいでぬか喜びさせられた。
おっさんが花崎と同じ道具使って登場すんな。
結局、ヘリに乗せるまで花崎は来なかった。



でも、遅刻したけど来た。











本気で生きたいと思えば力が消えると言われた。
なら、最初に生きたいと思えたのは、あの時だ。

「なあ。お前、少年探偵団に入らない? 一緒に街の平和とか守っちゃっわない?」

一緒に、という言葉が嬉しかった。
もう誰とも関われないと思っていたから。
守らないかと言われて嬉しかった。
傷つけるしかできないと思っていたから。
なにより、当然のように向けられた笑顔が。
あの時はわからなかったけど。
「俺が必ずお前を殺してやる」
死ねると思ったその言葉が嬉しかったのだと思っていた。
いや、あの時はそれもあったけど。
だって、殺してくれるということはこいつは僕が死ぬ時まで傍にいてくれるんだと思ったから。


次に怪我をしたのは、やっぱりあいつに笑いながら「お前も少年探偵団」と言われたとき。
人助けをしたというけど、よく考えたら僕は扉を壊しただけだった。
別に人助けでもなんでもない。
それなのに怪我をした。


「こいつは当たるんだな」
と楽しそうに水をぶつけてくる花崎。
そういうものかと思ったが、考えてみたらそんなはずはなかった。
探偵団に入ったばかりの頃に、公園でガキが遊んでいた水鉄砲の水を弾いてブランコを壊した。
つまり本来は水鉄砲の攻撃ですら、攻撃と判断されるはずなんだ。
アレは花崎の行動だったから危険と判断しなかったのか、あるいは普通に遊べるこの状況が悪くない、と、死ぬことさえすっかり忘れていたからなのか。



あいつが近くにいない護衛任務の時も一度力が弱くなって頭をぶつけた。
あの時は、あいつが喜ぶと思ったから。
あいつが喜べば戻ってくると思ったから。
そしたら…。
そしたら、何だと思ったのかはわからねーけど。


待たされたけど、あいつは僕の電話を聞いてちゃんと来た。
まだ似合わない顔をしていたから、無視なんかしてないと言ったら、少しだけあいつの顔が緩んだ。
そうだ、お前はそうやって笑ってるやつだ。
前みたいに戻れないとかなんとか言ってたけど、大丈夫じゃねーか。
そうやって笑えるなら、大丈夫だ。
やっと、こいつが戻ってきた。
そう思ったのに、さっき叫んでた女が戻ってきて銃を撃った。
花崎に当たる。
そう思った瞬間、飛び出していた。
いつもみたいに弾かれると思っていたけど、そうはならなくて。
スゲエ痛い思いをした。
花崎がまた変な顔してる。
でも近くにいる。
ああ、せっかくコイツが帰ってきたのに。
また一緒にいられると思ったのに……。
やっと死ねそうだけど…なんか勿体ねえな。
せっかく花崎が戻ってきたなら、もう少しは……。
そんなことを思った。
それに、花崎を庇ったせいで死にかけているからか、殺してやると言っていた花崎が辛そうな顔をするから。
死ねそうだけど、今死んではいけないような気がした。
どうせ最後に見るなら、あの時みたいな笑顔がいい。


でもあの後、あいつが井上と喧嘩して僕に背を向けて、違う誰かと出て行った。
ああやってギスギスして、それでアイツが離れていくなら今死んでしまった方がいいのかもしれないと思った。
そうしたら、このだるさからも腹の痛みより強い心臓辺りの痛みからも、花崎の変な顔からも全部解放される。
アイツがいなくなる前に死んじまいてえ。
そう思った。
生き残ったけど。


事件解決なんて関係なかった。
あいつの推理は外れていた。
まあ、もともとあいつの推理に期待なんてしていなかったけど。
あいつが笑っていればそれでよかった。
あいつの言葉が、あいつの態度が、あいつが普通に笑いかけてくることが。
それが、嬉しいと。楽しいと。
事件解決した時に力が弱くなったのは、あいつが嬉しそうに笑うからだ。

そばにいたい。
笑うと嬉しい。
泣かれるのは嫌だ。

そういう気持ちを「好き」というのだと野呂に言われた。
その言葉は、むずむずして、でも納得がいって、胸のあたりにじんわり溶けた気がした。









井上と小林




花崎が好きだと自覚した小林は、どういう好きなのかも考えた。
食べ物や少年探偵団に対するものとは確かに違う。
「僕は花崎が好きらしい」
と聞いて回って、でもなんとなく花崎には聞けなくて。
恋愛なのではないかと大友と山根と勝田と野呂から結論が出た。



「……それは刷り込みだ」



井上には否定された。

雛がはじめてみたものを親と思うように。
記憶に有る限り始めてまともに向き合って、笑顔を向けられ、手を差し伸べられた。
その手を弾いても躊躇わずにまた差し出される。
そして誰かといる楽しさも、仲間とそこに一緒にいる居心地のよさも教えてくれた。
そうやって人間として扱ってくれた初めての人間だから、暖かな場所へ導いてくれた存在だから、執着しているだけだと。
好意は好意だろうけれど、それは恋ではないと。
花崎を失ったら、花崎と出会うことで得たものを失うのではないかと恐れているだけだと。
それは既にお前のものなのだから、たとえ花崎がいなくなっても失うことはないと。
だから安心して、きちんと自分の気持ちを確かめろと。

嘘をつくなと思った。
花崎がいなくなったら全部なくなる。
失わないはずがない。

あいつが来なくなって、あの居心地のいい空間は消えた。
あいつが危険な場所へ一人で飛び出していったら不安になった。
あいつが背を向けただけで苦しくなった。
あいつが離れるのが耐えられなかった。
あいつが笑うだけで安心できた。

それが刷り込みで執着だとして、何がいけない。
好きなのに考え直さないといけない意味も分からない。
どんなに確かめたって、アイツの傍にいたいという思いしか浮かばない。
刷り込みと好きで何が違うのかも分からない。
そう叫びたかったが、それが真面目な顔をした井上の言葉だから黙って耐えた。
井上が意味もなくこんな事を言うはずがないからだ。
それくらいはわかるようになった。
だから小林は続く言葉も待った。

「花崎はお前の執着に救われている部分は多く有るだろう。だがあいつに好きな人間ができたらどうするつもりだ? 今のように離れるなといって邪魔をするのか? 花崎が幸せになれなくてもいいのか?」

花崎が幸せになれない。
井上の言葉に、食べたくないものを無理やり詰め込まれたときのように腹の辺りが重くなり、気分が悪くなった。
今すぐ走り出して全部吐いてしまいたいと思った。
でも走り出すのでも吐くのでもなく、聞かなければならないと分かっていた。
「僕がいると、あいつは幸せになれないのか?」
これが執着だと、そうなるのか?
僕があいつの邪魔をするのか?
僕の所為で笑えなくなるのか?
それは、小林にとって花崎が離れるより嫌だった。


俯きながらも、小林が口を開いたことに安心したのか、井上が息を吐いた。
「今はまだ大丈夫だが、その可能性はある」
学年が一つあがって、花崎は高校一年生。
まだ同性で連んで遊んでいる方が楽しい年頃だ。
だが成長とともに異性を意識し始めるだろう。
特に花崎は、花崎家の跡取りとして迎え入れられている。
あの父親が花崎に望まぬ結婚を押し付けるとは思えないが、見合いの席くらいは設けるかもしれない。
そしてあの父親なのだから、相手も吟味して花崎にとって良縁を持ってくるだろう。
その相手に花崎が心惹かれないとは言い切れないのだ。
そうなった時、それでも小林は花崎に離れるなと言うのか。
小林がそう言ってしまったら、花崎は相手と小林の間で苦しむことになるかもしれない。

「それに花崎は将来的には探偵団を優先できなくなる」

花崎家の息子でいるということはそういうことだ。
たとえ兄が帰ってきたとしても、犯罪者として広く名前も顔も知られてしまった今では、跡取りにはなれない。
花崎には、跡取りとして正式に立ち、表に出る義務が課されるだろう。
跡取りではないと主張し続けてきた花崎だが、元々跡取り候補として迎え入れられた優秀な存在だ。
探偵業優先の為、通信で学んでいるが学校の成績は悪くないし、勘も良い。
井上のように思考から導き出すのでは無く、勘で正解を導き出す花崎は思考する時間を必要としない分、誰よりも早く真実に気づくことも少なくない。
ひのもと重工や瀬能医師の件でも、その勘で命を救われた人間がいる。
そして人を見る目もある。
その瀬能医師の件では目を見ればわかると、実際ターゲットの顔をみてピュア顔と評した。
彼の命は救えなかったが、その評価は正しかった。
更には人の警戒を飛び越えてやすやすと相手の懐に飛び込む才能もある。
言い方はあれだが、天性の人たらしである。
時折考え無しに行動してしまう問題点はあるものの、基本的には企業のトップとしても十分な資質を持っている。
そして父や兄を守る為にも花崎は跡取りである事を受け入れるだろう。
本心がどうであれ、探偵などやっている場合ではないのだ。

井上の言葉に、小林は黙って拳を握りこむ。
なんでだよ、と、以前なら簡単に聞けた言葉が出てこない。
「お前のやりたいようにやれ」
いつかのように花崎に言ってやりたい。
どう見たって探偵やっているときの方が楽しそうだ。
そう思うけれど、花崎はきっと家族を守ることもやりたいことだと言う。
それがわかるから、言えない。

ならば。

「僕は、あいつの傍にいるためにはどうしたらいい?」
花崎の幸せを邪魔しないで、それでも傍にいるためには。
小林では考えても分からない。
けれど、頭のいい井上なら分かるはずだと、問う。
「小林、だから……」
聞き分けろと言おうとして小林と目が合い、井上は言葉をとめた。
「教えてくれ」
教えろよ、と言う命令ではなく、教えてくれと請いながら、真っ直ぐに小林は井上を見つている。
井上は少し黙ったあと、息を吐いた。
本当は井上にもわかっていた。
勘違いなどではなく、小林のそれは本気の想いだと。
いや、勘違いではあると思っている。
その想いは愛や恋よりも重い。執着なんて言葉すら生易しい。
小林にとって花崎は、世界で命だ。
花崎がいるから、小林は生きたいと思える。
花崎がいるから、小林には生きる世界がある。
命から離れられるはずが無い。
わかっていて、けれどそれでもなお諦めさせようとした。
何故なら、花崎が将来多くの柵に囚われるのが分かっているからだ。
あの自由が似合う男が、だ。
その柵だけでもきっとかなり窮屈な思いをするだろう。
その状態で小林を選べば、きっと更に重い枷がつけられる事になる。
その枷が小林にも絡み付けば、必ず花崎も苦しむことになる。
将来ふたりが傷つくのを見たくない。
今ならまだ傷も浅く、感情を方向修正できるのではないかと思った。
誤解させて違う形にできたら、世界は少しだけ二人に優しくなるのではないかと思った。

けれど、小林の心は揺れなかった。

ならば自分に出来ることは、手を貸してやることだけだ。
「お前も探偵を続けられなくなるが、それでもいいか?」
一応、もう一度だけ確認する。
小林が存外、明確に自分の力を生かせる探偵の仕事を気に入っていたのを知っているからだ。
「ここは嫌いじゃないけど、僕はもともと探偵になりたいわけじゃない」
けれど迷いもなくきっぱり言われて、井上は苦笑した。
「そうだったな」
井上以上に合理的な考えができる小林は探偵向きなので少し惜しいとも思うが、こと花崎の件に関してだけは感情が先立つのだから仕方がないと諦めもつく。
この極端さに少し呆れもするし微笑ましくも思う。
「もうひとつ。もしかしたら友達ではいられなくなるかもしれない」
井上の考える、小林が花崎とずっと先の未来まで一緒にいる方法は、少なくとも表面上の関係性は変ってしまう。
「それは……それでも、アイツの傍にいられるなら、かまわない」
流石に一瞬躊躇ったが、すぐに頷いて見せた。
「なら、お前が目指すのは花崎の秘書だろう」
花崎家なら執事や使用人としても入り込めるが、それらは状況により主と行動を共にしたり主の留守を守るのも仕事になる。
花崎を追って飛び出しかねない小林には向かない。
主の傍にいて守るという意味ではボディーガードでもいいが、常にともにありたいと望むなら秘書が適任だろう。
様々な人間と良好な関係を築くに当たり、相手を警戒しているとばかりにボディーガードをつれていてはうまくいくものもいかなくなる。
だが秘書なら問題なくつれて歩ける。
「どうしたらなれる?」
「花崎家のトップともなれば秘書も優秀な人間でなければなれない。並大抵の努力じゃすまないぞ」
小林はなれないと思っていないのかあっさり問うが、そう簡単なことではない。
「わかった。それで?」
本当に分かっているのか不明な小林の態度に井上は肩を竦める。
だが、本当に分かっているのかと問うのは愚かだ。
どちらにせよやることは変わらないのだから。
「まずは勉強だ。使えない秘書など雇ってもらえるはずがない。それと何よりお前の場合はその力の完全なコントロールだ」
消えなかった靄は、しかし以前程は無差別に傷つけたりはしない。
けれどいまだに小林を守っているそれは、不用意に伸ばされる花崎の手を度々弾いて痛みを与えている。
どうやら強めの静電気程度の痛みらしく、怪我をさせるほどの威力ではなくなったのが救いではある。
救いではあるが、主を痛めつける秘書がどこにいる。
一応、小林から伸ばした手は花崎に触れられる。
あの成層圏プレーン事件のとき触れられたので、と試してみた結果、小林からは触れられたのだ。
「え、俺、物と一緒!?」
その時の花崎の言葉がそれである。
小林の靄は自分に向かって投げられたペットボトルは攻撃する。
けれど置かれたそれに小林が手を伸ばす分には発動しないのだ。
つまりその位置付けになったのかと、微妙な表情で溢していた。
井上達からすれば、靄が残っている現状で小林からでも触れるだけで驚きなのだが。
ちなみに両者同時に手を伸ばした場合も、触れられる。
小林が慣れない靴の所為で階段で足を滑らせた時、思わず伸ばした手と咄嗟に延ばされた花崎の手は繋がった。
そして触れている状態なら、もう一方の手を花崎から伸ばしても弾かれない。
けれど花崎からだけ伸ばされた手は弾かれる。
小林の目指す道ではこれが問題だ。
さらには花崎はパーティなど人の多くいる場所に行く可能性がある。
咄嗟に駆けつけるためには、人ごみに揉まれても傷つけない制御をしなければならない。
ならば全身全霊で生きたい思えばいいのかもしれないが、本心をどうにかするのは難しいし、何より状況により、靄は有効な防衛手段でもあるのだ。
兄の件もあり、自分を守るために誰かが犠牲になるのを恐れる花崎の傍にいるには、小林自身を守れる靄はうってつけだ。
特に小林は一度花崎を庇って死に掛けている。
もし小林が力を失ったとしたら、あんな思いをするならばと小林を遠ざける可能性すら出てくる。

「それが必要なら、やってやる」

気負いなく小林は言い切った。
今まで出来なかったことであろうと。
そもそもこれまではそんなことができると思っていなかったし、諦めてもいた。
花崎と出会って変わった今なら、できると思っているし、できないと諦めるつもりもない。
「なら、今日からでも勉強をはじめるぞ。最初は俺が教えてやる」
小林は色々知識が欠落しているが、教えれば大体のことはすぐに覚える。
父親が医者だったようだから、遺伝子的に頭の作りはいいのかもしれない。
母親に執着して思いつめたらしいので、一人の人間に対する執着も遺伝かもしれないが、そこは花崎がうまく手綱をとれば問題ないだろう。
幸いにして花崎は超健康体だ。
今は余計なことはいいと思考を戻す井上。
覚える気が無いことはすぐに忘れるが、要はやる気さえ出せばいいのだ。
「基礎を覚えたら花崎と同じ様に通信で学ぶのもいいだろう」
まだ人の中で生活するような状態ではないし、力のコントロールのための時間も取れる。
力の件に関しては、大友たちにも協力を仰がねばならないなと考えながらも話を進める。
「あいつと同じか」
しかしその言葉に小林は微妙な顔をした。
「ああ」
「それでお前の言う優秀な人間になれるのか?」
花崎を思い出して、小林は疑わしげな視線で井上を見る。
「それは小林次第だ。だがアレでも花崎もかなり優秀だぞ? まだ勉強の基礎も出来ていない小林では追いつくのすら大変かも知れない」
「アレでか?」
井上の言葉を受けても、やはり小林の脳裏に浮かぶ花崎には優秀という言葉がうまく合わさらない。
なんとなくその心を理解して、井上は苦笑しつつもしっかりと頷いた。
「アレでだ」
しかし二人は学園の将来有望なイケメンを集めたサイトがあったことは知らないが、普段探偵団で忙しなく動き回り、月に一度の学園での授業も身が入っていないにもかかわらず、そのサイトで他の少年探偵団メンバーと同等のA判定を受けていた程度に学力はあるのだ。
納得し難かったが、井上がそう言うならそうなのだろうと小林は思うことにした。
チッと舌打ちをして、小林はもう一度井上を見る。
「あいつに負けるのはなんかムカつくから、絶対に追い越してやる。協力しろ」
「その意気だ」
井上は笑って頷いた。

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